第一二八〇話、総参謀長の判断
「敵襲だと!? 本営艦隊が?」
カサルティリオ総参謀長は、その報せに衝撃を受けた。
ここは紅蓮艦隊旗艦『アストラペーⅡ』の司令塔。艦隊は本営艦隊の三つの戦闘群と共にマリアナ諸島にあって、地球軍に痛撃を加えていた。
しかし地球艦隊には逃げられ、潜水艦や潜航艇、海中敷設魚雷に機雷など、小細工ともとれる攻撃を受けて、思わぬ損害を受けていた。
そして夜が明けた。地球艦隊と海氷飛行場群から多数の攻撃隊が向かってくることが予想される。
だから後続の空母部隊を転移で送る準備――より正確にいえば転移海上を綺麗に掃海をしていたのだが、肝心の空母部隊が地球艦隊によって大打撃を被ったと言う。
カサルティリオは冷や汗を流す。おかしい。奇襲し敵を痛打するのはこちらのはずなのに、どうしてやられているのか?
何もかも上手くいけば、壊滅していたのは補給中の地球艦隊だったはずなのに、こちらは敵主力に砲弾の一発も撃つことなく、逆に魚雷で多数の艦艇が被害を受けた。
裏目に出ている。何もかも。
――私が焦っているとでもいうのか……!
カサルティリオは、冷ややか眼を向けてくるプレボス・メラン中将に気づいた。呆れを隠そうともしない司令長官。参謀たちも何とも言えない表情をしている。
彼らは何も言わない。これからどうするべきなのか、進言することもなければ尋ねようともしなかった。
ただ一つ、カサルティリオが命令を発するのを待っている。指示待ち、というわけではない。
如何なる言葉も、彼女の考えの前には意味をなさない。であれば、何を言っても無駄ということだ。
メランは何度も確認や指摘を繰り返したのだが、それをカサルティリオは意に介せない、あるいは無視するように却下し続けていたのも、彼女が部下の意見を聞かないという空気を作り出してしまう要因となっていた。
ここで後退すると言うならば、メランの忠告めいた言葉を無視した己の判断ミスを認めることに他ならない。
しかし、意地になってマリアナ諸島に留まれば、態勢を整えた地球軍が本格的な反撃を行うに違いない。
それも何が悪いといえば、数はあっても空母が圧倒的に不足している。基地航空隊も使える地球軍の航空勢力は侮れないものがある。つまり、どうあっても留まることは艦隊に大きな被害をもたらす。それが予想されるのだ。
被害を避けるならば、一度後退すること。だがそれは夜襲も含めて自分の行動が間違っていたことを認めることになるのだ。
それは屈辱だ。ムンドゥス帝国皇帝の片腕であり、補佐である総参謀長ともあろう自分がとんでもないミスをした。
そして周りは、彼女がその間違いを認めるのを待っている。早くマリアナから撤退して、『ウルブス・ムンドゥス』に合流すべきだと思っている。
指示待ち? とんでもない。メランも司令塔の人員は、皆カサルティリオが過ちを認める瞬間に注視していた。
これはカサルティリオにとって拷問に等しい時間であった。
そして時は、彼女の葛藤にまったく遠慮しなかった。
『レーダーに反応。敵機大編隊、接近!』
来た! 地球軍の航空隊が。戦術モニター上に数百を超える敵機が押し寄せる。夜は明けた。日の出前には明るくなり始めた空に、地球軍は航空隊を飛ばしていたのだ。
当然、彼らの位置からなら、『ウルブス・ムンドゥス』に向かうより断然早くマリアナ諸島に到着する。
「総参謀長」
メランは感情のこもらない平淡な声を出した。
「ご指示を」
あんたがいなければ、自分の判断でさっさと艦隊を退避させていたぞ――彼の顔にはそう書いてあった。
この場の最上級者は、カサルティリオである。本来ならいないはずの上司がここにいる以上、彼女の判断、命令が優先される。
彼女がいる限り、メランは撤退すべきと思っても、それを命令として発することができない。いわゆる現場判断を潰されているのである。
あれだけ彼が、カサルティリオの同乗を嫌がった原因は、ここにあった。
「通信参謀」
「はっ!」
「本営艦隊に大至急、確認せよ。残存する空母部隊は如何ほどか。大至急だ。急げ!」
通信参謀は急いで通信スタッフに命令を伝達する。メランは心底侮蔑の表情を浮かべた。この期に及んで、カサルティリオは自分の非を認めなかったのである。
トラック沖のウルブス・ムンドゥスの周りの本営艦隊、その戦闘群は五つあるが、やられたのはマリアナ諸島に移動した第5、第6、第8戦闘群の空母部隊。まだ第1、第2戦闘群の戦力が残っているのではないか?
それを呼び寄せることができれば、まだ戦いの行方はわからないのではないか。
個人的な願望だった。だが思考はその願望に自信を納得させる説得力を持たせる。どの道、地球軍とは決戦をしなくてはならないのだ。それならば『ウルブス・ムンドゥス』にまで戻って再編するのも、残っている全艦隊をマリアナ諸島に引き寄せても結果は同じではないか?
自分の中でいかにその考えが正しいかを重ねていく。そんなカサルティリオをよそに、メランは完全に、総参謀長を軽蔑していた。
敵の大編隊が迫っているというのに、ここではない場所の友軍に残存戦力の確認だと? 正気か?――そんな返事を待っている間に敵が攻撃が始まる。
メランは艦隊司令長官として命令を発する。
「全航空戦艦へ。残っている戦闘機を全機発艦。全艦、対空戦闘!」
通信を待つ間にも戦況は動いている。艦隊司令長官として、総参謀長のやることの邪魔をしない程度に艦隊を動かし、なお部下の命は守らねばならない。
何が最悪かと言えば、カサルティリオの判断のせいで、紅蓮艦隊が宙ぶらりんの状態にあることだ。戦闘機を出したはいいが、ここで『ウルブス・ムンドゥス』に戻るという判断を彼女が決めたら、戦闘機隊を収容している暇はない。
艦隊離脱後は、トラック方面へ移動せよと命令するくらいしか解決策はない。しかし戦闘機を出さないと、こちらが一方的に叩かれるのだ。まったくもって痛し痒しである。




