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龍脈の子  作者: キタノユ


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第二十一話 復興の郷

 風が、甘やかになってきた。


 冬の間、凍土の下に閉じ込められていた草木の息吹が、仲夏(五月)の陽気に誘われて一斉に地表へあふれ出している。


 スゲやノガリヤスの群生が風に揺れるたびに、青みがかった葉の裏が銀色にひるがえり、まるで小さな波が立つようだった。


 草むらの中に、二つの影が潜んでいた。


 千里の隣で、朗月も同じように身を低くして伏せている。山歩きに合わせて薄萌黄の短衣たんいに濃茶の袴という動きやすい出で立ちで、長い髪は一つに束ねて背に流していた。


 二人の視線の先、十歩ほど離れた木陰に、竹とつたで編んだかごの罠が仕掛けてある。

 地面に撒かれた粟粒あわつぶの上に籠が傾げて立てかけられ、その支えとなる細い棒には、長い蔦の紐が結ばれて千里の手元まで伸びていた。


「幼い時分に、猫を捕まえるためにこのような罠を作って遊んだことはあるが……」

 朗月が、草の隙間から罠を覗き込みながら、小声で呟いた。


「ガキの遊びじゃねえよ」

 千里が唇の前に指を立ててすぼめる。


 狙っているのは、山鶏やまどりだ。

 警戒心が強く、人の気配を僅かでも嗅ぎ取れば、二度と近寄らない。


 木漏れ日の中を、赤銅色の尾羽が横切った。

 雄の山鶏が首を小刻みに動かしながら、粟粒の方へ慎重に歩み寄っている。


 一歩進んでは止まり、周囲を窺い、また一歩――千里が紐を引いた瞬間、支えの棒が外れて山鶏の上に籠が落ちた。


「よしっ!」

 千里が草を蹴散らして飛び出した。

 籠は地面の上で跳ねるように暴れている。


 千里は籠の隙間から腕を差し入れて、暴れる山鶏の胴を掴み取った。翼が千里の顔を叩き、羽毛が宙に舞う。


「紅英!」

 呼ぶが早いか、茂みの向こうから紅英が駆け寄ってきた。手には口を大きく広げた麻袋が握られている。


 千里が山鶏を袋の中へ押し込むと、紅英が素早く口を絞った。

 途端に、暴れていた山鶏が嘘のように静まる。

 暗がりに入ると落ち着く習性なのだ。


「確保!」

 紅英が涼しい顔で袋を掲げた。


「こちらもだ」

 別の方角から、白葉が姿を現した。

 手には、両足を紐で括られた山鶏が逆さにぶら下がっている。


「すげぇ、術で捕まえたのか?!」

 千里が目を輝かせた。


「まあな」

 白葉が顎を上げた背後から、両腕に大きな籠を抱えた蒼嶽がのそりと現れた。


「その前に、十羽ほど取り逃がしたがな」

「余計なことを言うな」


 白葉が振り返って睨んだが、蒼嶽は涼しい顔で肩を竦めるばかりだった。


「上出来だ。私は見ているだけだったからな」

 朗月が草の中からようやく立ち上がり、膝についた葉を払いながら笑う。


 山林の空気がいっそう柔らかくなった。



 数日後。

 千里と朗月は、渓舟と人夫たちが集まる飯場へ足を運んだ。


 飯場の中央に据えられた粗末な卓を囲み、渓舟を筆頭に、十数名の人夫たちが千里の方を向いていた。


 朗月が「千里の話を聞いてやってくれ」と前置きしたものだから、大人たちは其々の手を止めて耳を傾ける他ない。


「前に、浅瀬で『岩喰いわぐらい』が出たの、覚えてるよな?」

 怪魚のことだ。

 人夫たちの顔が、途端に聞き入る体勢に変わる。


「化けもんが出る前に、キケンを知らせてくれる仕組みを考えたんだ」


 あの怪魚が現れて以来、水辺での作業中、いつ襲われるか知れたものではないと落ち着かない。


「そんな仕組みがあるなら助かる。どんなもんだ。聞かせろ」

 渓舟が身を乗り出した。


「こいつだ」

 千里は足元に置いていた竹の鳥籠を持ち上げ、渓舟の前に突き出した。

 格子の中で、赤銅色の山鶏が首を傾げている。


「……」

 飯場に、一拍の沈黙が落ちた。


「ココココココココ」

 鶏の鳴き声が転がる。


 若い人夫たちの間で笑いが弾けた。

 渓舟はまたもや、笑わなかった。


「なるほど。鉱山の坑道に小鳥を連れて入るのと、似たような理屈か」

 卓の端で腕を組んでいた古参の人夫たちも、同様に。

 若い人夫たちの笑いが、すっと引いた。


 理屈は、こうだ。


 怪魚が襲いかかる前、千里は龍脈の激しい揺れを視た。

 水や風と同じで、流れる龍気にも「圧」がある。


 術者である白葉は、それを感じ取れると言っていた。

 ならば、同じように異常を感じ取れる動物がいるはずだ。


「でも、なんで山鶏なんだ。鶯や雀じゃいかんのか」

 人夫の一人が、手を挙げた。


「山で暮らしてた時に、いろんな鳥を見てきた」

 千里は鳥籠を卓に置き、指で格子を撫でた。

 中の山鶏が、その指先を警戒するように首を引く。


「他の鳥と違って、山鶏だけは絶対に龍脈が集まってる谷とか、龍気が濃い沢とかに近づかないし、巣が一つもないんだ」

「お前の経験則かい」

 渓舟が片眉を上げた。


「私が、補足しよう」

 朗月が、横から静かに口を開いた。


「殿下」

 飯場の空気が、自然と居住まいを正す。


「千里の経験が確かなものか、龍気を含んだ石や砂を使って龍脈の乱れを再現し、四種の鳥の反応を観察したのだ」


 鳥籠の周囲に龍気を多く含んだ石や砂を撒き、龍脈の乱れに近い状態を人工的に作り出した上で、各々の反応を観察し、記録をとった。

 結果は千里が山で見てきた通りで、山鶏だけが、龍気を浴びた砂を撒いた瞬間に激しく暴れたのだ。


「へぇ、鶏がなぁ」

 笑っていた若い人夫たちが、鳥籠の中の山鶏を改めて見つめている。


 古参の人夫が、膝を叩いて立ち上がった。

「考えてたって仕方ねぇ。試してみるさ」

「そうだな。卵も取れるしな」


 誰かの冗談に、飯場が沸いた。



 飯場の幕を潜り、千里は軒先で待っていた三人へ拳を突き上げた。


「うまくいった!」

「試してみてくれるそうだ」

 朗月が後から続く。


「ボク、頑張ったな!」

 紅英が柱から背を離し、真っ先に駆け寄った。


「へへ。手伝ってくれて、ありがとうな!」

 千里が照れ混じりに笑うと、紅英は千里の頭をくしゃりと撫でた。


「なかなかに、面白い試みであったな」

 蒼嶽が太い腕を組んだまま、珍しく楽しげな色を覗かせた。


 五人で春の山に分け入り、罠を仕掛け、鳥を追い回した時間は、あまりにも長閑のどかだった。


 新緑の梢の下で弁当を広げ、捕まえた鳥たちの仕草を共に眺め、千里が記録を取るかたわらで朗月が筆を直してやり、白葉と蒼嶽が逃げた鳥を追いかけ、紅英が籠の修繕をする。


 さながら野遊びの延長のような、幸福に満ちた日々だった。


「ああ……楽しいものだな」

 朗月の、誰に言うともない呟きは、五人分の足音に重なって溶けていく。


「でもなー、鶏を使う方法じゃ、まだまだ不便なんだよな」

 満足のいかない千里は、歩きながら首の後ろを掻いた。


「鶏も可哀想だしさ。生き物だから餌もやらなきゃいけないし、暑さ寒さ雨にも弱い。そのうち数だって足りなくなる」

 千里は指折り数えて、欠点を挙げていく。


「もっと小さくて軽い道具にできないかなって、考えるんだ。小さな計りみたいなやつ」

 千里の口は止まらなかった。


 その小さな計りは腰に下げられる大きさで、龍気の圧が変わったら針が動くとか、色が変わるとか。いや、いっそ腕に巻けるくらい小さくして、紐で括りつけたらどうだ。それなら両手が塞がらないし、水に落としても紐があれば失くさない。でも水に浸けたら壊れるかもしれないから、油紙で包んで――。


 千里は空想を楽しむように、空を見上げた。

 朗月と従者たちは、小さな歩幅に合わせて共に歩む。


「他にも、作りたいもんがあるんだ」

 千里は振り返り、四人の顔を見渡した。


「田んぼや畑を作り直すんだろ? 米がよく育つ肥やしとか、もっと強い虫除けとか、龍気の砂や土で作れると思うんだよな。あと、あと! 龍脈地図をもっともっと広げて、どこに田んぼや畑を作ったらいいか分かるようにしたりさ」


 頭に次から次へとひらめくもの全てを、言葉にしようと必死だ。それを聞く大人たちは――朗月が微笑み、紅英が鼓舞し、白葉が皮肉り、蒼嶽は黙って深く頷く。


「またいっしょにやろうぜ!」

 千里は、四人の顔を順繰りに見上げた。


「ああ。いっしょに取り組もう」

 朗月が、迷いなく頷いた。


「でもボク、殿下が州侯になられたら、今よりもっとお忙しくなるのだぞ?」

 紅英がやんわりと、釘をさす。


「確かに、忙しくなるな。州侯兼、千里老師(センセイ)の助手だ」

「へへ」


 喜悦きえつに弾む千里の声を、吹き上がる薫風くんぷうが包み込む。

 若葉の匂いと、飯場から漂う夕餉ゆうげの煙と、開墾された土の温もりを含んだ風だ。


 前を向く千里の小さな背中と、それを追う四つの影は、郷の真ん中を伸びる長い道を共に歩き出した。

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