第71章:初動対応
最初の一行が中央区画に到着したとき、警報はまだ鳴り続けていた。
香奈はタツを従え、中央通路を進んでいた。後ろには鏡、香澄、バク、神崎が続き、道中で合流した数人の狩人も同行している。必要なこと以外、誰も口を開かなかった。
この辺りの建物は、まだ普段とそれほど変わらない姿を保っていた。だが、行き交う狩人たちの様子が、事態の深刻さを物語っていた。
二人の男が、即席の担架に乗せた女性の狩人を運んでいる。その先では、一人の警備員が無線で連絡を取ろうとし、もう一人が非常扉を固定していた。
タツが警備員に近づく。
「最新の状況を報告してください」
男はタツに気づくと、背筋を伸ばした。
「東通路が突破され、三か所の監視所と連絡が取れなくなっています。地下階でも敵の活動を確認しました」
「北区画は?」と香奈が尋ねた。
「まだ通信はつながっていますが、不安定です。負傷者の避難を進めている部隊がいます」
「医務室は?」
「今のところ、機能しています」
香奈はうなずき、歩き続けた。
やがて、建物の各区域につながる通路が交差する場所に出た。そこには小さな警備受付があり、作業をするには十分な広さのカウンターと、支部の出入口を映す二つの画面が設置されていた。
そのうち一つは、完全に真っ暗になっている。
香奈がカウンターに近づいた。
「ここで態勢を整えるわ」
タツが建物の見取り図を広げる。その間にも、二人の狩人が最新の報告を持ってきた。一人は額に浅い傷を負い、もう一人は制服が裂け、前腕に包帯を巻いていた。
「まず東側から」と香奈が命じた。
「最初の残滓は、整備用通路の近くに現れました。二か所の警備所を破壊し、そのまま内部へ進んでいます。正確な数は不明です」
「通常の残滓?」
「確認できたものは、そうです。ただ、正体を特定できていない攻撃もあります」
香奈は見取り図を見下ろした。
「地下は?」
「地下二階で敵の活動を確認しています。四分前から、地下三階の監視カメラがすべて映らなくなりました」
タツが顔を上げる。
「破壊されたのですか?」
「確認できていません。突然、映像が途絶えました」
香奈は杖の先を見取り図のそばに置いた。
気に入らない状況だった。二つの進入経路が突破され、複数の監視所との通信が途絶え、敵の数もわからない。最初の報告から想定した以上に、大規模な侵攻である可能性があった。
「動かせる狩人は何人?」
警備員が手元の書類を確認した。
「任務に出ていない者を全員集めています。すでに持ち場で交戦している者もいます」
「勝手に動かないよう伝えて。各区画の責任者は現在位置を報告し、新しい指示を待つこと」
「了解しました」
そのとき、通路から足早に近づく音がした。
加藤が優奈とともに現れた。二人の後ろには、訓練区画から支部の大部分を移動してきた二年生たちが続いている。
香奈は近づいてくる彼らを観察した。
疲労は明らかだった。健太は肩をさすり、千穂は腕の防具を少し緩めていた。花はゆっくりと呼吸を整え、結衣はまだわずかに震える片手の指を伸ばしている。
全員、ほんの数分前までトーナメントで戦っていたのだ。
「状況は?」と加藤が尋ねた。
「思っていたより悪いわ。でも、急いで動けばまだ封じ込められる」
優奈が見取り図に近づく。
「何を狙っているかわかってる?」
「いいえ」
「侵入経路は?」
香奈は首を横に振った。
「それも調べなければならないわ」
加藤は紙に記された東通路を確認した。
それから扉の方を見る。
香奈は彼のことをよく知っていた。そんな表情を見逃すはずがなかった。
「変なことを考えるんじゃないわよ」
加藤が顔を上げる。
「何が?」
「まだ指示を出していないでしょう」
「何も言ってないぞ」
「だからよ」
後ろでバクが小さく笑った。香奈が振り向くと、彼は何もしていないとでも言うように両手を上げた。
「俺も何も言ってませんよ、ボス」
「そのまま黙っていてちょうだい」
神崎がため息をついた。
「それができたら奇跡だな」
バクは胸に手を当て、傷ついたふりをした。
香奈は二人を無視して、見取り図に集中することにした。
「いいわ。全員で同じ場所へ向かうわけにはいかない。各区画の状況に合わせて部隊を分けて、ここを連絡拠点にする」
東通路を指さす。
「まず、加藤……」
返事はなかった。
香奈が顔を上げる。
数秒前まで銀次郎が立っていた場所には、もう誰もいなかった。
「……加藤?」
優奈が通路の方を見る。
銀次郎はすでに遠ざかっていた。両手をポケットに入れ、歩くたびにコートの裾を揺らしている。
「銀次郎!」
香奈が呼ぶ。
彼は振り返らず、片手だけを上げた。
「東側は俺が引き受ける」
「まだ指示を出し終わってないでしょう!」
「じゃあ、残りの連中に続けてくれ」
加藤は角を曲がり、姿を消した。
香奈は数秒間、その通路を見つめていた。それから杖を両手で強く握る。
「いつか、あの男の首を絞めてやるわ」
「まず追いつかないといけませんね」と鏡が言った。
香奈が彼を睨むと、鏡はそれ以上何も言わなかった。
一方、優奈は笑っていなかった。
加藤が消えた通路を、まだ見つめている。
彼の魔力吸収能力が、周囲に魔力の供給源さえあれば長時間の戦闘を可能にすることは知っていた。同時に、仲間が近くで戦えば、その魔力まで奪ってしまう危険があることも理解している。
単独行動は理にかなっていた。
だが、理にかなっていることと、安全であることは別だった。
気をつけて、銀次郎。
声には出さなかった。
香奈は再び見取り図に向き直った。
「いいわ。バク、あなたは……」
言葉が止まる。
右を見る。
左を見る。
「……嘘でしょう」
神崎がため息をついた。
「その通りだ」
香奈はゆっくり目を閉じた。
「どこにいるの?」
タツが地下へ続く階段を指さした。
バクはすでに階段を下り始めていた。
「獅子堂!」
男は立ち止まり、振り返った。
「ボス! ちょうどあなたのことを考えてたんですよ!」
「戻ってきなさい!」
「そうしたいのは山々なんですが、地下でデートの約束がありまして!」
「バク!」
「食べ物が見つかったら、俺の分も取っておいてくださいね!」
神崎が首を横に振った。
「馬鹿が」
バクは胸に手を当てた。
「マサト! 俺たちには特別な何かがあると思ってたのに!」
「あるとも。そろそろ限界を迎えそうな、俺の忍耐力だ」
「だったら大切にしろよ! そんなに残ってないんだから!」
バクは大笑いしながら、階段の下へ消えた。
香奈はタツを見る。
「今のは、見間違いだったと言ってちょうだい」
「残念ながら、現実です。水島様」
「二人よ。二人とも、いい大人でしょう。しかも一応、プロの狩人なのよ」
「我々の中でも、特に経験豊富な二人です」
「それで状況が良くなるわけじゃないわ」
優奈が小さく笑った。
香奈はそれを聞き逃さず、彼女へ顔を向ける。
「笑わないで。あなたの相棒が先にやったのよ」
「かばってるわけじゃないわ」
「あの二人、無傷で戻ってくるといいわね。残滓相手に生き延びても、そのあと私を相手に生き延びなきゃならないんだから」
優奈は微笑んだが、その表情は長く続かなかった。
再び東通路を見つめる。
香奈はそれに気づいた。
「優奈」
「何?」
「銀次郎は、もう何年も戦ってきた男よ」
「わかってる」
優奈は通路から目を離した。
「でも、それで何も起こらないとは限らないでしょう」
香奈は否定しなかった。ただうなずき、見取り図へ視線を戻す。
「タツ。警備部隊に、加藤は東区画、バクは地下に向かったと伝えて。許可なく後を追わないように」
「承知しました」
「それから、二人が戻ってきたら、話があることを思い出させてちょうだい」
神崎が腕を組んだ。
「話、ですか?」
「とても長い話よ」
「だったら、あいつらは戦い続ける方を選ぶかもしれませんね」
今度は香奈も、ほんの少し笑った。
だが、タツが最新の死亡者報告を机に置くと、その笑みは消えた。
香奈は目を通す。
そして背筋を伸ばした。
「いいわ。もう十分に時間を使った。残りの全員、聞いてちょうだい」
バクは口笛を吹きながら、最後の階段を下りた。
階段の先には、非常灯に照らされた整備用通路が続いていた。天井近くの配管が一本破裂し、流れ出た水がガラスの破片と混ざりながら床に広がっている。
バクは数メートル歩いた。
そのとき、悲鳴が聞こえた。
それほど遠くない。
口笛が止まる。
腰に下げた短いピックを直し、目の前に伸びる通路を観察した。
姿勢は、それほど変わっていなかった。
だが仮面の奥に、もうふざけた表情はなかった。
「さて……地下で何をやらかしてくれたのかな」
そう言って、再び歩き出した。
「神崎」
香奈は北区画を指さした。
「仙台と高島を連れていって」
正人は見取り図を確認する。
「任務は?」
「避難よ。北側から医務室へ続く経路を確保して、見つけた負傷者をできるだけ救出してちょうだい。あの区域には、まだ状況を確認できていない二つの部隊がいる」
神崎はうなずいた。
「了解しました」
香奈は二人の生徒を見る。
「あなたたちは、もう二回戦っているでしょう。残った魔力を、残滓を追いかけるために使わないこと」
「まだ戦えます」と結衣が答えた。
「そうでなければ困るわ。でも、いつ戦って、いつ退くかは神崎に任せなさい」
「はい」
神崎が二人へ向き直る。
「魔力はどれくらい残ってる?」
先に答えたのは結衣だった。
「十分です」
「十分かどうかは聞いていない」
結衣は黙った。
花がゆっくり息を整える。
「正確にはわかりません。半分より少し多いくらいだと思います」
「知覚は維持できるか?」
「はい。でも、範囲全体を集中して見続けるなら、長くはもちません」
神崎がうなずく。
「なら、そんなことはするな。進むために必要な場所だけ確認しろ」
結衣を見る。
「お前は?」
彼女は自分の手を見つめた。
「まだ結界は作れます。でも、大きなものは前より魔力を使います」
「必要な限り、小さいものを使う。休む必要があるなら、手が動かなくなる前に言え」
結衣はうなずいた。
香奈は三人の話が終わるのを待ってから、次の指示を出した。
「優奈。あなたは有本と和田を連れていって。西側の出入口を守ってほしい。あそこは負傷者の搬送にも使っているから、残滓を医務室に近づけるわけにはいかない」
優奈は二人の生徒を見た。
「調子はどう?」
健太が手を上げる。
「大丈夫です」
「それじゃわからないわ」
「まだ火は使えます」
「それでもわからない」
健太は手を下ろした。
千穂が口を開く。
「二試合でかなり使いました。まだ矢は撃てますけど、さっきまでみたいに連続して攻撃するのは難しいです」
優奈はうなずいた。
「それなら参考になるわ」
健太を見る。
彼はため息をついた。
「……俺も、さっきより魔力が減ってます」
「なら無駄遣いしないこと。戦闘になったら、基本的な防御は私が担当する。二人は私の指示に従って」
「了解です」
香奈は見取り図の別の場所を指した。
「鏡。村と原田を連れていって」
鏡が近づく。
「遊撃部隊よ。防衛線が崩れた場所へ、すぐに対応できる部隊が必要なの。一か所に長く留まらないで。必要なときだけ、その場を維持して」
原田は区画同士の距離を確認した。
「先行して出入口を偵察できます」
「必要以上に離れるな」と鏡が答えた。「扉の向こうに何がいるかわからない」
原田はうなずく。
海斗は黙っていた。
トーナメントの影響で両腕に多少の痛みはあったが、身体強化はまだ使用できる。それでも、自分が万全だと鏡に言い張ることはしなかった。
「香澄」と香奈が続ける。「あなたは内部通路に集まっているベテランの狩人たちと合流して。記録室と保管区画への出入口を確保してほしい。突破された場所を見つけても、報告する前に深入りしないこと」
香澄は扇を閉じた。
「了解」
香奈は全員をもう一度見渡した。
「タツと私は、通信設備の中枢に近い場所に指揮所を設けるわ。残滓の位置を把握して、孤立した区画との連絡を取り戻す必要がある」
タツがうなずく。
「他の支部にも応援を要請します」
「お願い。ただし、安全に入れる場所がわからないまま突入させないこと」
警備担当の狩人が近づいてきた。
「水島様、訓練区画はどうしますか?」
香奈は見取り図を見る必要もなかった。
「封鎖を維持して、警備部隊を残しておいて。一年生と宮崎は、新しい指示があるまであの区域から出さないこと」
「はい」
香奈は、そこにいる全員の顔を見渡した。
「よく聞いて。私たちは、まだ支部全体から残滓を一掃しようとしているわけじゃない。最優先は負傷者の救出、経路の確保、そして敵の目的を突き止めることよ」
見取り図に記された各区画を指さす。
「もし言葉を話す残滓に遭遇しても、単独で行動していると思わないこと。位置を報告して、援護なしに追跡しないで」
神崎が顔を上げた。
「避難経路を塞いでいた場合は?」
「まず別の出口を探して。それが無理なら、負傷者を守るために必要なことをしなさい」
香奈は一度、言葉を区切った。
「敵を全滅させることだけが勝利じゃない。任された人たちを無事に連れ出せたなら、任務は成功よ」
生徒たちは、誰も口を挟まずに聞いていた。
ほんの一時間ほど前まで、彼らにとって「勝利」という言葉は、まったく別の意味を持っていた。
香奈は杖に両手を重ねた。
「行きなさい」
各部隊が動き始めた。
優奈は健太と千穂のもとへ行き、西側への経路を確認する。鏡は海斗と原田を集め、香澄は待機していたベテランの狩人たちの方へ向かった。
神崎は北区画への道順を、もう一度だけ確認した。
バクはすでにいない。
加藤も。
次は、自分たちの番だった。
「仙台。高島。ついてこい」
花と結衣は彼に続いた。
北区画は、不自然なほど静かだった。
神崎が先頭を歩き、その数歩後ろに花、最後尾に結衣が続いていた。主要な通路を離れ、整備室と医務室への裏口をつなぐ区域へ入っている。
照明はまだ機能していたが、いくつかは点滅していた。自動販売機が壁際に倒れ、床にはガラスの破片が散乱している。
花は近くの区域だけに知覚を集中させていた。
本来なら、もっと広い範囲の気配を捉えることができる。だが今は、近くの通路と、これから通る部屋だけを確認していた。
神崎から、支部全体を監視する必要はないとはっきり言われていたからだ。
「前方に二つの反応があります」と花が言った。
神崎が足を止める。
「狩人か?」
「一つは人間みたいです。もう一つは……」
花は一瞬、目を閉じた。
「いえ。もう一つも人間です。魔力が周囲に散らばっていて、区別しづらくなっています」
神崎は一枚の扉を見る。
「他に近くの反応は?」
「ありません」
三人は進んだ。
物資保管室のそばで、二人の狩人を発見した。一人は壁にもたれて座り、太腿に包帯をきつく巻いていた。もう一人は短剣を握って通路を警戒していたが、肩に傷を負っている。
三人に気づくと、短剣を上げた。
「誰だ!」
「神崎正人だ。指揮所から来た」
男は剣を下ろした。
「助かった……」
神崎は負傷した狩人のそばにしゃがむ。
「歩けるか?」
「俺は歩けます」と剣を持った男が答えた。「でも、こいつは手を貸さないと」
結衣が近づく。
「結界で二人を守れます」
神崎は首を横に振った。
「まだいい。まず、近くに敵がいるか確認する」
狩人を見る。
「ここで何があった?」
「整備区画につながる通路から、残滓が何体も入ってきたんです。止めようとしたんですが、背後からも現れて……。部隊が分断されました」
「何体いた?」
「少なくとも六体です。見た限りでは、普通の残滓でした」
「他の隊員は?」
男は視線を落とした。
「あと三人いました。一人は死にました。残りの二人は避難区域の方へ向かいました」
神崎は前方の通路を見る。
「何分前だ?」
「五分前です。もう少し経っているかもしれません」
花がすぐに顔を上げた。
「あちらに、まだ反応があります」
「いくつだ?」と神崎が尋ねる。
「人間が三人。それから……待ってください」
花は眉をひそめた。
「残滓もいます。動き回っているので、正確な数はわかりません」
神崎は判断した。
「高島、この二人を守るための小さな結界を準備しろ。仙台はここに残って、何か近づいたら知らせてくれ」
結衣が手を上げた。
「先生は?」
「次の出入口を確認してくる」
剣を持った狩人が立ち上がろうとした。
「俺も行けます」
神崎は首を振る。
「仲間には助けが必要だ。お前も負傷している。ここにいろ」
返事を待たずに、交差路まで進んだ。
花は彼を目で追いながら、周辺に敵がいないことを確かめた。壁の向こうから、いくつもの魔力の反応を感じる。それをすべて区別しようとしないよう、意識しなければならなかった。
そのうち一つが、突然大きく動いた。
続いて、人間の反応の一つが弱くなり始める。
花は目を見開いた。
「神崎先生!」
彼が立ち止まる。
「どうした?」
「この先にいる人たちです。一人が……」
花は集中しようとした。
その反応が消えた。
胸の奥が締めつけられる。
「もう、感じられません」
神崎は理解した。
後ろの二人へ振り向く。
「高島、負傷者が立てるよう手を貸せ。交差路まで連れていく。仙台、敵が少ない道を教えてくれ」
反応が消えた場所へ、すぐに走っていくことはしなかった。
まずは、状況が悪化したときに二人の狩人が逃げられる位置まで移動させる必要があった。
結衣は開けた側を守るために、二枚の結界を作った。それから負傷者が立ち上がるのを手伝う。剣を持った狩人は、仲間の反対側から身体を支えた。
五人は交差路まで移動した。
そこで神崎は安全な通路に印をつけ、歩ける方の狩人に、次の避難拠点まで目印をたどるよう指示した。
「医療班に会うまで止まるな。道が塞がっていたら、最後の印まで戻って援護を待て」
「了解しました」
二人の男は歩き出した。
神崎は、彼らが角を曲がるまで見送った。
それから生徒たちへ向き直る。
「今度は、残りの二人を迎えに行くぞ」
次の通路へ続く扉は、半分ほど塞がれていた。
天井の一部が扉の前に崩れ落ち、強い衝撃で枠も歪んでいる。向こう側からは、何かが繰り返し硬い物にぶつかるような音が、断続的に聞こえていた。
花は神崎の隣で足を止める。
「生きている人間が二人います」
「残滓は?」
「少なくとも三体。その人たちの近くです」
結衣は瓦礫を見る。
「開けたら、すぐに結界を張れます」
「準備はしておけ。ただし、必要以上に広げるな」と神崎が答えた。
彼は扉の枠を調べ、一人ずつなら通れそうな隙間を見つけた。慎重に瓦礫を取り除き、向こうが見えるところまで扉を開く。
一体の残滓が、奥の扉を殴り続けていた。
背中は大きく曲がり、腕は異様に長い。顎は左右に裂けるように開いていた。その近くでは、さらに小さな二体の怪物が、壊れた家具の間を這い回っている。
扉の向こうから、人間の声がした。
「誰かいるのか!」
神崎は結衣を見る。
「左に結界を張れ。中央の通路は空けておけ」
結衣が片手を上げた。
大きな残滓がこちらを向いた瞬間、結界が現れる。
怪物は激しい勢いで障壁に衝突し、結衣の作った面を震わせた。
彼女は歯を食いしばる。
トーナメントで受けた攻撃とは、まったく違った。
敵は一撃のあとに止まってくれない。残滓は、もう一度飛びかかるために必要な分だけ後退した。
三度目の衝突が来る前に、神崎が結衣の空けた通路を進み、残滓へ攻撃を加えた。
怪物は結界から引き離され、壊れた家具の方へ後退する。
「仙台!」
花はすでに、小さな残滓の一体が側面を移動していることに気づいていた。
「机の下です!」
神崎が位置を変える。
怪物が飛び出したが、結衣に到達する前に彼が迎え撃った。
三体目の残滓が壁を登る。
花は気づくのが遅れた。
「上!」
結衣が腕を上げた。
二人の頭上に、二枚目の結界が現れる。
残滓がその上に落ちた。
衝撃が魔力の障壁を伝わり、結衣の指に鋭い痛みが走った。
神崎は、怪物が止められた隙を逃さず、攻撃を加えて弾き飛ばした。
「二枚とも必要ないなら、維持するな!」
結衣は上側の結界を解除した。
大きな残滓が再び前へ出る。
神崎は、すでに迎え撃つ準備を整えていた。
戦闘が終わるまで、二分もかからなかった。
花と結衣にとっては、ずっと長く感じられた。
最後の残滓が動かなくなると、結衣は両手を下ろし、しばらく壁に寄りかからなければならなかった。花も息を切らしながら、近くの通路で感じるすべての動きへ知覚を広げないよう、懸命に意識を抑えていた。
神崎は周囲に敵がいないことを確認する。
それから奥の扉へ近づいた。
「狩人だ! 開けていいぞ!」
向こう側から、いくつかの物を動かす音が聞こえた。
ようやく扉が開く。
二人の狩人が床に座り込んでいた。一人は脚に深い傷を負い、もう一人は脇腹を手で押さえ、呼吸するのも苦しそうだった。
その近くに、三人目の男がいた。
花が先ほど反応を失った狩人だった。
今は、戸棚にもたれたまま動かない。
結衣がすぐに近づいた。
「この人も怪我をしているんですか?」
神崎は男のそばに膝をつき、脈を確かめた。
花には、彼が何かを言う必要はなかった。
彼女はまだ通路の向こうにいたとき、この男の気配が消えるのを感じていた。
神崎はゆっくり手を離した。
「亡くなっている」
結衣は狩人を見つめた。
「でも、医務室へ運べば……」
「高島」
神崎の声は厳しかった。
彼女が顔を上げる。
「残りの二人は生きている。手を貸してくれ」
結衣は一秒遅れて、うなずいた。
「……はい」
花は脚を負傷した狩人へ近づいた。
男は立ち上がろうとして、痛みにうめき声を漏らす。
「動かないでください」と花が言った。「私たちが運びます」
神崎は戸棚の中から必要な物を探し、折り畳み式の担架を見つけた。片方の端が損傷していたが、まだ使えそうだった。
搬送の準備をしている間、結衣は最後にもう一度、亡くなった狩人を見た。
神崎はそれに気づいた。
「身元も確認せずに放置するつもりはない。だが、今は三人とも運べない」
「……わかっています」
神崎は彼女に、担架の方へ来るよう手で示した。
「死んだ狩人は、もう誰も守れない。変えられないことにこだわって、まだお前を必要としている人間を危険にさらすな」
結衣は、負傷した男へ視線を落とした。
今度は自分から、担架の端を掴んだ。
帰り道は、行きよりもはるかに時間がかかった。
呼吸に苦しんでいた狩人は、支えがあれば歩けたものの、数メートルごとに立ち止まる必要があった。もう一人は担架に横たわり、神崎と結衣が瓦礫の間を慎重に運んでいた。
花は数歩先を進んでいた。
建物に散らばった魔力のせいで、知覚はますます難しくなっていた。侵攻中に使われた術の残滓が、彼女の捉えようとする気配に重なっているようだった。さらに、トーナメントで蓄積した疲労も、少しずつ影響を及ぼし始めていた。
「右側に動きがあります」
神崎が担架を止める。
「近いか?」
「一つ先の通路です」
「避けられるか?」
花は一瞬、目を閉じた。
「整備用の出口を通れば、避けられます」
神崎は壁に掲示された避難経路図を確認した。
「なら、そちらへ行こう」
結衣は右側を見た。
「止めなくてもいいんですか? そのまま進めば、他の狩人のところまで行くかもしれません」
「こっちには負傷者が二人いる」と神崎が答えた。
「でも、私たちなら……」
「今の任務は、それじゃない」
結衣は黙った。
神崎は担架を握り直す。
「追ってきたら止める。戦わずに出られるなら、そのまま出る」
三人は整備用の扉へ向かった。
それから数分間、別の残滓に出会うことなく進めた。神崎は出入口に目印を残し、花は向こう側に敵の気配がないことを確認した。
次の通路には、何もいないようだった。
結衣が少し息を吐く。
「やっと……」
言い終わる前に、花が立ち止まった。
「待ってください」
神崎が担架を止める。
「どうした?」
花はこめかみに手を当てた。
「何かが……」
集中しようとする。
今感じた存在は、これまでの残滓とは違う動き方をしていた。通路の上を移動しているようだが、天井の構造物に紛れてしまい、正確な位置を掴めない。
「別の残滓?」と結衣が尋ねた。
花はうなずく。
「一体」
神崎が上を見た。
「どこだ?」
花は天井を目で追った。
照明と配管の間には、何も見えない。
「……はっきりしません」
神崎は結衣に、担架を壁際へ寄せるよう指示した。
「負傷者を守れるようにしておけ」
彼女は両手を上げる。
担架の横に、魔力の障壁が現れた。
花はまだ天井を見つめていた。
その気配は、動きを止めている。
数秒間、何も起こらなかった。
そのとき、二本の配管の間から、一本の緑色の糸が下りてきた。
担架の車輪に巻きつく。
「結衣!」と花が叫んだ。
担架が横へ激しく揺れた。
結衣は横たわる狩人を守るために結界を広げ、神崎は反対側を掴んで、担架が倒れるのを防いだ。
糸が張りつめる。
神崎は逆方向へ引き、なんとか担架を壁際に留めた。
天井から、もう一本の糸が落ちてきた。
さらにもう一本。
一本は、彼らが通ってきた扉へ伸びる。もう一本は瓦礫の間を滑り、配管に巻きついた。
結衣は結界を広げようとしたが、神崎が止めた。
「魔力を使い切るな。負傷者を守れ」
花は二人の隣まで下がった。
なぜ、あの気配を捉えるのが難しかったのか、ようやく理解した。
怪物は建物の上部にある空間を移動し、彼女が位置を特定しようとするたびに動きを止めていたのだ。
神崎は担架の片側から、ゆっくり手を離した。
「仙台、高島と一緒にいろ。天井から目を離すな」
一歩前へ出て、防御態勢を取る。
天井の梁から、一つの影が下り始めた。
最初に現れたのは、指から緑の糸を伸ばした両手だった。続いて身体が姿を現し、しばらく床の上に浮かぶようにぶら下がった。
ムクロは梁から手を離し、三人の前に着地した。
まず花を見る。
次に結衣。
最後に神崎。
「三人」と小さく呟いた。
神崎は、その言葉には答えなかった。
「何が目的だ?」
ムクロは担架を見る。
横たわっていた狩人が歯を食いしばって起き上がろうとしたが、結衣が動かないように伝えた。
「通る」
神崎は、残滓の後ろに伸びる通路を示した。
「そっちなら、好きなだけ通れるぞ」
ムクロはわずかに首を傾げた。
「違う」
狩人たちの背後で、一本の糸が張りつめた。
通ってきた扉が、勢いよく閉まる。
結衣はすぐに振り向き、担架の後方を守るために二枚目の障壁を作った。
神崎は残滓から目を離さなかった。
「じゃあ、何だ?」
ムクロはゆっくり片手を上げる。
緑色の糸が壁を伝い、配管や扉の枠、崩れた天井の残骸に絡みながら広がり始めた。
「お前たちが目的じゃない」とムクロは言った。
別の糸が張りつめる。
担架が再び揺れた。
「誰も、ここから出さないために来た」




