第3話 精霊ルーチェル、はっちゃける
「では、山を抜けるまでご案内しましょう。如何に加護があろうとも、人間一人ではまた何かに襲われるかもしれません」
ルーチェルは目を閉じ、胸に手を添えて、しおらしく言った。
「いや、僕は……」
「良いのです。加護もございます。なによりわたくしが一緒に……」
「あ、いえ、そうではなく。大変失礼かと存じますが……」
ルーチェルが精霊らしく説得するその目の前で、当のカミーユは 先ほどの出来事が脳裏をよぎり、不安をおぼえている。
「ルーチェル様も、その加護をお持ちなのでしょう?」
「はい。もちろんでございます」
ルーチェルは、微笑を湛え答えるが。
「でも先程、灰牙に襲われてませんでしたっけ?」
そう。カミーユは加護を与えられただけだが、ルーチェルは元々その加護を持っている。それでも襲われた。
その矛盾を、どストレートに突くカミーユ。
「そ、それは、えっとぉ……そうね、ソレはねぇ、アレよ、アレ……」
冷や汗がどっと溢れたルーチェル。目も泳ぐ。あからさまに泳ぐ。
取り繕った神々しさも瞬時に霧散。仮面が剥がれ、言葉遣いも瞬時に素になってしまう。
「そうですね。アレはアレで、ソレはソレで」
「そ、そう!ソレはコレで、コレは……」
「で、何です ?」
精霊。それは最大に敬意を表すべき相手である。その精霊を前に、カミーユが詰める。それもそうだ。いざとなれば命の危機。敬意は持っても命はひとつ。彼は遠慮している余裕などない。
「あ、いえ、そうではなく……あ、そうだ!先ほどは森から離れ、力が弱まっていたのですよ、人の子よ」
「ああ!なるほど!……じゃあ、また同じことになるのでは……」
「いや、だっから、森の力を竪琴に移したでしょ?……いえ、移しましたでしょう。わたくしは、その竪琴と同化すれば、森の力をいただくことができるのです。ご安心くださいませカミーユ様」
何とか体裁を取り繕いながら、ルーチェルは考え考え訴えた。
もはや棒読み。考えながらではあったが、それでももちろん、嘘はない。
力が弱まってたのは事実。力があれば魔獣など瞬速撃退できるの事実。森を出てもその力が弱まらない手を打てる。これも事実。
完璧である。どこを取っても嘘はない。裏はあっても嘘はない。嘘ではないから正義である。
ルーチェルの完璧な論理武装に、カミーユは手を打って納得した。
彼はまだ、精霊を『人間よりも神に近い存在』と信じている。先ほどは、そう考えていることなど微塵も感じさせぬ勢いだったが、理由が分かれば話は別。納得した上で信心を取り戻した。
しかし。
もちろん『精霊は人間よりも神に近い』は真実だ。その点でカミーユの認識も取り戻した信心も、間違ってはいない。
間違ってはいないが、「裏はなくても嘘はない。うん! 間違ってないから正義なのよ!」と考える精霊がいる、ということを知らないだけだ。
「なるほど、それなら安心ですね!」
カミーユは、ルーチェルの棒読みを言葉通り理解し、受け入れた。
ルーチェルもホッと胸をなでおろし、それでは、と竪琴と同化して、カミーユの出発の準備を待った。
しかし。カミーユは精霊の……いや、ルーチェルと言う精霊の『本来の姿』を、まだ本当の意味で理解していなかった。
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「カミーユ様、このキノコきれいですわね。ひとくち…」
「え、ルーチェル様それ毒キノコでは……」
「加護を持つ精霊には関係な……ゲボォッッ!」
「うわぁだから言ったでしょう!?」
「カミーユ様は、薬草選びが得意なのですね…キノコの解毒、ありがとう」
「いえ……それより、その手に持ってる花。捨ててくださいませんか、この花粉にも毒が……て、ええっ!もう吸って!?」
「なにを騒いでいるのです、香りもほら、とてもよく……フ、フハハハッ!ウウケケケッ!なーんかちょー楽しー!ね~カミ~ユゥ♪ね~……とぉっってもふかふかなオフトゥンが……」
「ああああ!!!これ幻覚見るやつ!綺麗に当たってるし!」
「……ちょっとカミーユ、そこの崖降りてもらえる? 下の洞穴に用があるのです」
「……イヤです。灰牙が巣にしてそうですよ?」
「だからよ。昨日のアイツ、私を喰らおうとしたのですよ? キッチリ仕返ししてあげましょう」
「いやだからそういう余計な……て勝手に飛んで行かな……うわぁ!」
「あら。その木の上の巣は、九色鳥の巣? ちょっとあの巣に……」
「いいかげんにしないと目隠ししますよ? その羽、縛り上げますよ?」
「まだ何も言ってないじゃない?」
「絶対何か考えてましたね?」
「そんなことないわ。九色鳥の虹色の卵をちょっと見たい、できれば殻のかけらが欲しいだなんて、そんなそんな」
「やっぱり思ってたじゃないですかぁ!!!」
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そう。多くの精霊は「無鉄砲ないたずら好き」という性質を持っており、ルーチェルはそのなかでも相当筋金入りなのだ。
精霊はそう簡単には死なない。だからこそ、人間が付き合えば命がいくつあっても足りないような、信じられない悪戯をする。
それが精霊の真の姿であり、ルーチェルはその筆頭格であったのだ。
さすがにカミーユも、灰牙の巣辺りからは
(ルーチェル様……いやルーチェルのやつ、ちょっとこれ、本気で止めないと僕の命がまずいぞ?)
と気付き出した。言葉が厳しくなり、止める勢いも本気になってきた。
が。相手は調子に乗った精霊である。止められる段階は、とっくのとうに過ぎていた。
それでも、なんとか山の麓の町まで辿り着けた。
加護の力を一ミリも発揮することなく、むしろ危険百倍増し、生きて辿り着けたのは単に運だけとしか思えなかった。
無事山を抜けられたことに、ルーチェルに、ではなく、神に心から感謝した。
それでも一応、カミーユはルーチェルを立てて言った。
「ルーチェルさん、加護のお力はまるで使いませ……いえ、おかげさまで? 災難に見舞われながら……いや何事もなく? ここまで来られました。ありがとうございました」
「ええ。そうですね。これが精霊の加護の力ですからこれからも……」
「では。ここからは一人で大丈夫です。またお会い……」
ルーチェルが言い切る前に、プイと背を向け別れの挨拶を交わそうとするカミーユ。
それもそうだ。ルーチェルに付き合っていては、命がいくつあっても足りない。ここまでの道中で、それは既に明らかにされている。
が。
「今日はこの町に宿を取るのよね。精霊は宿代取られないと思うから安心してくださいませ」
「えっ?」
「ん?」
嫌な予感がカミーユの脳裏を過る。
「まさか、とは思いますが」
「はい」
ルーチェルが、神々しい笑顔を浮かべている。これまでより100倍輝く、清々《すがすが》しい笑顔を浮かべている。
「ついて、くる……?」
恐る恐る、カミーユが問いかける。
すると、笑顔のルーチェルの口から、カミーユを絶望の淵に叩き落す事実が告げられた。
「森の力が竪琴と竪琴入れに宿ってるのよ。竪琴から離れたら、精霊の森まで力が保たないの。テヘッ」
「いや『テヘッ』じゃなくて!?」
ふと、カミーユは思った。
自分に与えられたルーチェルの光の加護。
人の心を明るくし、喜びを湧きあがらせる加護だ。カミーユが演奏で目指すことそのものだったし、それはそれでありがたい。お礼としては十分すぎるものだ。
けれど、だ。
竪琴に移した森の力。その音を聴いた者は、心の猛りが静まり、安らぎをおぼえる、という力。
これ、本当に必要だったのだろうか?
元々自分の演奏は、よく「安らぐ」という感想をいただく。そこに輪をかけて、力として宿らせる意味はあるのだろうか?
と言うか、である。
ルーチェルは『森の力を循環させなければ生きていけない』と言っていた。と、言うことは……。
「……森の力を竪琴に移したのって、はじめから、こうするつもりでしたね?」
「ええそうよ。それが、なにか?」
図星である。笑顔のままで、図星である。
更に即答である。
一切を否定しない。潔い。さすが精霊である。
しかもルーチェル、天使の微笑である。精霊だけど。
「その微笑みで開き直りぃ!?」
「でも一人より楽しい道中だったでしょう?」
「ええ、まぁ。ルーチェルさんはいろいろとやらかし……楽しませてくれましたからね」
「でしょう? 私といれば楽しい道中になるのよ」
『楽しい』の定義がおかしい。とはルーチェルは露ほども思っていない。なぜなら、精霊であるから。
「……そうですね……毒キノコ勝手に食べたり毒の花粉吸って、平気って言ったわり、バッチリ当たってみたり、灰牙の巣つついて昨日の仕返ししようとしたり、九色鳥の巣から卵くすねようとしたり、まぁいろいろやらかし……楽しいことしてましたけどねッ!」
「ほぉら見なさい。私がいれば加護もあるし、これからも楽しい日々になるわよ。私も退屈な森を出て、少し外の世界を見たかったからね! 楽しみましょう!」
「……こんな楽しさ、いらない……」
「楽しいことにはリスクが付きものよ。しっかりしなさいカミーユ」
「そのギャンブラー思考、アナタほんとに精霊ですかまったく……」
あっさりと本性を現し、キラッキラに瞳を輝かせるルーチェル。もう何も包み隠すこともない。既成事実万歳、である。
カミーユは、その場でポイと捨てればそれで済むのだが、彼にはそんなことは出来ない。それを見越したルーチェルの圧勝である。
こうして、心優しき竪琴奏者・カミーユと、加護(災い)を与える精霊・ルーチェルの『とんでも・デコボコ二人旅』が始まった。




