第一二七〇話、戦艦同士の砲撃戦
何故、第五艦隊は浮上したのか。
司令長官、神明 龍造少将の答えはシンプルだった。
敵魚雷を迎撃できる防御兵器の残りがほとんどないから、である。紫の艦隊――皇帝親衛軍と一日戦い、彼らが対潜用の新型誘導魚雷を活用するのを見てきた。
このモンブラン級戦艦15隻を中心とする艦隊も、同じ皇帝親衛軍の艦。同様の装備をしている可能性は高い。そして一度、対潜誘導魚雷を打ち込まれた場合、防ぎきるのは不可能だった。
ならば、対潜用魚雷を使わせなければよい。浮上しての水上砲撃戦を神明が仕掛けたのもそれが理由だ。
水上戦での雷撃であれば、高角砲で一式障壁弾を海面に撃ち込んで防御することができる。海中でもできなくはないのだが、方向が一定に固まる水上のほうが迎撃成功率が上がるのだ。
浮上した第五艦隊戦艦戦隊は、単縦陣を形成。戦艦『大和』を先頭に、『武蔵』『蝦夷』『近江』『常陸』『榛名』、巡洋戦艦『武尊』『鷲羽』、航空戦艦『浅間』『八雲』の10隻が、紫光艦隊のモンブラン級戦艦戦隊に同航戦の構えをとった。
出現と同時に、右舷側に指向していた各砲が照準修正を行い、そして転移砲を発射した。
その第一斉射は刹那、ソビエツキー・ソユーズ級改装のモンブラン級戦艦の垂直装甲を貫通した。
パッと花開き、8隻のモンブラン級戦艦が爆発した。主要装甲を貫通。弾薬庫に飛び込んだ砲弾の爆発は、火山の噴火の如き炎が闇夜を染め上げた。
夜にあってドス黒い煙の識別は難しかったが、その噴煙もまた凄まじい。それが8隻ほぼ同時ともなればその光景は想像に絶する。
「……今ので8隻だ」
旗艦『大和』の艦橋から神明は右舷方向を見やる。6万トンに匹敵する大戦艦を最初の斉射で轟沈せしめたが、まだ半分残っている。
敵大戦艦は全部で15隻あったのだ。
「次の目標を仕留める。目標変更を急げ」
「敵戦艦、発砲!」
見張り員の報告。煙を抜けて、50口径40.6センチ砲弾が飛翔してくる。転移砲ではないのだな、と神明は心の中で呟いた。
神 重徳参謀長は、口元を緩める。
「通常砲撃ですな。これならば防御障壁が弾いてくれるでしょう」
その点、転移砲は目標に直接当たって途中にある物は無視して通過する。防御シールドを展開しながら砲撃が続けられるのが、転移砲のメリットと言える。
着弾の水柱が上がった。やはり直接狙ってもそこで当たるかは別物である通常の砲撃では、初弾からの命中は難しい。とはいえ、かなり近くであり、敵砲術手の腕前は中々のものがあった。
……ところが。
「『八雲』、被弾!」
初弾から命中された艦が現れた。しかも防御シールドを抜かれた。
「対障壁砲弾――」
首席参謀の樋端 久利雄大佐が呟いた。どうやらモンブラン級戦艦は、シールド対策砲弾を使用しているようだった。
ぐっ、と神が顔を引きつらせる。神明は言った。
「そうであれば、時間との勝負だ。残る敵戦艦を撃滅せよ」
攻撃続行。残る7隻の戦艦に向けて、日本戦艦群は照準がつき次第、砲撃を再開する。一方で、半数の戦艦を失った紫光艦隊――ゲラーン戦隊だが、こちらも活発に反撃を行う。
夜戦であり、その距離は昼戦に比べて遥かに短い。だが直接狙いをつけた場所に当てられる転移砲を持つ日本側のほうが有利のように見えた。
事実、7隻のモンブラン級戦艦のうち3隻が、瞬く間に重要区画を撃ち抜かれて爆沈ないし、艦体の一部を残して沈没した。
が、4隻が別格の防御性能を発揮し、砲撃を繰り返す。
「当たっているはずなのですが」
樋端が夜間用双眼鏡を覗き込む。神はうめいた。
「まさか、あの残っている戦艦には、内張型の障壁が装備されているのでは――」
「だろうな」
神明は頷いた。そうでなければ、炎上しつつも大破ないし爆沈しないのは不自然であった。
「改装が間に合った4隻なのだろうな。ここからは通常の砲撃戦だ」
至近に敵弾が着弾、巨大な水柱を屹立させた。降りかかる海水も一瞬。『大和』はお返しとばかりに砲弾を撃ち返した。
・ ・ ・
改装が間に合っていれば……。
ゲラーン・サタナス中将は、旗艦『モンブラン』の司令塔でそう独白した。
モンブラン級戦艦は重装甲であるが、それに加えて弾薬庫や機関室などのヴァイタルパートに防御シールドを挟み込み、転移砲対策の防御性能を獲得した。
が、戦艦の内側に新たな装備を内蔵させるのは、ちょっとの改造でできるものではなく、太平洋決戦に間に合ったモンブラン級は15隻中4隻のみであった。
改修ができる拠点が『ウルブス・ムンドゥス』内の工廠しかなかったのも、改装作業にかかれた艦の少なさに拍車をかけた。他の製造、修理拠点が存在していたなら、戦隊全体の改装もできたのだろうが、工場艦や回収艦が失われたことは、ムンドゥス帝国側の対策が徹底できなかったことに影響した。
「閣下、形成は極めて不利です」
アリス・パストラス参謀長が、乞うように進言した。
「ここには目標の海氷飛行場もありません! 撤退致しましょう!」
「すまんなぁ、参謀長」
ゲラーンは皮肉げな微笑を浮かべた。
「おれは、もう撤退できんのだ」
「閣下……?」
「ムンドゥスの戦士として、サタナス家の男として、逃げることはできんのだ」
親父殿はどうだったか? 多数の日本艦隊に立ち向かい、壮絶な最期を遂げた。
あの戦いで、ゲラーンは形成不利とみて撤退した。皇帝陛下からの処罰も覚悟したが、皇帝親衛軍に身柄を預けられ、なお戦うことを許された。
ヴォルク・テシス、ササ両大将には一生の恩があるとゲラーンは考えている。だが彼らはもういない。猛々しく敵に立ち向かい、そして倒れたのだ。
「逃げのサタナスなどという不名誉を、一族の名とするわけにはいかない。砲撃続行! 最後の一弾まで撃ち続けろ!」
内張シールドによってモンブラン級戦艦4隻は、恐るべき耐久力を発揮した。しかしそれでも多勢に無勢だった。防御範囲外の艦体を抉られ、艦内に浸水。その量は増加し、1隻、また1隻と沈没、あるいは転覆していった。
「よく戦った。……よく戦ったとも」
満身創痍の戦艦『モンブラン』。最後の僚艦が静かに沈没し、日本艦隊の砲撃が旗艦に集中する。
最後に残った主砲が火を噴いたが、直後に砲門が潰れ、沈黙した。
「これぞ、戦艦同士の砲撃戦だ」
海上戦闘はロマンだ。
そして『モンブラン』はついに力尽きた。流入した海水が機関室で爆発を起こし、大戦艦は海に消えたのだった。




