第5話 眠れる食堂とやさぐれ精霊
「いらっしゃいませ~!」
店の奥から、接客係がトコトコと駆け寄ってくる。
はじける笑顔。てきぱきとした動き。恐らく、この店の看板娘と思われた。
「あのぉ、こんにちは、はじめまして。すみません、ちょっとお願いが……」
カミーユは、挨拶をしながら接客係の名札をチラと見ると、「ヴェリテ」とある。
「はい、何でございましょ……って、その陰に隠れてらっしゃる……」
ヴェリテは何かに気付いたらしく、カミーユの背負う竪琴袋を覗き込む。すると、ルーチェルの輝く緑色の髪が見えた。
「あーっ!やっぱりルーチェ……っ!」
「あ゛ーーーっ!え゛ーーーっとねえ゛え゛え゛っ!! この子がぁぁ!ここでぇぇ!弾いていいかっでえ゛え゛え゛っ!!……このお店でぜひ演奏させて欲しいと、そう申しているのです」
ヴェリテの笑顔の呼び声を、ルーチェルはほぼ絶叫でジャミングをかける。
あまりの勢いに、ヴェリテはポッカーンと呆気にとられた。瞬間、ルーチェルは精霊らしい静かなトーンに切り替えた。
百面相ですかアナタは、とカミーユですら突っ込みたくなる瞬間変化ぶりである。
「お昼の演奏、でしょうか? それなら、うーん」
「このお方、森の力を増幅させましたのよ。森が反応するくらいの、素晴らしい実力をお持ちなのです。ね? それだけのお方ですのよ? 『精霊の』わたくしが実力を保証いたします、とお願いしても、ダメかしら……」
ルーチェルは、「精霊の」をやたらと圧強めに押し出し、それでも「しおらしく聞こえるように」言った。、ヴェリテもそれを慣れた様子で軽く流そうと……。
「精霊? えっと、まーいちおう精霊でしたね、ルーチェルさ……」
「あ゛ーっ!え゛ーーーっとねえ゛え゛!だから弾きたいんだってぇ! ギャラは投げ銭でいいからってえ゛え゛っ!!」
最早なんのジャミングにもなってない。完全に素である。
それでもルーチェルは必死だ。既に王都散策常習者とバレているにもかかわらず、何故か必死だ。
ヴェリテもさすがに、何かを察した。そして目尻が下がり「また何かやらかしてるな?」とでも言いたげな表情を浮かべ薄笑いをした。
とは言え、そこは接客のプロだ。ツッコミをいれたくなる気持ちを抑え、丁寧に答えた。
「……はい、ルー……『精霊様』がそこまで仰るなら、そうですね。謝礼は出せませんが、投げ銭でよろしいければ」
「はい!もう全然それで構いません!ぜひ!」
カミーユは食い付いた。
給仕が勝手に話を進めていいものか? などという常識的な考えは、頭の隅にも浮かばない。掴めるものなら藁でも掴む。後で怒られる程度ならば、大した問題ではない。
演奏時の「やった者勝ち!」思考ならば人一倍のカミーユは、何の迷いもなくヴェリテの話に乗った。
「では、そちら奥の椅子の辺りでお願いいたします。お荷物は……」
とスイング扉を押し、カウンター内の一角を指さした。
カミーユが準備を進める間、ヴェリテはルーチェルにウィンクを送る。ルーチェルもホッとした様子でウィンクを返す。二人の密かなコミュニケーションをカミーユは気付かなかったが、相当気の置けない仲なのは明白だった。
_____________________
カミーユが演奏の準備を進めていると、続々と客が入り、テーブルはほぼ埋まった。
路地裏の店としては、なかなかの客足である。
「さすがルーチェルさんですね。路地裏なのにかなりお客様が入ってますよ。こんな穴場をよくご存じで」
「ええ、もちろ……て、だから!通りがかりの冒険者に……っ」
「あ、その設定、まだ続けてるんですね? すみません、失礼しました」
「……カミーユ、あなたは何に詫びてるのかしら?」
「もちろん ” あーはい、そうでしたね。そのお芝居に乗ってあげられず、すみません ” ですかね?」
「あんたちょっとその前髪どけて額出しなさい。デコピン五発で手を打ってあげるから」
「ちょっ!いくらルーチェルさんの小さな手でも、五発食らった流血しますよ。三発まででお願いします」
いや三発は良いんかい、てかこいつら演奏じゃなく漫才させた方がいいじゃないの? カウンター内のヴェリテは、そう思わずにいられなかった。
だが、あの、精霊の面を被った面倒しか呼び込まない、一応は神秘生物・ルーチェルを雑に扱うのはとにかく、カミーユとは初対面だ。
スルリと堪え声には出さず、思うだけに留めた。
さすが、大人の対応である。
調弦まで済ませ、演奏の準備が終えると、カミーユは息をひと吐きし、ヴェリテに合図を送る。
心中はひとまず置いておくとして、ヴェリテは張り付けた笑顔でニッコリ。
開始の合図だ。
「おお~!今日は竪琴か、優雅なひと時だなあ!」
真昼間から酒を煽る、冒険者風情の大男が歓声が上がった。常連なのだろうか、やけにこなれた振る舞いだった。
「はい。本日王都に到着されました、カミーユ様と申しまして。森の精霊様をも唸らせた、と評判の楽師ですのよ。ぜひご堪能くださいませ」
ヴェリテも、その森の精霊様…いや精霊のヤツ、とんでもない曲者だけどね、と思いはしても口には出さず、それどころかさりげなくハードルを上げてくる。
なかなかのやり手である。
「ご声援ありがとうございます。では、始めます。お食事と共にお楽しみください」
カミーユは静かに口上を述べ、まずは王都で流行っている曲を奏で……。
_____________________
「………………っえ?」
カミーユはいつもどおり、ただ奏でただけだった。
しかし。
調弦の時はなにも起こらなかった。
けれど、曲を奏ではじめたいま、どうかと言えば。
皆漏れなく、曲が始まって数秒以内に、テーブルに突っ伏し寝息を立てて眠ってしまった。
ある者は、派手にテーブルに頭を打ち付けて。
ある者は、ジョッキをひっくり返し。
ある者は、運ばれた定食に顔面を埋もれさせて。
特に料理を運んでいたヴェリテなど、盆に乗せた料理を派手にぶちまけ、膝から崩れるようにぶっ倒れ眠りこけている。
しかも、皆一様に幸せに満ちた寝顔で。
「ル、ルーチェルさん……これは……」
当のカミーユも全く理解が追い付かない。ただ呆然と竪琴を抱え座っている。
そんな時が止まったような状況の中、ただ一人……いや一匹だけ、光の速さで動き、叫ぶ者がいた。
「カミーユ! 逃げるわよっ!」
都合の悪い状況は逃げるが勝ち。
それが精霊の常識……ではない。
ルーチェルのマイルールである。
ルーチェルは荷物を急いで引き上げようと、カウンターのスイング扉に突進する。
……が。
ブチィッッ!
スイング扉にめり込み、扉に大の字模様をくっきり付けてズルズル落ちていくルーチェルが……。
「いや上か下空いてるのにっ!?」
心配より先に「なぜ突進した!?」 のツッコミが先に立つカミーユであった。
ピクピク身体を痙攣させ、ヒラヒラと足元に落ちてくるルーチェルを見下ろしながら、カミーユは困惑するばかりだった。




