第4話 どっちもたいがいね
二人が着いた、山を降りた麓の町。
そこは王都の外縁の町である。
二人は、中心街へと続く通りを歩いていた。
さすがは王都、中心部ではないこの辺りでも、通りの両側には店や宿が立ち並び、よい香りを漂わせている。
「ルーチェルさん、ちょっと、お腹が空きましたね。なんか食べましょう」
そろそろ昼を告げる鐘が鳴る。
午前中歩き続け、それよりもルーチェルに振り回され続けたカミーユは、当然空腹を覚え、ルーチェルに提案する。
ただし、大切な一点を伝えないまま……。
「そうね。人間は食べないと動けないものね」
「精霊は違うんですか?」
「私達も食べるわよ? でも、森の力が私たちの命の源だから、人間ほどは食べないけど。お昼にごはんを少し。それとクッキー数枚で十分。それで数日保つわ」
「ご飯のほかに、クッキー、なんですか?」
「そうよ。おやつはクッキー。常識ね」
それとなく好物を主張するルーチェルである。
「常識ね」と言われても、精霊界の常識などカミーユは知らない。それでも一応、そういうものなのかな、と自分を納得させた。
「へぇ。それで数日保つって、精霊ってホントに森の力が大事なんですね」
「そうよ。精霊だもの」
「シレッとどこかの詩人みたいなこと仰いますね」
詩人はさておき、いまの『精霊だもの』はそれほど意味はないな、とサラリと流し、店の並ぶ大通りをきょろきょろと観察しながら歩を進めた。
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「カミーユ。そこの食堂はどうかしら? 唐揚げが名物らしいわよ」
「精霊も唐揚げ食べるんですか!?」
「当り前じゃない。聖人じゃないのよ」
「言われてみればそうですが……意外です」
「あそこ、衣はカリカリ、中はホクホクでジュルリ。そりゃもう……」
「やけに詳しいですね?」
「……って、え? あー、ソウネ。だからあの……そう!精霊の森を通りかかった冒険者が言ってたのよ」
「あ、なるほど!冒険者さんなら、各地の美味しいお店ご存じですね!」
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「カミーユ。向かいの麵屋、ちょっと寄らない?」
「へぇ。白スープのうまみが評判と。美味しそうですね」
「美味しいわよ……って評判らしいわよ」
「どんな感じなのかな。あんまりドロッとしたのは苦手なんですが」
「サラサラ系でスッキリしてるけど、コクがあって麺も程よく……」
「やけに解像度高くないですか?」
「柔らかすぎず……って、え? あー、ソウネ。だからあの……そう!精霊の森を通りかかった冒険者が言ってたのよ」
「あ、なるほど!冒険者さんなら……ってさっきも同じこと言ってましたよね?」
「え、そう?気のせい気のせい」
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「ちょっとカミーユ。左の玉子料理店、寄ってかない?」
「へぇ、玉子料理。いいですね、美味しいんですか?」
「もちろん! ……と、評判みたいよ?特にオムライス。最近流行りのトロトロじゃなくて、昔ながらのしっかり系。超おいし……いらしいわよ」
「へぇ、しっかり系のお店、最近の減りましたもんね。僕も好きだな。ルーチェルさんが通う気持ち、分かります」
「何言ってるの。通ってなんかないわよ、森を通りかかった冒険者が……」
「あーはい『通りがかりの冒険者』はもういいんで」
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どれだけツッコまれようと『森を通りがかった冒険者』設定を使い続けるルーチェル。
他に設定の引き出しは無いのか、と思いつつ、カミーユは大事なことを伝えていないことを思い出した。
「ちょっとカミ……」
「あの」
また馴染みの店でも見つけたのか、ルーチェルが呼びかけた。
ほぼ同時に、カミーユもルーチェルに、ある大事なことを伝えようと声をかける。
「なによ」
「ルーチェルさんが王都のお店をよくご存じなのは分かりましたが……」
「え、そんなに知らないわよ、ほとんど来たことないし」
「はい、そういうのはいいんで。というかですね……」
「なに?はっきり仰いなさいな」
そして明かされる、衝撃の事実。
「いやその、先立つ物が……」
ルーチェルが一瞬固まった。人間の言う『先立つ物』と言えば……。
そう。アレしかない。
「先立つ物って……はぁ!? あんた、お金ないの!?」
ルーチェルは、周囲の人が振り向くほどの、ほぼ叫びに近い声を上げる。
とは言えその姿は、他の人々からは竪琴袋の影に隠れており、カミーユ以外には見えないのだが。
どこからともなく響き渡った、ハッキリとした「お金ないの!?」という声に、道の端々《はしばし》から「食い逃げか!?」と声がする。カミーユ、とんだとばっちりである。
さすがに周囲の視線が痛くなり、物陰に隠れつつ、二人はヒソヒソと相談を続けた。
「はい、元々、どこかで演奏して、投げ銭でお昼をいただこうかなと、そのつもりでしたから。なので、まずどこか演奏できるお店で……」
「えっと……カミーユ。あなたも大概ね」
自分のことは棚に上げるルーチェル。その棚、いつか轟音立てて崩れるぞ? とカミーユは思ったが、自分も大概なのは否定はできない。お互い様、と言葉を飲み込み、素直に謝る。
「すみません。はじめに言っておけば良かったですね」
「まぁ、言うのが遅れたのは仕方ないわ。それに、あなたの演奏の腕なら、お昼代くらいすぐ稼げるでしょうね」
ルーチェルは、森の家で演奏を聴いている。ここまで調子に乗りすぎてはいるが、カミーユの腕が並みでないことは素直に認めている。
「そうですかね。王都は実力のある方が多そうなので、少し不安です」
「そんなことないわ。確かに王都は実力派揃いだけど……らしいけれど、あなたの演奏は質が全然違う。ここでも十分に通用するはずよ」
「本当ですか? 王都をよく知るルーチェルさんに言われると、少し気持ちが落ち着きます」
「べ、べつによく知ってる訳じゃないからね!?」
「あ、そうですね、そういう設定でしたね。すみません」
「あの、お詫びポイントが若干ズレてる気がするんだけど?」
またぞろ話が吹っ飛びそうになるが、今はそれを楽しんでいる場合ではない。
カミーユは強引に話を戻した。
「まあ、それはそれとて、演奏できる場を……」
「あー、そうね、なら、そこの角を右に曲がって三件目、鳥の巣っていう……」
「右に曲がって三件目ですね? さすが通ってらっしゃるだけあって、よくご存じですね。助かります!」
「だからそんなに来てないって言ってるでしょ? だって森の力が……」
「あ、大丈夫です。その話、顔に『いえ、往復しようと思えば、森の力は十分保ちます』って書いてありますから」
「……」
ルーチェル、絶句。バレている。
いや。カミーユは、正確にどれほど保つかは把握していない。しかし王都に入ってからのルーチェルの話から、そう推測していた。
固まったルーチェルに、カミーユは柔らかな声音で、そっと伝えた。
「安心してください。ルーチェルさんは『これでも』精霊様です。ポイッと捨てたりしませんから」
「カミーユ、いま『ちょっとコイツ放り投げたろか?』とか思ったわよね?」
「そんなことありません」
「そんなことあるでしょ?」
「そんなことありませんよ」
「顔に『一ミリくらいは思いました』って書いてあるけど?」
「思っても……やりませんよ」
「ほら思ったんじゃない」
「それはそうと、着きましたよ。ここですね?」
「ええ、久しぶ……はじめて来るけどぉ、この場所でいい筈よぉ?」
「久しぶりなんですね。場所が間違ってなくて安心しました」
「ちょっと人いいえ精霊の話を聞きなさ……」
このままだと、また店の前で不毛な掛け合いが始まってしまう。そんなことより、いまはお店に、演奏できるか聞くのが先である。
ルーチェルが言い切る前に、カミーユは扉を開けた。
「いらっしゃいませ~!」




