第76章:即応
原田が交差点の向こう側に現れ、体勢を立て直す前に片手を壁へついた。
三十メートルほど離れた位置から、海斗がそれに気づく。
「何か見つけた?」
原田は片手を上げ、少し待てと合図した。
鏡はその場を動かなかった。廊下の中央に立ったまま、左右にある二つの入口へ交互に視線を送り続けている。その背後では、何人もの狩人が彼らとは反対方向へ走っていた。
警報は今も鳴り続けている。
非常扉の上では赤いランプが点滅し、一定の間隔で壁を赤く染めていた。天井の照明も一部が消えているため、中央第四区画へ続く道は、明るい場所とほとんど闇に沈んだ場所が交互に現れる。
ようやく原田が壁から離れた。
「正面ルートは塞がってる」
海斗が眉を寄せる。
「残滓?」
「壁の半分くらいが落ちてる」
そちらのほうが厄介だった。
鏡は横の通路を示した。
「サービス通路は?」
「まだ使える。ただ、奥で戦闘音がした」
原田は深く息を吸ってから続ける。
「血もあった」
海斗は右肩を動かすのをやめた。
トーナメントから残っている張りを少しでも和らげようとしていたが、今のところほとんど効果はなかった。
「多かった?」
原田が彼を見る。
「十分には」
鏡は歩き始めた。
「なら、サービス通路から行く」
誰も反対しなかった。
救援要請を受けたのは数分前だった。
複数の経路がほぼ同時に崩れたことで、中央第四区画の技術設備付近にいた狩人の一団が孤立したという。
最後の通信では負傷者がいると報告されていた。
その後、連絡は途絶えた。
海斗は鏡の後ろを進む。
最後尾は原田だった。
普段なら、最初に先行していただろう。
廊下のあちこちへ姿を現しては消え、曲がり角の一つ一つを確認していたはずだ。
だが今夜は、普段とは違う。
指令地点を出てから、すでに何度も術式を使っている。
一人で転移するだけなら、まだ負担は比較的軽い。
誰かを連れて転移すれば、消耗は一気に増える。
しかも、トーナメントの疲労も残っていた。
海斗も似たようなものだった。
陽菜と組んだ試合で受けたダメージから完全に回復する前に次の戦いが始まり、第五試合に至っては最後まで終わってすらいない。
体はそのことを忘れていなかった。
戦えないほどではない。
ただ、自分がすでに何時間も体を酷使していることを忘れてはいけなかった。
三人の中で、侵攻が始まった時点で消耗していなかったのは鏡だけだ。
それは歩き方を見れば分かった。
足取りはまだ安定している。
呼吸も乱れていない。
海斗は数秒、その背中を見た。
「いつもそんな歩き方なんですか?」
鏡は振り返らない。
「どんなだ?」
「この先に何があるか全部分かってるみたいな」
「分かってない」
「それはそれで怖いですね」
後ろから原田が短く笑った。
鏡が片手を上げる。
二人はすぐに黙った。
サービス通路の入口に着いていた。
最初の扉は開いている。
二枚目は、もう存在していなかった。
金属片が床一面に散らばり、右側の壁には深い傷が残っている。
鏡は破片の一つの前にしゃがんだ。
触れる必要はなかった。
「内側からの衝撃だ」
海斗は入口の向こうを見る。
「じゃあ、ここから出てきた?」
「あるいは、出ようとした」
原田の姿が消えた。
光も何もない。
そこにいたはずの人間が、次の瞬間にはいなくなっているだけだ。
海斗はいまだに慣れきれなかった。
十五秒ほど経った。
原田が二人の横に戻ってくる。
今度は呼吸が少し速くなっていた。
「死体が二つ」
誰も、生きているかとは聞かなかった。
負傷者なら、原田はそう言う。
「もう少し先に分岐がある」
原田は続けた。
「左から物音がした。右には閉まった扉があって、中から誰かが叩いてる」
鏡は立ち上がる。
「残滓か?」
「扉を叩いてるのが誰かまでは分からない」
「なら、先に扉だ」
海斗が頷いた。
三人は中へ入った。
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二つの死体は、原田が言った通りの場所にあった。
一人の狩人は壁際に倒れ、武器をまだ指に握っていた。
もう一人は、そこから数メートル先に倒れている。
海斗は片方の制服に見覚えがあった。
男本人ではない。
所属していた部隊の徽章だ。
ここ数週間、訓練場の近くであの部隊の人間たちが練習しているのを何度か見かけていた。
海斗はそのまま歩いた。
今は何もしてやれない。
閉ざされた扉は、細い通路の突き当たりにあった。
向こう側から三回、叩く音がする。
少し間が空き、
さらに二回。
原田が近づいた。
「狩人だ!」
沈黙。
そのあと、
「開けるな!」
警告は、海斗には少し遅かった。
すでに片手を開閉装置へ伸ばしていた。
すぐに手を引く。
鏡が近づいた。
「何人いる?」
「六人!」
扉の向こうの声は、ひどく疲れていた。
「二人負傷してる!」
扉の向こうから、先ほどとは違う衝撃音が響いた。
はるかに強い。
海斗は鏡を見る。
今のは人間が叩いた音ではない。
「そっちに何がいる?」
「北側通路に残滓が二体! もっといたけど、ほかはそのまま奥に行った!」
鏡と原田が視線を交わす。
まただ。
敵は進み続けている。
「扉は持つか?」
「長くは無理だ!」
鏡は壁を見た。
非常用の図面によれば、部屋の後ろ側にはもう一つ入口がある。
だが、その入口は封鎖されている側にあった。
原田は言われる前に理解した。
「行ってくる」
姿が消えた。
今度は少し長かった。
海斗は無意識に数え始める。
一。
二。
三。
十二まで数えたところで、原田が戻ってきた。
片膝を床についている。
海斗はすぐに近づいた。
「大丈夫?」
原田が片手を上げる。
「ああ」
少し苦労しながら立ち上がった。
「裏に技術室がある。中には入れる」
「出せるか?」と鏡。
原田は扉を見る。
「一人ずつなら」
「六人いる」
「数くらい分かる」
鏡は反応しなかった。
「何往復だ?」
原田が顔をしかめる。
「多すぎる」
再び衝撃。
扉がわずかにこちら側へ歪んだ。
海斗が一歩前へ出る。
鏡が腕を伸ばし、止めた。
強くではない。
ただ、それ以上前へ出ないようにする程度。
「待て」
海斗は鏡の手を見る。
それから扉へ。
「開いたら――」
「ここで迎える」
海斗は何も言わなかった。
体の一部は、今すぐ扉の前へ立ちたがっていた。
ほとんど反射だった。
扉の向こうに人がいる。
敵がいる。
なら、その間に自分が立てばいい。
何度もそうしてきた。
トーナメントの中でようやく、その考え方の問題に気づき始めていた。
前に立つことが、必ずしも仲間を守ることにはならない。
時には、自分の動きに仲間を合わせさせているだけだ。
海斗は半歩下がった。
鏡も腕を下ろす。
「原田」
「はい」
「先に負傷者を出せ」
原田の姿が消えた。
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最初の狩人が二人のそばに現れたのは、それから三十秒も経たない頃だった。
原田が腰を支えている。
男は脚に深い傷を負い、まともに体重をかけられない。
海斗が近づき、引き取った。
「ここに座って」
壁際まで支え、ゆっくり座らせる。
その頃にはもう原田の姿は消えていた。
鏡は扉の正面に立っていた。
右手を胸の高さまで上げている。
海斗には、空気にわずかな圧力が加わったのが分かった。
重さとは少し違う。
高速で下降するエレベーターに乗ったときのような感覚。
入口周辺の重力が変化している。
また衝撃が扉を叩いた。
だが今度は、金属がほとんど動かなかった。
海斗が気づく。
「扉を重くしてるんですか?」
「扉の前の空間だ」
「効果あるんです?」
「今のところは」
また一撃。
扉全体が震える。
鏡が少し手を下げた。
「二度聞くな」
海斗が笑う。
原田が二人目の負傷者を連れて現れた。
男の意識はあるが、片腕を胸元に固定している。
「あと四人」
原田は慎重に男を下ろした。
息を吐く。
しかし、今度はすぐに消えなかった。
鏡が彼を見る。
「五秒」
「助かります」
原田は目を閉じた。
海斗は二人目の狩人を最初の負傷者の隣へ座らせる。
一人が外の状況について何か聞こうとした。
最後まで言えなかった。
扉へ強い衝撃が走る。
錠の一つが外れた。
原田が目を開ける。
姿が消えた。
海斗は立ち上がる。
「次で開きますよ」
鏡は扉枠を見た。
「ああ」
「じゃあ――」
「今だ」
海斗が前へ出る。
だが、入口に張りつくような位置までは走らなかった。
数メートルの間隔を残し、鏡が介入できる空間を確保する。
次の一撃が、ついに施錠機構を破壊した。
扉がこちらへ吹き飛んでくる。
少なくとも、そのはずだった。
途中で突然、床へ叩き落とされた。
金属板は凄まじい勢いで床に衝突し、角の一つがタイルを砕く。
その向こうから最初の残滓が現れた。
細長い腕が四本。
背中を丸めた異形の体。
入口を越えようとする。
その脚が崩れた。
怪物は床に叩きつけられる。
海斗は理解した。
あの一帯すべての重量が増している。
残滓は起き上がろうとした。
海斗が入る。
脚と腕に魔力による強化を集中させ、怪物の脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
重力で床に押さえつけられているにもかかわらず、体が横へずれる。
二撃目で、完全に動きを止めた。
海斗はそれ以上追撃しなかった。
すぐに距離を取る。
背後から別の影が現れた。
今度はさらに大きい。
残滓は両手で扉枠をつかみ、圧力に抗いながら進んできた。
鏡が指を閉じる。
怪物の体がさらに数センチ沈んだ。
膝が床を打つ。
海斗が再び入った。
顔面へ拳を叩き込む。
すぐに後退。
残滓が追おうとする。
圧力が強くなる。
体全体が前へ倒れた。
立ち上がる前に、海斗が仕留めた。
数秒待ったが、それ以上は何も現れない。
海斗は扉の向こうを見た。
血。
戦闘の跡。
しかし、新たな敵は見えなかった。
背後に原田が現れた。
三人目の狩人を連れている。
「何か見逃した?」
海斗は残滓の死体を指す。
「ほとんど何も」
原田は男を負傷者のそばへ下ろした。
「気を遣ってくれたんだな」
鏡はゆっくり手を下ろした。
圧迫感が消える。
「あと何人?」
「三人」
「続けろ」
原田は息を吸った。
再び姿が消えた。
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六人全員を外へ出した。
最後に出てきたのは、扉の向こうから話していた男だった。
額に浅い傷はあるが、自分の脚で歩いている。
原田は彼と共に現れ、すぐに壁へ体を預けた。
今度は誰も、大丈夫かとは聞かなかった。
休む必要があることは明らかだった。
鏡が最後に救出された狩人へ近づく。
「何があった?」
男は、さっきまで閉じ込められていた通路を見る。
「北側の経路を確保してたら、奴らが入ってきた」
「何体?」
「最初は五体」
袖で額の血を拭う。
「そのあと増えた」
「何体増えた?」
「分からない。全員は残らなかった」
負傷者を確認していた海斗が顔を上げる。
男は続けた。
「二体だけ俺たちと戦った。残りはそのまま通り過ぎた」
鏡の表情は変わらない。
「どっちへ?」
男は区画の奥を指した。
「技術設備の方。その先かもしれない」
海斗は直前の会議を思い出した。
残滓は複数箇所から内部へ侵入している。
これまでは、ただ散らばっているだけだと思っていた。
だが、似たような話を聞くのはもう三度目だった。
「追ってこなかったんですか?」
「一体はこっちを見た」
狩人は深く息を吸う。
「そのまま行った」
鏡は黙ったままだった。
壁にもたれていた原田が片目を開ける。
「全然安心できない話だな」
「ああ」
鏡は扉の横にある非常用地図を見る。
区画の外へ出る最短ルートは、最初に原田が確認した崩落で塞がれている。
もう一つ道がある。
技術通路を抜け、非常階段へつながる経路。
遠回りだ。
だが使える。
「この六人を外へ出す」
鏡が言った。
救出された狩人の一人が首を横に振る。
「まだいる」
鏡が彼を見る。
「どこに?」
「もっと奥だ」
男は北側通路を指す。
「天井の一部が落ちたとき、班が分断された。元は十一人いた」
海斗が数えた。
ここに六人。
途中で死んでいたのが二人。
残り三人。
「生きてるか分かりますか?」
狩人はためらった。
「分からない」
沈黙。
原田がようやく壁から体を離した。
鏡は奥の通路を見る。
それから負傷者たちへ。
「どれくらい先だ?」
「二つ、たぶん三つ通路を越えた先。動けてるなら、発電室を目指したはずだ」
原田が小さく首を振る。
「発電室はさらに奥だ」
「分かってる」
「道も安全じゃない」
「それも分かってる」
海斗は鏡を見る。
すぐに答えると思っていた。
だが、返事はなかった。
鏡はもう一度地図を確認する。
「この六人だけ今すぐ避難させる手もある」
原田が言う。
「あとで人を連れて戻る」
鏡は一つの経路を指した。
「あとで戻ったとき、これがまだ使えるとは限らない」
原田は通路を見る。
反論しなかった。
鏡は歩ける四人の狩人へ向き直る。
「お前たち四人で、負傷者二人を非常階段まで運べ」
一人が首を振った。
「捜索を手伝える」
「必要ない」
鏡の声は荒くなかった。
ただ、交渉の余地がなかった。
「もう十分やった。出ろ」
男は歯を食いしばった。
やがて頷く。
海斗は脚を負傷した男を立たせるのを手伝った。
「青い標識を追えば階段に着きます」
「ああ」
「寄り道しないでください」
「俺たちも狩人だぞ、坊主」
海斗が少し笑う。
「じゃあ簡単ですね」
男は鼻から息を吐いた。
「お前も気をつけろ」
六人は撤退を始めた。
最初の角を曲がるまで、鏡はその姿を見送った。
そして残った二人を見る。
「入るぞ」
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中央第四区画の内部は、報告で聞いていたよりひどい状態だった。
天井の一部が崩れている。
非常灯も一定の間隔でしか点いていない。
破損した配管から水が流れ、床に薄く広がって赤い非常灯を反射していた。
海斗は鏡の左側を歩いている。
前ではない。
原田は右側。
数メートル進んだところで、最初の痕跡を見つけた。
壊れた武器。
その先に血。
死体はない。
原田がしゃがみ込み、血痕のそばの床へ触れる。
「まだ乾いてない」
鏡が前を見る。
「進むぞ」
次の交差点へ着いた。
奥で何かが動く。
海斗は体を緊張させた。
人間だった。
一人の狩人が横の扉からよろめきながら出てくる。
海斗は前へ出ようとしたが、鏡がすでに動いたのを見て止まった。
体を動かしたわけではない。
男の周囲の重力を弱めた。
脚を持ち上げることすら苦しそうだった狩人の体が、突然軽くなる。
海斗が駆け寄る。
「歩けますか?」
「たぶん」
弱々しい声だった。
脇腹に傷を負っている。
原田が二人のそばへ現れた。
「俺が出す」
海斗はその顔を見た。
「もう六往復してる」
「七だ」
「それ聞いて安心した」
原田は負傷者の腕を自分の肩へ回す。
「歩いて戻ったら時間がかかりすぎる」
鏡は原田を見る。
「安全経路までだ」
原田が頷く。
負傷者と共に消えた。
海斗は誰もいなくなった場所を見る。
「あれ、あと何回使えるんです?」
鏡は歩き始めた。
「聞かれなければ、もう少し使えるだろう」
海斗も後を追う。
「答えになってないですよ」
「分かってる」
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二人目の狩人は、整備室の中にいた。
倒れたコンソールの陰に座り、腹部の傷を押さえている。
すぐ横には、残滓の死体。
狩人の武器が首に突き刺さったままだった。
海斗がしゃがむ。
「おい」
男が目を開ける。
「遅かったな」
「来ましたよ」
「それもそうか」
海斗は素早く傷を確認した。
医療について詳しいわけではない。
ただ、一目で良くないことだけは分かった。
鏡が近づく。
「三人目は?」
男は眉を寄せた。
「発電室の方へ行った」
「一人で?」
「止めようとしたんだ」
海斗は、その狩人を止めようとしたのだと思った。
「彼を?」
「違う」
男は廊下を見る。
「残滓をだ」
周囲の空気が少し張り詰めたように感じた。
まただ。
鏡がしゃがむ。
「どんな残滓だ?」
「分からない」
「一体だけ?」
「でかいのが一体」
男は苦しそうに息をした。
「俺たちと戦う気がなかった」
海斗は胸の奥に嫌な感覚を覚えた。
また同じ話。
「何をしたんです?」
「どかされた」
男は数秒、目を閉じた。
「邪魔だっていうみたいに」
鏡は海斗を見る。
何も言わなかった。
海斗も。
原田が入口に現れた。
呼吸は明らかに重くなっている。
負傷者を見る。
「勘弁してくれ」
海斗が指差した。
「もう一人」
原田は両手を膝についた。
「最高だな」
負傷者が弱く笑った。
すぐに痛みで顔をしかめる。
原田が近づいた。
「慣れるなよ」
「そのつもりはない」
原田が肩へ手を置く。
消える直前、鏡が止めた。
「こいつを運んだら、俺がいいと言うまで誰も運ぶな」
原田が顔を上げる。
「まだ一人残ってる」
「こいつのあとだ」
一瞬、反論するような表情をした。
だが何も言わなかった。
負傷者と共に姿を消した。
海斗が立ち上がる。
「次は?」
鏡は発電室の方向を見る。
「最後の一人を探す」
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見つけるまで、それほど時間はかからなかった。
問題は、その前に見つけたものだった。
技術設備の近くで、廊下が少し広くなっている。
そこには防衛線があった。
五人。
あるいは、それ以上の狩人がいたのだろう。
壊れた武器が何本も床に散らばっていた。
金属製の防壁は支柱ごと引きちぎられている。
壁には無数の衝撃痕。
海斗は足を止めた。
目に入る死体は三つ。
どれも探している班の者ではない。
鏡はゆっくり、その間を歩いた。
一人。
二人。
三人。
さらに先に四人目。
海斗は反対側の通路を見る。
「ここには、長くいなかったみたいですね」
鏡が振り返る。
「なぜそう思う?」
海斗は死体を示した。
「長い戦いだったなら、もっと壊れてるはずです」
確信があるわけではない。
ただ、何かがおかしかった。
鏡は周囲の傷跡を調べる。
「そうだな」
傷は激しい。
防衛線も突破されている。
だが、複数の残滓が何分もそこで戦い続けた場所には見えない。
守りを破った。
そして、進んだ。
背後に原田が現れた。
今度は死体を見ても何も言わなかった。
ただ呼吸を整える。
鏡が彼を見る。
「負傷者は?」
「ほかの連中と一緒だ」
「そうか」
原田は通路を見る。
「最後の一人は?」
その問いに答えたのは、前方から聞こえた音だった。
数メートル先で、何かが金属へぶつかった。
海斗が進む。
今度、鏡が止める必要はなかった。
海斗は彼の横に位置を保った。
発電室へ到着する。
扉の一つは、内側から金属棒を差し込まれていた。
海斗が叩く。
「狩人だ!」
中で動く気配。
金属棒が落ちる。
扉がわずかに開いた。
若い男が顔を出す。
顔には乾いた血がこびりついていた。
それでも立っている。
「ほかのみんなは?」
海斗は後ろを指した。
「生きてます」
狩人は目を閉じた。
ほんの一秒。
そのあと、扉を完全に開く。
「俺は……」
最後まで言わなかった。
言う必要もなかった。
鏡は室内を見る。
敵はいない。
「追っていた残滓は?」
若い男が鏡を見る。
「行った」
「どこへ?」
「分からない」
部屋の反対側にあるサービス扉を示した。
「あそこを壊して、そのまま進んだ」
原田が近づき、開口部を確認する。
「これは支部の内部へつながってる」
鏡はその先を見つめた。
海斗は、さっき見た死体を思い出した。
無視された狩人たち。
区画を通り過ぎていく残滓。
「みんな、どこかに向かってる」
海斗が呟いた。
鏡にも聞こえた。
「ああ」
初めて、その考えを口にして認めた。
原田は壁にもたれた。
「行き先、知りたいですか?」
鏡は壊れた出入口を見る。
「知りたい」
一拍置く。
「だが、今日はいい」
最後の生存者へ向き直る。
「撤退する」
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帰り道は、もっと簡単なはずだった。
探していた者は見つけた。
使うべき経路も分かっている。
これ以上、奥へ進む理由は一つもない。
撤退を始めると、原田ですら少し笑った。
「これで終わりですか?」
海斗が彼を見る。
「そういうこと言わないほうがいいですよ」
原田が眉を上げる。
「お前まで?」
「香奈さんの近くにいすぎたかもしれない」
前を歩く鏡が言った。
「それに、こいつの言う通りだ」
原田は首を横に振る。
「最悪だ。二人ともか」
最後に救出した狩人は、海斗と原田の間を歩いていた。
重傷ではない。
だが、一歩ごとに疲労が表れている。
最初の交差点へ着く。
何もない。
二つ目。
空だ。
海斗は、もしかしたら本当に今回は何事もなく撤退できるのではないかと思い始めた。
そのとき。
音が聞こえた。
足音。
いくつも。
人間のものではない。
鏡が止まる。
原田が顔を上げる。
音は、非常階段へ向かうために使う予定だった経路から聞こえていた。
海斗は後ろを見る。
そちらからも何かが動く音がした。
少ない。
だが、十分だった。
「さっきはいなかったよな」
原田が言う。
鏡が角まで進む。
体全部は出さない。
確認できるだけの範囲を覗く。
すぐに戻った。
海斗はその表情で分かった。
「何体?」
「見えるだけで八」
原田が息を吐く。
「最高ですね」
「後ろにもいるだろう」
海斗は来た道を見る。
奥に一つの影が現れた。
その後ろに、もう一つ。
救出した狩人が武器を握り直す。
海斗はその横に立った。
前ではない。
原田は片手を握り、開いた。
術式はまだ使える。
だが、あれだけの転移を繰り返したあとでは、立っているだけでも疲れているのが分かった。
鏡は前後の通路を確認する。
前には出口。
後ろには内部から迫る敵。
そのそばには、トーナメントの疲労を抱えた学生と、七人もの人間を運んだ転移使い。
そして、今しがた救出されたばかりの狩人。
海斗は原田を見る。
「別の道があるって言ってくれ」
原田は壁に設置された案内図を素早く確認した。
数秒間、誰も口を開かなかった。
やがて原田が顔を上げる。
「あったんだけどな」
海斗は鏡へ視線を向けた。
鏡はすでに片手を上げていた。
空気の圧力が変わり始める。
正面では、最初の残滓たちが角を曲がった。
海斗は両腕と両脚へ魔力を集中させる。
そして一歩進んだ。
ほかの者たちより前ではない。
横へ。
鏡はそれに気づいた。
何も言わなかった。
言う必要はなかった。
撤退は、もう一度戦いへ変わった。




