文丑の完全な信頼
彼らは人員の損耗(減少)を最低限に防ぎきっていたばかりか、それどころか独輪車(手押し車)を駆使して、見知った顔の軽傷兵たちを十数車分も順手で救出して連れ戻してきていたのだ。
開戦した当日の夜半、さらには第二日の払暁(夜明け)にいたるまで、顧墨が沿道に遺しておいた秘密の路標(目印)を頼りにして、大雨のなかをさらに数十人の散り散りになっていた老兵たちが、陸陸続続として歩みを運んで戻ってきた。
第二日の太陽が天辺へと昇り詰めたとき、私は完成した帳簿を文丑の前へと差し出した――私の率いる三百人余りの回収の骨幹(部下たち)は、あらかじめ黄河の渡口へ船を収集するために派遣していた老陳とその手下を除き、全軍覆滅の規模となったこの倉亭の大劫殺(大惨敗)のなかにあって、わずか一成(一割)前後の損耗(死亡)を出すに留めていたのである。
さらに、文丑の左軍の本隊も、孫港や鄧車といった回収小隊長たちが退路の引路(案内)を務めたがゆえに、散り散りになっていた数百人の兵を再び連れ戻すことに成功していた。私たちの左軍は、最終的に「三千人」の規模で結集を完了させた。六成(六割)の戦力を喪失したとはいえ、この地獄においては奇跡的な数字であった。
文丑の僅かに渙散としていた熊の如き巨瞳の奥から、抑えきれぬほどの刺すような亮光(眩しい光)が爆発した。彼は私を見つめ、身体を震わせながら熱い吐息を大きく吐き出した。
「龍よ……、全軍が完全に打散(全滅)しちまった。老子は半生涯にわたって兵を率い、自ら河北無双と自き(自負)してきたが、蓋を開けてみれば大半を損出しちまった。それなのに、刀一本握れぬ一介の回収兵のお前が……、回収隊の人間をほぼ全員、俺の元へと連れ戻してきたっていうのか?!」
私は疲弊の極みに達して地面へとへたり込み、この戦神の視線を真っ向から受け止めた。「将軍、私たちはなおも即座に出発(撤退)せねばなりません。今ここから北へと戻るのは自ら死路(死に場所)を求めるのと同じですわ。恐らく倉亭の渡口(渡し場)は、すでに曹操軍による凄まじい屠殺(虐殺)の現場と化しているはず。私たちは南西へと走り、范県を目指します!」
文丑は疲弊したように深く首を縦に振った。「よし、お前の言う通りにしよう、即座に出発だ。これより、お前はただの左軍回収隊の大隊長であるだけでなく、俺の『中軍千夫長(中軍千人隊長)』だ。俺のこの二、三千の兵馬は、すべてお前の号令(指揮)に付き従わせる」




