第一二五六話、決断の遅れは運の尽き
戦場は霧の中とはよく言ったものだが、ムンドゥス帝国第1艦隊は、異世界氷の中にあった。
海中からの日本艦隊からの転移砲攻撃は、着実に第1艦隊の艦艇を破壊していたが、これに対する帝国艦隊の反応は鈍かった。
僚艦が爆発する様を目視することができれば、たとえ通信の間もなく轟沈したとしても、敵襲であると身構えるものだ。
だが圧倒的な氷に囲まれ、爆発を見ることができず、爆発音さえくぐもってよくわからない状況ともなれば、奇襲に気づかない者が多くいても不思議ではない。
日本海軍第五艦隊司令長官の神明 龍造少将が用いた海氷飛行場を重ねて、ブラインドにしている間の襲撃は、転移砲という一種の隠密兵器と相まって攻撃発覚を大いに遅らせた。
帝国第1艦隊旗艦『アフセンディア』。通信ステーションに、ウクソル参謀長と通信参謀がいた。
「どうだ?」
「被弾報告を発した艦を、再度呼び出していますが、応答ありません」
通信士官の報告に、ウクソルと通信参謀は顔を見合わせた。
「やられた、というのか」
「点呼させていますが、こちらも応答のない艦艇が複数出ているようです」
つまり――ウクソルは口元に手を当てた。
「我々は攻撃を受けている」
「この氷の中でですか?」
通信参謀は怪訝な顔をさらに歪めた。
「氷の天井、氷の壁があるのです。敵にも我々が見えてないはずです。攻撃など――」
「いや、下から……つまり海中からは、こちらの航跡が見えているはずだ」
「潜水艦ですか……? しかしそれなら魚雷の推進音をソナーが探知するはずです」
「ソナー!」
「爆発のような音が連続していますが、魚雷推進音はありません」
聴音手が報告した。その爆発音らしきものが、攻撃をされている証拠ではないか。周囲をかこむ異世界氷の壁が、音の伝達を妨害しているのかもしれない。
「通信妨害ではないのだな?」
「はい」
通信参謀は首肯した。
「味方との交信はできています。……応答しないフネ以外は、ですが」
それだけ聞くと、ウクソルは通信ステーションを離れて、ファル・グリン・コラッハ大将のもとへ歩み寄った。
「閣下――」
「何かわかったか?」
「いえ、はっきりしたことは不明ですが、それを明らかにするために、アクティブソナーによる探知を進言致します」
「それならばすでにやっているだろう」
敵潜水艦艇が、包囲を抜けて逃げたり、進撃を阻むために待ち伏せしている時に備えて、帝国第1艦隊は、水中索敵も行っている。
「はい、閣下。ですがあれは、こちらが探っていると敵に知らしめるためのもので、巡航速度以上で航行している際の探知としては不充分です」
つまり、探れるかどうかは別に音を鳴らして脅すのをやめ、より正確な情報を収集するための精密探知をすべきと言っているのである。
「敵が潜水艦であれば、足を止めるより速度を上げて振り切るべきではないか?」
コラッハは指摘した。ウクソルは小さく頷く。
「はい、閣下。ですが、敵は魚雷ではなく、転移砲を用いている可能性が高いと思われます。あれの射程は長く、振り切るまでにかなりの被害が出ると考えます」
最善策は、早急に敵を突き止め反撃することであろう。
「仮に敵が潜水艦としてだ」
コラッハは司令塔の窓の外へ目をやった。
「周りは氷の壁だ。ロケット爆雷は使えんぞ」
対潜用の誘導魚雷は、配備が始まったばかりで充分な数がない。
「魔法陣型転移ゲートを使います」
ウクソルは告げた。
「味方は転移ガードがありますので、転移で飛ばすのは海氷だけとなります。視界が確保できれば、艦隊の状況把握もやりやすくありましょう」
「……やってみせよ」
コラッハは決めた。
「ただし、ソナーによる探知とゲート使用は準備でき次第行え。探知結果を待たず、この忌々しい氷の壁を吹き飛ばせ!」
「承知しました」
ウクソルはただちに司令長官の命令を関係部署に伝える。
「――転移は緊急避難ポイントを指定。解氷装置があれば巻き込むことはないだろうが、味方を混乱させるわけにもいかんからな」
突然、海氷飛行場が現れ、その中にすっぽり入ってしまったら動揺してしまうだろう。
そして転移計算が終わり、魔法陣型転移ゲートが発動される。艦隊を覆う複数設置された海氷飛行場をまとめて転移で移動させ、視界は夜の闇に覆われた。
・ ・ ・
『――敵はゲートを使用しました! 海氷飛行場は転移で飛ばされた模様! 艦隊は健在です』
魔核制御室からの報告を受けて、戦艦『大和』の神明 龍造少将は、艦長を見た。
「有賀。目標、敵旗艦」
「了解! 全主砲、敵旗艦に指向――撃て!」
有賀 幸作大佐が命じ、これまで敢えて残していた敵大型戦艦――『アフセンディア』に46センチ三連装転移砲の砲口が向いた。
刹那、放たれた砲弾は『アフセンディア』の艦底に命中。その加速によって艦体と、戦艦の砲弾を防ぐには心もとない薄さの装甲は貫かれて、艦内で爆発した。
・ ・ ・
その衝撃は、大地震もかくやであり、決して大型戦艦にあってはならないほどの激震であった。
「遅かった――」
ウクソルの呟きもそこまでだった。主砲の位置から弾薬庫を狙っただろう一撃が、『アフセンディア』の三つの弾薬庫を誘爆させ、凄まじい炎が艦内、そして装甲に覆われた司令塔を内部から吹き飛ばした。
「――っ!」
司令長官であるコラッハ大将が最後に何を口にしたのか、ウクソルにはわからなかった。それを確かめる間もなく、旗艦『アフセンディア』は大爆発のち轟沈したのであった。




