第一二九七話、皇帝、立つ
都市戦艦『ウルブス・ムンドゥス』への上陸が始まり、その甲板ともいうべき表層の確保は順調に進んでいた。
日本軍、アメリカ軍、さらにイギリス、カナダ、一個連隊規模とはいえオーストラリア軍も上陸。敵のいない、しかし全長12キロもの巨艦の上を走りまわる。
あとは都市戦艦内部への侵入口を見つけて、中の攻略を進めるだけである。……実のところ侵入口を見つけて突入が始まったのだが、まだそこまでは艦隊に報告が届いていなかった。
ポータル経由で兵が上陸した都合上、揚陸艦や兵員輸送艦は、付近には存在しない。だが代わりに、ムンドゥス帝国艦隊を撃滅した地球艦隊が、ウルブス・ムンドゥスの目視範囲に接近しつつあった。
必要であれば、上陸した陸軍の支援のための艦砲射撃や空爆を担うが、今のところ帝国からの反撃はなかった。
「これはいよいよ終わりだな」
アメリカ太平洋艦隊を率いるウィリアム・ハルゼー大将は、旗艦『ニュージャージー』の司令塔にいて笑みをこぼした。
難敵だったムンドゥス帝国艦隊を撃滅。激戦を予想したものの、航空戦力で優勢をとった地球艦隊は、敵を圧倒。思いのほかイージーに事が進んだ。
……もちろん、この裏には、ムンドゥス帝国側の迂闊な作戦指導、日本海軍第五艦隊の敵航空戦力の分断、撃破も影響している。
しかし、開戦前から航空機の時代が来ると考えていたハルゼーとしては、今日の戦いで航空戦力が敵撃滅のかなりを占めたことで大変気分がよかった。
「もはや、ムンドゥス野郎にオレたちに抵抗する術はない。上陸したアーミー連中が、皇帝を取っ捕まえて、この戦争はおしまいだ」
長い戦いであった。開戦の頃から戦い、敵の捕虜に甘んじていた日々も長かったが、多くの将兵が死んだ中、こうしてまだ生き残っている。戦争はもう終わりだ。
もうこの戦争での戦艦部隊の出番などないだろう――そんな楽観ムードが漂うハルゼーであったが、状況はまだ終わっていなかった。
通信室が騒がしくなった。妙な雰囲気に情報参謀が確認し、そして慌てて戻ってきた。
「提督! 敵から通信が!」
敵――ざわっ、と参謀たちが動揺する中、ハルゼーは相好を崩した。
「なんだ、降伏でもしてきたか?」
「いいえ、徹底抗戦のようです!」
通信参謀の声が上ずる。
「し、しかも通信は、ムンドゥス帝国皇帝を名乗っておりまして……」
「なんだと!?」
皇帝自らの通信――声明か。ハルゼーは目を剥き、そして怒鳴るように声を張り上げた。
「で、敵の親玉は何と言ってきているのだ?」
「それが、これから日本の首都、トーキョーを攻撃すると――」
・ ・ ・
ムンドゥス帝国皇帝の通信は、地球艦隊ならびにマリアナ諸島の基地、海氷飛行場群でも傍受した。
そしてその声明は、地球軍に対する挑戦状でもあった。
『ここまでよく戦った。敵ながら賞賛に値する。我が忠勇なる帝国将兵を戦いで破ってきた、この世界の勇士たちに敬意を表する』
ムンドゥス皇帝は告げる。
『その勇戦を称え、ここからは余が相手をしてやろう。これから『ウルブス・ムンドゥス』は転移を行う。目標は、日本の帝都東京だ。ここまでの礼として、我が都市戦艦を東京湾に突入させて自爆させる』
その発言は聞く者を驚かせ、特に日本陸海軍の将兵を震撼させた。
『東京は一瞬で消滅するであろう。だが諸君らにもこれを止める猶予を与える。我が『ウルブス・ムンドゥス』はその転移システムの限界上、一度の転移では東京には辿り着けない』
古い転移システム故、制限がついて回る。もちろんこれはムンドゥス帝国側の事情であり、地球側が知ったことではない。
『こちらの計算では、七回の転移で、東京湾に辿り着ける。つまり、諸君らが東京を守る手段は、この七回の転移の前までに「ウルブス・ムンドゥス」を破壊するか、最低でも転移装置をストップさせなくてはなるまい。制限時間はおよそ6時間というところか』
ムンドゥスの声は、実に楽しそうであった。
『すでに諸君らの上陸部隊が『ウルブス・ムンドゥス』に乗船しているが、余としても諸君らを招待したおぼえはないのでね。ここからは抵抗させてもらう』
都市戦艦守備隊と、地球軍陸上部隊の攻防戦の始まりである。
『余からの説明は以上だ。精々、あがいてくれたまえ。そしてここからは『私』個人の話となるが……』
ムンドゥスは続けた。
『ウルブス・ムンドゥスが帝都東京を吹き飛ばすのを待つのも退屈なのでな。私も自身の剣を持って、諸君と矛を交えようと思う。我が超戦艦『ヘーゲモニアー』が、まず地球艦隊を葬ってくれよう』
皇帝本人からの宣戦布告である。
『つまりは、私は『ウルブス・ムンドゥス』にはいないということだ。日本を守るか、帝国皇帝である私を討つか、諸君らは好きな方を選びたまえ。私としては、ぜひこちらに挑んできてもらいたいが……。好きにするとよい』
その宣言の直後、ウルブス・ムンドゥスの側面の秘密ゲートが開いた。そこから飛び出すは、全長444メートルの大型戦艦。
真紅に塗装された大型戦艦――皇帝坐乗艦『ヘーゲモニアー』である。そして飛び出すという表現通り、その巨艦は海上をわずかに浮かび、滑走するように進んだ。
その速度はあっという間に50ノットを超えて、さらに速度を増す。
・ ・ ・
『都市戦艦から、大戦艦が1隻!』
『速いぞ! あれは本当にフネなのか!?』
ウルブス・ムンドゥス上空を飛ぶ偵察機ほか地球側航空隊のパイロットたちは、真紅の戦艦の姿に呆然となる。
そのシルエット自体は、ムンドゥス帝国戦艦のそれであって、初めての艦であってもそれが水上艦艇の戦艦であることはわかる。が、異常なスピードには目を疑うのである。
『さっきの通信の、皇帝のフネじゃないのか?』
『あれをやれば、戦争が終わるんじゃねえか?』
地上支援の爆装をしたサンダーボルト戦闘機やコルセア艦上戦闘機が、敵高速戦艦へと向かう。
『どういう目的か知らんが、逃げられても陸上に艦砲射撃をされても面倒なんでな! 仕掛けるぞ!』
地球軍の航空隊が、敵戦艦――『ヘーゲモニアー』に突撃を開始した。




