1.復讐子息は夢を見た。
例えその記憶を失っても。
「…君に、未来を託そう」
「???」
その温もりを、僕は一生忘れないだろう。
ーーーーー
「っっ〜〜〜」
なんで…どうして。…わけがわからないよ。
僕―リスクルビダ・カモミートは、お父様の部屋で知らされた一言に、何も言えずに立ち尽くした。お父様の隣にいるお継母様もそうだと思う。
僕は、悲しいのに、苦しいのに、泣きたいのに、…それなのに泣けなかった。涙が出てこない。
…お継母様の方が泣きたいんだよね?泣きたいよね。
なのに、お継母様は泣いていない。僕からは表情を見ることは出来ないけれど、明らかに動揺している。…当然だよね、…だって……
にいちゃが、亡くなったって。
…僕でも分かる、…にいちゃにはもう、二度と会えないんだ、って。なんで?どうして?…にいちゃは僕にとって大事な家族だったのに。
僕は信じられなくて、部屋に帰った後でもにいちゃについて考えていた。
僕のお母様は、僕が産まれた1年後に亡くなったらしい。
多分、僕の所為。なのに、お継母様はとても良くしてくれている。だから、僕もにいちゃも凄く仲良し。
にいちゃはたまにふるーる村、っていう所に行ってる。
帰ってくるといつも楽しそうにお話してくれるし、その中でもふらんしゃ、って人と仲良しなんだって!…だから、今度会いに行こう、…そう言われた。
楽しみだったなぁ。
あとねあとね!ろーたすしゃって人は僕知ってるの。ろーたすしゃにはいもーとがいて、れあんしゃって言うんだって。
…会いたいなぁ、会いたかったよ。
だけど、もう会えない。…ふるーる村の人達にも、兄ちゃにも。会いたい、会いたいよ。最後の会話は、いつもとおんなじだった。いつも通り「いってらっしゃい」っていって、「いってきます」って言われた。
たったそれだけの日常を最期に、にいちゃとの未来は…完全に閉ざされてしまった。
ーーー
それから約4年間。
何一つ代わり映えしない日常。兄という名の面影はもうすっかり消えてしまい、僕はカモミート家の長男として育てられることになった。
お継母様もお父様も表向きは気にしていないみたいだったけれど、…兄さん似である自分達を、そしてお互いを見る度に、その奥には兄さんの陰がチラついているんだと思う。
だから、兄さんの話は当然禁句だし、僕もそれに異論は無い。…兄さんのことなんて、話したくもない。4年間心に秘め続けているんだ、…この気持ちを誰かに話すつもりはない。…だって、話したら止まらなくなってしまいそうだから。
…問題は、お継母様とお父様が殆ど交流しなくなったことだ。食事も生活も共にしない。
兄さんがいた時の2人を完全に思い出せるか、って言われたら全然だけど、…少なくともあの時よりも空気が悪くなってるだろうと思う。お互い顔を見合わせず、話すこともなくなった。会うのは…社交界の時くらいなのかな。
兄さんが居なくなってから、僕らの生活は変わってしまったんだ。
色が消えた。
…人生という物に興味がなくなったのかもしれない。
「アボイ…?」
「……ごめん、なんでもないよ」
僕は机の上に乗ってくる子に謝る。
そんなに悲しそうな表情をしないでくれよ。
この子の名前はアボイド。僕の親友であり相棒。
…分からないけど、お父様―ロイド・カモミートがいうには…古代からの謎とされているクンペル、って奴らしい。僕が小さい頃に見つけた小さな竜。
まだ兄さんともあんまり仲良くなくって、ひとりぼっちだって思ってた時に、僕に勇気をくれた。
僕に、優しさを受け入れる勇気をくれたんだ。
僕を産んだ1年後に亡くなってしまったお母様。
まだ幼かった僕を育ててくれたのは、今のお継母様であるパラヴィ・カモミート。乳母が持ってきてくれた本には、本当のお母様じゃない人からは虐められる…なんて書いてあったりもした。
だけど、パラヴィお継母様は僕にすっごく優しくしてくれて。…それが嬉しくて、それと同時に怖かった。なんでこんなに優しくしてくれるんだろう、…もしかしたら明日終わるんじゃないか、って。
だから、素直に優しさを受け取ることが出来なかった。
でも、アボイドが僕に勇気をくれて。
…兄さんが、毎日会いに来てくれて。
そして、お継母様とも仲良くなれた。
僕にとって2人はかけがえのない大切な人達で、…お継母様もお父様も、僕を育ててくれた大事な人達なんだ。
皆、僕に新しい色をくれたんだ。
なのに、兄さんはもう居ない。
お継母様もお父様も笑顔が無くなった。
…なあ、アボイド。僕はどうしたら良いんだよ。
「アボイ…?」
「っっ…っっ…」
あぁ、どうしよう。目から水が止まらないや。
こんな情けない姿、誰にも見せたくない。そう思いながら、一人ベッドへと移動する。
幸い、部屋の中には侍女も衛兵も居なかった。
…そういえば、お父様は最低限しか雇わないんだったっけ。今となってはありがたいけど。
ベッドに横になった僕は、そのままアボイドの方を向く。アボイドは僕の枕の上で気持ちよさそうにお昼寝態勢に入っていた。……ほんと、呑気な奴だな。
「…はぁ、」
…今日も寝たくないな。夢を見る時は、決まって毎回あの日の夢。兄ちゃと会えなくなる夢。胸が張り裂けそうになる絶望を突きつけられる。…それが全て夢だったならどれ程良かったことか。
…もう二度と、会うことは許されない。
これは夢でも何でも無く、紛れもなく現実なのに。
それでも考えてしまう、…お母様との数少ない記憶に登場した救世主が、にいちゃが話してくれたフルール村の救世主が、お継母様やお父様が食事後楽しそうにお喋りしていた救世主が、……もしも、そんな伝説の救世主様が、僕達の元に現れてくれたら、って。…そう、考えてしまうんだ。
「……失礼します、リスクルビダ・カモミート様。」
ノックの音がして、そんな声が聞こえてきた。一言添えれば、ガチャリとした音と共に侍女―モリオンが入ってくる。
なんでも、あの事件の時の生き残りって奴らしい。
お父様はそう言った生活困難な人達を優先的に雇ってるんだよね。言い換えれば、そう言う人達以外は殆ど雇ってない。…きっと、兄さんがそういうタイプだったからかな。兄さんは、身分とかそういうの全く気にしなかった。それも僕のお母様の身分が関係してるのかな?…兄さんはお母様のことも知ってたみたいだし。
考えれば考えるほど家のことが分からなくなってくる。
僕は幸せだったのにな、親友のアボイドがいて、大好きな兄さんがいて、平等に接してくれるお継母様がいて、そして僕達を寛容に育ててくれたお父様がいて。
…幸せだったのに。幸せだったのに…!
竜なんかに、奪われた…?
ただ幸せに生きたい、普通の幸せが欲しかった、…そう願うのは間違ったことなのか?…分からない。けど、もしもこれ以上俺の大切なものを奪うというのなら、僕は、俺は……
大切な物を守る為に、極悪非道に成り下がろう。
そして奪われた人の為に、復讐の道を選ぶんだ。
どうやらモリオン曰く、ロータス殿が来てくれたらしい、それからレオンハルト卿も。
…そう、俺達は結託したんだ、もう何も失わない様にする為に。運命だか何だかそんな物があるというのならば、本気で抗い続ける為に。
例えこれ以上何かを失う事になったとしても、…人生を狂わされた竜に、復讐してやる。その為ならどんなことだってやるから。俺はその為だけに、…全てを投げ捨ててでも、その黒竜のことを恨み続ける。
その身を持って、償ってもらう。
一つの村を破壊したという事実を植え付ける。俺達の人生をめちゃくちゃにした代償を、フルール村の未来を壊滅させたという報いを、必ず贖ってもらう。
その為なら、この生命、誰にだって捧げてやる。
復讐を果たす。
その為だけに、俺は、俺は………
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ーーーーーーーーーー
「っっ…っっ…」
なんで…どうして。…わけがわからないよ。
僕ーリスクルビダ・カモミートは、なんだか凄く怖かった。凄く怖くて、怖くて、怖くて。ひとりぼっちになっちゃう気がして。目からお水が止まらなかった。
「にーちゃっにーちゃっっ」
ただ、怖いよ。僕はにいちゃのことを呼び続ける。
にいちゃもさっきまで寝てたのか、「んっ…」と呟いた後、「どーした?リスク」と僕に声をかけてくれる。
そういえば、リスクって初めて呼んでくれたの、にいちゃだったね。そう思ったら、またお水が溢れてくる。
「リスク?!どうしたんだ…?!」
にいちゃを心配させたいわけじゃないのに。
それでも、にいちゃが近くにいてくれるってだけで、心の底から安心できた。
いつもよりももっとぽかぽかってしてきたの。
「へんなゆめでもみたの?」
そして、急にそんな声が聞こえてきた。
…そう、かもしれない。てぃーあの言う通り、確かに変な夢だった気がする。
そう思ったらまたお水が出てきた。
にいちゃが僕の頭に手を当て、そのままナデナデしてくれる。
「ほら〜お兄ちゃんだぞ〜泣くなリスク〜?」
そう言われたら、どんどんお水が溢れてくる。おかしい、おかしいよ…。
僕は、悲しいわけじゃない、苦しいわけじゃない、泣きたいわけじゃない、…それなのに、泣けてしまう。
僕よりもにいちゃの方が泣きたい筈なのに、僕の方がないちゃうよ。どうして?にいちゃ、教えてよ…っ
「り、リスク?!」
「おちついてリスクさん!」
年齢とか関係ないよ、…にいちゃよく言ってるじゃん。
身分も年齢も関係ない、…だだ、重要なのは中身だ、って。大切な人を思う心なんだ、って。
僕にとって一番大切なのはにいちゃだよ。
ありがとう、いつもいろんなことを教えてくれて。
ありがとう、今日フルール村に連れてきてくれて。
僕ね、今日2人もおんなじくらいの子に出会ったの…!…ここにいるてぃーあと、せらふぃーな!あとね、年上のれおんはると!…ちょっと怖かったけど、仲良くなりたいなって思ったの。
でもね、それ以上に怖かったの。
「あのねっにいちゃがねっいなくなったうゆめっみっっ…」
にいちゃが居なくなっちゃう気がした。
僕の傍から消えちゃう気がした。怖い、怖かった。
不思議と今は大丈夫だけど、それでもなんだか怖くって。いつも傍に居てくれるにいちゃが、突然居なくなっちゃうって思ったら、…目からお水が止まらない。
「…お兄ちゃんはずっとずっとお前の傍にいる。ほら、よく見ろ、ここにいるだろ?」
「うん"っっ…」
「だから大丈夫、いつでもお前の味方だ、絶対に。俺がお前を守るよ」
あぁ、やっぱりにいちゃだ。
僕の大好きなにいちゃがここにいる。
ありがとうにいちゃ。僕、頑張るよ。頑張ってにいちゃに追いつけるようにするよ。パラヴィお継母様とも仲良くするよ、…だから、これからもずっと一緒に居てね。
僕の大大大大好きなにいちゃ!




