第一三一〇話、緊急プロトコル
『多数の航空機が接近!』
ムンドゥス帝国皇帝旗艦『ヘーゲモニアー』の司令塔。戦術モニターに表示されたそれは、光点の塊を通り越してまるで雲のようであった。
玉座に座るムンドゥス皇帝は、あまり面白くなさそうな顔をする。
「フム、航空戦は面白味に欠けるな」
やはり超戦艦として、敵艦隊を叩くのがよいのだ。細々とした航空機を防空兵器で破砕していくのは、それなりに楽しくはあるが、あまりに数が多いとある程度蹴散らしたところで飽きてしまうのである。
「こちらにも航空機があれば、多少は面白くなるが」
「陛下」
司令部航空参謀のポックスが発言した。
「無人攻撃機ロークを射出いたしましょうか? 本艦はもちろん、『ウルブス・ムンドゥス』からも多数が発射可能でありますが」
体当たり専門の小型無人機ローク。集団で飛び、針路上の航空機や艦艇を多数機の体当たりで破壊する。
兵器生成コアを内蔵する『ヘーゲモニアー』には、時間さえ許せばいくらでもロークを生成し飛ばすことができる。
「多少は効果はあるだろうが……」
皇帝は自身の顎に手を当てた。
「それで攻撃できるのは、一部だろう。何せ数が多すぎる。もっと劇的なものが欲しい」
ムンドゥスはモニターを睨む。
この超戦艦であれば、千や万の航空攻撃にも対抗できる。時間をかければ返り討ちにもできよう。だがそれが面白くないというのだ。
「――では、皇帝陛下。私に一つ策があるのですが」
ふっと背後からわいた男の声。参謀たちはそちらに目をやり、そして驚いた。ムンドゥスは顔を向け、相好を崩した。
「おう、来たか。ヴォルク」
皇帝親衛軍、紫星艦隊司令長官だったヴォルク・テシス大将その人である。アエイ首席参謀が思わず声に出す。
「テシス大将!? 生きておられたのですか?」
「――皇帝陛下。話してもよろしいでしょうか」
確認するテシスに、ムンドゥスは了承した。
「私はヴォルク・テシスではあるが本人ではない。いわば複製体と言ったところだ」
「複製体……?」
参謀たちは顔を見合わせる。
「情報部のピレーマ長官の管轄なのだがな、皇帝陛下の認められた人間は複製体を残すことになっているのだ。オリジナルが死んだ時のために」
カサルティリオ総参謀長もそうであった。だが自分が複製体であることを彼女は知らなかった。その性格が自分がコピーであることを許容できないと判断されたからだ。一方で、真実を受け入れられるテシスのような場合は、予め説明される。……皇帝親衛軍長官だったササ大将は、果たしてどちらだったのか。異世界に転移し捕虜となった佐々山 久雄の複製体については、テシスの知るところではなかった。
テシスは皇帝陛下に視線を戻した。
「策を献上してもよろしいですか?」
「許す。貴様の策を話せ」
皇帝は促した。
「地球軍は我が帝国との戦いで多くの人材を失いました。艦隊乗員はもちろん、航空機の搭乗員も」
「その話は余も聞いている。確か……撃墜した敵機を解析したら、我が軍が活用している自動コアを使っているのではなかったか」
マリアナ諸島を巡る戦いでも総計で万を超える航空機を相手にしたが、それらはほぼ無人機であった。
「現在接近中の航空隊もかなりの機が、我が軍の自動コアのコピー品を載せています」
テシスは断言する。まともに戦える人類のパイロットなど世界中を集めても今向かっている数の機よりも少ないだろう。パイロットを一から鍛え、一線級に育つまで数年はかかる。長く激しい戦いにおける消耗に、供給は追いついていない。だからこそ自動コアで補っているのだ。
「であるならば、緊急プロトコルを発動させましょう」
「緊急プロトコル……」
アエイがポックス航空参謀を見、そしてテクトーン作戦参謀を見た。しかし誰も何のことか理解していない。ただ一人、ムンドゥス皇帝は不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、それは面白いことになりそうだ」
自動コアなどの無人制御装置に対する緊急プロトコル。ムンドゥス皇帝に対し、反乱を起こした者たちがこれら無人兵器を用いて牙を剥いてきた場合、即時無力化、皇帝の命令にすべてが上書きされるシステムが組み込まれていた。
地球軍が、ムンドゥス帝国製自動コアをコピーして使っているのであれば、その秘められたプロトコルもまた、知らないままコピーされている可能性は高かった。
「盛大な同士撃ちが見られるわけだ。うむ、面白い」
ムンドゥスは愉悦の笑みを浮かべた。
「テシス、貴様を総参謀長に任命する。余の補佐を務めよ」
「承知致しました、陛下」
テシスが頭を下げる。司令塔内、戦術ステーションから、敵大編隊が間もなく誘導弾射程距離に入ることを知らせてきた。
ムンドゥスは玉座のひじ掛け位置の専用パネルを開くと、操作を始めた。自動コア用緊急プロトコルを発動。
都市戦艦『ウルブス・ムンドゥス』と皇帝旗艦『ヘーゲモニアー』との距離を詰めつつあった地球艦隊攻撃隊。
それらに異変はすぐに起きた。
数千の攻撃隊は、まるで統制された魚群のように一斉に反転。とくに混乱することなく、元来た道を引き返し始めたのだ。
先ほどから驚かされていた参謀たちは、やはり状況が飲み込めない。ムンドゥスは意外な顔になる。
「これは、考えていたものとは違うな」
「ええ、まさかここまでとは、私も予想していませんでした」
さして驚いた様子もなく、テシスは言った。
「全機が自動コア制御とは……。地球軍のパイロット資源は、どうやら払底していたようですな」




