おまけ(狸一による、平成時代の弘前案内)
あらすじにも記してあるが、この物語の舞台は「平成10年代」の「みちのく・弘前」である。
作品の文字を打ち込んでいる「茶ヤマ」なる人物は、平成初期に四年半ほど、弘前で暮らしていた。
そのわずかな記憶を頼りに、弘前の情景を描こうとしたらしい。
ところが、かの人物が足を運んでいた場所といえば、
・弘前学院大学
・弘前大学の二つの教室
・両大学の図書館
・そして紀伊國屋書店(残念ながら、現在は閉店しておる)
くらいのものである。
これでは街中の情景など描けるはずもない。
それどころか、弘前大学の描写すら、ままならぬではないか。
弘前公園に至っては、桜祭りの時期にしか足を向けなかったという。
何とも不届き、かつ、もったいないことであろうか。
万死に値する。
……一応、藤田記念庭園には二度、植物園には一度、足を踏み入れたことがあるようだが……。
さて、舞台は平成10年代としているものの、残念ながら、わずかに時代的な齟齬が生じている。
二つ折りケータイ、いわゆるガラケーが一般に普及したのは、平成10年代の終わりから20年代にかけてのこと。この作品より、もう少し後の時代ということになる。
そのあたり、いささか詰めが甘いと言わざるを得ない。
◇◇◇
「弘前学院大学、並びに、外人宣教師館」
大勢の学生に追われて、つぐみ嬢と逃げ込んだ先だ。
現在は男女共学となっているが、平成の頃は女子大学であった。
こぢんまりとした、厳かな雰囲気を持つキリスト教の大学である。
正門をくぐると、すぐに裏門が見えていた。
わずか三十秒もあれば、門から門まで駆け抜けられるほどの敷地であった。
そして、外人宣教師館は、この弘前学院大学の正門の「内」にある。
そう、私からすれば、他大学の敷地内なのだ。
そのため、どう見ても観光客ではなく、女性でもなければ、ましてや大学の講師にも見えない私・狸一だけで、あの大学の正門をくぐるのは、なかなかに敷居が高いのである。
「気にしないで、外人宣教師館を見に来ました、って言えばいいじゃない」
と、つぐみ嬢は宣う。
それができれば苦労はしない。電話で問い合わせるだけでも勇気がいるのだ……。
なお、作品中に登場する藤棚は、当時、実際に存在していたものだ。
ただし、場所は外人宣教師館の脇ではなく、弘前学院大学の校舎のすぐそばであった。
この点については、ここに訂正と懺悔を申し上げておく。
(ちなみに、その藤棚が現在も残っているかどうかは、確かめておらぬらしい。怠惰も甚だしい)
また、弘前学院大学の最寄り駅は、当時「西弘」という駅であったが、現在は「弘前学院大学前」という駅名になっているそうだ。
◇◇◇
「弘前大学」
私や、つぐみ嬢が通っている学び舎だ。
茶ヤマが弘前に住んでいた頃、足を運んでいたのは図書館と、教育学部内の一教室、人文学部内の一教室だけだったという。
したがって、大学内部のことについては、ほとんど何も知らぬらしい。
唯一、教育学部棟については、次のような説明があった。
「教員を目指す人がピアノを練習するための個室があって、狭い部屋が十部屋くらい並んでいる場所があった。防音はそこまでされていなくて、建物の外に音が漏れない程度だった」
……説明が下手くそだ。
本当に役に立たぬ人物だ。
◇◇◇
「寒沢の坂」
私を追いかけてきていた学生が、カーブを曲がり切れずに転げ落ちた箇所だな。
弘前大学の裏門への最寄り駅、弘南鉄道大鰐線の「弘高下」へ向かう途中の、寒沢町にある坂道である。
緩やかなカーブを描きながら、なかなかの傾斜で続いている。
しかも、坂を登り切った先には踏切が待ち構えているという、運転に慣れた者であっても涙が出そうな造りである。
冬になり、路面がホワイトバーンと化した時など、この坂を上るのも下るのも、私は遠慮こうむりたい。
……あそこを平然と通行できる者は、相当に肝が据わっているに違いない。
◇◇◇
「中央弘前駅、並びに、土手町」
土手町は……アーケード商店街、と表現するのが近いのだろうか。
兄貴の店がある地域だ。
中央弘前駅は、土手町をぶらぶらするにも、弘前公園まで歩いていくにも、実に都合のよい場所にある。
この土手町には、太宰治も通ったといわれる喫茶店「万茶ン」がある。
ちなみに、茶ヤマは一度も入ったことがないらしい。
不届き者にもほどがある。
長男・朔太郎が模した(と言い張っている)のは、この喫茶店である。
「万茶ン」には、クラシカルなシャンデリアや振り子時計があり、店の象徴となっている。
……が、長男の店には、そのどちらもない。
何を考えているのか、あの馬鹿兄貴は……。
さて、つぐみ嬢が私に買ってくれたクッキーは、土手町にあった「パリ亭」というケーキ屋のものである。
……残念ながら、すでに店はなくなっている。
「ここのコロネ、注文してからクリームを詰めてくれるんだよ。サクサクしていて歯触りが軽くて、クリームもおいしくてね」
と、つぐみ嬢が教えてくれた。一緒に買いにも行ったものだ。
……もう食えないのだ……。
「喫茶ひまわりがあるから大丈夫だよ」
と、つぐみ嬢は言う。
土手町にある、老舗の喫茶店ひまわりのシュークリームも、絶品である。
……ひまわりは、作品内には出てきておらぬ。
それはそれとして、当時の大学生は自転車を利用するのが常であり、電車で中央弘前駅まで来ることは稀であった。
自転車で土手町まで出て、紀伊國屋書店へ行く。
特に何かを買うわけでもなく、新刊コーナーを眺め、専門書の背表紙を眺め、ひとり悦に入る。
そういう者が多かった。
……先にも記したが、残念ながら紀伊國屋書店はすでになくなっている。
◇◇◇
「弘南鉄道大鰐線、千年駅」
私が暮らしている下宿がある駅だ。
実際に、下宿は存在していた。
ただし、地元に実家がある学生でもなければ、大学周辺にアパートを借りるのが普通である。
わざわざ電車に乗り、駅を二つも三つも越えて大学に通う者は、そうそうおらぬであろう。
駅周辺には、作品中に描いたとおり、ほとんど何もない。
平成の頃、千年駅のそばには、午前十一時頃に開店し、夜の七時頃には閉店するという、コンビニ……いや、小売店があったそうだ。
茶ヤマの夫君からの申告である。
「ある意味、セブンイレブンだね」
……本来の店名とは、時間が逆であるがな……
ちなみに、弘南鉄道大鰐線は2028年での廃線が決まっている。
時代とは、そういうものなのだろう……。
◇◇◇
「弘前公園、並びに、弘前城」
……そこは、植物園ではないのか!?
……まあ、桜の頃の弘前公園は、本当に見事であるが。
あたり一面が桜の色に染まる。
あれは圧巻だ。何度見ても良い。
ただ、浮かれ切った大学生と酔っ払いの姿の方が、どうにも目立つのだが……。
桜の色は、人も狸も心を惑わす。
多少のことは仕方があるまい。
そして、日本に十二基しかない現存天守の一つ、弘前城。
城の小ささに驚く者もいるが、これが古くから壊れることなく残っている天守だと知れば、また違った驚きを覚える……のだろうか?
ただ。
桜の中に浮かび上がる弘前城の姿は、良い。
……本当に、良いのだ……。
「狸一くん、尻尾がゆっくり揺れてるよ。耳も出てるよ」
仕方あるまい。
あれは、気を張り詰めて眺めるようなものではないのだから。
◇◇◇
「岩木山」
『嶽キミ!!!』
『嶽キミを食え!!!!』
……と、茶ヤマが叫んでおる。
まあ、確かに美味い。
一応、書いておくと、岩木山麓の嶽で栽培されている、トウモロコシである。
キミとは、トウモロコシの方言だ。
「生で齧っても、十分に食べられるんだよねえ。甘くておいしい」
つぐみ嬢も喜んでおる。それならば良い。
さて、岩木山の麓では、母上と親父殿が、こぢんまりとした家でつつましく暮らしておる。
母上が狸で、親父殿が人間だ。
……逆だと思っていたか?
親父殿は、すらりとした体形ではあるが、どこにでもいそうな、特に目立つところのない顔立ちをしている。
そんな親父殿に、(なぜか)母上が惚れ込み、求婚を続けたそうだ。
……親父殿の方が惚れ込んで、熱心に口説き続けたわけではないと聞いて、何故か、つぐみ嬢が驚いていたが……。
ちなみに母上は、見た目だけなら、おしとやかで良家のお嬢様育ちに見える。
性格は苛烈である。
……これ以上は、ここで言葉を切らざるを得ない。
◇◇◇
まあ、こんなところだろうか。
ああ、そうだ。
「其一」で私が現実逃避のために思いを馳せていたリンゴの「北斗」。
かのリンゴは、もはや希少種なのだそうだ。
美味いのだ……本当に美味いのだ……。
だが、まあ、仕方のない事情も多々あるからな。
「『ふじ』や『つがる』なら手に入りやすいし、十分に美味しいよ」
うむ。手軽に手に入るものがあるのだから、そちらを楽しむのも良かろう。
ああ、そうだ。
弘前といえば桜の時期が有名であるが、リンゴの花もまた可憐である。
つぐみ嬢には劣るが。
桜よりも白さが勝り、ほんの少しだけ桃色を帯びた花だ。
桜と違い、葉も一緒に茂っているが、それでもなかなかに愛らしい。
つぐみ嬢には負けるが。
機会があれば、ぜひ見ていただきたい。
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植物園の記憶がどうにも定かでなかったため、弘学で共に学生時代を過ごした友人に連絡を取りました。
そうしたらば、気前よく、さまざまな参考資料を画像で送ってくれました。
「執筆ファイト!」
と、励ましの言葉まで添えていただきました。
せっかく友人が送ってくれた資料であるのに、それに報いるほどの描写を盛り込めなかったのは心残りではあります。
この場を借りて、改めてお礼を申し上げます。
本当にありがとう。友よ。
学生時代、君と共に過ごした日々は楽しかった、いまだに何にも代えがたいものとして、キラキラとした眩しさを放っている。
今も友人でいてくれてありがとう。
―本当に終わり―




