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化け狸学生の口止め工作  作者: 茶ヤマ


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8/9

大団円


その日、例によって兄貴たちのいる店でよくわからないコーヒーを飲んでいると、紺色で傷だらけの魔道具がメッセージの知らせを告げた。

パカッと開いて見る。


『ずっとレポートを手伝ってくれてありがとう。明日、午後一時に弘前公園の植物園で会いましょう。来なかった場合は、あの日の尻尾の件を、しかるべき方面に報告します』


「ひっ……!」


私は情けない悲鳴を上げた。

しかるべき方面とはどこだ、大学の教授か? それとも動物園か? 岩木山のふもとにふれあい動物園らしきものはあるが……親父殿や母上の住む近くだな……。そうじゃなくて。


「どうした、狸一」

「兄貴……、彼女から連絡が来て、何だかただならぬ雰囲気の文面で……」


「ほう、実に頼もしくもおもしろい女性のようだな。惚れがいがあるというものだ」

「感心してる場合か! どうしたらよいのだ!」


「決まっている。近づくのだ。『口止め工作』というもっともらしい大義名分のもと、その懐に飛び込むがいい」

「兄貴は、アドバイスが雑だし物騒なのだよ!」


行かねば、ばらされる。行かぬという選択肢は最初からないのである。

重い心で、弘南鉄道に乗り、下宿に戻った。


「ただいま、ばあちゃん……」

「おかえり、狸一。なんじした? 元気ねぇのが?」

(意:おかえり、狸一。どうした?元気ないのか?)


声が低く小さい私を気遣ってくれた祖母に、外が寒かったんだ、と答えておく。

つぐみ嬢のメッセージが怖くて、などと言えるわけがない。


ところで何を着て行けばいいのだ?

いつもの雑なトレーナーや、ワイシャツでも良いのか?

帽子でも被れば……と考えた時に、ふと、兄貴の店に置きっぱなしになっている、かのキャスケットを思い出した。


そもそも、あれが始まりだったのだ……。

大学体育館横の小路の角、あの大学生協で「ラスト1」と書かれたキャスケットを買ってしまったことから全てが……。

と、今までのことが怒涛の勢いで脳内を流れていく。


つぐみ嬢はいったい何用なのだろうか。

逃げなければ、誰にも何も言わずにいてくれるのだろうか。

化け狸という事実を黙っていて欲しければ、卒業までずっとつぐみ嬢の研究の手伝いをしろ、ということなのだろうか。


そんなもの、弱みを握られていなくとも、手伝うに決まっておろうに。

しかし、つぐみ嬢が他の男と親交を結び、あまつさえ、お付き合いすることとなった場合……私の立場は何になるのだろう。

体のよいアシスタントか?


……待て。そもそも、私が口止めをするはずだったのではなかったのか?

これでは、私のほうが良いように扱われてはいないだろうか。

つぐみ嬢にとって私はいったい何なのだろう。


私はらちがあかない思考を広げながら、まんじりともせず、夜明けを迎えた。


弘南《こうなん》鉄道大鰐(おおわに)線の千年《ちとせ》駅の改札で、硬券の切符にハサミを入れてもらい、改札を通る。

平成の今の時代において、何とも時代がかった改札の仕方で、あのカチカチというハサミの音が私は何となく好きだが、今日に限っては、追い立てられるように感じた。


向かう先は、いつもの土手町の中央弘前駅だが、兄貴たちのいる店ではなく、公園へと向かわねばならない。

幾分、約束よりも早くに着いてしまうが、遅くなるよりはよっぽど良い。


さて、中央弘前駅の改札を抜けると、待合の椅子が並ぶところで、「変な帽子の噂に乗せられて、寒沢《かんざわ》の坂で転ぶ羽目になってさ」と話してるのが聞こえた。


思わず足を止めて声の主を見ると、腕に包帯を巻いて首から吊っている男子学生がいるではないか。

まさか、あのキャスケット事件の時に……


「お、お前、まだ怪我が治ってないのか!? そんなに酷かったのか!?」


と叫んでしまっていた。


男子学生はいぶかしげに私を睨むようにしていたが、


「……あ! その声、お前あの時の!」


と包帯をしていない方の手で指をさしてきた。

無礼にもほどがあるが、まあ、酷い怪我をさせた可能性もあるので咎められない。


「う、うむ……、まさか、そのような治りの悪い怪我をさせてしまっていたとは……すまないことをした……」


すっかりとしょげ返り、悄然と頭を垂れた私に、相手は多少慌てた声を出した。


「違う、あの時は擦り傷だ! これは別口でな。ばかやろうカーブで、ブロック塀にこすった」

「……ばかやろうカーブ」


ああ、あの大学生協から西弘へ抜けるところのクランクか。四つ、いや五つ……数えるたびにカーブの数が違うのが、あの道の性質の悪いところだ。敵を迷わせるための枡形が、いまや大学生を迷わせて怒鳴らせている。

人を化かす道とは、狸の商売敵である。我らの十八番を、道に奪われておるではないか。そして人間は、あのような危険な場所ほど愛称をつけたがる。


「自転車に乗れんから、弘南《こうなん》で来て、今から本屋に行くところだ」


なるほどな。と頷き、時計を見上げる。うむ。私も行かねばなるまい。


「怪我、早く治れば良いな……、まあ、私が言うのも、おかしいのかもしれぬが」

「はは、まあ、ありがとよ」


まあ、大事無いならば良い……。広範囲の皮の擦り傷というのも大変だろうが。

さて、それよりも、つぐみ嬢のいる弘前公園へ向かわねばならない。

多少、早歩き気味で私は公園を目指す。


植物園は三の丸追手門から入って程ない場所にある。

黒く塗られた丸太の門、綺麗に刈り込まれた生垣。そこの入り口から見ると、植物園というよりは、旧家の大きな庭園の様相をしている。

……いや、もとは本当に庭園なのだろう。


ちょうど今時期だと、もみじと菊人形まつりなるものをやっているはずだ。


つぐみ嬢は、料金所前の黒塗り丸太門のところにいた。早歩きのせいで若干息の上がった私を見つけ、手を振っている。

しまった、私の方が遅く着いてしまった。


小走りでつぐみ嬢の元へ駆け寄る。


「すまない、待たせただろうか」

「ううん、早めについちゃってさ。田貫くんも約束した時間より早いじゃん」


と微笑んでくれる。

ああ、この微笑みで早歩きと小走りの疲れは吹き飛ぶ。


「今日はどうしたのだね」

「ん? 弘前城の桜は見たけど、この、菊まつり?は見てなかったなあって思って」


と笑いながら料金所へと歩き出す。

いかん、貧乏学生とはいえ、ここは私が払わねば!

と、急いでつぐみ嬢より一歩前に出て、二人分の料金を払う。


「自分で払うのに」

というつぐみ嬢に、「クッキーの礼だ」と憮然とした声を出す。


「それにしても、ここを見るためだけならば、何も脅すような文面にせずとも……」


あ、いかん、咎めるような口調になってしまった。


「んー? だって、ああでも書かなきゃ、田貫くん、来てくれないでしょ?」


と屈託なく笑っていうつぐみ嬢に、私は完敗の白旗を掲げることにした。

私よりも私をよく理解している。



そういえば、私もこの植物園……というよりも庭園だな……は、じっくりと見たことが無かった。

……城の公園自体は無料だが、ここは料金がかかるから、意識的に見ないようにしていたとも言える。


それにしても、……隠れる場所があるにはあるが、綺麗に整えられすぎていて落ち着かない。

石で作られた、水のない池など、見る分にはいいが、水がないため魚が捕れんではないか。

などと見ていたところ。


「うわー、風情のあるところだねえ、さすがお城の一角だ、秋だとなおさら情緒あふれるね」


と、つぐみ嬢が目を輝かせている。

「うむ……、そうだな、悪くない」

私も同意を示しておく。


「来年の桜まつりも、一緒に見に来ようよ」


輝かしい笑顔でつぐみ嬢は続けた。


何拍も遅れて、その意味が脳みそに到達する。


「来年も一緒でいいのか?」

「ん? もちろんだよ」


…………。

この胸のざわめきに名前をつけようとして、やめた。

名前などなくても、だいたいのことは怖くなかった。

歓喜のあまり、心の中の尻尾が盛大に膨らんで揺れていた。


岩木山を静かに仰ぎ見る秋の青空が、私たちの頭上に広がっていた。




―終わり―

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