第56章:私たちは四人
最初に目を覚ました人は、泣いていた。
叫ばなかった。
襲いかかってこなかった。
「見える」とも言わなかった。
ただ、白い布の下で目を開き、あまりにも長い夢から抜け出したばかりの人のように息をして、自分でも理由がわからないまま泣き始めた。
最初に近づいたのは悠太だった。
近づきすぎはしなかった。
彼女が囲まれていると感じずに、こちらを見られるだけの距離。
「大丈夫です」と彼は言った。「もう終わりました」
女は顔を上げた。
顔の一部を覆っていた布は土で汚れていた。その下の目は赤く腫れ、迷子のように揺れていた。さっきまでの空っぽな静けさはなかった。あの恐ろしい従順さもなかった。
あるのは、恐怖だけだった。
「ここ……どこですか?」
悠太は答えるまでに一秒かかった。
場所がわからなかったからではない。
どんな答えでも足りない気がしたからだ。
「森の中です」
女は周囲を見回した。
木々。
消えた蝋燭。
石。
地面に倒れている他の人々。
割れた赤い仮面の半分。
それらを見て、彼女は両手で口を覆った。
「私……家に帰らなきゃいけなかったのに」
芽衣は扇をわずかに下ろした。
完全にではない。
ほんの少しだけ。
根の近くで、別の白い影が動いた。石田は反射的に鎖を構えたが、放たなかった。その人は片手で頭を押さえながら、震える身体をゆっくり起こした。
「息子が……」と男は呟いた。「息子を迎えに行かなきゃ」
陽菜は胸の奥が締めつけられるのを感じた。
その人は赤い男を見なかった。
命令を探さなかった。
声を待たなかった。
ただ、何かを思い出していた。
誰かを。
白い衣を着る前の人生を。
別の一人が目を開け、名前を繰り返し始めた。自分の名前ではなかった。愛する人の名前かもしれない。失った人の名前かもしれない。誰にもわからなかった。
「覚えてないのね」と芽衣が低く言った。
悠太は、まだ両手で口を覆って泣いている最初の女を見た。
「これについては」
「その方がいい」と石田が言った。
誰も反論しなかった。
簡単なことだったからではない。
あれを覚えていること自体が、また別の形で囚われ続けることかもしれなかったからだ。
人々は少しずつ立ち上がり始めた。うまく身体を支えられない者もいた。自分の手が自分のものではないかのように見つめている者もいた。一人は顔の布を引き剥がし、嫌悪と恐怖が混ざったような顔で地面に投げ捨てた。
「俺はここの人間じゃない」
男が言った。
「私も」
別の声が答えた。
「あなたたちは……?」
その問いは、四人へ向けられていた。
陽菜は答えなかった。
まだ手には斧があり、身体は泥と血にまみれ、肩は焼けるように痛み、喉は閉じていた。何かを説明できる人間だとは、自分で思えなかった。
石田が一歩前へ出た。
「生きています」
その言葉は乾いていた。
単純だった。
単純すぎたかもしれない。
けれど、効いた。
何人かが彼を見た。
石田はいつもの真剣さで、その視線を受け止めた。
「森を出てください。道をたどれば村に着きます。離れないでください」
「何があったんですか?」と女が聞いた。
石田は一秒置いた。
「今は説明できません」
女は食い下がろうとしたようだった。
だが、すぐに開けた場所を見た。
膝をついたまま動かない赤い男の身体。
荒れた土。
蝋燭。
他の者たちの白い衣。
そして、もう何も聞かなかった。
一人ずつ、彼らは去り始めた。
列ではない。
整然としてもいない。
逃げているのか、帰っているのか、自分でもわからない人々のように。
互いに助け合う者もいた。ある女は、まともに歩けない男を支えた。別の人は、自分の手を見つめ続ける若い少女を立たせた。最初に泣きながら目を覚ました女は、開けた場所を出る前に立ち止まった。
陽菜を見た。
「あの人は……?」
陽菜はその視線の先を追った。
赤い男は動かなかった。
割れた仮面は地面に落ちていた。
赤い目はもう光っていなかった。
「死んだ」
陽菜は言った。
女は目を閉じた。
安心したようには見えなかった。
少なくとも、完全には。
理解すらできないものを前にして、安心だけを感じることなどできないのかもしれない。
「ありがとう」
彼女は囁いた。
そして去っていった。
森は少しずつ空になった。
まず声が消えた。
次に足音が消えた。
最後に、四人と死体だけが残った。
しばらく、誰も何も言わなかった。
最初に口を開いたのは芽衣だった。
「このままにはできないわね」
陽菜は斧の柄を握りしめた。
「あいつに墓なんかいらない」
「彼のためじゃない」と石田が言った。
陽菜は彼を見た。
石田は死体から目を離さなかった。
「まだ生きている人たちのためだ」
悠太が深く息を吸った。
「村の人がこの状態で見つけたら、もっとまずい」
芽衣は扇を閉じた。
「それに、あの集団の別の誰かが回収しに来ないとも限らない」
集団。
その言葉が空気に残った。
《開眼の会》。
本。
置き手紙。
石。
血。
目。
陽菜は何かを壊したかった。
けれど、もう壊して意味のあるものは残っていなかった。
あるのは死体だけ。
そして、生き続けなければならない人たちだった。
「わかった」
彼女は言った。
大丈夫そうな声ではなかった。
それでも十分だった。
儀式はしなかった。
言葉もなかった。
祈りもしなかった。
石から離れた場所に穴を掘った。土が柔らかく、根が邪魔をしない場所だった。石田は鎖で小さな倒木を動かし、枝をどけた。芽衣は細い根を正確な風で切った。悠太は、やり方もわからないまま手で手伝った。
陽菜は黙って掘った。
腕を動かすたびに痛んだ。
土が土を打つ音のたびに、道の上の澪を思い出した。
冷たい手。
していないことを謝る声。
終わる頃には、空が少しだけ明るくなり始めていた。
ほんの少し。
木々のあいだに淡い線が一本、差し込む程度だった。
彼らは、赤い男を名前のないまま埋めた。
誰もその名を知らなかったからだ。
そして、たとえ知っていたとしても、何も変わらなかったかもしれない。
芽衣は土の盛り上がりを見た。
「安らかに眠らないでほしいわ」
悠太が彼女を見る。
「今夜にしても、それはだいぶ暗いね」
「材料が多かったのよ」
石田はズボンで手を拭いた。
「戻るぞ」
陽菜は道の方を見た。
家の方を。
澪の方を。
疲れが一気に身体へ落ちてきた。
眠気ではない。
重さだった。
「うん」と彼女は言った。「戻ろう」
彼らはあまり話さずに歩いた。
森は、もう普通に見えた。
それもまた最悪だった。
同じ木々。
同じ土。
同じ道。
まるで何もなかったかのように。
誰かの中の何かを壊したあとでも、世界は平然と自分に似た顔をし続ける。
悠太は陽菜の少し後ろを歩いていた。彼女が倒れないか見ていた。
芽衣はそれに気づいた。
「助けたいなら助けなさいよ。心配そうな犬みたいに見てないで」
「心配そうな犬みたいには見てない」
「見てる」
「どんな犬?」
「不細工な犬」
「それは余計だった」
陽菜は振り返らなかった。
「聞こえてる」
「よかった」と芽衣が言った。「じゃあ繰り返さなくて済む」
石田は先頭を歩いていた。歩調を作っている。
速すぎず。
遅すぎず。
他の三人がついていけるだけの、確かな速度だった。
悠太は横目で彼を見た。
「大丈夫?」
石田はすぐには答えなかった。
「大丈夫じゃない」
悠太はうなずいた。
「そっか」
「でも歩ける」
芽衣が鼻から息を抜いた。
「それ、うちの班の公式回答になりそうね」
陽菜は前を見た。
「じゃあ全員大丈夫だね」
誰もその嘘を訂正しなかった。
道の先に月野家が見えた時、陽菜は足から力が抜けそうになった。
痛みのせいではない。
見えたから。
辿り着いたから。
帰る場所があるから。
扉は、彼らが叩く前に開いた。
幸子がいた。
澪もいた。
祖母は肩に羽織をかけ、一睡もしていない人の青白い顔をしていた。澪はその隣で、両手を胸に押し当て、恐怖を宿した目を開いていた。
けれど、それは彼女の目だった。
陽菜が最初に思ったのは、それだった。
澪の目だった。
「陽菜」
幸子が言った。
陽菜は話そうとした。
できなかった。
幸子は玄関を越えて、彼女を抱きしめた。
強く。
陽菜が想像していたよりずっと強く。
肩の痛みが顎まで突き上げた。それでも離れなかった。
「おばあちゃん……」陽菜は呟いた。「みんな見てる」
「見せておけばいい」
幸子の声は震えていた。
陽菜は抗議をやめた。
抱擁は続いた。
そして澪が近づいた。
最初はゆっくりと。
自分にその権利があるのかわからないように。
二人のあいだの場所が、変わりすぎてしまったのではないかと恐れるように。
陽菜は祖母の肩越しに彼女を見た。
澪の目は腫れていた。
口は固く結ばれていた。
手は震えていた。
「来るの、来ないの」
陽菜は壊れた声で言った。
澪は、ほとんど笑顔みたいな顔をした。
それから抱擁の中に入ってきた。
幸子は二人を抱きしめた。
陽菜は目を閉じた。
長くはない。
二人がそこにいると信じられるだけの時間。
澪がいる。
戻ってきた。
その後ろで、悠太は不自然なほどわざとらしく目をそらした。
芽衣は腕を組んだ。
石田は、動いたらその私的な何かを壊してしまうとでも言うように、完全に静止していた。
「気まずいね」と悠太が囁いた。
「黙りなさい」と芽衣。
「黙ってるよ」
「そうは見えない」
しばらくして、幸子は二人を離した。
正確には離そうとしたが、澪が一秒だけ遅れた。
陽菜は気づかないふりをした。
澪は袖で顔を拭いた。
「ありがとう」
彼女は言った。
陽菜だけを見ていたわけではない。
四人全員を見ていた。
悠太は気まずそうに片手を上げた。
「言わなくても……」
「言う」と澪は遮った。「言わなきゃいけない」
悠太は手を下ろした。
澪は深く息を吸った。
「助けてくれて、ありがとう」
芽衣は肩をすくめた。
「月野を助けたの。あなたは含まれてただけ」
「芽衣」と陽菜が言った。
「何? 優しかったでしょ」
「あなたの言語では、たぶん」
石田は真剣な目で澪を見た。
「生きている。それが礼より大事だ」
澪は瞬きをした。
それにどう返せばいいのかわからないようだった。
悠太がわずかに笑った。
「石田が言いたいのは、俺たちはチームだってこと」
石田は彼を見た。
「そんなことは言ってない」
「でも、その方が聞こえがいい」
芽衣は閉じた扇を一度開き、また閉じた。
「それに、友達だし」
陽菜は彼女を見た。
芽衣は見返さなかった。
「その顔やめて。一回言っただけ。五分ごとに言うわけじゃないから」
陽菜は目の奥に何かが込み上げるのを感じた。
出さなかった。
「ありがとう」
彼女は言った。
悠太が眉を寄せた。
「まだわかってないの?」
「何が?」
「俺たちは義務で来たんじゃない」
芽衣がため息をついた。
「演説しないで」
悠太は無視した。
「友達だから来た」
陽菜は答えなかった。
答えたくなかったからではない。
今口を開いたら、きっと自分が望むよりずっとひどい声になると思ったからだ。
幸子は彼らを中へ入れた。
床についた泥については聞かなかった。
血についても聞かなかった。
破れた服についても聞かなかった。
ただ湯を沸かし、タオルを出し、どこに座るかを、反論を許さない口調で指示した。
そしてなぜか、全員が従った。
芽衣でさえ。
家の中は、茶と古い木と眠らない夜の匂いがした。
陽菜は居間で澪の隣に座った。悠太は窓の近く。芽衣は椅子の端に腰かけ、何かあればすぐ立ち上がれる姿勢のままだった。石田は長すぎるほど立っていたが、幸子に見られた。
「座りなさい」
石田は座った。
悠太は笑みを隠すために視線を下げた。
「一言も言うな」と石田。
「何も言ってないよ」
「顔が言った」
澪は自分の手を見ていた。
目の前に湯呑みがあったが、まだ触れていなかった。
「覚えてないの」
やがて彼女が言った。
陽菜は彼女へ向いた。
「何を?」
「ほとんど。森の後のことは……何かある。でも壊れてる。夢を見て、起きたあと、怖かったことだけ覚えてるみたいに」
幸子は目を閉じた。
陽菜は視線を落とした。
「あの男のことは?」
澪は答えるまでに時間がかかった。
「声」
誰も話さなかった。
「顔じゃない」と澪は続けた。「ちゃんとは覚えてない。でも声は覚えてる。話している時、怖いのに、私の一部が聞きたがっていたのを覚えてる」
陽菜は湯呑みを握りしめた。
「あなたのせいじゃない」
澪は彼女を見た。
「行ったのは私だよ」
「騙されたから」
「でも行った」
「澪」
「知りたかった」
その言葉は小さく出た。
言い訳ではなかった。
告白だった。
澪は湯呑みに指を添えた。
「どうしてお姉ちゃんたちは見えるのに、私は見えないのか知りたかった。どうして家族の中で、私だけ知らない部分があるみたいなのか知りたかった。それで、誰かがその扉を開けられるって言った時……」
彼女は最後まで言わなかった。
言う必要はなかった。
幸子が苦しそうに息をした。
「知らない方が、あなたを守れると思っていたの」
澪が彼女を見た。
陽菜も。
祖母の目は潤んでいたが、背筋はまっすぐだった。
「あの世界に触れなければ、そこから離れて生きられると思っていた」
「おばあちゃん……」澪が言った。
「間違っていた」
その言葉は、重い誠実さを持って部屋に落ちた。
幸子は自分の手へ視線を落とした。
「閉じた扉は、誰かを反対側に置き去りにすることもあるのね」
陽菜は何を言えばいいかわからなかった。
澪も同じだった。
けれど、今度の沈黙は以前のようではなかった。
壁ではなかった。
同じテーブルだった。
痛くても、みんなが手を置ける場所だった。
数秒前から澪を見ていた石田が、目を細めた。
陽菜は気づいた。
すぐに。
「何をそんなに見てるの?」
石田は瞬きをした。
「何?」
「二歳年下なんだけど」
悠太が茶でむせた。
芽衣は、まるで贈り物を受け取ったかのようにゆっくり目を閉じた。
石田はこの夜初めて、完全に平静を失った。
「そういう意味で見ていたんじゃない」
「だったらいいけど」
「月野」
「何?」
「儀式の後遺症を確認している」
陽菜は固まった。
悠太の笑みが消えた。
芽衣が目を開けた。
澪が湯呑みを下ろした。
石田は、腹が立つほどの速さでいつもの真面目な声に戻った。
「赤い男は死んだ。接続も切れたように見える。だが、効果が完全に消えた保証はない」
陽菜は冷たさを感じた。
「まだ見えるかもしれないってこと?」
「残滓。魔力。あるいはそれに近いもの」
澪の顔が青ざめた。
「嫌だ」
その言葉はあまりに早く出たので、誰も遮れなかった。
「何も見たくない」
陽菜は湯呑みを置き、少し近づいた。
「大丈夫」
「見たくない」
「聞こえてる」
石田は陽菜を見た。
「魔力を出せ」
陽菜は眉を寄せた。
「今?」
「少しでいい。基本的な知覚があれば気づく程度で」
陽菜は澪を見た。
「嫌ならやらない」
澪は数秒かけてから、首を横に振った。
「やって」
陽菜は片手を上げた。
斧は呼ばなかった。
大きな形も作らなかった。
ただ、指の周りに薄い魔力を流した。部屋にいる狩人たちにはかすかに見える光が、肌の上に熱のように広がった。
悠太には見えた。
芽衣にも見えた。
石田にも見えた。
澪は陽菜の手を見た。
待った。
瞬きをした。
「何も見えない」
陽菜はすぐには息をしなかった。
胸が痛くなるまで、自分が息を止めていたことに気づかなかった。
「何も?」
澪はもう一度見た。
もっと注意深く。
もっと真剣に。
そして首を振った。
「何も」
石田は彼女の表情を観察した。
「放出に反応している様子はない」
「それはいいことなの?」幸子が聞いた。
「はい」と石田は言った。
悠太が背もたれに寄りかかった。
「安心できる一言。奇跡だね」
石田は無視した。
「少なくとも、能動的な知覚は残っていない」
澪は目を閉じた。
涙がゆっくり流れた。
恐怖の涙ではなかった。
疲れ。
安堵。
全部だった。
陽菜は魔力を消し、澪の手を取った。
「もう大丈夫」
澪はその指を握った。
「ありがとう」
「もうお礼はいい」
「じゃあ、もう隠し事しないで」
陽菜は黙った。
澪は彼女を見た。
責めてはいなかった。
怒ってもいなかった。
ただ、澄んだ悲しみがあった。
陽菜は唾を飲み込んだ。
「努力する」
澪は少し強く手を握った。
「それならいい」
芽衣が椅子から立った。
「さて。みんなで泣きかける時間が終わったなら……」
「芽衣」と陽菜が言った。
「何? 泣きかけって言ったでしょ」
悠太が手を上げた。
「俺は森でちょっと泣いたけど、あれは目に土が入ったからで」
「誰も聞いてない」と石田。
幸子は彼らを見た。
その夜初めて、彼女の顔にほんのわずかな笑みが浮かんだ。
疲れていて。
悲しくて。
それでも本物だった。
「今日はここで寝なさい」
「迷惑になりますから」と悠太が言った。
幸子が彼を見た。
悠太はすぐに訂正した。
「ここで寝ます」
「よろしい」
芽衣は腕を組んだ。
「あなたのお祖母様、好きだわ」
「みんな私のおばあちゃん好きになる」と陽菜が言った。
石田は廊下の方を見た。
「明日、 sede に戻るべきだな」
悠太は壁に頭を預けた。
「明日、加藤に殺される」
「加藤先生は生徒を殺さない」と石田。
芽衣は彼を見た。
「本当に?」
石田は一秒置いた。
「法的には」
陽菜は、こんな状況なのに笑った。
少しだけ。
でも笑った。
その夜、彼らはうまく眠れなかった。
それでも眠った。
それだけで、誰もが思っていた以上のことだった。
翌朝、久山は別の場所のように見えた。
変わったからではない。
太陽が、すべてを少しだけ罪のないものに見せていたからだ。
湿った屋根がかすかに光っていた。通りは静かだった。世界が前の夜に目を持っていたことなど知らないように、ひとりの女性が家の前を掃いていた。遠くで犬が二度吠え、それから興味をなくした。
月野家は、米と茶と畳まれたばかりの服の匂いがした。
陽菜は玄関に現れた。肩には包帯。目の下には濃い隈。そして、誰が見てもボロボロなのに自分は平気だと言い張る人間の顔をしていた。
悠太はすでに外で鞄を持っていた。
芽衣もいた。
石田は少し離れたところで本を読んでいた。
どこからその本を出したのか、誰にもわからなかった。
誰も聞きたくなかった。
澪が陽菜の後ろから出てきた。
髪はまだ少し乱れていた。目も疲れていた。
けれど、そこにいた。
それで十分だった。
「帰ってくるよね」
澪が言った。
疑問ではなかった。
陽菜は彼女を見た。
「うん」
「前みたいじゃなく」
陽菜は理解した。
前の「帰ってくる」は、曖昧な約束だった。
玄関に残る罪悪感を少し減らすための言葉だった。
今回は、違うものでなければならなかった。
「ちゃんと帰ってくる」
澪はうなずいた。
幸子も玄関から出てきて、戸枠に手を置いた。
「それから、友達も連れてくるのよ」
陽菜は道の方をちらりと見た。
他の三人は、聞こえないくらい離れていた。
悠太は手を動かしすぎながら何かを言っていた。
芽衣は口を開かずに彼を罵っているように見えた。
石田は相変わらず本を読んでいて、二人に完全に免疫があるようだった。
陽菜は彼らを見た。
一秒だけ、狩人には見えなかった。
任務の仲間にも見えなかった。
目だらけの森へ一緒に入った人たちにも見えなかった。
友達に見えた。
そのことが、思っていたより強く胸を打った。
「うん」と陽菜は言った。「連れてくる」
幸子は微笑んだ。
「よろしい」
澪は玄関から悠太、芽衣、石田を見た。
「変な人たち」
「すごく」
「でも来てくれた」
陽菜はわずかに笑った。
「うん」
「じゃあ、いい変な人たちだね」
「まあ、だいたい」
道の方から悠太が声を上げた。
「月野! 電車に乗り遅れたら、石田が怒ってないふりをするぞ! それが一番怖い!」
石田は本から目を上げなかった。
「嘘だ」
「怒ってない声で言ってる!」悠太が叫んだ。
陽菜は目を閉じた。
「本当にうるさい」
澪が笑った。
「友達でしょ」
「それでうるささが減るわけじゃない」
離れたところから芽衣も叫んだ。
「悲劇の主人公みたいな別れ方してないで早く来なさい!」
「くだらないこと言わないで!」陽菜が叫び返した。「今行く!」
幸子が小さく笑った。
陽菜は彼女へ向き直った。
祖母の笑いは小さく、疲れていた。
けれど、そこにあった。
「早く帰ってきなさい」
幸子が言った。
陽菜はうなずいた。
それから澪を抱きしめた。
今度は恥ずかしくなかった。
「変な男の変なメモをもう追いかけないで」
澪も抱き返した。
「世界を丸ごと隠すのを、もうやめて」
陽菜は目を閉じた。
「約束」
「約束」
離れると、陽菜は祖母を見た。
幸子は何も言わなかった。
ただ、陽菜が小さかった頃のように、髪を耳にかけてくれた。
それは、前の夜のどんな攻撃よりも彼女を壊しかけた。
「行きなさい」
老女は言った。
陽菜は一度だけ頭を下げた。
それから振り返り、友達の方へ歩き出した。
澪と幸子は彼女を見送った。
悠太のところに着く前から言い合いを始める姿を見た。
石田から乾いた視線を受ける姿を見た。
芽衣の隣を、肩を並べて歩く姿を見た。まるでその場所はずっと前から陽菜のために存在していて、今ようやく二人にも見えたかのようだった。
幸子は戸枠を握った。
その瞬間、彼女には狩人は見えていなかった。
息子の娘が見えていた。
怖いと言う方法を覚えるより先に、斧を持つことを覚えた少女が見えていた。
そして、静かな悲しみとともに思った。
あの子の両親は、よくやったのだと。
戦わせたからではない。
帰ってこられるようにしたからだ。
駅は、悠太が思っていたより混んでいた。
あるいは、彼が疲れすぎていて、他人の存在に耐えられなかっただけかもしれない。
彼らは電車を待ちながらベンチに座った。
芽衣は目を閉じていたが、眠ってはいなかった。陽菜は線路を見ていた。石田は読書をしていた。悠太は、どちらかに寄りかかって寝落ちしないよう必死だった。芽衣に一生言われるとわかっていたからだ。
「加藤、何て言うと思う?」
悠太が聞いた。
「何も言わない」と石田。
三人は彼を見た。
石田はページをめくった。
「しばらく会っていない。俺たちが出たことを知らない可能性が高い」
沈黙が長く続いた。
芽衣が片目を開けた。
「あなたから聞いた中で一番楽観的な発言ね」
「楽観ではない。可能性だ」
陽菜は駅の壁に頭を預けた。
「カイトは知ってる」
悠太は顔をしかめた。
「あ、そうだった」
「それにカイトは喋る」と芽衣。
「かなり」と陽菜。
石田はさらにページをめくった。
「なら何か言う」
「予測の修正ありがとう」と悠太が言った。
電車が、長く疲れた音を立てて到着した。
彼らは乗った。
最初の数分、誰も話さなかった。
電車の揺れが、彼らを別の沈黙へ落ち着かせた。
重くはない。
心地よくもない。
その中間だった。
陽菜は窓の外を見ながら、澪の「約束」を思い出した。
芽衣は窓に映る自分を見ながら、陽菜の孤独の形がもう以前とは違うことを思った。
石田は同じ行を三回読んでも先へ進めず、森の人々のことを考えていた。締めつけられなかった鎖のこと。誰かが声に出さなければ、彼らが人間だということを忘れるのはどれほど簡単だったか。
悠太は自分の手を見ていた。
残滓のことを考えた。
狩人のことを考えた。
《開眼の会》のことを考えた。
理解していないものを使って、他の人間を壊す人間たちのことを考えた。
世界は大きくなっていた。
それは世界を良くするわけではなかった。
ただ、見ることを難しくした。
街に着くと、彼らはタクシーに乗った。
戦術的な失敗だった。
石田は助手席のドアへ最初に到達し、誰にも相談せず前に座った。
残り三人は後部座席になった。
狭かった。
かなり狭かった。
陽菜の脇腹の近くには悠太の肘があった。芽衣は片膝をドアに押しつけ、抑えた暴力のような表情をしていた。悠太は真ん中だった。疲れて怪我をした二人が、彼の存在そのものを邪魔だと判断した時、最悪の場所だった。
「誰が石田を前に座らせるって決めたの?」陽菜が聞いた。
「石田」と芽衣。
「それはグループの決定じゃない」と悠太。
石田は本のページをめくった。
「先に着いた者が席を選ぶ」
「そんなルールない」と陽菜。
「今できた」
芽衣は彼の後頭部を見た。
「最悪なのは、楽しんでるわけじゃないってことね。ただ快適なだけ」
「快適は楽しみだ」と石田。
悠太は腕を動かそうとした。
陽菜が彼を見る。
「怪我してる肩に触れたら、手を折る」
「存在しないように頑張ってる」
「もっと頑張って」
運転手はバックミラー越しに見た。
何も言わなかった。
おそらく、長年の仕事の中で、勝手に死なせた方がいい会話もあると学んでいたのだろう。
芽衣が自分の鞄から紙袋を取り出した。
悠太がそれを見る。
「それ、食べ物?」
「違う」
「食べ物に見える」
「戦略よ」
陽菜が目を細めた。
「何したの?」
芽衣は袋を胸元に抱えた。
「菓子パンを買った」
悠太は、まるで彼女が秘技を明かしたかのように見た。
「天才だ」
「知ってる」
石田がページをめくる。
「効かない」
芽衣は笑った。
「加藤先生には、砂糖が入っていれば可能性がある」
彼らは、しわだらけの服、壊れた顔、そして本来なら何時間も前に眠っているべき人間たちの社会性で sede に戻った。
建物はあまりにも普通に見えた。
それは最近、嫌な習慣になりつつあった。
中に入る。
廊下を歩く。
最初は誰にも止められなかった。
やがて訓練区域の方へ曲がったところで、壁にもたれて腕を組んでいる加藤を見つけた。
待っていた。
悠太が止まった。
陽菜も止まった。
芽衣は半秒遅れて止まった。
石田は本を閉じた。
とてもゆっくりと。
加藤は一人ずつ見た。
まず陽菜。
次に芽衣。
次に石田。
最後に悠太。
その表情は、まだ怒りではなかった。
それがさらに悪かった。
「妙だな」と加藤が言った。
悠太は唾を飲み込んだ。
「何が、によります」
「カイトが言っていた。俺の用事で、四人の生徒が久山へ向かったと」
沈黙。
陽菜は芽衣を見た。
芽衣は悠太を見た。
悠太は石田を見た。
石田は加藤を見た。
誰も、十分な説得力を持って加藤を見られなかった。
加藤がわずかに眉を上げる。
「妙なのは、俺にはそんな用事を頼んだ記憶がないことだ」
沈黙がさらに悪くなった。
悠太は口を開いた。
何も出なかった。
閉じた。
陽菜は、気絶が有効な選択肢かどうか計算しているようだった。
石田は、全員に嫌われても真実を言う覚悟を決めた人間のように息をした。
芽衣が前に出た。
紙袋を持ち上げた。
「菓子パンを買ってきました」
加藤は袋を見た。
廊下が完全に静止した。
悠太は息をしなかった。
陽菜もしなかった。
石田は一瞬目を閉じた。まるでその場にいる全員に失望し、自分がそこにいることにも失望しているようだった。
加藤は袋を見た。
次に芽衣を見た。
また袋を見た。
「それは俺の質問に答えていない」
芽衣は手を下ろさなかった。
「でも空気は良くなります」
加藤は彼女の目を見た。
真面目な顔は三秒続いた。
四秒。
五秒。
そしてため息をついた。
「何味だ」
悠太は感謝を込めて目を閉じた。
陽菜は頭を下げた。
芽衣は笑った。
「あんことクリームです」
加藤は袋を受け取った。
「十分やる」
悠太が目を開けた。
「何のために?」
「何か食べて、顔を洗って、もう少し死体に見えないようにするためだ」
四人は同時に力を抜いた。
早すぎた。
加藤は袋から菓子パンを一つ取り出した。
「その後、全部話してもらう」
力は消えた。
加藤は菓子パンをかじった。
噛んだ。
うなずいた。
「いい試みだ、白銀」
芽衣は少し頭を下げた。
「ありがとうございます」
「許したわけじゃない」
「でも少し死なずに済みました」
加藤は一秒考えた。
「少しな」
悠太が芽衣に近づき、囁いた。
「借りができた」
「いくつもね」
陽菜も少し身体を傾けた。
「ありがとう」
芽衣は二人を見なかった。
「菓子パンでしんみりしないで」
石田は本を脇に挟んだ。
「報告書を準備すべきです」
加藤は菓子パンで彼を指した。
「だから石田は、今から十秒間だけ俺の一番好きな生徒だ」
悠太が手を上げた。
「その後は?」
「その後はまた議論の余地がある」
疲れ切り、怪我をし、まぶたが重い陽菜の胸に、笑いが込み上げた。
大きくはなかった。
綺麗でもなかった。
けれど、そこにあった。
そして今回は、場違いには感じなかった。
加藤は彼らをもう少し注意深く見た。
顔から冗談が少しだけ消えた。
完全にではない。
けれど、十分に。
「食え」と彼は低く言った。「その後で話す」
誰も反論しなかった。
四人は廊下を進んだ。
芽衣が先頭を歩いた。
石田がその隣で、また真面目な顔に戻っていた。
悠太は後ろで、加藤が袋を食べ尽くす前に菓子パンを盗もうとしていた。
陽菜は一秒だけ足を止めた。
三人を見た。
疲れた背中。
ぎこちない足取り。
あれだけのことがあったあとでも、まだ言い合いを続ける姿。
私たちは四人だ、と陽菜は思った。
そして初めて、その言葉は誰かを納得させるための約束には聞こえなかった。
真実に聞こえた。
「月野!」前方から悠太が呼んだ。「遅いと加藤が全部食べるぞ!」
陽菜は顔を上げた。
「くだらないこと言わないで!」
そして、彼らの方へ歩いた。




