第一二七六話、夜襲再び
グアム洋上の補給拠点には、地球艦隊の主力が補給を受けていた。
夜明けまで残すところ1時間。そろそろ空母部隊が活動を開始する――その矢先のことであった。
突然、転移によってキュクロス級ゲート巡洋艦が外周に現れた。
特別転移砲艦『ワガブンドゥス』によって座標転移をさせられて飛ばされたキュクロス級は、地球側の見張り員が視認して通報する前に、魔法陣型ゲートを起動させた。
光が消えた時、紅蓮艦隊がその堂々たる偉容を見せつける。
「全艦、突撃!」
カサルティリオ総参謀長は腕を前方に突き出した。
「皇帝陛下に仇なす敵を殲滅せよ! 帝国万歳!」
紅蓮艦隊はただちに砲門を開き、補給中の地球艦隊、もしくはその手前に陣取る警戒艦艇へ照準をつける。
だが、この時、地球側では、敵襲の警報が鳴った瞬間、ゲート操作員が転移ゲート起動のボタンを押し込んだ。
予めセットした転移先へ補給中の艦艇は補給艦や仮桟橋、ダグボートなどもろとも転移した。
眼前に開いたゲートに、紅蓮艦隊、そしてカサルティリオは面食らった。襲撃から転移で逃げ出すとしても、どんなに速くても二斉射くらいは余裕があると考えていたのだ。
だが実際は、こちらが転移した直後に、向こうも弾かれたように転移ゲートを用いて消えてしまった。
これはまったく想定外であった。
『敵補給拠点および艦隊ありません!』
「馬鹿な……!」
カサルティリオは愕然とする。あまりに早過ぎる! ほとんどこちらの陣容を確認する間もなかったに違いない。
数も艦種も把握する余裕もなく、それでいて転移などあり得るのか? 味方だったり、警戒部隊でも対応できる程度の小部隊かもしれないのに、即転移するとは少し考えられなかった。
「敵、転移離脱しました」
紅蓮艦隊、ミィ・ルナサ参謀長が事務的に告げる。カサルティリオは声を荒げた。
「わかっている!」
奇襲を確信していたのに、敵はこちらの指の間をすり抜けてしまった。
『後続部隊、到着します!』
転移砲艦『ワガブンドゥス』が、キュクロス級ゲート巡洋艦を送り込み、出てきたゲート艦が、魔法陣型ゲートで本営艦隊の先鋒隊を展開する。
あっという間に大戦力を送り、地球艦隊への奇襲からの一挙に崩壊へと導く作戦は、宛が外れてしまった。
「どうやら、無駄足になってしまいましたな」
紅蓮艦隊司令長官のプレボス・メラン中将は楽しそうだった。総参謀長という本来最前線に出てこないはずの役職の人物が同乗し、直接命令されることに不愉快さを感じていたメランである。
そんな子供のような精神構造をしている若き提督に、強い憤りをおぼえるカサルティリオだが、睨みつけたのは一瞬だった。
「全周索敵。敵はまだ近くに残っているかもしれない」
あくまで反射的な緊急退避であり、正確に確認するまでは短距離転移で一度離れて様子を見る可能性もあるのではないか――そんな期待をするカサルティリオ。
……しかしよくよく考えれば、最初から遠方に転移すれば済む話である。カサルティリオは、自分の読み違いを認めたくないばかりに状況から目を背けているに過ぎなかった。
「いくら何でも、この転移は異常だ。前代未聞だ」
実のところ、この敵の規模や正体を確かめずに転移離脱するやり方は、過去に一度やっている者がいた。
それは今は亡きヴォルク・テシス大将である。紫星艦隊がマダガスカル島に展開していた頃、日本軍の奇襲攻撃隊に手を焼いていた帝国軍にあって、テシスはレーダーが誘導弾の反応を拾った瞬間に、命令を待たず転移離脱するように命じていた。その結果、日本海軍の奇襲攻撃隊の多数の誘導弾が無駄撃ちに終わり、襲撃の回避に成功したのであった。
故に、前代未聞でもないのだが、今のカサルティリオの脳裏にその前例がよぎるはずもなかった。
後続の艦隊が続々とやってくる。艦隊に周囲の警戒をさせつつ、偵察機を発艦させる。一方で、即時転移に備えて、戦闘機の発艦は控える。
偵察機はいざとなれば『ウルブス・ムンドゥス』と合流させることもできるが、戦闘機隊を出して、いざ移動となった時、収容しないわけにもいかないからだ。
「マリアナ諸島は、地球軍のテリトリーですよ」
メランは忠告した。
「今頃、敵機がスクランブルをかけているんじゃないですか?」
ここで艦隊を止めるくらいなら近場の飛行場を砲撃してはどうか、とメランは言うが、カサルティリオが口を開く前に、新たな報告が飛び込んだ。
『敵襲! 多数の雷跡報告! 外周艦が被雷!』
「!」
地球軍の待ち伏せか――!
・ ・ ・
一度やったから二度目はない、とは地球側の指揮官たちは思わなかった。
紫光艦隊の奇襲攻撃で海氷飛行場群が攻撃を受けたが、朝以降の地球側航空攻撃を警戒するのなら、地球軍が補給している間、再度攻撃を仕掛けてくるのではないか……?
ムンドゥス帝国艦隊が都市戦艦を攻撃され、攻勢に出てくる可能性はあるか? 都市を攻撃され報復に動くかもしれない。
それが正しいかどうかはわからなかった。だが可能性がある以上、来ないと見るのは都合がよすぎる。危険があるのであれば、それに備えるのは当たり前だった。
かくて奇襲に備えて待機していたのが、昨日は警戒任務をこなし、特に戦闘がなかった潜水艦部隊であった。
アメリカ、イギリス、ドイツの潜水艦は、それぞれ対シールド貫通魚雷を用いて、飛び込んできた異世界帝国艦隊艦隊に対して牙を剥いたのである。




