名将軍楽進
平原の上にあって、袁紹の誇る数十万の中軍主力は、ついに曹操の大軍と正面から激しく激突した。人数において、さらには戦馬や重器械といったハードウェア(装備)の面において、もはや一歩も退く場所のない河北の大軍は、依然として明確な優勢を保持していた。戦線は連綿と十数里にわたって広がり、鋒線(最前線)は複雑に交錯し、両軍は血霧と塵土の巻き上がるなかで凄まじい肉弾戦(交着)を整々(きっちり)半時(約一時間)にわたって繰り広げた。刀剣が肉体を切り裂く生々しい音と、断末魔の哀鳴が天辺へと響き渡っていた。
戦場の左翼において、文丑の率いる七、八千の精鋭は怒吼をあげる狂濤(大波)の如くに、正面で厳然と陣を敷いて待ち受けていた曹操軍の主力の一隊へと突撃を仕掛けた。
この曹操軍は人数において劣勢であったが、その戦い方は極めて凶悍であり、軍陣はさながら銅牆鉄壁(鉄の壁)の如くであった。大軍の中央には、一条の黒い将旗が風を孕んで烈烈と翻っており、その布地の上には、闘大(あまりにも巨大な)一文字が鮮血の赤を以て刻まれていた。
――【楽】。
「河北の残兵風情が、洒家の前で放肆(生意気)な真似をするな! 先登(突撃隊長)の楽進、ここにあり! 死にに来い!」
身体は短小(小柄)ながらも悍勇無双と謳われた名将・楽進は、手にした長槍を打ち振り、単馬(一騎)で衝鋒を仕掛け、瞬く間に文丑の前鋒を担っていた二人の百夫長(隊長)の首を撥ね飛ばした。曹操軍は楽進の猛烈な指揮の下で驍勇善戦(勇猛)に戦い、文丑が仕掛けた第一波の狂狂たる大攻勢を、力任せにその場に踏みとどまって防御しきったのである。
左翼の戦局が決着を見るより前に、戦場の側面を覆う密林の中から、突如として黒い鴉の群れの如き精鋭騎兵の一隊が姿を現した。彼らは摧枯拉朽(すべてを薙ぎ倒す)の凄まじい気勢を引き連れ、文丑の側翼へと容赦なく突き刺さってきた。
その将旗の上に厳かに刻まれていた文字は、他でもない。
――【夏侯】。
その最先頭を突進してくるのは、面目が獰猛に変形し、左眼を失った恐怖の独眼将領――自ら突き刺さった矢を引き抜き、その眼球を喰らったと恐れられる曹操軍第一の猛将、夏侯惇であった。
「文丑の老賊(老いぼれ)め! 延津の地では僥倖を以て生き延びたようだが、今日こそはその首、洒家が直々に貰い受ける!」
夏侯惇の怒吼は悶雷の如くに轟き、手の中の精鋼長槍(槍)を真っ直ぐに突き出して文丑の面門(顔)へと肉薄した。文丑は両眼を真っ赤に染め(殺紅了眼)、往時における河北第一の上将としてのプライドと、ここしばらくの間に蓄積(貯蓄)してきた屈辱のすべてをこの一瞬に爆発させ、手中の大刀を跳ね上げて悍然と迎え撃った。のである。




