第一二六九話、伏兵の海
ゲラーン・サタナス中将は、残存する紫光艦隊艦艇を集結させると、次の目標である地球軍の海氷飛行場群へと移動した。
昼間での偵察で判明している敵海氷飛行場群の位置への転移。しかしそこには何も存在していなかった。
「……移動したか」
司令官席に腰掛けるゲラーン。アリス・パストラス参謀長は上司の傍らで小さな声を発した。
「さすがに敵も、位置が発覚していると察し、場所を変えたのでしょう」
「二度あることは三度ある、地球の言葉だったか」
憮然とした表情を浮かべるゲラーン。言われてみれば、それはそうとしかいいようがない。安全と思われた後方の海氷飛行場群が二つ襲われたのだ。他の飛行場群とて位置が露呈しているとみて、退避するのは自然であった。
「早まったかな?」
二つ目の海氷飛行場群の主な目標は破壊したが、その護衛部隊や補給拠点については、まだ残していた。
「いえ、飛行場は叩きました。あのまま留まっても、戦況にはさほど影響致しません」
パストラスは事務的に告げる。それにしてもこの参謀長は、何故顔を近づけてくるのかゲラーンは微妙な気分になる。美貌の持ち主ではあるが、気があるという素振りもなく、よくわからない。
席を立つゲラーンは、海図台へと歩く。参謀長以下、参謀たちも続いた。
「さて、敵海氷飛行場は消えた。どこに移動した?」
転移先の可能性の高い範囲を表示する。作戦開始前のササ大将の説明では、敵海氷飛行場群は、航空機を展開する際に前進するが、そうでない場合、重爆の航続範囲圏まで後退する。これは長距離偵察、哨戒機を飛ばして、ムンドゥス帝国艦隊を探るためである。そこなら、こちらの偵察機の索敵圏外であると思っている節もあると。
「候補はこちらになります――」
パストラスが指示棒を手にそれぞれの地点を指し示す。
「地球側の転移も、こちらが思うほど自由なものではないようで、候補をいくつか絞ったのですが……」
「それでも複数ある、と」
ゲラーンは顎に手を当て考える。これまでの配置から可能性が高いのは――言いかけた時、艦内に敵襲を告げる警報が鳴り響いた。
「敵……! 待ち伏せか!」
ゲラーンは司令セクションに戻る。こちらが海氷飛行場群のあった場所に現れるとふんで、地球軍は伏兵を忍ばせていたのだ。
「報告!」
「対空レーダーに反応です! 敵航空機およそ100機」
旗艦『モンブラン』の艦長、シナンディン大佐が振り返った。
「さらに外周の駆逐艦が、敵潜水艦と交戦中!」
「潜水艦と航空機か!」
ゲラーンは司令官席に座る。
「対空・対潜戦闘! 直掩機、出せよ!」
艦隊の戦艦、巡洋艦からクレックス戦闘機が垂直離陸し、敵機への迎撃に向かう。
「駆逐艦戦隊は、敵潜の排除を急げ!」
・ ・ ・
「来ると思っていた」
第五艦隊司令長官、神明 龍造少将は、海氷飛行場群があった海域に現れたムンドゥス帝国軍――ゲラーン艦隊に対して、攻撃を命じた。
本隊の後方を脅かす包囲艦隊の撃破で砲弾をかなり消費していたが、彼の手元には佐々山 久雄中将の第四艦隊に所属する空母機動部隊と潜水艦部隊が加わっていた。
上空で警戒していた一式艦上戦闘機部隊が、ゲラーン艦隊にさっそく中型対艦誘導弾攻撃を開始。さらに20隻いるあ号潜水艦部隊も雷撃を始め、敵に牙を剥いた。
「まさに、飛んで火に入る夏の虫、ですな」
第五艦隊参謀長、神 重徳大佐は不敵な笑みを浮かべた。
「こちらの海氷飛行場を夜襲するとは、明らかに朝以降の基地航空隊を封殺する動き。敵の狙いが明確な以上、どこに現れるかも予想がつく」
「問題は――」
樋端 久利雄首席参謀が口を開いた。
「わかっていても迎撃できる戦力があるか、でしたが」
第四艦隊の空母部隊、第五艦隊の投入など、まさしく予備戦力の欠乏の最たるものだ。
「こちらも弾に制限がある」
神明は淡々と告げた。
「航空隊と潜水艦が陽動をしている間に、一撃必殺の心構えで当たれ。無駄弾は極力、減らせ」
第五艦隊が攻撃の準備に入っている頃、そうとは知らないゲラーン艦隊は、対空戦闘を繰り広げている。
飛来する誘導弾を対空機銃や光弾砲が迎撃するが、夜間ということもあり視認しづらく、撃ち落とせるものは少なかった。
アグリコラ級駆逐艦が対空・対艦両用砲を発砲。時限信管付き高角砲弾だが、それも焼け石に水であった。
対潜運動を始めたアグリコラ級に中型対艦誘導弾が命中。通常の駆逐艦より装甲が増していた新鋭駆逐艦だが、巡洋艦ですら数発で撃沈する中型弾を受けて無事で済むものでもなく紅蓮の火球と共に船体が引き裂かれる。
また、魚雷に誘爆した駆逐艦は、そのシルエットも呑まれて金属の破片を辺り一面に撒き散らした。
重巡洋艦であるミーレス級は、駆逐艦よりも派手な対空砲火を打ち上げるが、誘導弾を振り払うことはできず、転移してシールドを回避した攻撃を受けて被害が拡大する。
だが強固な装甲を誇る皇帝親衛軍の巡洋艦にとってはヴァイタルパートを抜かれることなく、火だるまになりながらも浮いている艦がちらほらとあった。
紫光艦隊、次席旗艦である『モンブラン』の司令塔で、ゲラーンは妙な感覚に陥っていた。6万トン級のソビエツキー・ソユーズ級改のモンブラン級戦艦も果敢な対空砲火で応戦するが、攻撃の手が伸びてこない。
「何故、敵は戦艦に手を出さない……?」
駆逐艦と巡洋艦が敵機に狙われている。上空直掩隊も迎撃に加わっているが、それでも日本軍の攻撃の手は止まらない。潜水艦の魚雷もまた、護衛のアグリコラ級を吹き飛ばし、ミーレス級重巡洋艦にトドメを刺していく。だが、戦艦は、まだ一本の被雷もない。
「敵機が大型爆弾を積めないから戦艦を仕留められないというのならわかる。だがそれならば潜水艦の雷撃は戦艦を狙うべきではないのか?」
護衛を引き剥がし、戦艦だけ残している理由がわからない。だがその答えは、すぐに出た。
『左舷より、浮上するものあり! 味方ではありません!』
敵――ゲラーンは視線を司令塔の窓の外へ向ける。浮上する水上艦――日本軍の戦艦。
ゲラーンのモンブラン級戦艦15隻に同航するように現れたそれは、銃殺隊か死神か。
次の瞬間、すでに向けられていた主砲が瞬き、モンブラン級戦艦に転移砲弾が突き刺さった。




