第85章:石田の決断
赤いランプは点灯したままだった。
数秒間、誰も動かなかった。
操作盤に表示された文字も変わらない。
安全状態:未確認
中央制御:利用不可
区画:孤立
悠太はその三行を、もう見なくても覚えているくらい読んでいた。
それでも、また見てしまう。
背後では、負傷した狩人がマットの上で呼吸している。陽菜は包帯から再び血が滲んだときに備えて近くに残っていた。芽衣は閉じた扇を両手に一本ずつ持っている。颯太は、水や懐中電灯、救急箱を集めたベンチのそばに立っていた。
石田だけは、ずっと操作盤の前にいた。
ランプが赤へ変わってから、一言も発していない。
悠太が気にしていたのはそこだった。
動けなくなっているようには見えない。
迷っているようにも見えなかった。
読んでいる。
一つの画面。
次の画面。
ローカルマップへ戻る。
各アクセスの状態を確認する。
正面扉のロックを開く。
また戻る。
そこにはないと分かっている答えを、機械からどうにか引き出そうとしているようだった。
最初に我慢できなくなったのは芽衣だった。
「何か分かった?」
石田は振り向かない。
「いや」
「じゃあ?」
「確認してる」
「さっきから同じもの見てるじゃん」
「状態が変わってるからだ」
悠太が顔を上げた。
芽衣も。
「何が変わったの?」
石田が第二出口の詳細を開く。
先ほどまで緑で固定されていた表示が、今は点滅していた。
緑。
灰色。
また緑。
その下には、新しい警告。
ローカル応答:断続的
陽菜が近づく。
「これ、さっきはなかったよね?」
「なかった」
石田が警告を押した。
画面の反応が遅い。
いくつもの技術情報が表示された。
電源。
ロック。
センサー。
駆動装置。
大半は正常。
二つが点滅。
一つが黄色。
マットの上から負傷者が声を出した。
「どこの出口だ?」
「第二出口」
男が少し顔を向ける。
「エラーは?」
石田が読む。
「ローカル駆動装置の応答が不安定」
狩人は一瞬目を閉じた。
「嫌な表示だ」
芽衣が息を吐く。
「今日はその台詞、大活躍ね」
石田が男を見る。
「何が起こる?」
「何も起きない可能性もある」
芽衣が扇で男を指した。
「そういう始め方やめて」
狩人は慎重に呼吸する。
「ロック機構の電源か、ローカル制御との通信が落ちかけてる可能性もある」
「それでも開けられる?」悠太。
「今なら」
「そのあとだと?」
男は少し間を置いた。
「何が故障するかによる」
石田は再び画面を見る。
「待って、完全に反応しなくなったら……」
「閉じたままになる可能性がある」
颯太が顔を上げた。
「中からでも?」
狩人はすぐ答えなかった。
それで十分だった。
「機械式の非常開放もある。ただし、本部が襲撃されてる最中に学生五人で使う前提のものじゃない」
芽衣が扉を見る。
「じゃあ決まりじゃん」
石田は答えない。
「開けて出る」
「そうは言ってない」
「でも考えてる」
「考えてるだけだ」
「ほとんど同じでしょ」
「違う」
芽衣が言い返そうとした。
陽菜が手を上げた。
「待って」
全員が黙る。
外から音がした。
衝撃ではない。
低い唸り。
そのあと金属音。
悠太は正面扉へ顔を向ける。
何もない。
操作盤からまた通知音。
石田はすぐに振り返った。
第二出口の表示が変わる。
使用可能
一秒後。
応答なし
そしてまた。
使用可能
颯太がみんなの方へ一歩近づく。
「これ、普通じゃないよね」
「ああ」
石田の答えに、今度は誰も反論しなかった。
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悠太はもう一度、指令室への通信を試した。
「訓練区画から指令室」
雑音。
「聞こえますか?」
何もない。
周波数を変える。
「加藤さん」
沈黙。
「優奈さん」
何もない。
三つ目。
「訓練区画周辺の部隊、誰でもいい。応答してください」
通信機が一度鳴った。
それだけ。
悠太は下ろす。
芽衣は石田を見ていた。
「あとどれくらい待つつもり?」
石田は答えない。
陽菜が負傷者の横へ座る。
「第二出口から行ける安全な場所ってある?」
男が目を開ける。
「地図は出るか?」
「一部だけ」石田。
「見せてくれ」
石田が画面を向ける。
狩人が少し頭を上げた。
痛みで顔をしかめる。
悠太が手を貸す。
「あんまり動かない方がいい」
「出るなら、どこへ行くか知らない方がまずい」
姿勢を整え、地図を見る。
第二出口は第二訓練棟へ続いている。
そこから二つの通路。
一つは内部区画。
もう一つは小さな区画へ。
今まで誰も気にしていなかった記号がついている。
男が指を上げた。
「そこ」
石田が拡大。
名称が表示される。
補助避難所 B-2
芽衣が読む。
「これは本当に避難所? それとも二十分後には安全じゃなくなるタイプの“安全な場所”?」
狩人は気を悪くした様子もない。
「もっと小さい。独立ロック。中央システムへの直接接続もない」
「それ、今は長所なの?」陽菜。
「今ならな」
石田は経路を確認する。
「何のためにある?」
「非常時用だ。火災。構造障害。部分避難」
「出口は?」
「二つ。生きていれば」
芽衣が石田を見る。
「二つは一つよりマシ」
「内部区画には今より近い」
「警備員は?」
「普段はいない」
颯太が眉を寄せる。
「じゃあ、なんで安全なの?」
男が彼を見る。
「誰もそこへ行く理由がないからだ」
悠太は理解した。
訓練区画は、守られていたから安全だった。
あの避難所は別の理由で安全かもしれない。
価値がないから。
遺物もない。
主要経路を制御していない。
指令機能もない。
残滓が探しに来る理由がない。
少なくとも、そう願うしかない。
石田は道順を頭に入れる。
「どれくらい?」
「第二出口から、何も起こらなければ五分」
芽衣が乾いた笑いを漏らす。
「じゃあ二十分ね」
狩人は少しだけ笑いかけた。
「たぶんな」
陽菜が傷を見る。
「歩ける?」
男は包帯を見る。
「支えてもらえば」
「歩かない方がいいよ」颯太。
狩人が彼を見る。
「そもそも俺はここにいるべきでもなかった」
颯太は返せなかった。
石田はまた操作盤を見る。
第二出口はまだ点滅している。
使用可能。
応答なし。
使用可能。
故障の間隔が短くなっていた。
悠太が立つ。
「行く場所はある」
石田は振り向かない。
「ああ」
「出口も、まだ開く」
「ああ」
「なら……」
「待て」
悠太は口を閉じる。
石田は数秒、画面を見続けた。
次に正面扉。
赤。
中央制御なし。
南アクセス喪失。
設備アクセス未確認。
第二出口は不安定。
学生五人。
そのうち一人は実戦経験がほぼない。
負傷者一人。
通信なし。
警備員なし。
悠太には、その一つ一つが石田の頭の中を通っているように見えた。
石田は昔からそうだった。
一番早く喋るタイプではない。
だが、一度決断するときには、それまでに考えすぎるほど考えている。
芽衣が腕を組んだ。
「加藤さんはここにいろって言った」
石田が見る。
芽衣が眉を上げる。
「何? 先に言ってあげただけ」
「思い出させてもらう必要はない」
「あるように見えるけど」
石田は無視する。
全員を見る。
「加藤さんが俺たちを残したのは、ここが守られてたからだ」
誰も口を挟まない。
「警備員がいた。アクセスが三つあった。指令室と通信できた。中央制御もあった」
画面を指す。
「今は全部ない」
颯太が何か言おうとする。
その前に石田は続けた。
「まだ動く出口が一つある」
点滅を見る。
「それも壊れ始めてる」
陽菜には、もう何を言おうとしているのか分かった。
芽衣も。
悠太は待つ。
石田はゆっくり手を下ろした。
「完全に壊れてから、ここが安全かどうか考え始めても、その時にはもう選べなくなる」
沈黙。
負傷した狩人もマットの上から見ている。
石田が息を吸う。
「出る」
一瞬、誰も何も言わなかった。
最初に口を開いたのは芽衣。
「やっとね」
だが笑わなかった。
陽菜の肩から少し力が抜ける。
悠太は地図に示された第二出口を見る。
颯太だけは動かなかった。
一つの疑問は解決した。
全部ではない。
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「僕も行く」
数秒後、颯太が言った。
石田が見る。
「駄目だ」
即答だった。
颯太が瞬きをする。
「え?」
「残滓を探しに行く方には来ない」
「まだそんなこと――」
「言うつもりだっただろ」
颯太が唇を噛む。
芽衣が石田を見る。
「最後まで言わせてもいいんじゃない?」
「答えは変わらない」
颯太が一歩前へ出る。
「訓練した」
「知ってる」
「一か月」
「それも知ってる」
「香奈さんに魔力の使い方も教わった」
「ああ」
「だったら助けられる」
石田は声を荒げない。
「助けられる」
颯太が困惑する。
その答えを予想していなかった。
「じゃあ……」
「助けられることと、俺たちと一緒に戦いへ突っ込むことは違う」
颯太の顎に力が入る。
「いつも僕だけ置いていかれる」
悠太は、その言葉の重さを感じた。
今日だけの話ではない。
三郷。
訓練。
大会。
他のみんなが出て、自分だけ残る。
悠太にはその感覚がよく分かった。
誰にも見えないものが見えるのに、何もできずにいた時間。
加藤と出会ってからも、役に立てないと感じることが何より嫌だった。
颯太が悠太を見る。
「悠太なら分かるでしょ」
答えるのが難しくなった。
悠太は少し間を置く。
「ああ」
颯太がもう一歩。
「じゃあ言ってよ」
悠太は石田を見る。
陽菜。
芽衣。
最後に颯太。
「一緒に行きたい気持ちは分かる」
颯太が待つ。
「でも石田の言う通りだ」
表情が落ちる。
「悠太も」
「役に立たないって意味じゃない」
「みんなそれ言って、そのあと残れって言う」
悠太はすぐに答えられなかった。
芽衣が答える。
「役に立たないわけじゃないから」
颯太が振り向く。
「さっき、僕が一番魔力の使い方分かってないって言った」
芽衣が顔をしかめる。
「言った。それに言い方悪かったって謝ったでしょ」
「でも本当だった」
「うん」
また、甘くはしなかった。
「今も本当」
颯太が俯く。
芽衣が続ける。
「だからって何もできないわけじゃない。でも、まだ同じレベルじゃないのに同じだって扱う方が馬鹿でしょ」
陽菜がもう少し柔らかく言う。
「私たちだって大人たちと同じじゃないよ」
颯太が見る。
「でもみんなは出る」
「今は私たちにも選択肢があんまりないから」
「僕にもない」
石田が言う。
「お前にはある」
颯太が振り向く。
「何?」
石田が地図を指す。
「避難所へ行く」
颯太が眉をひそめる。
「また隠れるってことじゃん」
「違う」
「同じだよ」
「負傷者を連れていくなら違う」
全員が狩人を見る。
男が眉を上げる。
「ずいぶん勝手に役割が決まったな」
石田は続ける。
「一人では行けない」
颯太が負傷者を見る。
「じゃあ全員で連れていけばいい」
「避難所まではそうする」
「そのあと?」
石田はすぐに答えなかった。
そこが決断の二つ目だった。
悠太にも分かった。
芽衣にも。
石田がローカルマップを開く。
避難所を指す。
次に内部区画へ続く通路。
「そのあとは、全員で同じ場所には行かない」
颯太がまた見る。
「どういう意味?」
「何が起きてるのか確認する必要がある。通信が戻らないなら、誰かが前へ進んで、使える経路か部隊か、指令室との連絡手段を探す」
悠太がうなずく。
「俺が行く」
「私も」陽菜。
芽衣が扇を開く。
「私も」
石田が首を振る。
「駄目」
芽衣が向く。
「また?」
「颯太と負傷者を避難所まで運ぶ人間が必要だ」
「それで私?」
「俺たちだ」
芽衣が止まる。
「私たち?」
石田がうなずく。
「俺とお前」
悠太が見る。
予想していなかった。
「なんで?」
石田は最初に悠太を指す。
「お前の見えない魔力は、見つからずに前へ進むのに向いてる」
次に陽菜。
「陽菜は、何かが道を塞いだときの直接火力が高い」
陽菜は自分の斧を見る。
石田は続ける。
「芽衣は距離を取ったまま通路を守れる。俺は鎖で道を塞げる」
芽衣も理解し始める。
「護衛ってことね」
「ああ」
「あなたと私と、颯太とこの人」
負傷者を示す。
「ああ」
悠太は地図を見る。
自分と陽菜が前へ。
石田と芽衣が颯太と負傷者を安全な場所へ。
ここですぐ分かれるわけではない。
まず訓練区画から出る。
第二訓練棟を抜ける。
経路そのものがまだ存在するか確認する。
だが分岐まで着けば――。
二つの道。
颯太が首を振る。
「嫌だ」
石田が見る。
「颯太」
「嫌だ」
声が強くなる。
「僕も悠太と行ける」
「駄目だ」
「なんでみんなはいいんだよ!」
石田はそれでも声を上げない。
「経験が違う」
「訓練した!」
「もう聞いた」
「だったら証明させてよ!」
負傷した狩人が目を開けた。
「駄目だ」
颯太が振り向く。
男は苦しそうに呼吸する。
「それはやめろ」
「何が?」
「何かを証明するために戦いを探しに行くことだ」
颯太が拳を握る。
「戦いを探してるわけじゃない」
「なら“証明する”なんて言うな」
その言葉で止まった。
狩人は颯太を見る。
「今日、お前は俺が意識を失わないように手伝った。救急箱を持ってきた。必要なものも分かってた。血を見て一瞬止まっても、そのあと動けた」
颯太は答えない。
「それでもう、何かはしてる」
「同じじゃない」
「当たり前だ」
否定しなかった。
「その方がいい」
颯太が眉を寄せる。
「いい?」
「全員が同じことをするなら、誰か一人は余ってる」
少年が他のみんなを見る。
狩人は続ける。
「ここにいる意味を証明するために、残滓を殺す必要なんかない」
悠太は、颯太の拳からゆっくり力が抜けていくのを見た。
納得したわけではない。
でも、聞いている。
石田がもう一度言う。
「それに、お前を一人で残すわけじゃない」
颯太が見る。
「俺と芽衣が一緒に行く」
「避難所まで」
「ああ」
「そのあとは二人とも行くんだろ」
石田は少し間を置いた。
「分からない」
本当だった。
そこに狩人がいるかもしれない。
通信が戻るかもしれない。
道そのものが失われているかもしれない。
そこに残らなければならなくなる可能性もある。
今ある情報以上に、計画を先へ進めることはできない。
石田が操作盤を示す。
「まずここを出る」
それだけが今、確実に言えることだった。
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準備には時間がかからなかった。
持ち物が少ないからだ。
水二本。
救急箱。
懐中電灯二本。
電池。
武器。
それくらい。
芽衣が医療用品の一部を小さな袋へ入れる。
陽菜が残りを持つ。
悠太は水を一本しまう。
石田は第二出口の状態をもう一度確認した。
まだ不安定。
反応が戻るまでの時間も長くなっている。
颯太が負傷者へ近づく。
「立てる?」
「支えてもらえば」
颯太が横へ入る。
「僕が手伝う」
男は彼を見る。
何も言わなかった。
ただ腕を肩へ回す。
颯太は姿勢を調整する必要があった。
思っていたより重い。
芽衣が反対側へ入る。
「一人で持つつもり?」
「できる」
「できないとは言ってない」
もう片方の腕を取る。
「一人でやるなって言ってるの」
二人で立たせる。
狩人が痛みで息を吐く。
陽菜が包帯を確認。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないと困る」
「答えになってない」
「なら大丈夫だ」
陽菜は信じていない顔をした。
悠太は第二出口の前へ。
正面扉とは違う。
少し狭い。
カメラはない。
小さな確認窓はあるが、向こう側から金属シャッターが降りている。
外は見えない。
石田が制御盤の前へ。
「開いても、いきなり出ない」
芽衣は負傷者を支えながら言う。
「残念」
石田は無視。
「最初に悠太が確認」
「ああ」
「陽菜は援護」
陽菜が斧を戦闘用の大きさへ伸ばす。
「準備できてる」
「俺が最後に出て閉める」
芽衣を見る。
「芽衣と颯太は合図するまで動かない」
「はいはい、お父さん」
石田が見る。
芽衣がため息。
「分かった」
颯太は何も言わない。
まだ見えない通路を意識していた。
石田が操作盤に指を置く。
反応が遅い。
全員が待つ。
何も起きない。
石田がもう一度押す。
機構の中から電気音。
画面が変わる。
応答エラー
芽衣が顔を上げる。
「やめてよ」
石田がもう一度押す。
「頼む」
画面が読み込む。
ローカルロック作動中
壁の中で金属音がした。
扉は動かない。
悠太の肩に力が入る。
石田は操作盤へ手を置いたまま。
「動け」
もう一度音。
そのあと、もっと低い駆動音。
機構が動き始めた。
ゆっくり。
扉が枠から数センチ離れる。
向こう側から空気が流れ込んだ。
冷たい。
埃の匂い。
それともう一つ。
金属。
悠太が前へ。
「待って」
隙間が広がる。
二十センチ。
三十。
陽菜が斧を上げる。
悠太は身体を傾け、外を見る。
暗い。
第二訓練棟の照明はほとんど落ちている。
ずっと奥で非常灯が一つ。
赤。
点滅。
誰もいない。
悠太は魔力を探る。
近くには何もはっきりしない。
遠くに残滓。
薄すぎる。
「近くには何も感じない」
石田は警戒を解かない。
「確実?」
「いや」
芽衣が短く息を吐く。
「最高」
悠太はまた見る。
通路。
右に閉じた扉。
奥に曲がり角。
それだけ。
「でも、このすぐ近くには残滓は感じない」
「それで十分だ」
石田が言った。
扉が完全に開く。
全員が一秒だけ止まった。
加藤に訓練区画へ残されてから初めて。
外へ続く道が開いていた。
悠太が最初に出る。
片足。
次。
陽菜が続く。
斧を構えたまま。
石田は扉の横に残る。
芽衣と颯太が負傷者を運び始める。
ゆっくり。
一歩ごとに合わせなければならない。
悠太は最初の交差点まで進んだ。
左右を見る。
空。
陽菜へ合図。
彼女が反対側を取る。
石田が扉から見る。
「大丈夫?」
悠太がうなずく。
「今のところ」
またその言葉。
今のところ。
芽衣と颯太が負傷者と一緒に通る。
石田が最後。
外へ出る前に一度、部屋を振り返った。
正面扉の上では、赤いランプがまだ点いている。
ベンチ。
マット。
大会の名残。
加藤に待つよう言われた場所。
何時間ものあいだ、そこは避難所だった。
石田は最後に一度、操作盤を見る。
区画:孤立
そして外へ出た。
背後で扉が閉まり始める。
颯太が見ている。
何か言おうとしたように見えた。
言わなかった。
金属が枠へ収まる。
ロック。
もう一度開けられるかは、誰にも分からない。
石田がみんなの方へ向き直る。
前方では、少し先で通路が二つに分かれていた。
一方は補助避難所。
もう一方は、本部内部へ戻っていく。
まだ全員一緒。
あと数分。
それだけ。
悠太は片手に通信機。
陽菜は斧を肩へ。
芽衣は負傷者の体重を支え直す。
颯太は二つの道を見る。
最初に歩き出したのは石田だった。
もう届かない命令を待つために、十分すぎる時間を使った。
これからは、自分たちが持っている情報だけで決めなければならない。




