第一二九四話、帝国艦隊の最後
紅蓮艦隊は、地球艦隊第二戦艦群に突き進んだ。
播磨型、アリゾナ級といった20インチ、もしくは18インチ砲を搭載する戦艦群で構成される第二戦艦群に対して、紅蓮艦隊は砲撃を開始。
プロトヴォロス級航空戦艦――換装された45センチ三連装砲二基六門の砲撃は、地球艦隊の戦艦の周りに水柱を突き上げさせた。
「反撃! 距離を詰めるまで通常砲撃にて応戦」
第二戦艦群を率いる新堂 儀一中将は簡潔に命じた。転移砲ではなく、通常砲撃による遠距離砲戦。
太い砲身が仰角を上げ、そして撃ち出した。51センチ砲弾、あるいは45.7センチ砲弾が、転移システムを介さず砲口から飛び出す。噴き上がる黒煙。しびれるような雷鳴のような砲声が轟く。
それらは紅蓮艦隊の戦艦列の周りに着弾し、巨大な水柱を上げた。否、数発が初弾から命中した。
無人艦ではなく、能力者が砲術を担う有人艦からの砲撃は、弾道修正が加えられる。散布することなく砲弾が集束するように集まり、プロトヴォロス級航空戦艦の飛行甲板を貫いた。1950キログラムの砲弾が、装甲部を貫き、格納庫を抜け、機関にまで達する。解放された爆発は、誘爆して艦内を駆け巡った。
内部からの爆発によって大破した巨艦は、艦列から脱落していく。
メテオーラ級軽巡洋艦戦隊が15.2センチ砲の発砲を始める。騎兵のごとく突撃する駆逐艦を支援する巡洋艦部隊だが、地球艦隊もまた反撃する。
妙高型、クリーブランド級、タウン級といった巡洋艦が主砲を打ち返す。中口径主砲の乱舞。果敢に突撃するムンドゥス帝国駆逐艦にも、無慈悲に砲弾が突き刺さり、そして爆発する。
艦首が、艦橋が、砲がブリキのように潰れ、そして吹き飛ぶ。さながら第一次世界大戦で敵の塹壕に突撃し、しかし機関銃でなぎ倒される歩兵のようでもあった。
さらにその状況を加速させたのは、ハルゼー大将率いる第一戦艦群ならびに巡洋艦部隊だ。紅蓮艦隊の右舷方向から反航戦を仕掛けつつ、圧倒的な鉄量を叩き込んだ。
砲弾の十時砲火。ムンドゥス帝国艦の損害は、加速度的に上昇し、戦況は定まった。数の多い方が勝つ――それは覆しようがないと言わんばかりに。
オリクトⅢ級戦艦が次々に戦闘能力を失い、大破、沈没する。盛んだった長砲身40.6センチ三連装砲は沈黙し、水柱の間に消えていく。
すでにプロトヴォロス級航空戦艦は大半が海に沈み、残る艦も満身創痍であった。
旗艦『アストラペーⅡ』も艦上構造物が潰れ、煙を吐き出し続けて洋上に停止している。
破壊された司令塔。そこにいたスタッフたちはほぼ全滅した。
「それで何で僕は生きているのかな……?」
紅蓮艦隊司令長官、メラン中将は崩れてきた天井を頭一つのところで当たらずに済んだことで命拾いしてしまった。
なんてことはない。とっさに危険を感じてしゃがんだので助かってしまったのだ。立ったまま反応できなければ、今頃頭部を強打し死んでいただろう。……参謀長らのように。
「まったく……」
運がいいのか悪いのか。どうせ死ぬならひと思いに、なのだが、生存本能が働いてしまったのだから仕方がない。最後まで生き物として正直だったということだ。
その時、場違いな銃声が聞こえた。大砲や対空砲の機関銃などとは違う。たった一発のそれは、拳銃か。
砲撃が続く中、どうして聞こえるはずのない銃声が聞こえたのか。視線をやれば、海図台のある作戦室のほうで、人が倒れているが見えた。顔は見えないがあの青髪は間違いない。カサルティリオ総参謀長だ。
まさか、拳銃自殺したのか。メランは、フッと笑ってしまう。天下のムンドゥス帝国総参謀長が、進退極まり自殺? 最期までどうしようもない。
でなくてもいい前線に出張って、自決とは何とも最期まで締まらない人だと思った。参謀として後方で頭を働かせている間は、一定の尊敬と敬意は持ったが、ここ半日でその評価を大きく落とした。やはりこの人は前線向けではなかったのだ。
「皇帝陛下なら、自決よりも敵に突撃して死ぬべきだと仰るだろうに……」
すぐ近くにいて、皇帝の言葉を体現できないとは、買い被り過ぎていたのかと、メランはその場を動き、のそのそと立ち上がった。
「まあ、とっさに頭を下げてしまった僕が言えたことではないが……」
辺りを見回す。『アストラペーⅡ』は完全に止まっていた。着弾の水柱すら立っていない辺り、完全に敵からも戦闘力なしと判断されたのだろう。
ただ不気味な音が響いていて、おそらく艦内に浸水が続いているのだろう。働かない隔壁。沈没も時間の問題である。
軍帽を拾い上げ、そこでふと気づく。
「そうか、だから自決したのか」
この航空戦艦は、もはや動けない。砲も沈黙している。最期の瞬間まで突撃し、戦士として果てるというムンドゥス帝国軍人の誉れは、もはや果たせない状況にあったのだ。
残るのは沈没して海水によって溺死するか、生命維持装置が切れて、この地球環境に命を絶たれるか。味方の救助など期待できない。全軍突撃である。もし他の艦艇に移乗したとしてもその艦も沈むのだ。
であるならば、生きる望みもないのに息ができなくなるまで、生にしがみつき、苦しみもがいて窒息するか、綺麗なままで死ぬかの選択しかない。
「潔し、か。皇帝陛下も、嫌いではないだろうね、そういうのは」
最期まで総参謀長のプライドは守ったのだ。ムンドゥス帝国総参謀長たるものが、見苦しい死体を残さないように。
「最後の最後で、また評価が変わってしまったな」
そのおよそ二分後、航空戦艦『アストラペーⅡ』は沈没した。紅蓮艦隊は、圧倒的な地球艦隊の攻撃の前に壊滅したのであった。
・ ・ ・
その頃、日本海軍第五艦隊は、逃げるムンドゥス帝国空母部隊を追い詰めていた。
艦艇数では、敵の方が多かったのだが、魔技研が無人艦を緊急再生させ、送り出したリサイクル艦隊が順次、転移で合流し、第五艦隊に加わったことでその差はなくなってきた。
大型巡洋艦『妙義』は、こうした無人艦のコントロールを増援の大型巡洋艦『大雪』――ガングート級戦艦改装――ら制御艦と協力し、統率。空母の逃走経路を潰して、『大和』や無人戦艦の砲撃の間合いに留めさせた。
「これで、終わりだな」
第五艦隊神明 龍造少将は、またも沈んでいくアルクトス級中型空母を見やり、呟いた。ムンドゥス帝国本営艦隊は、ここにその戦力の大半を失ったのであった。




