↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/63

最初の仲間ー老陳、鉄牛、顧墨

伍長(ごちょう)の座に就いてから数日の後、私は暗中に、自らの清算の手腕をじわじわと施し始めた。

戦死者を搬送する最前線の伍長という職務の便利さを利用し、私は惨烈な官渡(かんと)の対峙戦場において、まだ息のある傷兵たちを密かに救助していった。この期間のなかに、私の身辺には、実際に戦場で役に立つ、有名有姓(名のある)志を持った者たちが集まり始めていた。


一人は、異名(あだな)を「鉄牛(てつぎゅう)」と呼ぶ北地の悍卒(かんそつ)だった。彼は重傷のために生きたまま埋められそうになっていたところを、私が前世の急法(急救の手腕)を以て力任せに死神の手から奪い返した男であり、それ以来、私に深く恩を感じて救出隊の武力担当となってくれていた。

もう一人は、元々は軍の中で人員の登記や造冊(名簿管理)を掌っていたものの、実録(本当のこと)を告げたがゆえに上層部の怒りを買い、死体回収隊へと左遷されてきた文官の「顧墨(こぼく)」だった。彼は名簿の死角(脆弱性)を利用し、暗中で人口の虚報や隠蔽を巧妙に手伝ってくれた。


名義の上ではわずか五人を管轄する伍長に過ぎなかったが、老陳(ろうちん)の根回し、鉄牛の威望、顧墨による帳簿の偽装、さらには私が削り残した口糧(配給)で傷兵たちを救い続けた結果、わずか数週間の間に、私が実質的に制御する底辺の回収兵や傷卒の数は、雪だるま式に五十から六十人規模の塊へと静かに膨れ上がっていた。この五十、六十の生きた戦闘力こそが、人命が草芥(ゴミ)の如くに軽んじられるこの乱世において、私が安身立命(生きていく)を成し遂げ、さらには独立した世外桃源(楽園)を謀るための、唯一の救いの本銭(軍資金)であった。

しかしながら、木秀於林、風必摧之(出る杭は風に打たれる)。かつて私に百般の折磨(虐待)を加え、今なお私の直属の上司である小隊長の黄皮(こうひ)が、私の異様に気づくまでにさほどの時間はかからなかった。

かつて自分の鞭の下で奴隷のように這いつくばっていた男が、今や多くの人間を前呼後擁(従えて)にしている様を眺め、小隊長の眼には隠しきれない嫉妬と狠毒(残忍さ)の色彩が燃え上がっていた。最初の数日は、彼も文丑(ぶんしゅう)の存在を思い出し、私に対して多少の忌避(遠慮)の念を抱いていたようだった。しかし、数日を過ぎても文丑が私を呼び出す様子はなく、何の賞賜(褒美)も届かないのを見届けると、ここ数日の間、彼は再び狂ったような職場霸凌(嫌がらせ)を私へと展開し始めた。彼は最も重く、最も悪臭が漂い、死体が最も密集する戦場の中央を死物狂いで我が伍へと押し付けてきたばかりか、毎日の発糧(配給)の際、意図的に私たちのこの五十、六十人分の伙食(飯)を過酷に克扣(削減)していった。


「おや、龍(りゅう)大伍長。これほど多くの人間を集めて、一体何をするつもりだ? 造反(謀反)でも企てて、山の王にでもなるつもりかね?」

ある日の清晨(朝)、私がこの五十、六十名の名義上の戦友たちを連れて営房の裏手で談話(ミーティング)をしていたとき、小隊長が数人の親兵を引き連れ、冷笑を浮かべながら歩み寄ってきた。彼の言葉は醜悪であり、まるで糞便が頭上に落とされたかのような侮辱だった。私は拳を強く握り締め、胸の内から湧き上がる怒火を必死に堪えながら、今はまだ徹底的に机をひっくり返す(決裂する)時ではない、ひたすら克制(自制)せねばならぬと自分に言い聞かせていた。

しかし、黄皮の挑発は、すでに制御不能の境界へと滑り落ちようとしていた。権力の傲慢というものは、古今東西いつでも同じなのだと、私は知っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。