第2話 森の精霊、竪琴奏者を丸め込む
精霊の住処は、「巣」というには立派なものだった。
カミーユは、葦で編んだ小さな祠のようなものを想像していたが、実際目にするとそれは立派に「家」と言えるものだった。
普通に人が住める。贅沢を言わなければ、独り者に程よい住居と、言って差し支えないものだった。
ただ一歩中に入ると、自然の息吹を感じさせるものばかり。
テーブル代わりの丸太。草と蔓を編み布を被せたベッド。草で編んだ椀型のものは、カップ代わりだろうか。人が喜びそうな調度類はほぼ無い。
森の精霊は、かれこれ一刻ほどベッドの上で眠っている。
呼吸の度に、窓から入り込む光の粒が、精霊の体に染み込んでいく。
カミーユは物珍しさと神々しさに、しばらくその様子を眺めていた。
けれど、そんな不思議な様子も、20分も眺めていれば流石に飽きる。
いまはベッドの横で、静かに竪琴を奏でていた。
そうして数曲奏でたのち、ルーチェルに生気が宿り、目を覚ました。
「……人の子よ」
またも威厳を演出するためか、精霊は大仰に呼び掛けた。
「先ほどは、取り乱したところを見せてしまいましたね」
「いえ!ご無事で何よりです。」
竪琴を置き、少々ホッとした様子でカミーユは答えた。
さっきと様子が違うな、カミーユは一瞬そう思った。
しかし、そもそも精霊は人間の上位にいるものだ。自然の力を操ることができ、人に欠かせぬ自然の富、それこそ水の一滴すら、精霊の力で断つことも溢れさせることもできる。
故に、王族よりも頭が高い。
それが世の常識として認識されていた。カミーユももちろん、その認識を共有する一人だった。
その格の高い精霊なのだ。格調高く話すのは当然。先刻はよほど余裕がなかったのだろう、いまが真の姿なのだ、と何の疑問もなく考えた。
「人の子よ。改めて、ありがとう。ただ助けてくれただけでなく、演奏によって森の力を呼び起こし、回復を早めてくれたこと。心から感謝いたしております」
「森の力? 演奏ので?」
カミーユには全く心当たりが無い。ただ手持無沙汰ゆえに、横で竪琴を奏でていただけだ。自認としては。
「ずっと竪琴を弾いていたでしょう? そなたの音によって、不思議ですが……森の力がいつもよりも強くなった様子。それで回復が早まったのです」
カミーユとしては、ただ弾いただけだった。それも、聴衆の前で弾くよりも軽い気持ちで「思い思いに鳴らした」だけだった。
それだけに、意外なお告げだと思っていた。
「そんなことが……ただ、いつもより楽に弾いていただけでしたが……。それに、僕の演奏はあまり目立たない。そう自分では感じています」
精霊は顎に手を当て、少し考えるような仕草をしたが、すぐにスッと竪琴に飛び乗り、マジマジと眺める。
ひとしきり眺めた後、今度はカミーユの肩に飛び移り、瞳を覗き込んだ。
「……あなたは、本当にただ『目立たない演奏しかできない』と、そう感じてるの?」
「はい。もちろん昼時の食事処で演奏する折などは『うるさくないし、客の会話の邪魔をしない演奏でちょうどよい』と仰ってくれる方もいましたが、歓声を浴びることは殆どありませんでした」
「私には、ただうるさくない、というだけではないと感じます。何と言いますか……どこか包み込むような力を感じます。それが森の力を引き出したのかと」
意外な一言に、カミーユは新鮮に驚いた。いままで引け目に感じていたことが、精霊や森にとって大きな力になるとは。そんなことは考えたことも無かった。
精霊は肩から降り、テーブルに腰かけた。
「人の子よ。名は何と申されますか?」
「カミーユと申します」
「カミーユ。柔らかいお名前。あなたの奏でる音色にぴったりですね。わたくしは、ルーチェル。森の精霊、そして光を操る精霊、ルーチェルです」
そう言ってルーチェルは、手のひらに光を集めた。
そして背中の小さな翼を羽ばたかせて舞い上がり、カミーユの頭上からそれを降らせた。
「え、これは……」
「これは『光の加護』です。人の心を明るくし、喜びを湧きあがらせ、また精霊の加護があることを、人々に感じさせることができます」
「なん、と」
カミーユはただ関心し手を合わせて感謝を述べた。
「これは、私を助けてくださったお礼です。それと……」
ルーチェルは、再び光の粒を集める。
集めた光の粒を、まるで布を広げるように竪琴に向けて放つ。
「これは、森の力を引き出して回復を早めてくださったお礼です」
光が竪琴を包む。そして一粒ずつ竪琴に染み入っていく。
「森の力を、あなたの竪琴に移しています。この力を竪琴が吸ったならば、その音を聴いた者は、心の猛り静まり、安らぎをおぼえることでしょう」
「それは、すごい! 」
しかし。
ルーチェルに別の思惑があるなどとは、カミーユはこの時はまだ気付きもしなかった。




