そして言葉を飲み込む。
「いや、そんなこと言われても…」
僕は少年の言葉にたじろいでしまう。
…そんなこと言われたって、1年生はまだ習ってすらないわけだし、そんなことしたら駄目に決まっている。僕はもちろん少年だって怒られるだろう。
僕は少年の方を振り向き、そのままきっぱりと断った。けれど、少年も負けじとこちらを見てくるのだ。
「俺、強くなりたいんだ!お前、さっきすげー強かっただろ!だから、俺と勝負してくれ!」
「………断るよ」
「嫌だ!俺は、俺は強くなきゃならないんだ!…でないと、…守れないから」
なんか焦っているような気もするけれど、…こちらとしても、そんな簡単に折れるわけには行かない。
「師匠との約束…」と呟いた少年。
師匠がいるなら尚更僕と勝負する必要は無いだろう、そう思って目を開けると…その少年は僕の目の前まで来ていた。大きく目を見開いてこちらを見つめる。
「頼む、俺、強くなりたいんだ!」
「だ〜か〜ら〜! 断るってば!」
僕は自然に手を握ってくる少年の手を振り解こうと力を入れるのだが、なんだか力が入らない。
ちなみにこんなこと初めてなのでちょっと焦っている。
僕だから声をかけられたのかな。僕なら勝てると思われて?強かっただろっていうのは実際お世辞で、本当なら僕は弱そうだから手始めに上級生に勝とうと?あり得るな、僕は別に見た目に強そうな雰囲気があるわけでもないし、だとしたらやはり…
「っっ…!」「あっやば…」
そして、思わず受け身の体制からの押さえつけをしてしまいそうになる。…そんな時も、例え負けそうになっていようとも、少年は怖じけることはなかった。
「っ…俺は、誰にも負けたくないんだ!」
「いや、そんなこと言われても…なんの為に強くなりたいの?」
「ネーちゃん守る為! 俺、ネーちゃん守る為ならなんだってやる!お前が上だって分かってても、俺はそれを超えてやる!」
「そ、そっか?!」
中々力の入れ方が上手いな…と思い、思わず力を込めてしまう。
やらかした…と思った時には既に遅く、周りはザワザワし始めた。……お継母様から言われて兄さんと事細かに運動系を特訓してたからかな、…それか、ティーア達と遊んでたからだろうか。
ティーア、意外と大人げない部分があって、こっちが少しでも本気を出したらバチバチに魔法…特に体術の時は身体強化を使ってくるんだよね。
セラフィーナ様考案…正確にはセラフィーナ様の前世で流行ってたらしい腕相撲とか手押し相撲って奴を試しにやってみたこともあるけれど、その度に2人の凄さを実感せざるを得ない。
なーんて考えながら、若干悔しさを胸に抱いているうちに、そして僕自身が知らないうちに、だいぶ成長していた、ということだろうか……
「うん! だとしても流石に丸腰で掛かるのは危険だと思うよ?」
なんとか誤魔化すようにそう言っておく。
どうか誰にも何も言われませんように…と祈って小さくなるも、駆けつけた先生から「そのまま押さえつけてて下さい」と言われてしまうことで更に騒が大きくなる。
…終わった…、周りに迷惑掛かるじゃん……。
僕だけならまだしも、兄さんやレオンハルト様に迷惑を掛けるのはちょっと…と思い、周りの騒がしさと反比例してどんどん小さくなっていく。
果たしてこのまま押さえつけてて良いものなのか…と考えあぐねていると…
「リスク、」
更に、おまっ…何して…!?という呟きも聞こえてくる。振り返ってみれば、そこにいたのはレオンハルト様だった。僕は思わず名前を呼ぶ。
こっちまで来てくれて、しゃがんで目線を合わせてくれる所が尊敬出来るんだよなぁ、これで婚約者が居ないなんて信じられない、とか思いつつ彼の隣を見上げた。
そこにいたのは、えっと確か…
「と、えっと…アベニュー家の…?」
「あっ、、…あぁ、ルイス・アベニューだ。えぇっと確か…」
アベニュー伯爵家の長男さんだった。
ちなみに生徒会の…会計だったっけ?をやっている方で、レオンハルト様と仲が良いことで有名だった。
名乗ってくれたので僕も名乗ることにする。
皆僕のことはリスクって呼ぶから、例に漏れずリスクで自己紹介。レオンハルト様はまだこちらを見ていたので何かなぁと思い下を見れば、…少年が居たのだった。あ、忘れてた。
「離せ!」とか「お前強いな!」とか「俺の弟子にならないか!?」とか言ってくる少年だったが、…先生からそのままで、と言われた為に離すわけには行かなかった。それに、強い…って言われたのは…悪目立ちしたくはないけど嬉しい、それでも、だからこそ弟子にはならないだろ!なんでそうなるんだ…!?
そもそも強い人を弟子にするっていうのがおかしい!強い人の弟子になれよせめて!と言いたいけれど、これ以上口を開いて何か粗相を働くわけには行かない。ここから先は何が起こってもなるべく口を開かないようにしよう、…そう心に決めた…その時。
「ハルト、久しぶり!」
そんな声が聞こえてきた。
パッと振り返れば、ティーアに似た金髪赤瞳の少年が立っていた。レオンハルト様は立ち上がる。
その金髪赤瞳の少年は僕の下にいる少年を見ながら、「…モーセ、君何かやったの?」とジト目になりながら続けた。
思わず声を漏らしたのは自分だけじゃないと思いたい。「俺何もしてねぇのに!!」等と全然当てにならないことを言い切る少年に、対しても何も考えられない。
金髪赤瞳…、その特徴を見てしまえば、独りでに“ティーア”という平民…という名の元王族の顔が思い浮かぶ。
金髪赤瞳はティーアで見たことはあるし、なんならティーアだって本物の元王家の人間でそれが伝説の救世主様であることはなんとなく本当のことなんだろうなぁって思える。
…けれど、今の時代、こんなにも綺麗にその特徴を受け継いでいるのは…
「久しぶりだな、イグ」
恐らく、…イグニス・ラグジュアル・サンスベリア第一王子殿下。
話しかけられたのは自分ではないが、こんな近くで接する機会があるなんて微塵も思っていなかった。
バクバクと心臓が動き始め、パクパクと口を動かす僕らのことは全く気にせず、レオンハルト様に向かって「うん!久しぶり」と言い放つ。
もう信じられなくて、ティーアのご子孫様に値する方だろうか…と関係なさそうなことを思考に費やしてしまう。
ティーアの子孫…ってことはティーアって既婚者…?というか、ティーアはどうしてここにい…クリスティーナ様は…!それに、今まで黙ってたけどそもそもセラフィーナ様の前世は異世界って…!?と、色んなことが頭に流れ込んでくるが、今はそこではない。
目の前に、王族がいる。
「お、王子…殿下…!?!!」
「おおお、王…、……おまっ、こうしゃっ…何して…!?」
少年から離れる為に飛び退く。
…この少年が王子殿下の知り合いだとは思ってなかった。それに、王子殿下が初めに話しかけたのは、他でもないレオンハルト様だよな…!?やっぱりレオンハルト様は凄いや…僕には到底届かない。
「…俺はただ知り合いに声をかけているだけだ。リスクは俺の知り合い。そして、声を掛けられたら応じるのが礼儀だろ?例え相手が誰であろうとも、」
知り合いだと思ってもらえているのは凄く光栄なことだが、王子殿下は別だろう!そもそも身分が…いや、家の考え方的に身分は全然関係ないって感じだし、学園の校風も平等だけど!でも、…うん。無理ですよ……
「一応俺も公爵子息なんだけど」
困り顔でそう言われてしまい、僕達は固まる。
……そうなんだよ!公爵子息様なんだよ!そもそも僕に話しかける必要なんか無い方なんだよ!!…分かってる。分かってるんだけど、レオンハルト様は親しみやすいっていうか…、これも毎年1日は欠かさず会っているからか…?と思いつつ、アベニュー会計の後に続いて口を開く。
「レオンハルト様、この度は…」
「リスクも、フィーナはまだしも俺ごときにそんなに賢まるな…笑」
レオンハルト様ごときな訳ないから!!!等と言いそうになるのでグッと堪える。
…セラフィーナ様に言ったら絶対、「お兄様が…!」と言ってレオンハルト様の凄さを語ってくれるんだろうなぁと思いながら。
「…確か君達は、リスクルビダ・カモミート殿とルイス・アベニュー殿だったよね? 私のことは気軽にイグって呼んでくれ!」
イグニス様にそう言われてしまい、僕達は一瞬固まってすぐに返事をする。…断れるわけ無いじゃないか!
こんな所で権力を使われると思っておらず、表情がプルプルと震えてしまう。何か言わねばならないと思いつつも、その言葉を飲み込んだ。
イグニス様はだいぶ不安そうな顔をしていた。ふ、不安になりたいのはこっちですから!隣をちらっと見れば、ルイスも目がぐるぐるとして困惑している様子だった。
分かる、凄く分かる!自分以外にも同じ気持ちの人は居る、と思えば多少安心は出来るけれど、それでも不安になってしまう。…うぅ…こんな時、平民と称している間でも公爵当主様と公爵夫人様に普通に接していた兄さんならどうする?どう、ど…普通じゃない解答しかでてこない!
しかも、セラフィーナ様は公爵令嬢だから当てにならないし…ティーアは、ティ、……元王女様だけど今振り切って平民やってる…割には王女様抜けてない部分もあるから全然参考にならない!
…あれ?僕の周りって普通の人はいな…
「それより、まだ質問受け付けをしてなかったよな」
………うん、普通の人は居ないみたいだ。
多分救世主しか居ないわ。レオンハルト様が話題転換をするように大きな声でそう言ってくれる。そんな大きくもないし高くも低くもない声なのに、よく響くレオンハルト様の声。
それはこの辺りにいるほとんどの人達に聞こえた筈だろう。
「もし良かったら受け付けるよ、先生も良いですよね?」
新入生や先生に確認を取って、僕らから少し離れるレオンハルト様。すぐに囲まれてしまうけれど、それがレオンハルト様の凄さなのだと実感出来る。
本当にありがたい。話題を変えてくれたのはもちろんのこと、僕らの場所から少し離れてくれたことで注目を集めてくれるだなんて…。……やっぱり…
「凄いなぁ…」
…レオンハルト様は凄い。
あんな2人が隣にいても、諦めず上を目指している。…そんな彼のことを、僕は尊敬している。
「それな」「分かるよ…」
……僕が一言呟けば、それに伴って2つの声。
重なったことに驚いたのか、彼らはお互いを見合わせ…次に僕らは3人で顔を見合わせる。その後、はっきりと理解した。
やっぱ、レオンハルト様は凄いや。
「…レオンハルト様って、皆に好かれてますよね…!」
そう思ったら、自然と口が開いた。
…口に出すことがどれ程大事なことだったのか、…4年間掛けて今日ようやく分かったからこそ、…口に出して言いたかった。
今日初めて会ったお二人だけど、…相手は年上で、身分は高い、…そんな人達だけど。それでも、言いたかったんだ。
「そ、う…だな!俺もハルトにはよく助けられてて…!」
アベニュー会計も乗っかってくれる。
良かった…レオンハルト様の凄さが伝わる方で!
…クリスティーナ様の話題でも良かったかな?と思うが、お継母様から、クリスティーナ様の話は無闇にしない方が良いわよ、と忠告頂いているから。
「…だよね。ふふっフィーナみたいなこと言うんだね、君」
それから、イグニス様が笑いながらそう呟く。
…うっ…確かに公爵令嬢だもんな!レオンハルト様と仲が良いなら当然セラフィーナ様とも仲良いよな!……まあ、レオンハルト様の凄さをこの4年間みっちり聞いた、その最大の語り手はセラフィーナ様なのだから、仕方が無いと言えば仕方が無いだろう。
「セラフィーナ様とは毎年会っているので!」
「へぇ…まあ、俺もフィーナとは仲良くさせてもらってるけど、君のことは聞いたことなかったな?」
「僕もです、セラフィーナ様は秘密主義ですね」
…あぁ、思わずやってしまった…。真顔で固まるしかなくなる。
セラフィーナ様、レオンハルト様のことは色々教えてくれるのに、それより身分が上のイグのことは何故教えてくれなかったんだ!!!と問いたくなってしまう。何か粗相を犯したらどうすれば良いと言うんだ…!
…どう対応したら良いのか分からないと分かり、これ以上ないくらい焦ってしまう。兄さん…助けてぇぇ……っっ
そんなこと思いつつも、イグニス様の方を見てみれば、僕と同じかそれ以上に真顔になって固まっている。
僕らは何も言えずにお互い見合っていると、隣から一言…
「……2人して公爵と同じようなこと言うなよ……笑」
アベニュー会計が笑いながらそう言った。
僕らは勢いよく振り返った。……光栄…だけど、そんな要素合ったか…?と思いながら。
…それでも、僕がその話を口にすることはなかった。




