第一二七七話、飛んで火に入る夏の虫
ガトー級潜水艦の雷撃は、ムンドゥス帝国駆逐艦に吸い込まれ、その艦体を真っ二つにへし折った。
ただちに対潜運動を行う紅蓮艦隊であるが、通商破壊ではなく艦隊突撃に対する迎撃部隊として戦力を集中した地球側潜水艦隊の四方八方からの雷撃にさらされた。
ある程度、分散して配置されていた地球側潜水艦隊ではあったが、それがかえって飛び込んできたムンドゥス帝国艦隊を包囲する格好になった。
シールド貫通魚雷は、駆逐艦のみならず巡洋艦にも突き刺さり、そして爆発。奇襲するはずが逆に奇襲され、紅蓮艦隊の旗艦『アストラペーⅡ』では、カサルティリオ総参謀長が声を荒らげた。
「忌々しい敵潜水艦を一掃せよ!」
こんなはずではなかった。カサルティリオは内心憤る。
彼女は、自分の策が地球人に見抜かれ、あまつさえ罠を仕掛けられていたと受け取っていた。これは屈辱だ。地球人は下等な蛮族であると思っているカサルティリオである。そんな下等種族が自分より上回っているなど認めたくなかった。
……実際のところは、ただ敵襲に備えて警戒していた地球側の潜水艦が、自分たちの受け持ち線に敵が現れたので雷撃しただけであるのだが。
待ち伏せでもなんでもなく、警戒配置についていて、その配置がドンピシャだっただけである。
ムンドゥス帝国駆逐艦部隊は、ソナーを活用し、地球側潜水艦を探知する。日本軍の潜水艦が異常なだけで、基本一度雷撃した後の潜水艦は、水上艦に対して強くない。
奇襲において最大の効果を発揮する潜水艦は、その存在が知られれば存外もろいものである。
しかし集団であたることに長けるUボート部隊にしろ、米軍潜水艦部隊にしろ、一発撃ったらおしまいという戦い方はしなかった。
彼らは、自らを狩りにくる駆逐艦への逆襲を企てていたのである。それが個艦での通商破壊ではなく、複数隻での連携しての戦い方をさせた。
探知した潜水艦に、追尾しつつ対潜ロケットの準備をしていた駆逐艦の側面に、僚艦が雷撃を加える。
後退しながら艦尾魚雷を撃ってくる程度の反撃は予想していたムンドゥス帝国駆逐艦であったが、側面からの雷撃には慌てて回避を行う。
躱しきれず被雷する艦。どさくさに紛れて放出された機雷を踏みつけて艦首を吹き飛ばされる艦など、ムンドゥス帝国艦隊にも被害が続出する。
しかし、紅蓮艦隊も負けてはいない。やられた分は、きっちり仕返しをして、Uボート、戦時S型潜水艦、ガトー級、パラオ級といった地球側潜水艦を対潜ロケットや対潜誘導魚雷で撃沈していった。
それらの報告に対して、当然という顔をするカサルティリオ。一方で紅蓮艦隊の司令長官であるプレボス・メラン中将は不機嫌になっていく。
「いつまで、そんな小物を相手にしているんです?」
だから、つい言ってしまう。カサルティリオに向けられた言葉は冷たかった。敵意さえ混じっていると言ってもいい。それを嗅ぎ取った総参謀長は、これまた冷酷な目でメラン中将を見返した。
「何か言ったか?」
「補給中の敵艦隊を叩くのではなかったのですか?」
当初の予定ではそうだった。補給しなければ戦えないほど弱っている敵を、動けないうちに一方的に叩き、昨日の仕返しをしようという作戦であった。
「補給中の敵部隊は逃げました。目標がいないのでは、これ以上留まるのはリスクが高い。雑魚狩りで時間を潰している間に、補給を終えた敵が反撃してくるかもしれません」
「だから、何だと言うのだ?」
カサルティリオは傲岸にも鼻をならした。
「何を恐れている? いま我が艦隊の他に本営艦隊の戦闘群が三つある。敵艦隊が戻ってきたから何だ? この大艦隊と正面から渡り合えるというのなら、かかってくればよいのだ」
「……」
それなら最初から補給中を狙わず、正面から堂々と向かえばよかったのではないか。悪態にも似た言葉を口の中でもてあそぶメラン。
そこに新たな報告が入る。
『艦隊より東に、巨大海氷を発見! 敵飛行場と思われます』
「おや、逃げ遅れか。それとも動けないのか」
カサルティリオは舌を出して唇をなめた。
「朝になって航空隊が出て来ても厄介だ。海氷飛行場を破壊せよ」
「罠ではありませんか、総参謀長殿」
メランは言った。
「この状況で、転移せず残っているのは怪しいと思いますがね」
あれだけ一目散に転移した補給中の敵艦隊である。地球側が襲撃に備えていたなら、戦力である海氷飛行場も逃がして当然だ。
にもかかわらず戦場に残しているというのは違和感しかないのである。
「装置の故障か……。まあ何でもいい。飛行場として使える状態の可能性があるならば、叩き潰す」
たとえ今は戦力外として放置されていたとしても、海氷飛行場が必要となった時に何らかに活用される。そういう時は、ムンドゥス帝国側にとっては面倒なことになるだろうから、見つけて破壊できるのなら活用される前に破壊しておくのが吉である。
「夜が明けてからの戦いのこともある。海氷飛行場は可能な範囲で破壊するのだ」
カサルティリオは命令を発した。
・ ・ ・
マリアナ方面航空隊司令部。大西 瀧治朗中将は、奇襲で現れたムンドゥス帝国艦隊が海氷飛行場を攻撃し始めたと聞いて、思わず顔をしかめた。
「早々に撤退するかと思ったら、飛行場に向かっていきおった」
敵が補給中を狙うだろう予想はしていた。そのための配置と、放置された海氷飛行場の存在である。
てっきり行き掛けの駄賃とばかりに、サイパンやグアムの飛行場を艦砲射撃などで破壊していくのかと思ったが、どうやら敵は囮の海氷飛行場の方に食いついた。
「こちらも攻撃隊を出す余裕はありそうだな。攻撃隊は、敵艦隊へ逆襲を仕掛ける!」
さらにマリアナ方面防衛隊にも、敵艦隊への攻撃を要請する。
「艦隊決戦で出番がないだろう兵器まで使う機会がきたな」
「何が幸いするかわかりませんな」
参謀長は言った。
「備えていて正解だった、というところでしょうな」




