第73章:西側通路
西側区画の状況が悪化していることを最初に示していたのは、廊下の真ん中に放置された担架だった。
優奈はその数歩手前で立ち止まった。車輪の一つが曲がり、白い布にはまだ乾ききっていない血痕がいくつも残っている。壁際には開いたままの救急箱が転がり、包帯や手袋が床に散乱していた。
周囲に人影はなかった。
健太は担架に近づき、曲がった車輪を確かめた。
「ずいぶん急いでたみたいだな」
「それとも、途中で運べなくなったのかもね」
千穂が答えた。
優奈は床に残された跡を調べた。担架は横の廊下から引きずられ、角にぶつかって止まったらしい。その先の壁にも何かが衝突した痕跡が残っていたが、比較的新しいものではなさそうだった。
「先へ進みましょう」
三人は再び歩き始めた。
中央の指令拠点で香奈から指示を受けたあと、彼らはすぐに出発していた。
目的地は東京支部の西側出入口の一つ。普段は物資の搬入や整備担当者の移動に使用されている区画だった。
通常なら、作業員や小型の運搬車両、施設に出入りする狩人たちが行き交っている場所だ。
しかし今は、負傷者を医務室へ運ぶための主要な避難経路の一つになっていた。
次の交差点に差しかかったところで、人の声が聞こえてきた。
二人の狩人が担架を運び、三人目が通路を空けようとしている。近くでは、腕に包帯を巻いた男が通信機に向かって話していたが、声はほとんど相手に届いていないようだった。
「入口を空けてくれ!」
担架を押していた狩人の一人が叫んだ。
近くにいた作業員たちが慌てて道を開ける。
優奈は通信機を持つ狩人に近づいた。
「霧野です。中央指令から派遣されました」
男は顔を上げた。
肩のあたりで制服が裂け、胸元には黒ずんだ染みがいくつも残っていた。
「助かった。こっちのことを忘れられたんじゃないかと思い始めてたところだ」
「敵は何体確認しましたか?」
「正確な数は分からない。何体か倒したが、内部通路から次々と現れる。搬入口を管理している警備所とも連絡が取れなくなった」
優奈は周囲を見渡した。
正面の廊下は、大きな防護扉へ続いている。右側には複数の倉庫があり、横の通路は整備用の階段につながっていた。
反対側へ進めば医療区画に出られる。
すべての出入口を管理できていれば、そこまで守りにくい場所ではない。
問題は、いくつかの扉が損傷していることだった。
「戦える狩人は何人いますか?」
「六人だ。ほかに四人負傷しているが、まだ動ける。残りは患者の搬送に回っている」
優奈は頷いた。
「医務室への経路を維持します。負傷者の搬送は止めないでください」
狩人は少し安心したようだった。
「了解した」
男が人員の配置を確認しに行くと、健太は正面の扉を眺めた。
「まあ、全部壊される前に着けてよかったな」
千穂は壁に走る亀裂を調べた。
「壊されてる途中に着いた、って感じだけど」
「それでもマシだろ」
健太は肩を伸ばそうとして、すぐに後悔した。
トーナメントで二試合戦った疲労が、筋肉の痛みとなって残っている。
顔をしかめた。
「二試合勝ったら追加の仕事までついてくるなんて、聞いてないぞ」
「そもそも、あんなに魔力を使う必要なかったでしょ」
千穂が答えた。
「試合だったんだから仕方ないだろ」
「今は仕事だけどね」
健太は彼女を見た。
「お前、何か言うたびに言い返してくるよな」
「返しやすいことばっかり言うからじゃない?」
優奈は、壊れた扉の錠を調べながら二人の会話を聞いていた。
「まだ口喧嘩する元気があるみたいで安心したわ」
二人は口を閉じた。
優奈が小さく微笑む。
「今度は、戦うための元気がどれくらい残っているか教えて」
先に答えたのは千穂だった。
「まだ射てます。でも、トーナメントのときと同じペースでは無理です。矢を連続して作りすぎると厳しくなると思います」
健太は自分の手を見た。
「俺も結構使いました。でも、まだ戦えます」
「そうであってほしいわね」
優奈は答えた。
「たぶん、必要になるから」
西側通路には、一見しただけでは分からない問題があった。
防護扉は、本来なら施設を独立した区画に分けるためのものだった。緊急時には閉鎖され、火災や事故、その他の危険が建物全体へ広がるのを防ぐ仕組みになっている。
だが、そのうち何枚かが破損していた。
片方の扉は半開きのまま動かなくなっている。
別の扉は施錠機構を完全に破壊されていた。
さらに、搬入口に最も近い扉は、錠の周辺が大きく歪んでいる。
優奈は最初の数分を、それらの状態を確かめることに費やした。
彼女の術式、蒼天鋳造は、結晶のような外見を持つ固体状の魔力構造物を生み出すことができる。
板や足場、投射物、細い糸など、形を正確に維持できるものであれば、さまざまなものを作り出せた。
ただし、構造物が大きく複雑になるほど、必要な魔力と集中力も増える。
そのため、優奈は廊下全体を巨大な壁で塞ごうとはしなかった。
破損した扉のそばに膝をつき、金属へ手を当てる。
青白い構造物が錠の周囲に形成され始めた。
魔力は細い線となって広がり、ほとんど透き通った部品のような形を作りながら、施錠部分を補強していく。
完成すると、優奈は手を離した。
補強部分はそのまま残った。
健太が近づいてくる。
「それ、持ちますか?」
優奈は自分の作った構造物を眺めた。
「どれだけ強く叩かれるかによるわね」
「すごい答えですね」
「今できるのは、それだけよ」
別の扉には、内側へ開かないよう斜めに二枚の小さな板を作った。
そのあと、天井から外れかけていた梁を魔力の糸で支える。
千穂は青白く輝く構造物を観察した。
「ガラスみたいですね」
「場合によっては似た性質を持つわ。でも、必要な集中力さえ保てれば、途中で形を変えることもできるの」
「集中をやめたら、どうなるんですか?」
優奈は糸から手を離した。
構造物は数秒間そのまま残ったが、やがて光が弱まり、小さな粒子となって消えていった。
「どれだけ魔力を込めておいたかによるわ。単純なものなら、しばらくは意識を向けなくても維持できる。でも、複雑なものはもっと手がかかるの」
健太は補強された扉を眺めた。
「じゃあ、建物中をそれで埋め尽くすこともできるんですね」
「やろうと思えば、試すことはできるわ」
「それで?」
「全部終わるずっと前に、魔力が尽きるでしょうね」
千穂が笑った。
健太は両手を上げる。
「はいはい、分かりました」
優奈が区画を調べ続ける間、千穂は廊下の大部分を見渡せる位置を見つけた。
本来は換気設備の点検に使われる小さな足場だった。
それほど高くはなく、金属製の手すりがついていたが、担架の通行を妨げずに二つの主要な出入口を確認できる。
千穂は横の階段を上り、弓を使うためのスペースを確かめた。
ここからなら、避難経路を横切るように攻撃する必要がない。
一方、健太は正面の防護扉の近くに残った。
待っている間、少しでも体を動かせるのはありがたかった。
トーナメントの疲れは残っていたが、じっとしていると余計に筋肉の痛みを意識してしまう。
若い狩人が近づいてきた。
「君、学生か?」
健太は相手を見た。
「そうですけど」
「トーナメントは中止になって、学生は休ませることになったんじゃなかったのか?」
「中止にはなりましたよ」
「じゃあ、なんでここに?」
健太は廊下を指した。
「予定が変わったみたいです」
狩人は小さく笑った。
それから扉を見る。
「もう戦わなくて済むといいんだがな」
健太も金属に残された傷を見つめた。
「そうですね。俺もそう思います」
冗談ではなかった。
最初の襲撃が始まったのは、それから数分後だった。
内側の通路にある半開きの扉が、大きな音を立てて揺れた。
近くにいた狩人たちが一斉に振り返る。
もう一度、衝撃が走る。
やがて、灰色の手が二枚の金属板の隙間から現れた。
異様に長い指の先には黒い爪があり、それが扉の縁に深く食い込む。
残滓が引っ張った。
隙間が広がり、頭蓋骨から直接生えたようないくつもの突起物に覆われた、歪な顔が現れた。
その背後では、さらに二つの影が動いていた。
健太は両手を上げた。
指の周囲に炎が灯る。
だが、すぐには放たなかった。
ちょうど二人の狩人が担架を運んで廊下を横切っていたからだ。
彼らが通り過ぎるのを待つ。
最初の残滓が頭と片方の肩を隙間から押し込んだ。
その瞬間、魔力の矢が飛び込んできた。
矢は首に命中し、残滓を激しく後退させた。
足場の上では、千穂が二本目の矢を構えていた。
誰かに位置を指示される必要はなかった。
廊下をはっきりと見渡せる場所を確保しており、負傷者を搬送する狩人たちにも注意を向けながら、敵の動きを追えている。
残滓が再び入り込もうとした。
今度は健太が短い炎を放った。
炎は胴体に直撃し、残滓を扉へ押し戻した。体の一部が燃え上がり、怪物は身をよじった。
二体目の残滓が、開いた隙間の下から滑り込んできた。
先ほどのものよりずっと小さい。
四本の手足で移動し、全身は黒く湿った皮膚に覆われていた。
健太へ向かって駆け出す。
彼は体をひねり、床へ炎を走らせて進路を遮った。
怪物は回り込もうとした。
その目の前に、青白い小さな板が現れる。
残滓は優奈の作った構造物に衝突し、一瞬動きを乱した。
健太はその隙に距離を詰め、集中させた炎を放つ。
怪物は廊下の中央に到達する前に倒れた。
三体目も扉を突破してきた。
先ほどの二体より背が高い。
片腕だけが異様に大きく、床を引きずりながら歩いている。
狩人の一人が武器を構え、前へ出た。
怪物は巨大な腕を振り下ろした。
男は攻撃を受け止めたものの、衝撃で数メートル後方へ吹き飛ばされた。
優奈が手を伸ばす。
狩人の背後に魔力の板が現れ、転倒の衝撃を和らげた。
残滓は再び腕を振り上げる。
千穂が矢を放った。
肩に命中したが、怪物は止まらない。
もう一本。
今度は脚の関節を狙った。
残滓が体勢を崩した。
健太はその隙を逃さなかった。
右手に炎が集まり、細い一本の筋となって怪物へ向かう。
攻撃は胴体に命中し、残滓を膝から崩れ落ちさせた。
最初の一撃を受けた狩人も、その間に立ち上がっていた。
彼が最後の一撃を加え、怪物を仕留めた。
数秒間、誰も動かなかった。
健太の炎が消えていく。
千穂もゆっくりと弓を下ろした。
優奈は残滓たちの死体を確認し、それから扉を見た。
もう音は聞こえない。
今のところは。
「みんな、無事?」
狩人の一人が片手を上げた。
「どうにか生きてます」
仲間が近づいて、彼を支えた。
健太は倒れた残滓の巨大な腕を見つめる。
「こいつ、結構な力でしたね」
「壁まで吹っ飛ばされそうになるくらいにはな」
狩人が答えた。
「後ろに何かあってよかったですね」
男は、消えかけている青白い板を振り返った。
「ああ。本当に助かった」
優奈は壊れた扉に近づいた。
施錠部分の損傷は、先ほどよりひどくなっていた。
今では片方の扉が、かろうじて蝶番にぶら下がっている状態だった。
残滓は倒した。
だが、出入口は以前よりもずっと危険になってしまった。
それからしばらくは、小規模な修理と負傷者の搬送が続いた。
優奈は再び扉を補強した。
ただし、今回は金属の損傷を補うため、先ほどより大きな構造物が必要になった。
その分、予想以上に魔力を消費してしまった。
作業をしながら、近くの足場で健太と千穂が話しているのが聞こえてきた。
「もうちょっと早く当てられたんじゃないか?」
健太が言った。
千穂は彼を見た。
「どれに?」
「でかいやつ」
「二回当てたでしょ」
「そうだけど、一発目じゃ止まらなかったし」
「健太がどれくらい炎を出すか迷ってる間、攻撃されないようにしてたんだけど」
健太は口を開いた。
そして閉じた。
「……まあ、それもそうか」
千穂は弓に魔力の矢を番え、形成するのにどれほど力が必要か確かめた。
放つ前に、矢を消す。
「それに、まだ魔力を節約しないと」
健太は自分の手を見た。
炎は消えているが、指先にはかすかな痺れが残っていた。
痛みはない。
ただ、魔力が完全には回復していないことを思い出させる感覚だった。
「どれくらい残ってる?」
千穂は少し考えた。
「正確には分からない。思ってたより少ない、かな」
「それじゃあまり参考にならないな」
「参考にしてもらうつもりじゃなかったし」
健太は笑った。
「お前、気が向くと結構優しいよな」
「ありがとう」
「褒めてないんだけど」
「知ってる」
優奈は扉の補強を終え、二人に近づいた。
「調子はどう?」
先に答えたのは健太だった。
「あの扉よりは元気です」
「それなら、あまり自慢にはならないわね」
千穂が小さく笑った。
優奈は二人の学生を見た。
彼らはトーナメントで戦ったあと、十分に休む時間もないまま、また別の戦闘に参加している。
経験豊富な狩人との差は、まだ明らかだった。
それでも、優奈は良い変化にも気づいていた。
二人とも、最初から全力で敵を倒そうとはしなかった。
健太は負傷者が通過するのを待ってから炎を放った。
千穂も闇雲に射るのではなく、狙う場所を選んでいた。
小さな判断だ。
だが、こうした状況では、その判断が誰かの命を救うこともある。
「よくやったわ」
優奈が言った。
健太は眉を上げた。
「本当ですか?」
「ええ」
「もっと上手くできたって言われるかと思いました」
「もちろん、改善できるところはあるわよ」
「やっぱり」
優奈は微笑んだ。
「でも、毎回反省点を指摘して終わる必要はないでしょ」
千穂は手すりにもたれた。
「加藤先生にも言ってあげたほうがいいですよ」
優奈の表情が、わずかに変わった。
「銀次郎は……少し難しい人だから」
健太は腕を組んだ。
「先生、なんで一人で行っちゃったのか知ってるんですか?」
「一人のほうが、自分の力を発揮しやすいからよ」
「本当に?」
優奈は廊下を見つめた。
「彼の術式には、味方が近くにいないほうが有利な面があるの。でも、だからといって無敵というわけじゃない」
健太は、訓練中に見た加藤の姿を思い出した。
どれほど気を抜いているように見えても、あの男が負けるところは想像しにくかった。
「きっと大丈夫ですよ」
優奈はすぐには答えなかった。
「そうだといいわね」
数秒間、沈黙が流れた。
やがて、内部通路から別の担架が運ばれてくるのが見えた。
優奈は再び仕事へ意識を戻した。
二度目の侵入は、三人の誰もが最初から襲撃だと認識できるような形では始まらなかった。
まず、横の廊下から二人の狩人が現れた。
一人は前腕を押さえながら歩いている。もう一人は額から血を流し、何度も背後を振り返っていた。
その後ろには三人目の男がいて、ほとんど自力で立てない仲間を引きずるように支えていた。
優奈はすぐに近づいた。
「どこから来たんですか?」
「物資通路だ」
狩人の一人が答えた。
「中に残滓がいる」
「何体ですか?」
「全部は見てない。扉を閉めようとしたんだが、一体が換気ダクトから入り込んできた」
男は息を整えるために言葉を切った。
「ほかの連中が、まだ食い止めようとしてる」
優奈は横の通路を見た。
物資通路は、まだ十分に調査できていない区画へつながっている。
もし敵がそこを進めば、別の方向から医療区画へ到達できてしまう。
狩人が話している間に、壁の内側から何かを叩く音がした。
千穂が顔を上げた。
換気ダクトから、もう一度音が響く。
健太が振り返った。
破損した二枚の格子の間から、小さな灰色の生き物が現れ、床に落ちた。
起き上がるより早く、千穂の矢が体を貫いた。
しかし、ほぼ同時に別の影が横の廊下から姿を現した。
さらにもう一体。
優奈は腕を伸ばした。
敵と負傷者たちの間に、青白い板が二枚形成される。
怪物たちはそこに衝突した。
一体が障壁を回り込み、中央の廊下へ向かって進んだ。
健太は手のひらに炎を集めた。
炎が急速に大きくなる。
大きすぎた。
残滓の背後には、今しがた逃げてきた狩人たちがまだいた。
このまま力を解放すれば、彼らまで巻き込んでしまう。
健太は炎を小さくした。
手のひらに火力を集中させ、細い一撃として放つ。
炎は残滓の胸に命中し、後方へ吹き飛ばした。
もう一体が横を抜けようとする。
健太は体をひねって迎え撃とうとしたが、炎が反応するまでに、いつもよりわずかな遅れを感じた。
トーナメントで大量の魔力を使い、最初の戦闘でもすでに何度か術式を発動している。
健太は歯を食いしばった。
完全に回復しているつもりで戦うわけにはいかない。
足場の上から千穂が矢を放つ。
迫っていた残滓に命中し、壁際へ弾いた。
健太はその隙にとどめを刺した。
優奈は二枚の板を維持しながら、横の通路を観察していた。
特別に強力な敵がいるようには見えない。
問題は別のところにあった。
残滓たちは、異なる場所から次々と現れている。
そして、最初に遭遇した狩人と必ずしも戦おうとはしなかった。
防御をすり抜け、中央通路へ到達しようとする個体もいる。
一体の残滓が、負傷した狩人のすぐそばを通り過ぎた。
男が攻撃を試みる。
外れた。
残滓はそのまま走り続ける。
優奈は進路上に斜めの構造物を作った。
怪物はそこにぶつかり、体勢を崩す。
上から千穂の矢が飛び、とどめを刺した。
最後の残滓が倒れると、廊下は再び静かになった。
健太は壁に手をついた。
先ほどより呼吸が速い。
千穂は足場から下り、逃げてきた狩人たちの様子を確かめた。
優奈はそのうちの一人へ近づく。
「奥にはまだ敵がいましたか?」
男は首を横に振った。
「分からない。俺たちが出たときも、ダクトの中で何かが動いていた」
「仲間はまだ中に?」
「二人が残って、扉を守ろうとしてる」
優奈は横の通路へ目を向けた。
現れる残滓をすべて追いかけるために、正面の出入口を放棄するわけにはいかない。
だからといって、二つ目の道を完全に開いたままにもできなかった。
自分が作った防御構造物を確認する。
二枚の板はまだ無事だった。
三枚目には亀裂が入り、形を維持するために予想以上の魔力を消費している。
優奈はそれを解除した。
残っていた魔力の一部は制御下へ戻ったが、衝撃を受け止めるために使われた分の大半は、すでに失われていた。
そのとき、金属音が聞こえた。
物資通路の奥からだった。
一度。
続けて、もう一度。
負傷した狩人が顔を上げた。
「俺たちが閉めようとした扉だ」
優奈は数歩進んだ。
二つ目の出入口には、厚い金属製の扉が設置されていた。搬入区画と建物のほかの部分を隔てるためのものだ。
施錠機構は作動している。
だが、向こう側から何かが扉を叩いていた。
金属が震える。
健太がゆっくりと近づいた。
「あの向こうに、何体いるんだろうな」
誰も答えなかった。
再び衝撃が走る。
今度は、錠の近くに小さな歪みが生まれた。
千穂は足場へ戻り、弓を構えた。
そこからなら正面の扉と横の廊下の一部を狙えるが、両方を同じ精度で守ることはできない。
健太は自分の手を見た。
まだ炎は出せる。
無駄遣いしなければいい。
優奈は二つ目の扉を調べた。
補強することはできる。
ただし、そのためにはほかの構造物から魔力を回さなければならない。
こちらを放置すれば、残滓は避難経路へ入り込む。
反対に、すべての防御をこちらへ集中させれば、正面の出入口が無防備になってしまう。
再び音が響いた。
それまでよりはるかに強い一撃が、扉枠全体を揺らした。
何本かのネジが床に落ちる。
健太はゆっくりと息を吐いた。
「これで最後だって言ってくださいよ」
優奈は片手を伸ばした。
小さな蒼天鋳造の板が目の前に形成され始め、青白い光を床に反射させる。
「そう言えたらいいんだけどね」
扉に再び衝撃が走った。
今度は、金属が内側へ向かって大きく歪んだ。




