↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の残滓  作者: Mateo
86/86

第86章:二つの道

第二訓練棟の廊下は、さっきまでいた部屋より少し冷えていた。

悠太は外へ出た瞬間に気づいた。

大きな違いではない。

それでも、この区画がしばらく正常に動いていなかったことを感じさせるには十分だった。

通常照明は落ちている。

数メートルおきに点く非常灯だけが残り、その間には長い暗がりが続いていた。

背後で、訓練区画の扉が完全に閉じる。

機構が乾いた金属音を鳴らした。

石田は外側の操作盤を確認する。

黄色いランプが二度点滅。

そのあと消えた。

「また開けられる?」陽菜。

石田が操作する。

反応なし。

待つ。

数秒後、ようやく画面が点く。

ローカル制御:応答なし

芽衣が鼻から息を吐いた。

「最高」

石田がもう一度試す。

今度は画面すら反応しない。

それ以上はやらなかった。

「戻れる前提では考えない」

誰も反論しなかった。

数分前に下した決断が、少しだけ引き返しにくいものになった。

悠太は前を見る。

廊下は、薄暗い交差点まで続いている。

さらに先では、赤い非常灯が不規則に点いたり消えたりしていた。

何も動かない。

それ自体には、もう大した意味はない。

悠太は一瞬目を閉じた。

魔力を探す。

意識してそうすることには、まだ慣れていなかった。

何年ものあいだ、何を感じているのか分からないまま存在だけを捉えていた。

今は名前がある。

魔力。

残り香。

密度。

動き。

それでも、狩人と戦闘の痕跡が入り混じった本部の中で、それらを見分けるのは難しい。

何かを感じた。

遠い。

すぐに消えた。

狩人か。

残滓か。

戦闘で壁に残った魔力か。

分からない。

「近くには何も感じない」

石田がうなずく。

「進む」

速くは歩けなかった。

それは無理だった。

負傷した狩人は、芽衣と颯太の肩に腕を回している。

数歩進むたび、呼吸が変わった。

包帯の外側には、まだ血は滲んでいない。

今のところ、それだけが救いだった。

先頭は悠太。

数歩後ろに陽菜。

斧はすでに大きくしてある。

石田は少し後方。

芽衣と颯太が負傷者を支えきれなくなったとき、すぐ動ける距離。

誰も話さない。

自分たちの足音だけが大きすぎた。

悠太が知っている本部は、静かな場所ではなかった。

いつも誰かが訓練していた。

狩人が廊下を通る。

扉が開く。

話し声。

言い合い。

たぶん必要のない場面でも、必要以上に音を立てるバク。

今は、自分たちの呼吸しか聞こえない。

靴底が床を擦る音。

そして陽菜が斧の位置を変えるたびに鳴る、小さな金属音。

最初の横扉まで来た。

閉まっている。

悠太が手を上げる。

全員止まる。

床に何かあった。

身分証。

悠太がしゃがむ。

血はない。

拾う。

知らない狩人。

内部警備。

周囲を見る。

誰もいない。

芽衣が負傷者を支え直す。

「落としただけかな」

「かもしれない」石田。

悠太がカードを裏返す。

特に何もない。

ポケットへ入れる。

「本人を見つけたら返す」

他の可能性については、誰も言わなかった。

進む。

________________________________________

第二訓練棟には誰もいなかった。

だからといって、無傷ではない。

一つの訓練室は観察窓が割れている。

別の扉は半分開いたまま。

床には引きずった跡。

角には、訓練用武器のラックが倒れていた。

大きな戦闘があったようには見えない。

穴もない。

壁も壊れていない。

むしろ、あまりに急いで放棄された場所に見えた。

悠太は交差点まで進み、まず左を見る。

空。

次に右。

奥で白い灯りが点滅。

「そっちだ」

負傷した狩人が言う。

声はさっきより弱い。

石田が近づく。

「確か?」

男がうなずく。

「避難所は次の区画の先だ」

悠太は、外へ出る前に石田が覚えた地図を思い出す。

ここまではまだ全員同じ方向。

分かれるのは先。

問題は、そこまで行けるか。

颯太が小さく音を漏らした。

芽衣が見る。

「どうした?」

「何でもない」

「歩き方変だよ」

「大丈夫」

芽衣は狩人の腕を見る。

颯太は、自分が認めたくないくらい重さを受けている。

「交代」

「まだ平気」

「聞いてない」

芽衣が止まる。

全員も。

陽菜が寄る。

「私、代われるよ」

負傷者が首を振る。

「お前は空けとけ」

陽菜が何か言おうとする。

男は斧を見る。

「何か出たとき、それ持ってる奴が俺を担いでる方が困る」

陽菜は自分の武器を見る。

「それはそうか」

数分のあいだ、石田が颯太の代わりをした。

その交代は、疲労そのものより颯太を不満そうにさせた。

何も持たずに、集団の中央を歩く。

手の置き場がない。

悠太は、彼が何度か後ろを見るのに気づいた。

出てきた扉はもう見えない。

「勝手に開いたりはしないよ」芽衣。

颯太が見る。

「そんなこと考えてない」

「そう」

「本当に」

芽衣はそれ以上言わなかった。

颯太は前を見る。

「変な感じ」

悠太は少し歩調を落とす。

「何が?」

「出たこと」

誰も答えない。

颯太が続ける。

「さっきまで、何があっても出るなって言われてたのに」

悠太は分かる。

扉を一枚越えただけ。

それだけなのに、もっと大きなことをした気がする。

最後に残っていた明確な命令を置いてきた。

無視したからではない。

その命令が出されたときの状況が、もう同じではなかったから。

石田は振り向かない。

「加藤さんに先に会ったら、お前が説明してくれ」

颯太が見る。

「僕が?」

「一番反対してたから」

芽衣が小さく笑う。

颯太が眉を寄せる。

「石田も出たでしょ」

「ああ」

「じゃあ石田が説明して」

「分かった」

会話はそこで終わった。

でも数秒だけ、廊下の重さが少し和らいだ。

________________________________________

最初の障害は、分岐の手前にあった。

敵ではない。

天井の一部。

金属の支柱とパネルが崩れ、廊下を横切っている。

完全に塞いではいない。

だが、負傷者を通すには狭すぎた。

陽菜が前へ。

「どかす」

斧を持ち上げる。

石田が手で止めた。

「駄目」

陽菜が金属を見る。

「壊せるよ」

「だから駄目なんだ」

芽衣が天井を指す。

「それ殴ったら、この階全部に居場所教えることになる」

陽菜が武器を下ろす。

「じゃあどうする?」

石田は負傷者を慎重に離す。

芽衣がその分の重さを受ける間に、瓦礫へ近づく。

一本のバーに触れる。

少し動かす。

軋む。

全員が嫌そうな顔。

石田はすぐ止める。

「これも駄目」

上を見る。

隙間がある。

でも足りない。

悠太が金属片を見る。

「鎖は?」

石田も同じことを考えていた。

片手を伸ばす。

魔力の鎖がゆっくり現れる。

投げない。

一本のバーへ回し、固定。

次に二本目。

「陽菜」

陽菜が近づく。

「何?」

「これを上げる。そっち押して」

大きなパネルを指す。

陽菜が手を当てる。

石田が鎖を引く。

金属が持ち上がり始める。

ほんの少し。

すぐに腕が震えた。

大会の疲れはまだ残っている。

二試合。

使いすぎた鎖。

消費した魔力。

悠太は石田が歯を食いしばるのを見る。

陽菜が押す。

パネルが数センチずれる。

音。

でも、斧で壊すよりはずっと小さい。

芽衣は天井を見ている。

「もう少し」

石田が引く。

鎖が震える。

陽菜がもう一度押す。

ようやく、人が通れるだけの空間。

「今」

石田は必要以上に維持しなかった。

陽菜が金属を物理的に支える。

「通って」

芽衣と颯太が負傷者を支え直す。

身体を横向きに。

傷が壁へ少し触れ、男が顎を食いしばる。

通過。

次に颯太。

芽衣。

悠太。

陽菜がゆっくり金属を戻したあと、石田が最後に抜ける。

構造物がまた落ち着く。

小さな音。

石田の呼吸は明らかに速くなっていた。

悠太が見る。

「大丈夫?」

「ああ」

「結構使っただろ」

「大したことない」

芽衣が見る。

「嘘つき」

石田は歩き出す。

「関係ない」

関係はある。

全員分かっている。

でも、どうにもできない。

陽菜は斧を少し小さくした。

完全には戻さない。

悠太がまた先頭。

疲労は消えていない。

場所を変えただけ。

今は一緒に歩いている。

________________________________________

分岐へ近づいたところで、通信機がまた音を出した。

悠太がすぐ取り出す。

「もしもし?」

雑音。

そのあと声。

かなり小さい。

「……第……五区画……」

悠太が止まる。

全員も。

「繰り返してください」

信号が切れる。

「……負傷者……」

芽衣が顔を上げる。

悠太は少し歩き、電波が良くなる場所を探す。

「聞こえますか? こっちは第二訓練棟です」

雑音。

「……北……」

そのあと何もない。

悠太は待つ。

戻らない。

陽菜が見る。

「“負傷者”って聞こえた?」

「ああ」

石田が聞く。

「“北”も?」

「たぶん」

負傷者が苦しそうに呼吸する。

「緊急周波数かもしれない」

「誰の?」芽衣。

「誰でも」

悠太は内部区画へ続く廊下を見る。

ちょうど分岐へ近づいたときに通信が入った。

だからといって、そちらから来たとは限らない。

でも、訓練区画を出て初めて、自分たち以外の人間の声を聞いた。

悠太はもう一度試す。

「今送信した部隊、応答してください」

何もない。

少し移動。

「学生五人と負傷者一人。第二訓練棟にいます」

石田が反射的に訂正する。

「学生四人と訓練中一人」

颯太が見る。

石田が気づく。

「五人」

芽衣は笑いを堪えた。

悠太は続ける。

「指令室との連絡を探しています」

雑音。

一つだけ言葉。

「……進め……」

そのあと沈黙。

悠太は通信機を下げる。

陽菜が内部通路を見る。

「誰かいる」

「いた、かもね」芽衣。

嫌な修正。

でも必要。

石田は交差点を見る。

もう見えている。

右の道には、まだ読める案内板。

B-2 / 補助避難所

左は内部区画へ。

そこだ。

外へ出る前から分かっていた場所。

二つの道。

誰も進まなかった。

________________________________________

負傷した狩人が最初に口を開く。

「ここからなら案内できる」

芽衣が見る。

「親切ね」

「避難所は右。あと二つ交差点。そこに両開きの扉」

石田がうなずく。

「左は?」

「設備通路に繋がる。その先から中央区画へ行ける」

悠太は左を見る。

光がさらに少ない。

三十メートルほど先の壁に、暗い跡。

ここからでは血かどうか分からない。

陽菜が隣へ来る。

「何か感じる?」

悠太は目を閉じる。

もう一度。

探す。

雑音。

散った魔力。

弱い存在が一つ。

それからもう一つ。

近くはない。

「何かいる」

石田が顔を上げる。

「残滓?」

「分からない」

悠太が目を開ける。

「でも魔力はある」

芽衣が負傷者の腕を持ち直す。

「それに名前表示ついてたら便利なのに」

悠太は少し笑った。

「今練習中」

石田は二つの道を見る。

その時が来た。

演説はない。

必要もない。

「悠太。陽菜」

二人が見る。

「そっち」

内部区画を指す。

「戦いを探すな」

陽菜は斧を肩へ。

「そのつもりないよ」

芽衣が見る。

陽菜が付け足す。

「自分からは」

それで十分。

石田が続ける。

「誰か見つけろ。部隊なら何でもいい。通信が戻ったら、訓練区画が孤立したことと、負傷者一人をB-2へ運んでることを伝えて」

悠太がうなずく。

「加藤さんを見つけたら?」

石田が見る。

「俺のせいじゃないって言って」

悠太が瞬きをする。

芽衣が短く笑う。

陽菜も少し笑った。

一秒待ってから石田。

「そのあと全部説明しろ」

「ああ」

「分かると思った」

「石田だと分からない」

笑いはすぐ消えた。

悪かったからではない。

たぶん、しばらく最後の冗談になると全員分かっていたから。

石田が通信機を取り出す。

信号はない。

ローカル周波数へ設定。

「これ試す」

悠太も同じにする。

小さな音。

「聞こえる」

「距離は短いと思う」石田。「使えるなら、必要な時だけ連絡する」

「何分ごと?」

石田が考える。

「時間では決めない。何か重要なことがあったら」

芽衣がうなずく。

「その方がいい。五分ごとに報告して、残滓に居場所教えるとか嫌だから」

石田は通信機をしまう。

「どちらかの道が塞がれたら、状況を確認せずにこの分岐へ戻ろうとしない」

悠太が交差点を見る。

「じゃあ集合場所は?」

石田が避難所の表示を指す。

「B-2」

颯太が顔を上げる。

その言葉で少しだけ安心したようだった。

具体的な場所がある。

ただ別れて終わりではない。

「まだ安全ならね」芽衣。

颯太がまた緊張。

芽衣がため息。

「ごめん」

石田が続ける。

「避難所が駄目なら印を残す」

悠太は分かった。

狩人たちは屋内作戦で単純な目印を使う。

通信だけに頼れない場面もある。

石田は小さな魔力の鎖を作る。

すぐ消す。

「扉の横にX。見たら入るな」

陽菜がうなずく。

「何もなかったら?」

「何もつけない」

単純。

悠太は颯太を見る。

少年は黙っていた。

訓練区画での言い合いから、計画自体は受け入れている。

でも好きになったわけではない。

悠太が近づく。

「颯太」

「何?」

「石田の言うこと聞けよ」

少年が眉を寄せる。

「分かってる」

「芽衣のも」

「それは難しい」

芽衣にも聞こえた。

「ちょっと」

颯太が少しだけ笑う。

すぐ消えた。

悠太は声を落とす。

「一人で何かやるなよ」

颯太が見る。

「悠太も」

悠太はすぐ答えなかった。

「陽菜と一緒だ」

「そういう意味じゃない」

悠太は分かった。

誰かと一緒でも、一人で背負うな。

先走るな。

自分だけができるからといって、全部自分で解決しようとするな。

十四歳にしては、ずいぶん具体的な忠告だった。

「分かった」

颯太がうなずく。

それ以上は言わなかった。

まだ。

________________________________________

陽菜が芽衣へ近づく。

二人が見る。

「お願いね」

芽衣が眉を上げる。

「颯太? 石田?」

陽菜が考える。

「両方」

芽衣が笑う。

「そっちは悠太お願い」

「うん」

「特に、いい案思いついた顔したとき」

悠太が見る。

「俺ここにいるんだけど」

「知ってる」

二人同時。

石田は会話を無視し、悠太のところへ。

表情はまた真剣。

「前に何があるか全然分からない」

「分かってる」

「強いのが出たら引け」

「ああ」

「誰かを助けなきゃって思って、その場で耐えようとするな」

悠太は石田を見る。

それは加藤が言いそうな言葉だった。

石田自身も気づいたかもしれない。

「石田も」悠太。「避難所が安全じゃなかったら、地図に避難所って書いてあるからって残るなよ」

石田がうなずく。

「分かってる」

数秒。

どちらも他に何を言えばいいか分からなかった。

自分たちはベテラン部隊ではない。

本部襲撃中に分隊する訓練を何年も積んできたわけでもない。

数時間前は、互いに大会で戦っていた。

今は、誰が負傷者を連れていくか。

誰が、人が死んでいるかもしれない方向へ進むか。

それを決めている。

石田が手を出した。

悠太が見る。

それから合わせる。

「B-2で」

「ああ」

“絶対”とは言わなかった。

“五分後”とも。

“全部終わったら”とも。

場所だけ。

それで十分だった。

________________________________________

芽衣と颯太がまた負傷者を支える。

今度は石田が避難所方向の先頭へ。

二人を見失わない程度の速度。

芽衣は負傷者の左。

颯太は右。

出発前、狩人が悠太と陽菜を見る。

「設備通路には、中央区画までに大きな出口が二つある」

悠太がうなずく。

「避けた方がいい場所は?」

男が短く笑う。

すぐ痛みに顔をしかめる。

「今日なら全部だな」

陽菜が両手で斧を持つ。

「役に立つ」

「閉まってるはずの扉が開いてても、味方が開けたとは思うな」

悠太は今まで聞いた話を思い出す。

経路。

空の警備所。

狩人を動かす残滓。

「分かった」

石田が合図。

彼らが進み始める。

五歩。

十歩。

颯太が振り返る。

悠太が手を上げる。

颯太も。

そのあと前を見る。

芽衣は振り返らなかった。

負傷者を安定させるだけで十分だった。

石田は一度だけ振り向く。

一度だけ。

そのあと四人は、B-2へ向かう最初の角を曲がる。

見えなくなった。

悠太は、空いた場所を少し見ていた。

静けさがすぐ戻る。

陽菜が隣へ。

今までずっと六人だった。

今は二人。

悠太は内部通路を見る。

暗い。

壁の跡はそのまま。

さらに奥。

赤い灯り。

一度。

暗闇。

また一度。

「じゃあ」陽菜。

悠太が見る。

「じゃあ?」

「あんまり考えてると、追いかけたくなる」

悠太にも分かる。

「俺も」

陽菜は斧の柄を握り直す。

「なら、後悔する前に行こ」

悠太は通信機をしまう。

一歩。

止まる。

「陽菜」

「何?」

「もし俺たちじゃ無理なものが出たら……」

陽菜が見る。

悠太は石田の言葉を思い出す。

誰かが必要としてると思って、その場で耐えようとするな。

「逃げる」

陽菜がうなずく。

「逃げる」

今度こそ悠太が進む。

陽菜も一緒に。

________________________________________

分岐の反対側では、石田がゆっくり歩いていた。

反対方向へ遠ざかっていく悠太と陽菜の足音が、頭から離れなかった。

もう聞こえない。

それは良いことだ。

慎重に動いている証拠。

そう思うことにした。

B-2への廊下は狭い。

壁は無傷。

最初の非常灯は点いている。

二つ目は消えている。

石田が手を上げる。

全員止まる。

芽衣が見る。

「何?」

石田が聞く。

何もない。

進む。

颯太の呼吸が速い。

恐怖だけではない。

負傷者が重い。

石田が近づく。

「交代」

颯太が首を振る。

「まだできる」

「知ってる」

「じゃあ続ける」

石田が言おうとする。

芽衣が先に。

「やらせて」

石田が見る。

芽衣はさりげなく颯太を見る。

顔はきつい。

でも姿勢は崩れていない。

「無理になったら代わる」

石田は受け入れる。

すべての負荷から守る必要はない。

まだ耐えられないものだけでいい。

進む。

少し先。

壁の表示。

B-2 — 120m

颯太が見つける。

外へ出てから初めて、地図通りのものが本当にそこにあった。

「近い」

石田がうなずく。

「ああ」

誰もまだ知らなかった。

百二十メートルのあいだに、どれだけ状況が変わるのかを。

________________________________________

悠太と陽菜は壁の跡まで来た。

血だった。

触る前に分かった。

新しくはない。

でも、かなり前のものでもない。

陽菜が止まる。

血の跡は設備通路へ続いている。

遺体はない。

悠太が床を見る。

足跡。

複数。

人間のもの。

それ以外は判別できない。

さらに先に、開いた扉。

閉まっているはずの扉。

狩人の警告を思い出す。

味方が開けたと思うな。

陽菜が斧を上げる。

悠太が魔力を探す。

今度ははっきり感じた。

一つ。

いや。

二つ。

弱い。

前方。

そして背後、かなり遠く。

石田。

芽衣。

颯太。

彼らの気配が、反対方向へゆっくり離れていく。

襲撃が始まってから初めて。

悠太は身体で理解した。

分かれたということを。

振り返って、彼らを確認できない。

石田が角を守ってくれる前提で動けない。

芽衣の一言も聞こえない。

颯太が無事か確認できない。

陽菜がいる。

陽菜には自分がいる。

それだけ。

「前に何かいる」

陽菜が隣へ立つ。

前ではない。

隣。

悠太が見る。

陽菜も覚えていた。

大会。

海斗。

自分が学ばなければならなかったこと。

守るために、いつも相手の前へ出る必要はない。

陽菜が斧を握る。

「じゃあ、一緒に見る」

悠太がうなずく。

二人は進んだ。

背後の分岐には、もう誰もいない。

右では、石田、芽衣、颯太が負傷者を連れ、無事であることを願う避難所へ向かっている。

左では、悠太と陽菜が、まだ正体の分からない二つの気配へ進んでいく。

二つの組。

二つの道。

そして、どちらが本当に安全なのか。

それを知る方法はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。