4.復讐子息は一喜一憂す。
「…私とセラフィーナさんで行く、って言いたい所だけれど…」
ティーアはそう言い放ち前を見据える。
「……ふふふっ…やっぱりそうなるわよね」
ふわりと、そして下からなのに上から見ているような、そんな目で。
その視線の先には、レオンハルト様が立っていた。
真っ直ぐな視線を彼女に向けている、圧倒的な意志を感じた。
迷いなんて一切無い、…レオンハルト様の普段の姿を形成している物はこれだったんじゃ無いかと思うくらい、強い意志を感じる。
その目線に思わず魔力が暴走しそうになる。実際は魔力暴走を起こしたことはないけど、それくらい強い力で…、震えてしまいそうになるくらいだった。
「貴方も行きたいんでしょ」
ティーアの何かを見透かしたような声。
そちらも大きな威圧感を感じてしまう、…そんな雰囲気にも動じないレオンハルト様は、ティーアの目の前で大きく頷く。
「でも、貴方達だけには任せない。私も行くわ、」
先程までの威圧感は全く無くなり、ニッコリと舌出しウインクをかましてくる。
ふわふわとした雰囲気になるはものの、その温度差に目眩いすらしそうになってしまった。
「それなら僕も行かせて、兄さんのことを救いたいんだ」
それを振り切ってでも、思いっきり口を開く。
けれど、ティーアは慌てて頭を下げながら口を開いた。
「えっと…それは……ごめんなさい、人数的に難しくて…」
申し訳なさそうだったが、言われてもみれば確かにそうだろう。
ティーアは恐らく身体強化とか瞬間移動とかそういった“伝説級の魔法”をやろうとしている。
それなのに僕がわがままを言うわけには行かないよね…
「…そっか。」
「なら俺も行く!!!」
……うん、だからさっきの話聞いてた??
急に声を出したかと思えば、モーセはそんなことを言い放つ。
…モーセ、さっきの話絶対聞いてないよね? 僕がダメなんだから、君だってダメに決まってるじゃん。こんな事言うのもアレだが、体術ではモーセより僕の方が上だし、知識も剣術も僕の方が上だという自信はある。
「故郷の皆を助ける!」
「いやだから、人数的に無理です」
それは一ヶ月前の一方的対決で分かるだろう。
それなのに、なんでお前はそんな堂々とティーアを見れるんだよ。僕の方が役に立てると思うのに…
「お前の代わりに俺が行く!何も問題無いだろ!!」
問題大有りだから!!!って叫びたい、凄く叫びたい。
イグとルイス様はほんとに意味がわからないといったような表情を浮かべる。
だけど、…僕達は知っている。
ティーアはやると決めたらやる子だ。負けず嫌いな一面もある。…それに、ティーアは僕より強いわけだから、当然モーセよりティーアの方が強い。
「レオンハルト・エンシャンツとセラフィーナ・エンシャンツに強さを見せつけるんだ!」
その言葉を聞いたお二人はなんというか…納得いっていないような面持ちだったが、お互いを見合わせて納得したような顔を見せる。謙虚過ぎるだろこの二人…
「なら私も…! 私も行く、モーセだけに任せられない!」
そして、黙っていた少女がそう言い放てば、流石のティーアは眉を顰めて「はぁ?!」と声をあげる。
なんだかんだティーアがこんなにも表情豊かに声を上げているのを見るのは初めてかもしれない。
それから、言い合いを始める2人を尻目に何とも言えない表情をしているティーア。イグニス様はレオンハルト様達の近くまで行って何かを呟いていたみたいだが、モーセと少女の声が大きすぎてよく聞こえなかった。
「…そろそろ行くわよ、セラフィーナさん、レオンハルトさん」
机から飛び降り、2人の方に向かって歩いていくティーア。その瞬間…
「頼む!!俺も行かせてくれ、兄さんのことも心配なんだ!」
モーセはそう言ってティーアの手を掴んだ。
振り解くことが出来ない程強い力なのだろうか、…いや、そんな筈ない。身体強化を使って僕やレオンハルト様をうでずもう?でボコボコにしたくらい負けず嫌いで大人げないティーア。
ならば、こんな異常事態に身体強化を使わないわけがない。
だとすれば、早く向かう為に使う魔力を温存している?…それか、モーセにはティーアでは何ともできないような力がある?それなら僕らに「引き剥がして」と言う筈。
「頼むッッ」
「わ、分かった!分かったから! 貴方も連れてく!それで良いでしょ!?」
再度頼み込んだモーセ。ティーアは諦めたようにそう言い切った。すると、モーセはぱっと笑顔になる。
「あぁ!ありがとう!!」
………その姿に、ちょっとだけ何とも言えない感情が渦巻く。
「………モーセ???」
にっこりと笑みを浮かべ、モーセの手をティーアの腕から引き剥がした。
モーセは悪い奴じゃなさそうだし、強くなりたい理由も一ヶ月前に聞いた。だけど、……それでも。彼はティーアに連れてってもらえるのに、なんで僕は…と、嫉妬に近い感情が渦巻いてしまった。
兄さんを助けたいのは僕だって同じ筈なのに。
僕って思ったよりも心が小さい人間だったんだな…。ティーアなら、レオンハルト様とセラフィーナ様なら大丈夫、…兄さんを助けてくれる。そう思うことはできても、それでも僕が兄さんを助けに行きたい。
3人に任せておけば失敗はしないだろうけど、それでも僕は、僕が兄さんを助けたいと思ってしまう。
自信満々な笑みを見せてくれるティーアには申し訳ないけれど、それでも。心にポッカリと穴が空くような気がして。何とも言えない顔だけを返してしまう。
「…そんな自信満々だと余計に心配になってくるよ…」
そんな筈無いのに、…信じてるよ。だけど、信じられない。
これも全部、ティーアやセラフィーナ様が信じられないことを言って、それでもそれをやり遂げてしまうから。…人間味が感じられないから、…ごめんなさい。
「準備は良い?」
「はいっ」「もちろんだ」「あぁ!!」
僕は、信じたいと思っているだけなのかもしれない。
心から信じることができるのは、世界で兄さんくらいなのかな。…ティーアや皆のことを信じることは、僕には出来ないの…?……信じたいのに、…それでも…自分とは違う世界の人なんだと思ってしまえば、信じるよりも先に何か別の感情が渦巻く。信じたいのに、もしものことがあったらって考えたら素直に信じられない。…こんなに凄い人だからこそ、いつかは僕らの前から居なくなってしまうかもしれない。そうなってもおかしくないと思ってしまうから。…人間味がないから、時代も世界も違う人と、その人達に追いつく人。…そんな人達を信じなければならないのに、…それななのに、なのに…っっ
「舞うは宵闇、瞬間移動っっ!!!」
ティーアはそう言い放つ。
次の瞬間、目の前が光りに包まれた。
その後、目を開けると、そこにいたのは…
「え…なんで…?? 失敗した?」
心の底から驚き、目を見開いて固まっているティーアの姿。
「成功じゃないの?」
「だって、私…」
誰かどう見ても成功だと思う。だって、ティーア以外の4人は完璧に跡形もなく居なくなっているんだもの。速さを早める…とかではなく、人ごと移動させるとは思わなかったけど…、それでもこちらから見たら全然成功しているだろう。
もしかして別の場所に送っちゃったとか?
地図を交互に見ながら若干震えているティーア。倒れそうになった所をイグニス様が支える。
「…1、2、…制限は4人だっけ?」
僕がそう言えば、ティーアは頷く。
「だから、セラフィーナさんとレオンハルトさん、それにモーセさんと…」
そのまま口を開いていく。指を1本ずつ折っていった。セラフィーナ様とレオンハルト様、モーセ。そして…
「そこの少女も居なくなってね?」
「………」
ルイス様のその一言に、ティーアは固まり、そのまま動かない。
これはティーアの優しさとかじゃなくて、純粋に失敗だったってことだろうか。
「え、これ…公爵達が消えたとかじゃないよな…?」
「問題ありません。移動させただけですから」
…移動させた“だけ”って……だけじゃないんだよだけじゃ!!って言ってやりたい気分になってしまう。
そして肝心のティーアは明らかに顔が青ざめつつある。
「私は向かいますが、皆様はいかがなさいますか?」
丁寧な口調で僕達3人を見て言い放つティーア。
「僕は元々行くつもりだったからね、もちろん行くよ」
僕はその言葉に即答をする。
…モーセや少女のように強行突破するという手もあったが、それはやりたくなかった。自分より凄い人に無理を言い過ぎるのは流石に僕には出来ない。
兄さんやモーセのように、決定的な行動力を持っていないからだろう。
「俺は……」
イグニス様は迷っているかのように言葉を詰まらす。そんな彼に向かって、ティーアは自然に手を握りながら口を開いた。
「イグ、貴方は…さっきも言ったけれど、お父様や先生達大人に伝えなさい。貴方も、…迷っているのならイグの手伝いをして」
イグニス様の方を、そしてルイス様の方を見ながら口を開いたティーア。
…いつも以上に大人びた表情で。これは、いつものティーアじゃない。まるで子供を諭す大人。…大人としての、伝説としての責任を全うしようとするティーアの顔だった。
「それじゃあ、キャンディさんに事情を話して、セラフィーナさんの馬車を借りましょう」
……こちらも。…普通の平民ならそんなこと言わないだろう。でも、ティーアはそれを平然とやってのける。平然とそう言い放つティーアは、心なしか鼓動が波打つスピードが速くなっていく。
他家の馬車を勝手に借りるなんて、普通は考えない。
僕の家の馬車を貸すのに…と思っている間にも、ルイス様とティーアが話を続ける。
「え、公爵家の馬車を勝手に…」
「奴隷商は我が国の憲法に於いて禁止されています。そして、レオンハルトさん並びにセラフィーナさんの許可は得ている」
また自分の考えを口にすることが出来なかった。
そのまま、ティーアと共に馬車があるであろう所に向かう。
イグニス様とルイス様はそれでも止めてきたけれど。
…それは、ティーアのことを…セラフィーナ様のことを知らないからだろう。
普通なら、僕だってそうしていた。
だけど僕は、彼女のことを知っていて。そして今は、彼女達に頼るしか無いから。
「…、……何?」
馬車置き場まで走っていると、ティーアが怪訝そうに見つめてくる。……しまった、まじまじと見すぎたみたいだ。
「…うんん、それよりティーアは…」
「??」
いや、申し訳ないな………
「ごめん、なんでもないよ!それより急ごう!」
「………そうね、急ぎましょうか」
また言いそびれてしまった。
だけど、聞けるわけ無いじゃないか…
ずっとずっと完璧で凄いと思っていたティーアだって、失敗するし、怒ることだってあるし、…最高に人間味のある普通の女の子なんだなってわかって、…ちょっぴり嬉しかったよ。
…なーんて。言えるわけ無い。
口が裂けても言えない。…そんなことを思っていると、僕達は馬車が置いてある場所へと辿り着いた。
「アボイ!」
あっ…しまった…。ついてきちゃってたのか…、というか、なんやかんやでこんなことになってるけど、元はと言えばアボイドがここに連れてきてくれたんだっけ。
「…ごめんな、アボイド。強く当たっちゃって。ありがと」
「アボイ♪」
アボイドをなでなですれば、機嫌よく声を上げてくれる。
ティーアは…と思いキョロキョロとしてみれば、既にキャンディさんへ話に行っているみたいだった。
行動力が凄いな…。って、僕も伯爵家の馬車!
ティーアが交渉…というか最早相談をしている間に、少し離れた場所にいる家の馬車へと向かっていった。近づけば、御者はすぐに反応してくれる。
「リスク様!遅かったので心配しましたよ!良かっ……、って、何故アボイド様がここに…!?」
「やっぱアボイドが勝手に来てたか…、こら!」
「アボイ…」
良いんですよ!と笑いながら言ってくれるけれど、他の皆に見つかったらどうなることやら…。あ、でもクンペルってお父様が言うにはアレだっけ、1000年以上前の生物。
…ティーアはもしかしたら知ってるのかなぁと考え始める。
すると、「リスク!」という声が聞こえてきた。
御者が鋭い視線をティーアに見せるけれど、呼び捨てなのは僕が言ったからだから!!!と言えば納得してくれたような顔で頷き、そのまま僕を見つめる。
…仕方ないだろ、これが兄弟であり親子なんだ。兄さんやお父様に似てるなんて追わないでくれ。
「キャンディさんに事情は話したわ!」と言い放つということは、「あとは僕次第」ということだ。僕がここで少しでも迷いを見せれば確実においていかれることは目に見えている。…だから。
「僕は用事ができた!これから兄さんを迎えに行ってくるから、君は先に家に帰っててくれ」
即座にそう言い切る。
…なるべく自然に、止められないように。兄さんがフルール村に行ったことは彼も知っている。だから、フルール村に行くと思っているのだろう。
……今は口では言えないので、心の中だけで謝っておく。…ごめん。
「分かりました!お気をつけて!」
何とも言えない表情で見てくるティーアだったが、そうでもしないと確実に「危険です」と言われるから。
…僕だってティーアや皆に言いたかったくらいにはその気持ちもわかる。
でも、僕だって行くから…口に出して言えなかった、…それだけのことだ。
「…良かったの?嘘ついて」
「うーん、…嘘はついてないよ、ただ言わなかっただけ、…でしょ?」
去っていく伯爵家の馬車を横目に、呆れたような視線を向けながらそう言い放ってくるティーア。
…別に嘘は言ってない、僕はこれから、ただ兄さんを迎えに行くだけ、…それだけだ。
そんな感じで、僕達は公爵家の馬車…いや、公爵家の馬を借りてタリティ男爵領へと向かったのだった。




