3.復讐子息は迷い、
「……君に、未来を託そう」
「???」
その言葉の意味は、どれだけ成長しても分からない。
きっとこの先も、彼に聞かなければ分からないだろう。…それでも、時折あの時と同じ光景が夢に出てくる。
「たぁーえ…?」
「生の国も死の国をも超えて、……全てを統べる王様さ」
貴方の顔は朧げで、瞬きをすればすぐに消えてしまう。
目を細めて見れば、ふふ、と上品に笑みを浮かべた。…また同じだ。数年間、ずっとずっと同じ。この時間が長く続けば良いのに…と思うくらいには心地よく…そして暖かい……
……夢だ。
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「ん…んっっ…」
僕は、あの夢の続きを見たことはない。
覚えていないだけなのか、それともその前に起きてしまうからか。スヤスヤと気持ちよさそうに眠るアボイドを横目に、僕は身支度を始めた。
新学期が幕開けてから約一ヶ月。
僕はレオンハルト様の言葉の意味をよく理解した上で…しっかりと考えていた。
ー「…ただ、…口で伝えるのって大切なんだなって思っただけさ」
……口に出して伝えなければ、伝えることは出来ないのだと、そう、知ってしまったから。
頭でしか理解できなかったことも、身近に伝えてくれた人の例を見てしまえば…行動するしか無いじゃないか。
「お、リスク?はよ〜」
「あ…兄さん!!」
そう思いながら朝食の席に座っていると、兄さんが声を掛けてくれる。…こう言うことをフランさんにもやってさり気なく誇示したら良いのに。そう思っていると、兄さんは来てくれたお継母様に「お話が…」と声掛けをした。
「どうかしたの?アスタ、」
「あ…はいっ!その、久しぶりにフルール村に行きたいなぁ…なんて…???」
お継母様の声に圧倒されてるのか視線を逸らす兄さん、だったが…正直お継母様はそこまでキツい声じゃないと思うんだけどなぁと思ってしまう。
お継母様は何故か僕より兄さんに厳しい方だから、より緊張してるのかな。
「アボイっアボイっっ!」
アボイドが僕の膝の上で小さく飛び跳ねる。
分かるよアボイド、兄さんってばこう言う所では小心者だよね。……兄さん、お継母様まだ何も言ってないんだから、そんな目をそらさないであげて…
「…一人では行かせないわ」
お継母様はそう言い放つ。
兄さんは「やっぱり…」と呟き、しょんぼりとする。まあ、それは仕方ないよ。
僕含めここにいる侍女や衛兵の皆もウンウンと頷いている。
兄さん一回一人で行ってボロボロになって帰ってきたこともあったし、きっとお継母様も心配してるのだろう。
「ちょっと待ってなさい」
そう言って一人席を立ち、そのまま部屋を出ていくお継母様。
兄さんはお継母様が出ていったからか、椅子に座ってぐったりと項垂れた。次行ったらぜってぇフランに怒られる…と呟く兄さんに、思わず口を開いてしまう。
「兄さん、なんでフランさんに貴族だ〜って言わないの?」
そういえば、今までフランさんには全く言ってないし…と思いながら、隣に座る兄さんの方を見つめる。
兄さんは少し言葉を詰まらせ視線を泳がすも、僕がずっと見つめたからか、「実は…」と話してくれようとした。
しかし、その前に…
「フランは貴族が苦手だからな」
扉が開き、そんな声が聞こえてきた。
毎年生誕祭では必ず聞く声色に、思わず振り返ってしまう。そこには、紛れもなく兄さんの親友であるロータス・アメーズさんの姿があった。
僕はロータスさんの名前を呼んでそのまま椅子から立ち上がってそちらへ向かう。
彼の後ろには、お継母様が立っていた。
「それってどういう…?」
「あ〜〜〜!それより、なんでお前がここに!?」
僕の言葉を遮ってロータスさんに声を掛ける兄さん。
僕フランさんのこと聞きたかったんだけど。…貴族が苦手って一体どういうことなんだろう。
「王家からの手紙を各地域に住まわれる貴族の方へ通達に参りました、アスタグラン伯爵子息様?」
「お前なぁ…、それ気持ち悪いからやめろつってるだろ!」
「悪い悪い、冗談だ笑」
笑いながらも、お継母様に手紙を手渡すロータスさん。
お継母様は「主人が不在でごめんなさいね」と言いながら、判子を押した紙をロータスさんに差し出した。
「いえ、とんでもないです! 確かに受け取りました、…それで、先程の件はいかがいたしますか?」
紙を小さな鞄にしまい、そのままお継母様と僕らを見比べるロータスさん。
自分は急用がこれだけなので一度実家に寄りますが、と微笑みながら言い放つと、兄さんはピクリと反応して…そのまま段々と笑みを浮かべ始める。
そのままお継母様の方をキラキラとした表情のまま見つめた。
「ま、まさか…!!」
「……はぁ、仕方がないわ。ロータス殿、うちのアスタをよろしくね、アスタ、ロータス殿に迷惑かけないようになさいよ」
お継母様は兄さんとロータスさんに向かってそう言った。少し困ったような表情だったけれど、それも愛故だろう。
ロータスさんは「もちろんです」と爽やかに応え、兄さんも口を開いた。
「分かってるって!流石お母様!マジ神〜!」
「……アスタ???」
「あ…はい、…迷惑かけません!!」
相変わらずの軽さだったが、それもまた兄さんの良い所。
スッと真顔になった後、すぐに綺麗な作法で食事を終わらせ、身支度をする!と部屋に戻っていく兄さん。
僕はその間にロータスさんとお話することにした。お継母様に勧められ、兄さんの椅子に座っているロータスさん。
「ロータスさん、兄さんは迷惑かけてませんか?…兄さん、大事なことは全然言わないのに余計なことは言っちゃうから…」
僕がそういえば、ロータスさんは少し眉を上げて考える仕草になる。しかし、すぐに微笑みながら口を開いてくれた。
「うーん、確かにアスタはそういう所あるけど…俺はそこが良い所だと思ってる、…君もそうだろ?」
「はいっ!自慢の兄さんです!!」
「だから迷惑とかではないかな、」
それを聞いて安心した。
僕がほっと息を吐けば、ロータスさんが「そろそろ学園に向かう時間だろう、急ぎなさい」と言い放った。
わ、ホントだ。行かなきゃ!
僕は急いで食事を済ませる。粗相を働かないように慎重になりながらも、隣にいるロータスさんを見上げた。…彼も凄くお兄さん味がある人なんだよな…レアンさん、っていう妹さんも居るから納得だ。
アメーズ兄妹はお兄さんも妹さんも優しくて素敵な人なんだよね…、ほんと、僕には尊敬する人が多すぎるよ。
ロータスさんは兄さんのこといっつも気にかけてくれて、もうカモミート家にとっては常連さんみたいな感じだ。王都住まいな彼だけど、またにこうやってきてくれるのは凄く嬉しい。そこでティーアのこともちょっと聞けるから余計に。
そして、レアンさんは…フルール村に行った時いつも話し相手になってくれるんだよね。笑顔が素敵で、兄さんとフランさんとの毎回の喧嘩を2人でよく見てる。困ったような表情だけど、2人なら危険はない、って思ってくれてる所が共感出来るんだ。レアンさんも僕らの身分は知らないみたいだけど、…知らせたらどんな反応するのかは…見たいような見たくないような。そんな曖昧な感じなので、今はまだそっとしておきたいと思っている。関係を崩したくは無いからね。
「よっしゃ、行くぞロータス!」
「…あぁ、慌てるなアスタ」
準備が出来たらしい兄さんは、ロータスさんとともに玄関に。僕も丁度学園へ行く支度が終わったので、玄関でばったり出くわす。
「いってらっしゃい、」
「いってきます、…リスクも、いってらっしゃい!」
「うん!いってきます!!」
……こうやって出来る普通の会話がどれだけ幸せか…。
僕は改めてそう思った。昨日の夜変な夢でも見た所為だろうか。…良い加減あの時の夢はもう見たくないのに、最近また出てくるんだよな…。しかも今度は、レオンハルト様へのなんとも言えない変な予感が膨らみ始めるのだ。
…夢を決めてる神様でも居るのなら、一言言ってやりたい気持ちだ。…何やってくれてるんだよ、と。
セラフィーナ様が嫌な夢は皆に行ったほうが良いですよと言っていたけれど、こんなふわふわしたことかつ不謹慎なこと誰にも言えない。
そんなことを思いながら、僕は馬車で学園に向かった。
幸い学園まではそこまで遠くはないので、毎日馬車で通学している。途中、王都が見えるので、ボーッとしながら窓の外を眺めた。王城の周りには光を反射した湖。これは昔、クリスティーナ様が防戦の為に築いたとされる物だ。
……まあ、本当かどうかなんて分からないけれど。
ティーアが物事を深く考えているのかが分からないから。…それに、会ってるのだって生誕祭だけだし、それこそなんとも言えない。……聞きたいなぁ、本当の話。
生誕祭ではセラフィーナ様の方がよく話してくれる、ティーアはそれに対して最近は色んな表情をしてくれるようになったけれど、それでも昔のことは中々話してくれない。
クリスティーナ伝説の最後は曖昧だ。
語り手や本によって少しずつ変わっている。魔物対峙で倒れたとか、聖女の力で国を救ってそのまま永遠の眠りに、とか色々あるけれど…、何故亡くなったのか、明確に記されている訳では無い。
だからこそ、気になってしまうのだ、その秘密が。
まあ、聞いた所で話してくれるわけ無いよな…。
……そしてそうやって言い訳して、僕達からは一度も聞いたことは無かった。
僕だけじゃなく、セラフィーナ様やレオンハルト様もそうなんだけど、ティーアに当時の最期を事細かには聞けなかった。
……死んだ時どうだったか、なんて…不謹慎にも程があるから。
だけど、レオンハルト様のように口に出してみないと分からない物もあるよなぁとか思いつつ、それでも申し訳なさが勝つから絶対無理だし…と考えてしまう。
そうして迷っている間に、兄さんがフルール村に向かってから2日間も経ってしまった。




