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永遠の残滓  作者: Mateo
74/85

第74章:炎の終わる場所

扉が、もう一度大きく揺れた。

金属板は数センチ内側へめり込み、上部の蝶番の一つが壁から外れ始めている。固定していたネジが床へ落ち、廊下のタイルの上で跳ねた。

優奈は第二出入口へ向けて片手を伸ばし続けていた。先ほど作り始めた蒼天鋳造の小さな板は、金属の最も弱っている部分を覆うほどまで広がり、その青白い縁が扉枠に沿って伸びている。

向こう側から、また何かがぶつかった。

今度は魔力構造物が衝撃を受け止めたものの、その表面にはいくつもの光る亀裂が走った。

健太は扉を見つめた。

「もうあんまり持たなそうですね」

「私もそう思うわ」

優奈が答えた。

千穂は整備用の足場の上に立ち、弓を構えていた。そこからなら正面出入口と横の廊下の大部分を確認できる。ただし第二の扉だけは、柱のせいで一部見えにくい。

状況は急速に変わっていた。

ほんの数分前まで、三人は複数の下位残滓を倒し、避難経路をある程度安定させることに成功していた。

今は、負傷した狩人たちが区画を通り続ける中、二つの出入口を同時に守らなければならない。

優奈は、それまでに作った補強を確認した。

正面の扉は、まだ蒼天鋳造の板二枚に支えられている。

横の廊下には三枚目を設置してあり、すでに何度も衝撃を受けていた。

さらに、小さな構造物が天井から外れかけた梁を支えている。

もっと作ることはできる。

だが、いつまでもではない。

見張り所から一人の狩人が近づいてきた。

「霧野、最初の負傷者の搬送は全部終わった。内部通路から、もう一台担架が来てる」

「まだ何人避難させる必要がありますか?」

「正確な人数は分からない。二つの班とまだ連絡が取れてないんだ」

優奈は頷いた。

「医務室への経路を空けたままにして。第二出入口から出てきた人がいたら、すぐに助けられるように人員を回してほしい」

男は変形した扉へ目を向けた。

「まだ中に生きてる奴がいると思うか?」

「あの扉を閉めようとしていた狩人が二人いました。何があったか分かるまでは、生きている前提で動きます」

さらに一撃。

青白い板が短く強く光った。

そして、亀裂が一本走る。

健太は半歩下がり、向こう側から何が出てきても対応できるよう身構えた。

扉がまた震える。

優奈は、板と扉枠の接合部を確認した。

金属の損傷が激しすぎる。

このまま閉じた状態を無理に維持しようとすれば、いずれ破られる防御に大量の魔力を消費することになる。

優奈は補強の一部を解除した。

光の線がほどけ始める。

健太が彼女を見た。

「何してるんですか?」

「開いたあとの準備よ」

次の衝撃で、上の蝶番が完全に外れた。

扉が廊下側へ傾く。

一瞬だけ下部の金具にぶら下がるように止まり――

そのまま倒れた。

轟音が区画全体に響いた。

塵と細かな金属片が床を這うように広がる。

そして、その向こうから最初の影が現れた。

________________________________________

最初に入口を越えてきた残滓は、異様に幅広い胴体に対して脚が短すぎた。

拳を床につけるようにして移動し、背中からは複数の黒い突起が生えている。

その後ろには、さらに小型の残滓が続いていた。

健太は右手の周囲に炎を集めた。

最初の一撃が、大型の残滓を直撃する。

炎は胸から肩にかけて広がり、怪物の動きを止めた。

それでも残滓はさらに一歩踏み出し、ようやく片膝をついた。

その隙を逃さず、千穂が足場の上から矢を放つ。

魔力の矢が前脚の関節を貫いた。

残滓が体勢を崩す。

健太は千穂が傷つけた箇所へ二発目の炎を集中させ、完全に倒した。

小型の二体が、その死体を回り込もうとした。

一体は、優奈が床近くに作った青白い板へ衝突する。

もう一体は隙間を抜け、廊下の中央へ走り込んだ。

一人の狩人が剣で迎え撃とうとしたが、反撃を受けて後方へ押し戻される。

残滓が男へ飛びかかった。

届く寸前、千穂の矢が横腹を貫いた。

怪物は壁際へ落ちる。

健太が次の敵を追おうとした、そのときだった。

第二出入口の奥から声が聞こえた。

「助けてくれ!」

健太は動きを止めた。

最初はどこから聞こえたのか分からなかった。

やがて、まだ空気中に残る塵の向こうから一人の狩人が姿を現す。

額から血を流し、もう一人の仲間を肩に担ぐようにして歩いている。

二人とも、供給通路から必死にこちらへ向かっていた。

その背後では、複数の残滓が動いている。

健太が手を上げる。

炎が大きくなる。

一撃で全部まとめて焼ける。

通路は比較的狭い。

広範囲に炎を放てば、ほぼ横幅全体を覆えるだろう。

残滓たちに避ける場所はほとんどない。

だが、二人の狩人がすぐ前にいる。

そのうち一人は、まともに歩くことさえできていない。

健太は炎を抑えた。

指先の周囲に火が縮まる。

「こっち!」

狩人たちが健太の方へ進む。

一体の残滓が速度を上げた。

優奈は壁際に縦長の板を作り、怪物を狭い空間へ追い込む。

進路が限定された瞬間、健太は細く絞った炎を放った。

攻撃は、逃げてくる二人に近づくことなく残滓だけを捉えた。

千穂も別の一体を射抜く。

二人の狩人は第二出入口を抜けることに成功した。

比較的軽傷の男はそのまま進もうとしたが、肩を借りていた仲間が崩れ、二人とも膝をつく。

近くの狩人が二人、すぐに助けに走った。

健太は通路の奥を見た。

まだ残滓がいる。

しかも、あの入口を小さな補強だけで塞ぐのはもう不可能だった。

________________________________________

優奈は何年も前から知っていた。

防御というものは、必ずしも頑丈である必要はない。

攻撃の向きを少し変えるだけでいいこともある。

あるいは、敵の前進を数秒遅らせるだけで十分な場合もある。

健太が第二出入口から侵入しようとする残滓を食い止めている間、優奈は周囲を見渡した。

横の通路は、避難に使われている中央経路へ直角に接続している。

左には倉庫と小さな搬入口。

右へ進めば医療区画だ。

敵が中央経路へ出て右へ進めば、避難中の負傷者に届いてしまう。

優奈は両手を伸ばした。

床の複数箇所に、小さな構造物が形成され始める。

完全な壁ではない。

斜めに突き出した板を点々と配置し、残滓が通れる空間を意図的に狭くした。

最初の一体がそこを越えようとして足を取られ、速度を落とす。

健太が仕留めた。

別の個体は障害物を飛び越えた。

だが着地した場所は、整備用足場のすぐ近くだった。

立ち直る前に千穂が矢を放つ。

組み合わせが機能し始めた。

第二通路から入ってくる残滓は、徐々に狭い経路へ誘導されていく。

閉じ込められているわけではない。

だが、動きが読みやすくなる。

これなら健太も、避難経路を利用している者を巻き込まずに炎を集中できる。

それでも問題は残っていた。

正面出入口が完全に安全になったわけではない。

強い衝撃が残していた補強を揺らしたことで、優奈はすぐに気づいた。

反対側へ目を向ける。

金属がまた動いた。

正面扉を支えている青白い構造物の光が弱くなる。

千穂も気づいた。

高い位置にいる彼女からは、他の二人より正面側がよく見える。

大半の狩人が第二通路へ集中している隙に、一体の残滓が扉の隙間から侵入しようとしていた。

千穂が体を向ける。

矢を放つ。

頭部に命中した。

だが、完全には止まらない。

二本目を作る。

今度は残滓が身を傾け、直撃を避けた。

矢は片方の腕を貫き、そのまま壁に突き刺さる。

千穂は疲労による鈍い痛みを感じた。

トーナメントでかなりの魔力を消費し、侵攻が始まってからも戦闘が続いている。

弓はまだ問題なく扱える。

ただ、集中力が落ち始める中で、同じ精度を維持するのが難しくなってきた。

残滓が扉を越えようとする。

千穂はゆっくり息を吸った。

相手がもう一肢を前へ出すまで待つ。

そして放つ。

矢は二枚の蒼天鋳造の隙間を抜け、体重を支えていた関節を貫いた。

怪物が崩れ落ちる。

近くにいた狩人がすぐにとどめを刺した。

千穂は一度、弓を下ろした。

足場からは、第二出入口で戦う健太が見える。

残滓が医療区画へ向かわないよう、優奈が構造物を維持しているのも見えた。

三人は同じ区画を守っている。

それでも、全員が同時にすべての場所へ対応することはできない。

________________________________________

健太は両手の周囲に熱が溜まっていくのを感じていた。

炎を出し続けること自体は問題ではない。

まだできる。

難しいのは、敵を近づけすぎないようにしながら、毎回炎の大きさと方向を細かく制御し続けることだった。

倒れた二体の残滓の間から、小型の一体が飛び出してきた。

健太は短い炎を放つ。

相手は最初の一撃を避け、そのまま飛びかかってきた。

健太は後退し、ぎりぎりでかわす。

爪が制服の表面をかすめた。

反撃する前に、残滓がもう一度跳んでくる。

健太は床へ炎を叩きつけるように放ち、怪物に跳躍を強制した。

思っていた以上に魔力を使った。

その跳躍軌道上に、優奈が小さな板を作る。

残滓はそれに激突した。

仰向けに落ちる。

健太が仕留めた。

深く息を吸う。

肩が痛い。

脚も重くなってきていた。

第二の扉が破られてから、まだ数分しか経っていない。

それなのに、もっと長く戦い続けているように感じる。

右側で、ベテランの狩人が攻撃を受けて体勢を崩した。

健太は助けようと手を上げる。

その瞬間、さらに三体の残滓が現れた。

同じ開口部から、固まったまま突っ込んでくる。

健太は大量の炎を集めた。

一気に温度が上がる。

広く放てば三体まとめて倒せる。

その後ろの敵まで巻き込めるかもしれない。

一瞬、放ちかけた。

そして、倒れている狩人が目に入った。

残滓のすぐ後ろで、必死に起き上がろうとしている。

さらに別の男が、彼を助けるために近づいていた。

健太は歯を食いしばった。

炎を縮める。

圧縮した状態を維持するだけで、両腕に強い痛みが走った。

一本目の細い炎を放つ。

左の残滓に命中。

二発目は中央の二体の間を抜け、倒れている狩人に近い個体を捉えた。

三体目は突破してきた。

健太は爪をかわすため横へ飛ぶ。

怪物が床の狩人へ向き直った。

矢が首を貫く。

足場の上から千穂が狙いを変えていた。

健太は反応する間も与えず、とどめを刺した。

負傷した狩人は仲間に支えられながら立ち上がり、二人で医療経路へ下がっていく。

第二波が始まってから初めて、健太には数秒の余裕ができた。

自分の手を見る。

小さな炎がまだまとわりついている。

大技一発で終わらせることもできた状況を、何回もの小さな攻撃で処理した。

だが、二人の狩人は生きている。

足場の上から、千穂は小さくなった炎を見ていた。

全部のやり取りは聞こえていない。

それでも、健太が何を選んだのかは分かった。

今度は、自分がどれだけ強い炎を出せるかを示すために、魔力を無駄遣いしてはいなかった。

攻撃する前に、考えていた。

________________________________________

優奈は、自分の構造物の一つが不安定になり始めるのを感じた。

第二通路の端を守っていた板だ。

衝撃を受けすぎている。

これ以上補強すれば、不釣り合いなほど魔力を消費する。

優奈は維持をやめた。

青白い欠片が空中に散り、床に届く前に消えていく。

板を叩いていた残滓は、あるはずの抵抗が突然なくなったことで体勢を崩した。

優奈は蒼天鋳造で小さな投射物を作る。

光る先端が怪物の胸を貫き、後方へ倒した。

その動きによって、通路の奥が見える。

壊れた扉の周囲には、いくつもの残滓の死体が転がっていた。

さらに奥に二体。

特別強いようには見えない。

だが、それでも前進してくる。

優奈は気づいた。

敵は、利用できる出入口を使って分散し続けている。

このまま数が続けば、いつか誰かが防衛線を抜ける。

倉庫側を見る。

壁際に、大きな資材運搬用カートが置かれていた。

重量物を運ぶための金属製の大型設備で、太い車輪と、手動機構によって傾きを維持できる荷台がついている。

優奈は近づいた。

カートと第二出入口を交互に見る。

完全に塞ぐことはできない。

だが、通れる幅は減らせる。

倉庫付近で休んでいた二人の狩人が意図を察し、手伝いに来た。

三人でカートを動かし、供給通路を斜めに塞ぐように設置する。

優奈は二つの小さな蒼天鋳造で車輪を固定した。

さらに金属製の荷台と壁の縁をつなぐ補強を作り、衝撃を受けても簡単にずれないようにする。

新しい防御によって、残滓はカート脇の狭い隙間しか通れなくなった。

一体がそこを抜けようとする。

健太の細い炎が、外へ出る前に直撃した。

後ろからもう一体。

千穂が射抜く。

怪物は金属構造にぶつかって倒れた。

音を聞いた狩人の一人が顔を上げる。

「これ、持ちそうか?」

優奈はカートを見た。

「永遠には無理ね」

男は通路へ目を向けた。

「最近そればっかり聞くな」

「じゃあ意見は一致してるわね」

状況のわりに、男は小さく笑った。

優奈はその短い間に、自分の残りの魔力を確認した。

まだ戦える。

だが、負傷者を助けながら複数の構造物を維持し、別々の場所で残滓を止め続けている。

本格的に消耗の影響が出る前に、この区画を安定させる必要がある。

通信機を口元へ持っていく。

「霧野より中央指令」

数秒後、返答があった。

『西側区画、どうぞ』

「交代要員をお願いします。医療経路は維持できていますが、二つの出入口が突破されかけていて、負傷者も複数います」

『了解。動かせる部隊を確認中です』

優奈は、健太が運搬カートのそばで別の残滓を迎え撃つのを見た。

「このままずっと維持できる保証はありません」

短い雑音。

『了解。内部区画から支援を回します』

通信が切れた。

優奈は機器をしまった。

応援が来るまで立って待つ意味はない。

まだ、自分たちの仕事は終わっていなかった。

________________________________________

戦闘の最後の数分は、最初ほど派手ではなかった。

残滓はまだ現れ続けた。

だが、もう大量にまとめて侵入することはできない。

運搬カートが第二出入口の幅を狭め、優奈の構造物が怪物たちの動きをさらに制限していた。

千穂は射撃の間隔を長くすることで、精度をある程度取り戻した。

確実な標的が現れるまで待ち、必要のない矢は撃たない。

健太も同じように戦い方を変えていった。

両腕に大きな炎をまとわせ続けるのをやめ、敵が現れた瞬間だけ短い攻撃を集中させる。

必ずしも一撃で倒せるわけではなかった。

何度か千穂や周囲の狩人に助けてもらう必要もあった。

それでも、残滓が医療経路まで到達することはなくなった。

一体が運搬カートを飛び越える。

健太は進路から外れた。

怪物がすぐそばに着地し、爪を振り上げる。

攻撃する直前、その片脚の下に青白い小さな足場が現れた。

ほんの少し持ち上がる。

それだけで十分だった。

残滓が体勢を崩す。

健太は動きを利用し、誰もいない方向へ向けて炎を放った。

怪物が倒れる。

別の残滓が、その隙を突こうとした。

千穂の矢が命中する。

続けてもう一体。

ベテランの狩人が武器で迎え撃つ。

三人の学生と残った防衛要員は、徐々に安定したリズムで戦えるようになっていった。

敵が現れるたびに、毎回別の対処を即興で考える必要がなくなっていた。

優奈は短い間を使って、正面出入口を確認した。

補強はまだ持っている。

今のところ、新しい影が突破しようとはしていない。

再び第二通路を見る。

見える残滓は、あと一体だけだった。

小型で、片脚を引きずるようにしながら、倒れた死体の間を進んでいる。

健太が片手を上げた。

指先に炎が生まれる。

残滓が前へ進む。

健太は、金属製のカートから十分離れるまで待った。

そして、最後の一撃を放つ。

炎が怪物を捉え、床へ倒した。

そのあとの静けさは、妙だった。

健太はその場に立ったまま、次の突撃を待つ。

来ない。

千穂も弓を構えたまま。

優奈は通路の暗がりを見つめる。

動くものは見えなかった。

数秒間聞こえたのは、警報音と、遠くで負傷者を運ぶ狩人たちの声だけだった。

医療区画から一人の男が近づいてきた。

「霧野、どうやら来なくなったみたいだ」

優奈は出入口を見た。

「今のところはね」

健太は両腕を下ろした。

手の中に残っていた小さな炎も消える。

「その言葉、嫌いになってきました」

千穂がゆっくり足場から下りた。

「どれ?」

「『今のところ』」

彼女は死体の散らばった通路を見た。

「意味は合ってるけど」

「だからって好きになるわけじゃない」

優奈は小さく笑った。

だが、出入口から目は離さなかった。

防衛は成功した。

だからといって、この区画全体から残滓が消えたわけではない。

________________________________________

その後の数分は、設備の確認に使われた。

二人の狩人が出入口を調べ、別の者たちは避難経路から残滓の死体を運び出していた。

医療スタッフは、供給通路から脱出してきた最後の負傷者たちを受け入れている。

優奈は金属製のカートを調べた。

片側は衝撃で歪んでいる。

それでも第二出入口を部分的に塞ぐ用途には使える。

車輪を固定している蒼天鋳造も、まだ無事だった。

しばらくこのまま残すことにする。

一人の狩人が近づいてきた。

「もう一つの班と連絡が取れた」

優奈は顔を上げた。

「供給通路に残ってた人たち?」

「ああ。整備区画への出口を見つけて、今は撤退してるらしい。あの区域には、すぐ避難させないといけない奴はもう残ってないって」

優奈は頷いた。

良い知らせだった。

西側区画の問題がすべて解決したわけではない。

それでも、少なくとも別の負傷者集団を取り残したままにはならなかった。

その頃、健太は壁際に座り込んでいた。

脚を伸ばし、腕を膝の上に乗せている。

炎は消えていたが、まだ手には熱が残っていた。

右腕を上げてみる。

肩に痛みが走った。

すぐに下ろす。

「最高だな」

千穂が近づいてきた。

「どうしたの?」

「明日、たぶん動けない」

彼女は数秒、健太を見た。

そして近くに座る。

「私もトーナメントの疲れがまだ腕に残ってるよ」

健太が振り向いた。

「マジで?」

「うん」

「俺だけボロボロなのかと思ってた」

「そんなに特別じゃないよ」

健太は小さく笑った。

二人はしばらく、狩人たちの作業を眺めていた。

一台の担架が医務室へ向かって通り過ぎる。

横たわっている男は意識があり、隣を歩く仲間と話していた。

健太は、その姿を目で追った。

「なあ、千穂」

「何?」

「俺たち、ちゃんとやれたと思う?」

千穂は少し考えてから答えた。

「負傷者は出られたし、私たちも生きてる」

「でも、もっと上手くできたよな」

千穂は横目で健太を見た。

「それはいつでもそうでしょ」

健太は自分の手を見る。

「あの三体がまとめて出てきたとき、全部の炎を放ちそうになった」

千穂もその場面を覚えていた。

健太の腕の周囲で炎が大きくなり、そのあと小さく抑えられていくのを見ていた。

「気づいたよ」

「そのほうが早く終わると思った」

「後ろに狩人がいたけどね」

「ああ」

健太は息を吐いた。

「前なら、たぶんそのままやってた」

千穂は少し黙った。

「でも、やらなかった」

健太が顔を上げる。

「何?」

「全部の炎を出すこと。今回はやらなかったでしょ」

健太は再び通路を見た。

確かにそうだった。

もっと大きな攻撃を使える状況だった。

それでも使わなかった。

使えなかったからではない。

誰かに止められたからでもない。

ただ、使うべきではないと分かったからだ。

「トーナメントで、少しは学んだってことかな」

健太が呟いた。

千穂が笑った。

「奇跡的にね」

「そこまで言わなくてもよくない?」

「無理」

健太は笑いながら首を振った。

そして壁に背を預けた。

「やっぱりトーナメントのほうがいいな」

「ポイントがあるから?」

「戦闘が終わったら、座っていいから」

千穂は、まだ働き続けている狩人たちを見た。

「今も座ってるけど」

「でも、また残滓が十体来ない保証はないだろ」

「じゃあ、来るまで休めば?」

健太は数秒だけ目を閉じた。

今度は何も言い返さなかった。

________________________________________

優奈は警備担当の一人との会話を終えたところで、新たな通信を受けた。

要請していた交代要員が向かっている。

大人数ではない。

近くの避難任務を終えた狩人四人だけ。

それでも、配置を組み直し、学生たちを休ませるには十分だった。

優奈は健太と千穂のところへ向かった。

二人とも壁際に座っている。

千穂は膝の上に弓を置き、健太は天井を眺めていた。

「何か大事な話の邪魔した?」

優奈が尋ねる。

健太が顔を向けた。

「残滓と戦うのとトーナメントに戻るの、どっちがいいか話してました」

「それで?」

「トーナメント」

「でしょうね」

優奈は二人の様子を見るため、少し姿勢を低くした。

どちらも明らかに疲れていた。

それでも、重傷は負っていない。

健太の制服にはいくつか傷があり、千穂の腕にははっきりと疲労が出ている。

「交代が来たら休みなさい」

優奈が言った。

千穂は頷く。

健太が手を上げた。

「本当に休んでいいんですか?」

「状況が許す範囲でね」

健太は手を下ろした。

「絶対に条件つきなんだよな」

優奈は微笑んだ。

それから出入口を見る。

まだ仕事は残っている。

正面通路には、もっとしっかりした修理が必要だ。

使えなくなった扉もいくつかある。

それに、東京支部のほかの区画で何が起きているのかも分からない。

それでも、医務室との経路を維持することはできた。

負傷者は治療を受け続けられる。

優奈にとっては、それで十分だった。

数分後、交代の四人が到着した。

班の責任者が防御状況を確認し、優奈から報告を受ける。

二人が正面出入口を担当。

残り二人が、金属カートと残された補強を利用しながら第二出入口を守ることになった。

優奈は、集中を外すことで消える可能性がある構造物を説明した。

そのあと、避難経路がまだ空いていることを確認する。

彼らが守っていたグループの最後の担架が、廊下を通り過ぎた。

看護師が横を歩き、白い布の上に横たわる負傷者へ声をかけている。

その男は、優奈のそばを通ったとき、わずかに片手を上げた。

優奈も小さく手を上げて返す。

担架が医務室の入口へ消えるまで、数秒間その方向を見つめた。

何体の残滓が支部内部へ侵入したのか。

この襲撃が、あとどれくらい続くのか。

優奈には分からない。

だが、少なくともこの区画では、まだ負傷者が逃げられる道が残っている。

学生たちのところへ戻る。

健太はすでに立ち上がっていた。

そして、立ったことを少し後悔しているようにも見えた。

千穂は弓をしまう。

「終わりですか?」

優奈は西側出入口をもう一度見た。

「私たちの仕事は、今のところね」

健太がため息をつく。

「またそれだ」

千穂が短く笑った。

優奈も思わず微笑んだ。

三人は、新しい指示が来るまで少しでも休み、魔力を回復できる場所へ向かって歩き始めた。

その背後では、交代した狩人たちが引き続き出入口を警戒している。

西側通路は、まだ崩れていなかった。

そして、もうしばらくの間は。

医務室へ続く道も、開かれたままだった。

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