第8話 公爵令嬢からの思いがけない提案
リリアーヌ・ヴァレンシュタインだと?
まさに、俺が探していた人じゃないか。
驚きのあまり、動きを止めてしまった。
「どうしたの? あなた様子が変よ?」
「いやっ、まさか公爵令嬢様だったとは……!」
しどろもどろになりながらも、なんとか声を絞り出す。
「もう、そんなに畏まらなくていいわよ。肩書きなんて大したことないんだから」
リリアーヌはそう言ってから、ふと思い出したように尋ねた。
「それより、どうしてさっきは私を助けてくれたの?」
どうしてって……。
「困ってる人がいたら、助けるのは当たり前だろ?」
「そ、そう……」
リリアーヌはふいっと顔を横に向けた。
その頬が、ほんのり赤くなっている。
……疲れて熱でもあるんだろうか?
まあ、さっきは大変な目に遭っていたしな。
「そ、そういえば、あなた、この辺りでは見ない顔ね。どこから来たの?」
「公爵領のはずれにあるインガ村だよ。仕事を探しに来たんだ」
「インガ村……。そう、それは大変だったわね」
リリアーヌは何かを考えるように、少しだけ表情を曇らせた。
……ん? 何かまずいことでも言ったか?
「ところで、仕事を探しているって言ったわよね?」
「ん? ああ、そうだけど」
「ちょうどいいわ。あなた、私の屋敷で働きなさい!」
「え、ええっ!?」
あまりに突然の提案に、思わず声が裏返った。
「ちょうど住み込みの使用人が必要なのよ。あなた、さっきの様子を見る限り、体力はありそうだし」
……いや、あれは女神の加護のおかげなんだけど。
「今の家からは離れてしまうけれど、週に一度は休みがあるからその日に帰れるわ。食事もついてる。どうかしら。」
リリアーヌは腕を組み、少しだけ顔をそらした。
「それに……助けてもらったお礼も、まだできていないから」
最後の一言は、やけに小さな声でよく聞き取れなかった。
「ま、まあ、悪い話じゃないと思うけど?」
たしかに、悪い話じゃない。
それどころか、願ってもない話だ。
住み込みで働けて、食事までついている。これなら家に仕送りだってできるかもしれない。
それに――。
俺はちらりとリリアーヌを見た。
女神様から頼まれた、世界を救う少女。
まさか、こんな形で近づくチャンスが巡ってくるなんて。
「ぜひ、働かせてください!」
「へっ!? え、ええ。よろしく」
あまりにも返事が早かったせいか、リリアーヌは面食らったようだった。
でも、せっかく巡ってきたチャンスだ。逃すわけにはいかない。
こうして俺は、思いがけない形でリリアーヌの屋敷で働くことになったのだった。
*
「ふぅーん、もう出会っちゃったんだ」
セレスティアは、少しつまらなそうにつぶやいた。
傍らに置かれた黄金のハープに、白い指を滑らせる。
ぽろん……。
澄んだ音色が、静かな神域に広がった。
その旋律に呼応するように、下の世界で一輪の花が咲く。
「さすが私のナギですわ。ちょっと困った顔が見たくて平民に転生させたのに、もう彼女と出会っちゃうなんて」
セレスティアは頬を膨らませた。
「もう少しくらい、私を楽しませてくれてもいいのに」
そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいる。
大好きなナギが頑張っている姿を見るのは、やっぱり嬉しい。
セレスティアは再びハープを奏でた。
その音色に導かれるように、下の世界でまた一輪、花が咲いた。
「ふふっ。頼みましたよ、ナギ」




