第47章:月野の置き手紙
悠太は石田の部屋にいた。
招かれてはいない。
悠太にとっては、些細な問題だった。
石田にとっては、まさにそこが問題だった。
「今週、退屈すぎたな」
悠太はまるで自分の部屋であるかのように床に仰向けになりながら言った。
「訓練。訓練。また訓練。その前の訓練でできなかったところを直すための訓練。しかも加藤先生がどうなってるのか、まだ何もわかってない」
石田は机のそばに座り、開いた本を手にしていた。
悠太が入ってきてから、一度も顔を上げていない。
「なんで俺の部屋にいる」
悠太は顔だけを彼のほうへ向けた。
「そこは重要じゃない」
「かなり重要だ」
「重要なのは」
悠太は石田を無視して続けた。
「俺たちはもう十分訓練したってことだ。もっと大きい任務に行ける。ちゃんとした任務だ。走り回ったり、訓練用の人形を壊したり、村さんに呼吸が悪いって言われたりするだけじゃなくて」
石田はページをめくった。
「村さんは正しい」
「お前に言われると余計に傷つく」
「なら俺の部屋から出ろ」
悠太は肘をついて、少しだけ体を起こした。
「仲間に対してその態度はどうなんだよ」
「もっと悪くできる」
「知ってる。だからまだいる。興味がある」
石田は答えなかった。
そのまま読み続けた。
悠太は数秒、天井を見つめた。
まるでその天井が、公式な任務か、加藤の手がかりか、少なくとも話し続けるための言い訳をくれるのではないかというように。
天井は何もくれなかった。
「それにさ」
悠太が言った。
「加藤先生がまだ戻ってないの、変だと思わないか?」
石田は少し遅れて答えた。
「加藤は変なことをする」
「そうだけど、普通は俺たちの近くでやるだろ。俺たちが苦しむように」
「今は別の誰かが苦しんでるのかもしれない」
「それ、かなり楽観的だな」
「楽観じゃない」
悠太は笑った。
石田は読み続けた。
沈黙は長く続かなかった。
三度、強いノックが扉を揺らした。
礼儀正しいノックではなかった。
探しすぎて、見つけられず、次の扉は壊してでも開けると決めた人間の叩き方だった。
石田が顔を上げた。
悠太はすでに立っていた。
「ほらな」
悠太が言った。
「これは合図だ」
「お前がここにいるべきじゃないという合図だ」
悠太は扉を開けた。
白銀芽衣がそこにいた。
けれど、いつものように入ってきたわけではなかった。
普段のように、誇り高く背筋を伸ばしてはいない。話題を知る前から言い返す準備をしているような鋭い目もしていない。怒っているようにも見えなかった。
動揺していた。
手には一通の手紙があった。
紙の端がくしゃりと潰れている。
必要以上の力で、長い間握りしめていたようだった。
「芽衣?」
悠太が聞いた。
「大丈夫か?」
芽衣は口を開いた。
すぐには話さなかった。
それが、悠太の笑みを消した最初のことだった。
芽衣にはいつも答えがあった。
良い答えでも、悪い答えでも、必要以上に攻撃的な答えでも、ただの悪口でも。
とにかく答えがあった。
けれど今回は、遅れた。
「月野のこと」
ようやく芽衣が言った。
石田が本を下ろした。
完全にではない。
けれど、十分だった。
悠太は眉を寄せた。
「月野がどうした?」
芽衣は手紙を見た。
それから悠太を見た。
「部屋に迎えに行ったの。返事がなかった。寝てるか、訓練に行ってるのかと思った。でも鍵はかかってなかった」
悠太は何も言わなかった。
石田は乾いた音を立てて本を閉じた。
「入った」
芽衣は続けた。
「いなかった」
手紙を持ち上げる。
「机の上に、これだけがあった」
悠太は手を伸ばした。
芽衣はそれを渡した。
けれど、すぐには手を離さなかった。
一秒のあいだ、二人は同じ紙を持っていた。
やがて、芽衣の指の力が緩んだ。
悠太は手紙を開いた。
月野の字は整っていた。
別れの手紙にしては整いすぎていた。
まるで、その奥にあるものを整理できない代わりに、文字だけでも整えようとしたようだった。
悠太は黙って読んだ。
石田が少し近づいた。
芽衣は動かなかった。
手紙は長くなかった。
家族に何かが起きたこと。
戻らなければならないこと。
うまく説明できないこと。
いつ戻れるかわからないこと。
そして最後に、それまでのすべてをさらに悪く響かせるほどはっきりと、探さないでほしいと書かれていた。
悠太は顔を上げた。
「行ったって、どういうことだよ」
芽衣は歯を食いしばった。
「拠点中を探した」
「全部?」
「全部」
悠太はもう一度、手紙を見た。
「誰かに話しに行っただけかも」
「違う」
答えは早すぎた。
芽衣自身もそれに気づいた。
そして、それが質問よりも彼女を苛立たせたようだった。
「違う」
今度は少し低く、繰り返した。
「月野はこんなことしない。何も言わずにいなくなったりしない。こんな大げさな手紙なんて残さない。……私に、手紙だけ残したりしない」
悠太は彼女を見た。
その瞬間、何かを理解した。
全部ではない。
けれど、十分に。
白銀芽衣に友人が何人いるのか、悠太にはわからなかった。
おそらく少ない。
彼女のような人間が、脅されても認めないくらいには少ないのだろう。
だが、一つだけわかった。
月野は、芽衣が理由を装わずに探しに行く、拠点で唯一の相手だった。
「もっと早く行ってたら」
芽衣が言った。
「追いつけたかもしれない」
誰もすぐには答えなかった。
石田は手紙を見た。
悠太は芽衣を見た。
芽衣は視線をそらした。
自分がそれを声に出してしまったことに苛立っているようだった。
「じゃあ、今から追いつく」
悠太が言った。
芽衣が彼を見た。
石田は何も言わなかった。
彼にとっては、それがすでに答えだった。
悠太は手紙を丁寧に折った。
「探しに行こう」
「手紙には探すなと書いてある」
石田が言った。
「うん」
悠太が言った。
「だから行く」
石田は彼を見た。
「その理屈はおかしい」
「俺には結構筋が通ってる」
「通ってない」
「本当に何もしてほしくなかったなら、月野は手紙なんて残さなかった」
「探さないでほしいと説明するために残したんだろ」
「だからだよ」
石田は一秒、目を閉じた。
「お前は書いてあることと逆の意味に解釈している」
「書いてないことを読んでるんだ」
芽衣が石田を見た。
「お願い」
それは、どんな理屈よりも効いた。
石田は目を開いた。
芽衣を見る。
悠太を見る。
それから、もう一度手紙を見る。
ため息をついた。
「行く」
悠太が笑った。
「やっぱり――」
「条件がある」
悠太の笑顔が止まった。
「出た」
石田は指を一本立てた。
「行ってみて、ただの家庭の問題だったら。残滓も、危険も、俺たちが介入する必要があるものも何もなかったら、俺は東京に戻る」
「うん、いいよ」
悠太は即答した。
「そんなに早く受け入れるな」
「来るって言ったから受け入れた」
「そういう意味じゃ――」
「もう決まり。来るんだろ」
芽衣は少し視線を落とした。
「ありがとう」
石田は答えなかった。
けれど、本を開き直すこともなかった。
彼にとっては、それが完全な了承に最も近いものだった。
しばらくして、三人は出発の準備を終えていた。
悠太は小さなリュックを背負い、心配と、まだ理解していない問題に飛び込もうとする彼特有の勢いが混ざった顔をしていた。
芽衣は手紙をしまっていた。
けれど遠くには置いていない。折りたたんで内側のポケットに入れている。そこにあることを、正確に確かめられる場所に。
石田の荷物は最小限だった。
そして、予防的な後悔をしている顔をしていた。
「よし」
悠太が言った。
「駅。電車。福岡。月野の町。見つけて戻る」
「素晴らしい計画だ」
石田が言った。
「ありがとう」
「褒めてない」
芽衣が歩き出した。
石田は動かなかった。
悠太が彼を見た。
「どうした?」
「駅までどうやって行くつもりだ?」
悠太は瞬きをした。
芽衣も足を止めた。
沈黙。
「電車で」
悠太が言った。
石田は彼を見た。
「電車の駅までだ」
悠太は口を開いた。
閉じた。
芽衣を見た。
芽衣も悠太を見た。
悠太は顔を手で覆った。
「そこは考えてなかった」
「驚くほどではないな」
石田が言った。
悠太が言い返そうとした時、廊下から聞き慣れた笑い声がした。
「移動手段で困ってるのか?」
海斗がこちらへ歩いてきていた。
その隣には原田仁がいた。
両手をポケットに入れ、口数は少ないが、言葉以上のものを見ているような落ち着いた表情をしている。
二人は任務から戻ってきたところだった。
服装にも、肩の疲れにも、すでに拠点には戻っているのに、まだ完全には帰ってきていない人間の歩き方にも、それが表れていた。
「村さん!」
悠太が、少し早すぎるくらいの勢いで言った。
海斗は片手を上げた。
「久しぶりだな、天音」
原田は軽く頭を下げた。
「悠太」
「仁さん」
悠太が返した。
芽衣は背筋を伸ばした。
石田はじっとしていた。
海斗は三人を見た。
それから、荷物を見た。
もう一度、悠太を見る。
「どこか行くのか?」
「はい」
悠太が答えた。
「それは見ればわかる」
「駅に行きたいんです」
海斗が眉を上げた。
「今から?」
「はい」
「なんでだ?」
悠太は迷った。
その迷いは短かった。
けれど、短すぎはしなかった。
芽衣が先に口を開いた。
「加藤先生に、福岡近くの偵察を頼まれてます」
悠太が彼女を見た。
石田も見た。
芽衣は二人を見返さなかった。
海斗は瞬きをした。
「加藤に?」
「はい」
芽衣が言った。
海斗は考え込んだ。
「あの人は、自分がいない時でも変な場所に人を向かわせるからな」
原田が芽衣を見た。
「最近、拠点で見てないけどな」
「だから、出る前に頼まれたんです」
芽衣が言った。
その嘘は正しかった。
準備していなかったにしては、正しすぎた。
海斗は原田を見た。
「送ってやるよ」
悠太は両手を合わせた。
「ありがとうございます」
「まだ礼は言うな。外の車、長い任務の匂いがする」
「村さんの訓練で慣れてます」
悠太が答えた。
「それは確かに」
海斗は原田を見た。
「来るか?」
原田は肩をすくめた。
「寝るつもりだったけど、こっちのほうが面白そうだ」
石田が小さく呟いた。
「それが一番いらなかった」
悠太は聞こえなかったふりをした。
海斗の車には、確かに長い任務の匂いがした。
床には空のボトルが転がり、後部座席には上着が放り出され、足元のマットには、誰もそれが何かを尋ねなかった小さな黒い染みがあった。
悠太、芽衣、石田は後ろに座った。
原田は海斗の隣、助手席へ。
車は拠点を出て、駅へ向かった。
最初の数分、誰もあまり話さなかった。
それは長続きしなかった。
「それで」
原田がバックミラー越しに言った。
「加藤に頼まれた偵察って、どんな内容だ?」
悠太は、隣で芽衣が緊張するのを感じた。
「普通のやつです」
悠太が言った。
石田が目を閉じた。
原田はわずかに笑った。
「それじゃ何も答えてない」
「普通だからです」
「普通の偵察で、学生三人が急に福岡へ行くことはあまりない」
芽衣は窓の外を見た。
悠太は答えを探した。
石田が先に見つけた。
「出る前に」
石田が言った。
「加藤が、知人に案内してもらえる家があると言っていました。残滓活動の兆候があるらしいです。直接の存在は確認されていないので、戦闘任務ではなく偵察扱いです」
悠太が彼を見た。
芽衣も見た。
石田はまるで教本の一文を読み上げたかのように、正面を見たままだった。
原田がミラー越しに彼を見る。
「それで拠点には報告していない?」
「加藤は予備調査だと言っていました」
石田が答えた。
「本当に何か見つかれば報告します」
海斗が短く笑った。
「それは加藤っぽいな」
「っぽすぎる」
原田が言った。
悠太は、その「っぽすぎる」が信じたという意味ではないことに気づいた。
まだ聞いている、という意味だった。
原田はドアに腕を置いた。
「月野は?」
三人の動きが止まった。
原田はそれに気づいた。
当然、気づいた。
「君たちのもう一人の仲間だろ。月野、だったか。いつも一緒にいると思っていた」
悠太は口を開いた。
芽衣は手紙をしまっているポケットを握った。
石田は動かなかった。
誰かが答える前に、海斗が口を開いた。
「仁」
「何?」
「子どもたちを尋問するな」
「ただ聞いただけだ」
「お前は“ただ聞く”ことがない」
原田は海斗を見た。
海斗は前を向いたままだった。
「訓練帰りで、加藤から変な任務を任されて、本人たちも何をしてるのかわかってないんだろ」
「最後のは本当です」
悠太が言った。
石田が彼を見る。
「助けるな」
海斗は笑った。
「悪いな、仁はよく見てる」
「好奇心です」
原田が訂正した。
「よく見すぎる」
「それは謝罪じゃない」
「謝ったとは言ってない」
その後の道中は、少し静かになった。
原田が何かに気づかなくなったからではない。
海斗が、それを質問に変える隙を与えなかったからだ。
駅に着くと、三人はすぐに降りた。
悠太は窓に身をかがめた。
「ありがとうございました、村さん」
「予備調査で死ぬなよ」
「努力します」
原田は石田を見た。
「何か見つけたら報告しろ」
石田はその視線を受け止めた。
「そうします」
車は走り去った。
悠太は息を吐いた。
「やっと解放された」
芽衣も、数分ぶりに呼吸をしたように見えた。
「あんなに聞かれるとは思わなかった」
「俺は思ってた」
石田が言った。
悠太は笑みを浮かべて彼を見た。
「それに、あんなに上手く嘘をつくとも思わなかった」
芽衣もうなずいた。
「かなり説得力あったわ」
石田は歯を食いしばった。
「質問を止めるためにやっただけだ。それだけだ」
「そうだな、きっと」
悠太が言った。
「笑うな」
悠太はさらに笑った。
石田は無視することにした。
その時点では、それが負けに最も近かった。
芽衣は駅の掲示板を見た。
「切符を買ってくる」
「俺も行く」
悠太が言った。
「来なくていい」
芽衣が言った。
「来たら余計なことを言って、電車に乗り遅れる」
悠太は手を上げたまま固まった。
「すごく具体的だな」
「あなたのことだから」
芽衣は券売機のほうへ行った。
悠太は彼女の背中を見送った。
それから石田を見た。
「最高だな。今月の金、電車とタクシーで消える」
「それが心配なのか?」
「月野のことも心配してる。二つ同時に心配できる」
石田は笑わなかった。
悠太はそれに気づいた。
「何だよ」
石田はホームのほうを見た。
「向こうで危険なものを見つけたら、加藤か、拠点の誰かに連絡する」
悠太はうなずいた。
今度は冗談を言わなかった。
「うん」
「これが何なのか、まだわからない」
「わかってる」
「家庭の問題かもしれない」
「うん」
「残滓かもしれない」
「うん」
「もっと悪いものかもしれない」
悠太は、芽衣がまだ手にしていないはずなのに、そこにあるように思える手紙を見た。
「だから行くんだ」
石田は彼を見た。
悠太はポケットに手を入れた。
「英雄ぶるためじゃない。無理だと思ったら助けを呼ぶ。でも、月野が一人で行って、探すなって言ったなら……」
少し間を置く。
「たぶん、誰かに言うことを聞いてもらわない必要があったんだ」
石田は答えなかった。
芽衣が切符を持って戻ってきた。
「もう乗るわよ」
悠太は切符を受け取った。
「完璧」
石田は切符を見た。
「完璧なところは何もない」
「それも含めて完璧なんだ」
「意味がわからない」
「そのうちわかる」
「わかりたくない」
三人は電車に乗った。
車内は半分ほど空いていた。
眠っている人。
イヤホンをしている人。
携帯を見つめながら、自分が移動しているのか、ただ駅と駅のあいだに存在しているだけなのかもわからないような顔をしている人。
悠太は窓際に座った。
芽衣は通路を挟んだ向こう側に座り、手紙を近くに置いていた。
石田は悠太の向かいに座り、持ってきた本を開いた。
「本当に本を持ってきたのか?」
悠太が聞いた。
「ああ」
「月野を探しに行くんだぞ」
「知ってる」
「それで読むのか?」
「俺も二つ同時に心配できる」
悠太は彼を見た。
石田はページをめくった。
悠太は少しだけ笑い、窓の外を見た。
街が遠ざかっていく。
建物。
道路。
光。
やがて建物が減る。
物と物の距離が広がっていく。
電車の揺れには、どこか催眠的なものがあった。
安心できるわけではない。
ただ、一定だった。
まるで世界だけが進むことを決めていて、彼らはまだどこへ向かっているのかわかっていないようだった。
悠太は月野のことを考えた。
彼女の話し方。
彼女の斧。
必要のない時でさえ、いつも少しだけ他の人より真面目に見えるところ。
加藤のことも考えた。
まだどこにいるのか、何をしているのかもわからない。
残滓のことを考えた。
トウマのこと。
マサのこと。
颯太の友達だった二人の少年が、ある日、誰も正しく悼む方法を知らないものに変わってしまったこと。
ムクロのことも考えた。
あの糸。
言葉を話す姿。
自分が何をしているのかを、あまりにもよく理解しているような目。
そして、もう一つの影を思い出した。
ムクロを連れていくために現れた存在。
暗く、静かで、ムクロでさえ従った気配。
残滓は、ただ襲うだけではない。
考える。
選ぶ。
命令に従う。
そして、祖父のことを考えた。
病院。
白い部屋。
機械の音が絶えず響き、まだ呼吸している人の隣に座っているのに、その人がもうどこかへ行き始めていると感じる、あの恐ろしい感覚。
自分を育ててくれた人のことを考えた。
ただの親族ではない。
ただ家にいた人ではない。
祖父は、誰かが空けた場所を埋めてくれた人だった。
帰れば待っていてくれる声。
多くを問いすぎず、進む道を示してくれる手。
悠太が自分がどれほどその人に頼っていたのかを理解する前から、彼にとって父親のような存在だった人。
そしてある日、その人は死んだ。
病院のベッドの上で。
世界は止まらなかった。
ただ、形を変えた。
家のことを考えた。
その時は大事だと思っていなかった、何気ない会話。
食事。
沈黙。
狩人のことも、魔力のことも、死者が完全には去らないことがあるなどと知る前に存在していた生活。
大輝のことを考えた。
関のことを考えた。
奈緒のことを考えた。
昔の友人たち。
東京から遠く離れた場所にまだ残っている生活。
まるで、自分の別の姿に属しているような生活。
月野の手紙は、芽衣の手の中で折りたたまれたままだった。
探さないで。
悠太は額を窓に預けた。
「連れ戻す」
大きな声ではなかった。
けれど、芽衣には聞こえた。
石田にも。
誰も答えなかった。
答える必要はなかった。
悠太はそのまま窓の外を見ていた。
英雄としてではなく。
狩人としてでもなく。
仲間として。
旅は長かった。
悠太が二度眠り、一度わけもわからず目を覚まし、途中の駅で高くてまずいものを買い、食べ終わる前に後悔するくらいには長かった。
芽衣はほとんど話さなかった。
石田は読んでいた。
あるいは、読んでいるふりをしていた。
なぜなら悠太は、彼が同じページを十分ほど見つめていたことに気づいていたからだ。
ようやく福岡に着いた。
悠太は即座に安堵した顔で電車を降りた。
「着いた」
芽衣は彼を見た。
「違う」
悠太は止まった。
「違うって何が?」
「ここは福岡」
「そう言っただろ」
「月野の町は久山」
悠太はあたりを見回した。
それから石田を見た。
石田も彼を見た。
芽衣は腕を組んだ。
「その顔やめて」
「どんな顔?」
悠太が聞いた。
「“ここで終わりだと思ってた”って顔」
「実際、ここで終わりだと思ってた」
「タクシーが必要」
悠太は目を閉じた。
「俺の今月の金が死んだ」
「私についてくるって決めた時点で死んでたわ」
芽衣が言った。
「それ、脅しに聞こえる」
「遅すぎる忠告よ」
石田は駅の出口を見た。
「天音がこれ以上遅らせる方法を見つける前に、タクシーに乗ろう」
「俺、そこまでひどくないだろ」
芽衣と石田が彼を見た。
悠太は両手を上げた。
「わかった。タクシー」
タクシーは三人を街の外へ運んだ。
福岡は少しずつ後ろへ流れていった。
最初に大きな通りが消えた。
次に高い建物が消えた。
やがて低い家々、狭い道、道路に遠慮なく近づいてくる緑が現れた。
悠太は窓の外を見ていた。
芽衣は膝の上に折りたたんだ手紙を置き、その上に指を添えていた。
石田は道を見ていた。
景色は音もなく変わっていった。
街から離れ、人が通りの名前より先に家の名前を知っている場所へ入っていく時のように。
久山は低い山々、散らばる家々、そして最初は穏やかに見える静けさの中に現れた。
やがて、それは穏やかには見えなくなった。
何かがおかしいからではない。
どこを見ればいいのか、彼らにはわからなかったからだ。
タクシーが止まった。
「ここです」
運転手が言った。
悠太は痛みを隠そうとして、まったく隠せていない表情で料金を払った。
三人は降りた。
タクシーは来た時と同じ道を走って去っていった。
三人は、知らない町に立っていた。
低い家。
狭い道。
奥に暗く見える山。
人が住んでいるはずの場所にしては、広すぎる沈黙。
芽衣は手紙を指で握った。
悠太はあたりを見回した。
「さて」
彼は言った。
「知らない町で、知らない家を探すだけだな」
石田は空っぽの道を見た。
「素晴らしい計画だ」
悠太は笑った。
けれど、その笑みは長く続かなかった。
東京を出てから初めて、月野の問題が遠いものではなくなったからだ。
そして、この町のどこかに。
月野陽菜は、彼らより先にたどり着いていた。




