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永遠の残滓  作者: Mateo
84/85

第84章:最後の安全地帯

黄色いランプは、それ以上変わらなかった。

悠太は扉の前に立ったまま、それを見つめていた。

十分長く見ていれば、また緑に戻るような気がしていた。

戻らない。

周囲の誰も、もう座り直してはいなかった。

芽衣は歩くのをやめている。

陽菜は片手で斧を持っていた。まだ大きくはしていない。

石田は入口の横に立ち、壁に設置された小さな操作盤を確認していた。

颯太は彼らから数歩離れたところにいる。

訓練室そのものは、何一つ変わっていなかった。

マット。

床に残る練習用の印。

訓練用の武器。

ベンチに置かれた水のボトル。

何も壊れていない。

煙もない。

血もない。

目の前に残滓がいるわけでもない。

それなのに、この場所の空気だけが完全に変わっていた。

石田が操作盤に触れる。

画面が点いた。

少し待つ。

上部に文字が表示された。

中央接続:切断

その下。

ローカル制御:有効

芽衣が近づく。

「どういう意味?」

石田はもう一度読む。

「扉自体は動く」

「それは見れば分かる」

「でも中央システムとは繋がってない」

芽衣が黄色いランプを見る。

「それってまずい?」

石田は少し答えるのをためらった。

「良くはない」

「素晴らしい説明ね」

陽菜も近づく。

「開けられる?」

石田は操作盤を見る。

手動開放の項目があった。

「ああ」

悠太が振り向く。

「じゃあ?」

石田は手を離した。

「何もしない」

芽衣が眉をひそめる。

「何もしない?」

「加藤さんはここにいろって言った」

「緑だったときにね」

「命令は命令だ」

芽衣が口を開く。

二人が言い合いを始める前に、悠太が割って入った。

「まだ何が起きたか分からない」

誰も納得した顔はしなかった。

悠太自身も。

緊急時用に残されていた通信機を取り出す。

現場部隊が使うものほど高性能ではない。

もっと簡単なもの。

本部内の周波数に接続し、理論上は指令室へ直接連絡できる。

悠太はボタンを押した。

「訓練区画から指令室へ」

雑音。

待つ。

「訓練区画です。聞こえますか?」

何もない。

意味もなく通信機の位置を変える。

それでもやった。

「香奈さん? タツさん?」

小さなノイズ。

一瞬だけ、何か聞こえた気がした。

声。

すぐに消える。

芽衣が近づいた。

「貸して」

悠太は渡す。

「指令室、訓練区画の生徒です。ランプが黄色に変わって、中央接続も切れました」

雑音。

「聞こえますか?」

何も返らない。

芽衣はゆっくり通信機を下げた。

「うん」

悠太へ返す。

「もっと嫌になった」

颯太はまだ扉を見ていた。

悠太は気づいた。

「大丈夫?」

少し間がある。

「うん」

そうは見えなかった。

「座っててもいいんだぞ」

「大丈夫」

返事が早すぎた。

悠太はそれ以上言わなかった。

颯太は唯一、大会に参加していない。

身体的には一番余裕がある。

悠太のように脚が重いわけではない。

陽菜ほど殴られていない。

石田のように二試合分の魔力を使ったわけでもない。

芽衣ほど疲労もない。

それでも、扉の向こうに何かいた場合、それに最も対応できるという意味ではなかった。

休めば治るものばかりではない。

颯太が少し近づく。

「ただ何か壊れただけって可能性もある?」

芽衣が見る。

「ある」

「じゃあ残滓じゃないかもしれない?」

誰もすぐには答えなかった。

陽菜が最初に言う。

「かもしれない」

颯太はうなずく。

誰かから聞く必要があったように。

石田はまだ操作盤の前。

「ローカル制御は生きてる。それは重要だ」

芽衣が腕を組む。

「つまり安全ってこと?」

石田が顔を上げる。

「扉は動くってことだ」

「聞いたのはそこじゃない」

石田は答えなかった。

全員、答えを知っていたからだ。

安全かどうかは分からない。

________________________________________

数分が過ぎた。

少なくとも悠太にはそう感じられた。

通信もなく、外の状況も分からない。

時間が測りづらい。

指令室への連絡をさらに三回試した。

返事なし。

一度だけ、雑音の向こうに歪んだ声が聞こえた。

言葉は聞き取れない。

もう一度は、短い音を出したあと数秒間通信機が落ち、その後勝手に再起動した。

ランプは黄色のまま。

悠太はまた座った。

落ち着いたからではない。

脚が求めたから。

大会では二試合を最後まで戦っている。

一試合目は花と結衣。

二試合目は千穂と組んで、陽菜と海斗。

あの時は興奮で疲労が薄く感じられた。

今は筋肉の一つ一つが逆だと言っている。

手を握る。

開く。

魔力は残っている。

朝ほどではない。

全然。

もし事態が悪化したら、どれだけ必要になるかも分からない。

陽菜も似たようなものだ。

悠太と千穂との戦い。

そのあと、芽衣と迅との試合が始まったところで大会が中断された。

芽衣にも疲労がある。

石田は健太と組み、二試合を最後まで戦った。

みんな、大会のあとに残るのは打撲くらいだと思っていた。

そのあと加藤が出ていった。

優奈も。

二年生たちも。

大人たちも。

そして自分たちはここに残された。

安全な場所に。

そう言われていた。

悠太はランプを見る。

黄色。

「魔力、どれくらい残ってる?」

石田が聞いた。

芽衣が見る。

「今、在庫確認するの?」

「ああ」

何か言い返そうとした。

やめた。

片手を握る。

指の周囲に少量の魔力。

「戦える」

「それを聞いたんじゃない」

芽衣が息を吐く。

「満タンじゃない。当たり前でしょ」

「半分?」

「それより多い」

「かなり?」

「知らない、石田」

陽菜が手を上げる。

「私は半分より少し上くらいかな」

悠太も考える。

難しい。

魔力を見えなくできると分かる前から、自分の感覚は少し変だった。

「俺もそれくらい」

石田は自分の腕を見る。

「俺はもう少し少ない」

芽衣が眉を上げた。

「健太のせい?」

「鎖だ」

試合でかなり使った。

防御。

拘束。

方向転換。

健太と勝ちはした。

だが魔力を温存した勝ち方ではない。

悠太が颯太を見る。

少年は察した。

「僕は大丈夫」

「大丈夫ってどれくらい?」石田が聞く。

颯太は少し迷う。

「ほとんど残ってる」

芽衣が小さく笑った。

「最高。一番魔力が残ってるのが、一番使い方分かってない子なんだ」

陽菜が見る。

「芽衣」

「馬鹿にしたわけじゃない」

颯太が視線を下げる。

芽衣はすぐ後悔した。

「ごめん」

「大丈夫」

「いや。言い方悪かった」

颯太はまた扉を見る。

「でも本当だし」

そこで会話が止まった。

石田が操作盤から離れる。

「外に何がいるか分からないなら、残量は関係ない」

「じゃあ開けて見る」芽衣が言う。

「駄目」

「走って外に出るって言ってない」

「駄目だ」

芽衣が一歩近づく。

「何も分からないまま、誰かが来るまでここで待つの?」

「ああ」

「指令室とも繋がらないのに?」

「今はな」

「加藤さんの命令がもう意味なくなってても?」

石田が芽衣を見る。

初めて、すぐには答えなかった。

芽衣も気づく。

「そういうこと」

石田が眉を寄せる。

「意味がないなんて言ってない」

「あるとも言わなかった」

陽菜が二人の間へ入る。

「情報が足りない」

芽衣が見る。

「だから困ってるんでしょ」

「そう。でも扉を開けたら答えが出るわけでもない」

悠太は石田を見る。

その沈黙には変化があった。

命令にしがみついているわけではない。

評価している。

加藤は明確に言った。

ここにいろ。

介入するな。

大人たちを助けようとするな。

ここは安全だから選ばれた。

そこが真実である限り、命令に従うのは簡単だった。

今は問いが変わり始めている。

悠太は操作盤を見る。

中央接続:切断

答えはまだない。

________________________________________

最初に足音が聞こえたとき、誰も喋らなかった。

遠くから。

弱い。

不規則。

悠太が立つ。

陽菜が斧を大きくする。

戦闘用の大きさまで伸びた。

芽衣が二つの扇を開く。

石田が腕を上げる。

手首の周囲に魔力が集まり始める。

颯太が一歩下がった。

足音は続く。

一歩。

間。

次。

引きずる音。

走っている人間ではない。

複数の敵でもなさそう。

悠太が扉へ近づく。

「聞こえる?」

芽衣がうなずく。

足音が止まった。

沈黙。

そのあと、扉の向こうから一度だけ衝撃。

颯太がさらに一歩下がる。

陽菜が斧の位置を変える。

二度目。

もっと弱い。

石田が操作盤を見る。

外部カメラの機能があった。

起動。

映像が出るまで時間がかかる。

ノイズ。

灰色の画面。

やがて廊下が映った。

ほとんどぼやけている。

芽衣が身を乗り出す。

「何あれ?」

壁にもたれている人間。

狩人の制服。

映像が乱れる。

戻る。

男は片手で腹部を押さえている。

服は血で暗く染まっていた。

悠太が近づく。

「怪我してる」

石田は開けない。

「待て」

芽衣が正気を疑うような目で見る。

「何を待つの?」

「確認」

石田が扉の内部通信を押す。

「誰だ?」

映像の中で男がわずかに顔を上げる。

スピーカーから歪んだ声。

「か……りうど……」

石田が耳を近づける。

「所属は?」

「内部……警備」

男の身体が少し折れる。

片手が扉へ。

「開けてくれ」

芽衣はもう操作盤に手を伸ばしていた。

石田が止める。

「待て」

「血が出てる」

「分かってる」

石田が通信を続ける。

「後ろに何がいる?」

男は少し遅れて答える。

「何も」

「追われた?」

「分からない」

悠太には、その答えは「追われた」より嫌だった。

石田がカメラを見る。

廊下は空。

陽菜が斧を持ち上げる。

「扉は守れる」

石田が見る。

芽衣。

悠太。

「悠太、俺の後ろ」

悠太がうなずく。

「陽菜、左」

位置を変える。

「芽衣、あいつ以外のものが見えたら――」

「切る」

石田は訂正しなかった。

颯太を見る。

「後ろにいろ」

颯太がうなずく。

今回は抗議しない。

石田が手動開放を押す。

重い音。

扉が少しだけ開く。

狩人が前へ倒れ込んだ。

床へ落ちる前に悠太と石田が支える。

「閉めろ」

芽衣が操作。

扉が閉まり始める。

陽菜が隙間から廊下を監視。

空。

五メートル。

十メートル。

角。

何もない。

金属扉が完全に閉じる。

ローカルロックが作動。

そこでようやく武器を少し下げた。

「こっち」

悠太たちは狩人をマットまで運ぶ。

血は主に脇腹から。

きれいな傷ではない。

切り傷。

打撲。

肋骨付近の制服は破れている。

「救急箱」石田。

誰より先に颯太が動いた。

壁へ。

赤い収納を開ける。

救急箱を取り、戻る。

男の横へ膝をつく。

手は少し震えている。

それでも留め具を開けた。

「ガーゼ」

陽菜がしゃがむ。

颯太が探す。

渡す。

悠太は少年を見る。

香奈との一か月で、魔力だけを習ったわけではないらしい。

颯太が傷を見る。

一瞬、止まった。

血が多い。

表情が変わる。

悠太は気づく。

「颯太」

少年が瞬きをする。

「うん」

「大丈夫?」

もう一度傷を見る。

息を吸う。

「大丈夫」

包帯を取る。

今度は手の震えが少し減った。

狩人が目を開ける。

「駄目だ……」

起き上がろうとする。

石田が止めた。

「動くな」

「知らせないと……」

「ここは訓練区画だ」

男が石田を見る。

場所を認識するまで少し時間がかかる。

「生徒……?」

「ああ」

男の表情がさらに悪くなる。

芽衣も気づいた。

「その顔、嫌なんだけど」

男は一度目を閉じる。

陽菜が脇腹へガーゼを押し当てる。

「何があったの?」

男が苦しそうに呼吸。

「南アクセスが落ちた」

誰も喋らない。

悠太の中で、その言葉が黄色いランプと繋がる。

石田が近くにしゃがむ。

「“落ちた”って?」

「警備所がない」

「壊された?」

男は首を振る。

「空だった」

「空?」

「血。扉は開いてた。誰もいなかった」

芽衣が他を見る。

「警備員は?」

「分からない」

男が唾を飲む。

「確認に行かされた」

「行かされた?」陽菜。

「二人で」

沈黙。

悠太は次の質問を分かっていた。

それでも聞いた。

「もう一人は?」

男が扉を見る。

「残った」

颯太の手が止まる。

男が続ける。

「警備所は空だった。そのあと設備扉が開いてるのを見つけた。開いてるはずがなかった」

呼吸。

陽菜が圧迫を続ける。

「廊下で何かが動いた」

「残滓?」石田。

「二体」

男が目を閉じる。

「たぶん三体」

「強かった?」芽衣。

「いや」

意外そうに見る。

「じゃあ?」

男が芽衣を見る。

「強い必要がなかった」

すぐには説明しない。

息を吸う。

「一体が前に出た。もう一体が横から来た。戦うつもりだと思った」

悠太は聞く。

「違った」

「何したの?」陽菜。

「移動させられた」

男が弱く外を指す。

「アクセスから追い出された」

石田が先に理解。

「道が欲しかった」

男がうなずく。

「相棒は残って閉じようとした」

「生きてる?」

男は答えない。

必要なかった。

颯太はまた扉を見る。

悠太は、指の間の包帯を強く握るのを見た。

切れるほどではない。

でも近い。

「近くに残滓は?」石田。

「追ってきたのは見てない」

「答えになってない」

「分かるのはそれだけだ」

石田は黙った。

芽衣が腕を組む。

「私たちを守ってた警備員は?」

男が周囲を見る。

「外にいないのか?」

誰も答えない。

その驚きだけで十分だった。

悠太の背中に冷たい感覚。

「いるはず?」

「ああ」

男がまた起きようとする。

陽菜が優しく押し戻す。

「動かないで」

「交差点近くに常駐の警備所があった」

石田が操作盤を見る。

「今はいない」

男が呼吸を速める。

「動かされたんだろ」

芽衣が腕を下ろす。

「どこに?」

「知らない」

「知らないって?」

「本部中が同じだからだ」

声が強くなる。

痛みで止まる。

陽菜が包帯を調整。

男が待つ。

次に話すときはゆっくり。

「人が足りない」

誰も答えない。

「負傷者があちこちにいる。経路が閉じる。警備所が返事しない。道を一つ開けたら、別が落ちる」

悠太は加藤が出る前に言った言葉を思い出す。

ここにいろ。

出るな。

俺たちがやる。

男は続ける。

「避難や内部アクセスを守るために、二次警備の人間も引き抜いてる」

芽衣が石田を見る。

「私たち、警備なしで置かれてる」

「そこまで言ってない」

「ほぼ言ったでしょ」

石田は反論しなかった。

本質的には正しい。

男が彼らを見る。

「中央とは連絡取れてる?」

悠太が通信機を見せる。

「取れない」

男の表情が、また一つ嫌なことを教えた。

「どれくらい?」

「分からない」

男が手を伸ばす。

悠太が渡す。

試す。

「訓練区画から指令室。内部警備員だ。生徒と一緒にいる。応答してくれ」

何もない。

周波数を変える。

もう一度。

「指令室」

沈黙。

返す。

「くそ」

颯太が、男が入ってから初めて口を開いた。

「迎えに来てくれる?」

狩人が見る。

一瞬だけ、彼がどれほど若いのか忘れていたようだった。

「分からない」

颯太が視線を落とす。

芽衣が近づく。

「じゃあ出た方がいいってこと?」

石田が振り向く。

「駄目だ」

「あなたに聞いてない」

狩人が二人を見る。

「出るな」

芽衣が止まる。

石田も。

「香奈さんの命令?」石田。

「違う」

「じゃあ誰の?」

「俺だ」

芽衣が両手を広げる。

「すごい」

男は無視。

「経路の状況が分からない。どこに残滓がいるかも分からない。どのアクセスが生きてるかも分からない。情報なしで出るのは馬鹿だ」

石田がうなずく。

芽衣が見る。

「その顔やめて」

「正しい」

「今はね」

石田が操作盤を見る。

「ああ」

今は。

悠太はその言葉に気づいた。

石田も。

________________________________________

しばらくして、狩人は力を失った。

意識はある。

だが呼吸が落ち着き、動こうとしなくなった。

陽菜が包帯を巻き終える。

颯太は血のついたガーゼを袋へ入れる。

最初より動きは遅い。

悠太が隣へしゃがむ。

「よくやった」

颯太は首を振る。

「渡しただけ」

「それでも助けた」

救急箱を閉じる。

「香奈さんに練習させられた」

悠太が少し笑う。

「分かる」

颯太は笑わない。

負傷者を見る。

「三郷でも血があった」

悠太は黙る。

何を言っているのか、聞かなくても分かる。

トーマ。

マサ。

あの任務。

颯太が呼吸する。

「もう、ああならないと思ってた」

「ああって?」

手を見る。

「動き方を忘れるみたいになる」

悠太は隣に座る。

「でも動いた」

少し間。

それからうなずく。

ほんの少し。

反対側では、芽衣が収納を確認していた。

石田が見る。

「何してる?」

「ある物を確認してる」

「何のため?」

水のボトルを二本出す。

「ここにいるなら、何があるか知っときたいから」

ベンチへ。

続ける。

「救急箱。水。食べ物はなし」

陽菜が周囲を見る。

「そんな長くいるとは思わないけど」

芽衣が止まる。

「さっきもそう思ってた」

誰も答えない。

懐中電灯。

もう一つ。

水の横へ。

「二本」

下の収納を開く。

「電池」

石田は止めなかった。

むしろ手伝い始めた。

ローカルの扉制御を見る。

訓練区画には三つのアクセス。

正面。

設備用。

別の訓練棟へ繋がる第二出口。

正面は閉鎖中。

設備側は接続エラー。

第二出口は使用可能。

「別の出口がある」

芽衣が近づく。

「どこへ?」

石田がローカルマップを開く。

画面には本部の一部しか出ない。

それ以上は読み込まない。

「第二訓練棟」

「その先は?」

拡大。

エラー。

「分からない」

「最高」

陽菜が斧を壁へ立てかける。

小さくは戻さない。

「黄色って、接続が戻ってもそのままになることある?」

負傷した狩人が目を開ける。

「ああ」

全員が見る。

「正確には何を示してるの?」悠太。

男が呼吸してから答える。

「その区画が通常の安全確認対象から外れたってことだ」

芽衣が眉を上げる。

「それ、“接続不良”よりだいぶ悪くない?」

「悪い」

石田がランプを見る。

「でも敵が中にいるって意味じゃない」

「違う」

「近くにも?」

男は答えない。

石田が顎を締める。

「なるほど」

男がまた目を閉じる。

「緑は、周囲の経路、警備所、閉鎖装置をシステムが確認できてるって意味だ」

悠太が操作盤を見る。

「黄色は?」

「保証できなくなったって意味だ」

その言葉が部屋に残る。

危険という意味ではない。

安全だと誰も保証できないという意味だった。

________________________________________

一時間前なら、そこまで問題ではなかった。

大人たちがいた。

狩人も巡回していた。

加藤もすぐ来られた。

優奈も近くにいた。

香奈は本部全体を把握していた。

今は誰がどこにいるのかも分からない。

悠太は扉へ近づく。

触れない。

初めて、その厚さを意識した。

今までは守ってくれるものだった。

今は、外を見えなくする壁でもある。

芽衣が隣へ。

「何考えてる?」

「分からない」

「嘘」

悠太が見る。

「加藤さんはここにいろって言った」

「それは知ってる」

「たぶん正しかった」

「たぶん?」

悠太が息を吐く。

「言われた時は」

芽衣が石田を見る。

彼にも聞こえている。

口は挟まない。

悠太が続ける。

「今もそれが一番いいかは分からない」

陽菜も近づく。

「でも出る方が危ないかもしれない」

「そう」

芽衣が壁へ背を預ける。

「つまり何も分からないから動けない」

石田が操作盤から言う。

「違う」

三人が見る。

石田は画面を見たまま。

「まだ違う」

芽衣が眉を寄せる。

「何が違うの?」

「動けないっていうのは、選択肢がない時だ」

第二出口を指す。

「選択肢はある」

「どこに繋がってるか分からない選択肢ね」

「それでもある」

芽衣は黙る。

悠太は石田を見る。

変わっていた。

ほんの少し。

でも確実に。

章の最初なら答えは単純だった。

加藤の命令。

残る。

今は出口を数えている。

物資を確認している。

魔力量を見ている。

命令違反を準備しているわけではない。

判断を準備している。

必要になったときのために。

________________________________________

また音がした。

今度は足音ではない。

遠くで何かがぶつかる。

床越しに感じるほど強い衝撃。

陽菜が斧を取る。

芽衣が扇を開く。

石田が操作盤から離れる。

颯太が立つ。

負傷者も目を開ける。

二度目。

さらに遠い。

そのあと長い音。

金属を引きずるような音。

悠太は、気づくより先に魔力を感じた。

ほんのわずか。

弱い存在。

弱すぎて位置が分からない。

集中。

何もない。

「何か感じた?」陽菜。

悠太が見る。

「分からない」

石田が両手を上げる。

鎖が形成され始める。

完成させない。

待つ。

音が止まる。

全員そのまま。

三十秒。

一分。

何もない。

芽衣が最初に扇を少し下げた。

「最悪」

誰も否定しない。

負傷者が扉を見る。

「それだけで開けるなよ」

「そのつもりはない」石田。

男が見る。

「ならいい」

悠太はまだ魔力を探る。

何も見つからない。

気のせいかもしれない。

遠すぎる残滓。

狩人。

問題はずっと同じ。

確認できない。

通信機が鳴った。

全員が振り向く。

悠太が掴む。

「もしもし?」

雑音。

そのあと声。

かなり途切れている。

「……くんれ……」

悠太が近づける。

「はい! 訓練区画です! 聞こえますか?」

「……だめ……」

ノイズ。

「もう一度!」

声。

タツかもしれない。

違うかもしれない。

「……けいろ……」

干渉。

「聞こえません!」

全員が集まる。

負傷者も身体を起こそうとする。

「音量上げろ」

悠太が上げる。

「……うご……な……」

信号が消えた。

沈黙。

悠太が通信機を見る。

最初に芽衣。

「“動くな”って言った?」

陽菜が首を振る。

「分からない」

「“うご……な”って聞こえた」

「別の言葉かもしれない」

「例えば?」

「分からない」

芽衣が石田を見る。

「あなたは?」

石田が少し考える。

「“経路”って聞こえた」

「私も」

颯太が顔を上げる。

「僕は“だめ”って」

全員が見る。

少し縮こまる。

「それだけ」

悠太がボタンを押す。

「指令室、もう一度お願いします。聞き取れませんでした」

雑音。

「繰り返してください!」

何もない。

もう一度。

沈黙。

悠太は通信機を下げる。

三つの断片を命令にはできない。

石田が最初に言った。

「何を言ったか分からない」

芽衣が息を吐く。

「最高」

「なら、分かったふりして動かない」

芽衣が見る。

反論しなかった。

________________________________________

時間は進み続けた。

ランプは黄色のまま。

負傷者は少し水を飲めた。

陽菜は近くにいる。

芽衣は集めた物資の横。

颯太はまた座った。

今度は少し皆に近い。

石田は操作盤を離れない。

悠太は数秒ごとに通信機を見る。

誰も、連絡を待っているとは言わなかった。

全員待っていた。

沈黙を破ったのは颯太。

「加藤さん、僕たちがここにいるって知ってるよね?」

悠太が見る。

「ああ」

「じゃあ戻ってくるよね」

質問というより確認だった。

悠太は答える前に考える。

「ああ」

そう信じたかった。

颯太がうなずく。

「ここにいろって言った」

「うん」

「じゃあ戻ってきたとき、ここにいないと」

石田が顔を上げる。

颯太は気づかない。

芽衣は見た。

単純な理屈。

子どもっぽいほど。

だからこそ重い。

加藤は五人をここへ置いた。

安全な場所に。

戻って探すなら、最初に来るのはここ。

移動すれば、すれ違うかもしれない。

でも残れば、もう誰にも守られていない場所で待つことになるかもしれない。

負傷した狩人がマットから言った。

「命令は魔法じゃない」

全員が見る。

男は目を閉じたまま。

「何?」芽衣。

「命令っていうのは、それが出された状況が続いてる間は意味がある」

石田が完全に振り向く。

男が目を開ける。

「だからって、それを言い訳に馬鹿なことするなよ」

芽衣が少し笑いそうになる。

「二段目が来た」

「だいたい二段ある」

男が慎重に呼吸。

「加藤はここが安全だから、お前らを残した」

誰も答えない。

「まだ安全なら、残れ」

石田。

「違ったら?」

男が見る。

「その時は、“何て命令されたか”が問題じゃなくなる」

沈黙。

「一番危険が少ない選択は何か、になる」

石田は動かない。

悠太は、その言葉が特に石田へ刺さった理由が分かった。

五人の中で、理由もなく命令を破ることを最も嫌うのは石田。

だからこそ、理由そのものが変わったと認めたなら、見て見ぬふりはしない。

芽衣が腕を組む。

「じゃあ、もう安全じゃないってどう判断するの?」

男が黄色いランプを見る。

「まだ分からない」

誰も満足しない。

でも真実だった。

________________________________________

システムが音を出した。

警報ではない。

一度だけの通知音。

石田が操作盤を見る。

画面が勝手に切り替わる。

ローカル状態更新中

待つ。

悠太も近づく。

文字が消える。

一瞬、画面が黒くなる。

情報が戻る。

中央接続:切断

ローカル制御:有効

その下に三行目。

南アクセス:使用不可

芽衣が近づく。

「それはもう知ってる」

石田は答えない。

次。

設備アクセス:未確認

陽菜が斧の柄を握る。

待つ。

最後。

第二アクセス:使用可能

一つ。

悠太はローカルマップを見る。

システム自身が使用可能と認識している出口が一つだけ。

その先が安全かどうかは分からない。

開くということだけ。

颯太がまた立つ。

負傷者はマットから画面を見る。

何も言わない。

必要ない。

避難所はもう三つの経路を持っていない。

一つだけ。

石田が詳細を開く。

「正面のロックはまだ動く」

「第二出口は?」芽衣。

「動く」

「じゃあ出られる」

「ああ」

芽衣は待つ。

石田は続けない。

「でも?」

石田が見る。

「その先に何がいるか分からない」

悠太はベンチへ手を置く。

大会の疲労は腕に残っている。

待っている間に消えたわけではない。

必要になったからといって消えるわけでもない。

千穂。

健太。

海斗。

花。

結衣。

皆も疲れていた。

皆外にいる。

戦っている。

助けている。

怪我しているかもしれない。

それ以上かもしれない。

悠太の一部は今すぐ扉を開けたかった。

外へ。

探す。

何かする。

もう一方は、加藤に一言で止められたことを覚えている。

まだ早い。

悠太は自分の手を見る。

どちらが正しいのか分からなかった。

________________________________________

黄色いランプが点滅した。

一度。

次。

全員が見る。

芽衣が壁から離れる。

「いや」

ランプが消えた。

二秒間、何の色もない。

そのあと。

赤。

颯太が後退した。

悠太は部屋全体が緊張するのを感じる。

石田がすぐ操作盤を見る。

画面が変わっている。

安全状態:未確認

中央制御:利用不可

区画:孤立

陽菜が黙って読む。

芽衣は意味を聞く必要もなかった。

負傷者が起き上がれるだけ起きる。

疲労が一瞬消えたような顔。

「赤?」

石田がうなずく。

男が目を閉じる。

「くそ」

颯太が見る。

「何が起きたの?」

最初は誰も答えない。

悠太が言った。

「もう、この場所が安全だって確認できない」

颯太が唾を飲む。

「でも、さっきも確認できなかったんでしょ?」

石田は画面を読み続ける。

「さっきは接続の一部を失ってた」

顔を上げる。

「今は中央システムから完全に孤立してる」

芽衣が扉を見る。

「外から開けられる?」

石田が確認。

「中央からは無理」

「私たちは?」

「ローカルなら開けられる」

陽菜。

「誰かと話せる?」

悠太が通信機を上げる。

試す。

「訓練区画から指令室」

何もない。

「タツさん?」

沈黙。

「香奈さん?」

雑音。

「加藤さん?」

何もない。

悠太は通信機を下げた。

ここに残されてから初めて。

向こう側に、自分たちへ何をすればいいか教えられる人間がいなかった。

負傷者はまた横になる。

「慌てるな」

芽衣が見る。

「今のところすごく上手くやってると思う」

男は無視。

「扉はまだ動く」

石田がうなずく。

「ローカル制御も」

「なら、まだ避難所としては使える」

颯太の呼吸が少し楽になる。

男は続ける。

「でも、もう“絶対に安全な場所”だとは思うな」

颯太がまた緊張。

陽菜は赤いランプを見る。

悠太も。

一時間前なら。

この部屋は本部でも最も安全な場所の一つだったかもしれない。

今もそうかもしれない。

それが問題だった。

かもしれない。

芽衣はゆっくり扇を閉じる。

しまいはしない。

「じゃあ、安全じゃなくなるまで待つってこと?」

石田は唯一使用可能な出口を見る。

正面扉。

負傷者。

そして仲間たち。

答えない。

だが悠太には、その表情に変化が見えた。

初めて。

石田は加藤の命令をどう守るかを考えているようには見えなかった。

どんな状況になれば、その命令に従わないことが正しいのか。

それを考えていた。

赤いランプは扉の上で点いたまま。

外からは何も聞こえない。

警備員も。

命令も。

足音も。

悠太は、残滓が近づく音を聞くのが一番怖いと思っていた。

違った。

一番怖いのは。

もうそこにいるのかどうかすら分からないことだった。

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