第一二五五話、氷壁の中で
水上機母艦『早岐』の艦載機である水上攻撃機『暁星改』は低空を這うように飛行していた。
対レーダー塗装で敵の放つレーダーを躱しつつ、超低空での接近。上空の敵直掩は、海氷飛行場に動きがないか注視している。
何せ空とはいえ飛行場。突然、転移で現れて、そこから突撃機『桜花』などが、ロケット弾よろしく放たれるのを警戒していた。
その間に側面から帝国第一艦隊に接近する暁星改は四機。小隊長である六道 孝子中尉は、散開を命じる。
「転移爆撃装置を起動! ぶちかますよ!」
艦隊外周の駆逐艦辺りには、接近が気づかれているかもしれない。アメリカ提供のユーディ・ライトという機体正面に明かりを取り付け発光させることで、目視しづらくする一種のステルス装備があるとはいえ、六道としては気休めと思っている。
今のところ、発見はされていない。機体を上昇させ、投下予定のデカブツを投下する。
「食らいな!」
転移爆撃装置が投下したのは、巨大海氷――航空機なしの無人海氷飛行場。それが上昇する暁星改のすぐ下に転移する。
転移機構さえついていれば、重量関係なしに投下できる転移爆撃装置。かつては200トンの氷塊を落としたこともあり、オーストラリアの敵基地、軍港に対して、再生されずに放置されていた大破艦を爆弾代わりに投下したこともある。
今回、落とされたのは、それらとは比較にならない超巨大な物体である。飛行場を爆弾にするなど、前代未聞なのだから当然だ。
「各機、報告!」
『暁2、投下完了!』
『暁3、投下しました!』
『暁4、爆撃完了』
部下である衣川機、青嶋機、古田機もそれぞれ海氷飛行場を敵艦隊へ配達に成功したようだ。これで敵さんもビックリ間違いなしだ。
「各機、離脱する!」
六道は、転移離脱装置のスイッチに手を伸ばす。さすがに敵直掩機も気づいた。
――そりゃあ自分たちの艦隊が、海氷飛行場に覆われれば、気づかないがわけない。
もし敵艦に解氷装置がなければ、海氷飛行場のプレスで艦隊に大打撃を与えられただろう。だが現実には、この海氷飛行場のプレゼントで沈んだ敵艦はゼロである。
――だが、精々混乱するんだね……!
四機の暁星改は、転移にて戦場を離脱した。
・ ・ ・
「これは、いったい何だ!?」
ムンドゥス帝国、帝国第1艦隊の旗艦である『アフセンディア』、その司令塔でファル・グリン・コラッハ大将は声を荒らげた。
司令塔の窓の外が、白く覆われた。
「氷……のようです」
ウクソル参謀長は窓の外の景色を睨む。
氷のドームの中に、戦艦『アフセンディア』が閉じ込められたような感じだ。だが実際には、旗艦の前進に従って正面の海氷が溶けて道を切り開きつつある。
「どうやら、我々は巨大海氷の中に放り込まれたようです」
いや、逆か。巨大海氷が転移で、帝国第1艦隊の真ん中に放り込まれた。
「どうする? 砲撃するか?」
コラッハ大将は顔を怒らせながら言う。猪口才な手を使われた。想像外の攻撃に戸惑い、その感情は怒りに結びついた。
しかしウクソルは事務的に告げた。
「周りはクリュスタロスのようですから、このまま直進すればよろしいかと考えます。こんなことをしても、我々の足が止まるわけではないというのに……。地球人も焦っているのでしょうな」
「……うむ、そうだな」
敵が焦っているという言葉に、コラッハの思考もクールダウンする。奴らが無駄な足掻きをしているのに、それに付き合って慌てては武人の恥というものだ。
帝国第1艦隊は、異世界氷を溶かしながら進撃を続ける。視界は氷の壁が続き、僚艦は当然ながら艦隊の姿も確認することはできない。
旗艦『アフセンディア』は比較的早く落ち着きを取り戻したが、艦隊の中では、目の前が氷で覆われて取り乱す者も少なからずいた。
旗艦への通信が爆増したものの、それ以外に特に大きな影響は出かった。そう彼らは思い込んでいた。
未知の氷の洞窟を進んでいるような、落ち着かない、いや浮ついた気分になるムンドゥス帝国兵。少なくとも、周りの氷の壁がある限り、攻撃をされることはないと考えたからだ。
唯一、落ち着かないのは空母の艦長や航空隊員である。艦艇には解氷装置があるが、航空機には積まれていないため、航空機の発着艦が不可能になっていた。
艦隊の全ての艦艇が海氷飛行場の中というわけではなかったが、空母部隊はほぼ全てが異世界氷の中に入っていた。
・ ・ ・
「それでは、始めようか」
日本海軍、第五艦隊司令長官、神明 龍造少将は静かに命じた。
「目標、海氷内の敵艦隊。水中砲撃戦、撃ち方始め!」
戦艦『大和』『武蔵』以下、海中に潜んでいた第五艦隊各艦艇が水中対応転移砲を、上方のムンドゥス帝国艦隊に撃ち込んだ。
紫星艦隊と異なり、艦底部にシールド装甲を施していなかった――むしろ紫星艦隊が異常である――帝国第1艦隊は、真下からの転移砲弾による突き上げを食らった。
装甲をたやすく撃ち抜かれ、戦艦や、飛行甲板に並べられた航空機もろとも空母が爆発する。しかし、それは僚艦にはわからない。
周りは異世界氷の壁。爆発は観測されず、攻撃を受けたのがわかるのは、実際に撃たれた艦だけだ。そしてその時には艦は致命傷を受けて爆沈している。
否、駆逐艦や巡洋艦のソナーマンたちは、妙な爆発音が続いていることに違和感をおぼえた。しかし、それが何なのか、艦隊を襲う悲劇を目視確認できない時点で、上官に不明瞭な報告をすることしかできなかった。
その間にも被害は拡大していく。帝国第1艦隊側は敵が見えないが、日本海軍第五艦隊側は、艦底部が見えていて狙いをつけるのに不自由しなかった。
「はてさて、視界は限られ、状況把握が困難な状況だ。いつ敵は、海中の我々に気づくかな?」
神明は挑発的な呟きを発するのだった。




