そして伝える。
「リスクじゃないか、久しぶりだな!」
「はい!ルイス様もお変わりないようで!」
部屋に入るとすぐに声を掛けられる。
彼の隣には王子も居るけれど、なんとなく身分の差が気になってしまう。…お継母様も兄さんも全然気にしない人だし、王子自身もそうなのかもしれないけど!でも、なんとなく負い目が…。
それなら、年齢差の方がまだマシだ。
…いや、年齢差も年齢差で全然負い目感じちゃうけど!
「それで…何かあったんですか?」
僕は真剣な眼差しで机の上に広がる地図を覗き込むレオンハルト様に向かってそう聞いてみる。
「あぁ、実はな…」
それから聞かされたこととしては、
タリティ男爵家の領地のギルド地区に奴隷商人が現れたかもしれないこと、それ自体は騎士団が動いてくれているとのことだが、問題なのはその場所にギルトがあること、ギルト持ちの領土は世界全国からの出入りが激しいので、公的な騎士団が行くにはある程度大袈裟な申請を通さねばならないとのことだ。
「俺が出動命令を要求したから、少なくとも八番隊は比較的早く向かえるとは思うが…」
王子は考える仕草を取る。そして、レオンハルト様が「もう一つ、」と呟いた。
「王家直属の衛兵であるロータス・アメーズ殿が、昨日から連絡が全く取れないそうんだ」
え…と呟いてしまう。
だって、ロータスさんなら二日前、兄さんと一緒にフルール村に向かった筈なんだ。
兄さんは2日くらい帰ってこなくてもいつも通りだけど、ロータスさんは毎日帰っている筈。真面目に仕事をしているロータスさんのことだから、1日時間を開けただけでも異常事態。
丁度良いって言うのはそのことだったのか…。あれ、そういえば…
「そういえば…ティーアが……」
僕がそう呟けば、レオンハルト様が勢いよくこちらを振り向いた。王子やルイス様が不思議そうに彼を見る。
「あ…いや、すまない。それでリスク、ティーアがってことは…会ったのか?ティーアに、」
「はい、今日のお昼会いに行って……、最初は遠慮なく結構嫌な顔されましたね」
今ティーアが居ないから笑い話に出来るけど、ここでティーアがいたらとんでもない。
レオンハルト様もその光景が容易に想像できたのか、そのまま「ティーアならやりそうだな」と苦笑気味になる。
「それで、二日前に兄さんとロータスさんがフルール村に行ったって伝えたんです」
「……ロータス殿はフルール村に行ってるのか?」
「はい、一応。でも、その時ティーア、…その少女は何か考える仕草をしてて…、もしかしたら兄さん達何かあったのかもしれないです」
そう呟けば、兄さんとロータスさんとフルール村の関係を知っているレオンハルト様は頭を抱える。
「…えっと…リスク殿のお兄様は確かもうすぐ家業を継ぐんだよね?」
「その予定ですね、…もしもの時は僕が継ぎますけど!」
もしもの時って何!?と小声で叫びを上げる王子。
「…不吉なこと言わない方が…、ほら、そりゃあ君は騎士の仕事を知らないだろうから実力も知らないだろうけど、あぁ見えても騎士は結構凄いんだから!」
前のめりになりながらそう言ってくる王子の瞳はキラキラと輝いている。あれ、これ勘違いされてたり…?
「僕、兄さんは絶対助けますよ?」
ただ、もしも…兄さんが別の所…それこそ貴族ではなく一つの村の町娘に嫁ぐ…なんてことになったら、の話だ。
兄さんを助けられなかった時を考えているわけがない。
それに、騎士を信じていないわけじゃない。…でも、“僕が”兄さんを助ける。ここで待っているだけじゃ意味がない。
兄さんが居なくなるなんて考えられない。……だから、兄さんは必ず助ける。その上で兄さんが家を継がないと決めたのなら、僕が変わるだけのこと。
ルイス様だけは、「なるほど…」と納得してくれるけれど、王子は「ホントに…?」と疑いの目。…当たり前でしょう。
「兄さんは何が何でも助ける、僕の生命に変えてもね」
そう堂々と伝えれば、レオンハルト様から「頼むからフィーナ達みたいに無理はするなよ…」と呟き声が聞こえてくる。これは確か…セラフィーナ様曰く、つっこみ、って奴だろうか。
いずれにせよ、騎士の凄さは認めている。それを知った上で、僕が兄さんを助けたい。
「…俺だって兄さんのこと助けるから」
そして、先程まで黙りこくっていた少年…モーセが、僕に反抗するかのように声をあげる。あはは…アレから見かける度に「弟子にならないか!?」「師匠!」という齟齬を堂々ときたしていたモーセ。今日は大人しいなぁと思ってたけど、やっぱり反論してきたみたいだ。
「僕も兄さんのことは大切だから、」
「俺だって大大大大好きなんだからな!」
ムスーッッとしながらそう言い放ってくるモーセ。
弟が居たならこんな感じなのだろうか…と思いながらも、地図から目が離せない。
家からフルール村へ行くまでのいつもの道のりに、タリティ男爵領はない。…男爵領の襲撃に巻き込まれたとは思えないくらい結構な距離がある。
…だとすれば一体…。
そんなことを思っていると、突然。入ってきた扉が開いた。
「!?フィーナ!?」
レオンハルト様のその言葉で、机を囲む僕達は一瞬で扉の方を振り向いた。
「…と、ティーア…」
レオンハルト様の言う通り、そこにはセラフィーナ様とティーアが立っている。
セラフィーナ様がキョトンと不思議そうな顔をする反面、ティーアは僕らの視線なんか全く気にしていないかのようにズンズンと部屋の中に入っていき、奥にいる僕の元まで辿り着いた。
「リスク、貴方はどこに住んでるの?」
それ、僕だったから良かったものの、他の人に言ったら完全に目の敵にされるよ。
貴族とか平民とか関係なくそれはどうかと思ってしまう。何故そんなことを言われてるのか分からないが、周りを見渡してみれば皆同じような顔をしていた。彼女の隣りにいるセラフィーナ様でさえも青ざめている。僕だけじゃないと分かり、ちょっと安心。
「カモミート領家だけど…?」
「彼はどこから村に向かった?」
「え…家だよ?」
間髪入れずに質問が来るので、僕は答える。
当然のことだったし答えることが出来る質問で良かった…とは思うけど、ティーアがここにいる理由も分からない。何、クリスティーナ様は国で起こってる異常事態を察知できたりする程凄かったりするの?
どちらにせよ…と。自分の中で頭を整理すると言う意味でも、僕はこほんっと咳払いをし、彼女の方を振り向いた。
「それより、それがどうかしたの?」
昼休みは早く帰ってほしそうだったじゃないか、と漏らしてしまう。
すると、ティーアは言葉を詰まらせ、その後すぐにセラフィーナ様がいる廊下まで歩いていく。
「いえ、気になっただけです。それではこれで」
「え、待って?ティーアちゃん帰っちゃうの!?」
礼をして部屋を立ち去ろうとするティーアだったが、セラフィーナ様が慌てて手を握って待ったをかける。
「もちろん」と呟いたティーアは、心の底から帰りたそうな顔をしていた。
そんな彼女に複雑そうな顔を見せるセラフィーナ様。
みんなの方を振り向けば、ティーアが帰ることに賛成しているかのような面持ち。…実質ここにいる中でティーアに残って欲しいと思っているのは恐らくセラフィーナ様だけ。
でも…
「それで、さっきの続きなんだが…リスク、丁度良いだろ」
……僕も帰ってほしくないし、知っていることがあれば協力して欲しい。兄さんを助けるのは僕がやる。でも、…昼に何かを考えていた君なら、きっと何か知っている筈だから。
「ええ、噂をすればって奴ですね。先程言っていた少女が彼女です。フルール村の、」
協力、して欲しいんだ。僕は…兄さんを救いたい。
兄さんが僕に彩りを与えてくれたから、そんな兄さんを…今度は僕が助けたい。
これは僕のわがまま。だけど、…その為なら身体も生命も掛けられる。人生に彩りを与えてくれた人を助けるのは、僕にとっては当然のことなんだから。
ティーア以外はみんな一時納得をしてくれたようだが、ティーアだけは眉を顰める。
「…これは遊びじゃないのよ、私は早く行かなきゃならないの」
………目的は多分同じだ。遊びではない、…それでも。
「それはフルール村に?それとも兄さんの所かな」
「…………」
それは、ティーアの顔を見れば一発で分かることだった。
僕の言葉を聞いたティーアは、そのまま固まる。その後態勢を立て直し、こちらに耳を傾けてくれる。
結果、僕、レオンハルト様、ティーア、セラフィーナ様、イグニス様、ルイス様、モーセ、あと一人の少女、という何とも言えない人達の間で先程の続きの会話が始まった。
ティーア曰く、二日前、兄さんはフルール村に行ってないんだそう。
「…やっぱりそういうことなのね…」
ティーアが一言そう呟く。
セラフィーナ様と会話をしてから、皆が囲む机の上の地図に向かって手を伸ばした。身長が足りず、机に乗るという形で彼女が示しているのは、フルール村とカモミート伯爵領。
「以前、アスタさんから、ロータスさんと共にフルール村に訪れることが多いと聞きました。恐らく、王都からカモミート領へ向かい、その後フルール村に向かったのかと」
「そこまではわかってるんだ、けど、何故姿を…?」
何故姿を消したのか。…嫌な予感が頭から離れない。
…否定したくてティーアに投げかけてしまったけれど、こう見えてティーアは手厳しい所があるから、きっと容赦なく言ってくる。
「…奴隷商人…」
そしてその言葉を口にしたのは…セラフィーナ様だった。ティーアは小さく頷く。
やっぱり…と。
どう考えてもそうなってくる。突然消えたなんて、それ以外にはあり得ないだろう。…いや、目の前の2人はあり得ないくらいぶっ飛んでる人達だけど、それでも…人が消えるなんて滅多にない。
あるとすれば、まさに裏業者くらいな物だ。
しかも、そんな同時に違う場所で多発するとは考えにくい。ならば、タリティ男爵領と兄さんの件は同じ奴らの犯行と見て差し支えないだろう。
「そうなってくるよな…」
「騎士団には俺からも伝えておくけど…まさかホントにあるとは…」
レオンハルト様とイグニス様が呟けば、ルイス様も一言述べる。
「最近は魔物も多いと聞いていますけど、そっちの線はどうなんでしょうか…」
「魔物、か…そういえば父上も何か言ってた気がするな、そちらも視野に入れておくとするか」
それから僕達はこれからどうしていくべきかの話題に移る。
イグニス様とルイス様はとりあえず騎士に伝えよう、というのを優先して話しているように聞こえるが、レオンハルト様は何か言いたげな顔をしている。それはセラフィーナ様も同じで、何かを決心するような面持ちで地図を見つめていた。小さくティーアが呟けば、セラフィーナ様も小声で話す。
モーセと少女は…表情が分からないけど。そして…
「行きましょうか、そのタリティ男爵領に」
「うん!行こう!」
サラッと述べられたその一言と、即座に放たれた返事。
「行くって言っても、ここからじゃ数時間は掛かる。着く頃には夜だぞ」
レオンハルト様は、そう言っておきながらも、期待と信頼の眼差しを彼女に向けていた。
…レオンハルト様も行きたいんだろうな、と。言葉にせずとも伝わってきた。
最も、ティーアはレオンハルト様の方を全く見ないで、一言「そこは問題ありません」と呟き、地図を眺め始めているので、そんな彼の表情には全然気づいていないだろうけど。
指と指で学園から村までの距離を測っているみたいだ。
「ま、待ってくれ!」
すると、イグニス様が声を上がる。
そちらに目を向ければ、イグニス様は先程騎士を自慢した時のような自信はなくなっており、弱々しい姿をしていた。
「俺達だけで解決出来るわけ無いだろう、父上や皆に一度相談を…!」
「間に合わないわよ」
王子の言葉を難なく遮るティーア。
だからティーア、そこは一人の人間としてどうかと思うよ、せめて最後まで聞いてあげよう、…って思うけれど、もしも本当に奴隷商人に捕まっている人が居るのだとすれば一大事。
構っている余裕がないのも無理はないだろう。
…伝説では、クリスティーナ様は何でも一人で出来たっていう人だから、目に見えるその焦りはちょっと意外かも。
だからこそ、ティーアに人間味を感じるのかもしれない。
そして、だからこそ…その姿に惹かれる人が何人も何人も増えていくんだろうな、とも思った。




