とりあえず全力で曹操軍と戦おう
「書状は送り届けた。だが、袁本初が耳を傾けることはないだろうな」
文丑は行軍床に腰掛け、私が彼の左腕の包帯(繃帯)を解き、換薬(薬の交換)を施す様をいささか不器用(笨拙)な仕草で見つめていた。彼の眼光は大幕の天井を見据えており、その沙啞(嗄れた)声のなかには、生死を看破(超越)した武人特有の平淡さ(静けさ)が漂っていた。
「曹孟徳の刀は、すでに私たちの首元に突きつけられている。袁氏二代にわたる恩恵(恩義)を授かった以上、洒家(俺)はこの戦から逃げ隠れはせぬ。明日、両軍が陣を開いたならば、俺が直々に兵を率いて最前線の先頭に立つ。勝てるならば戦うのみ、もし勝てぬとあらば……、それもまた、俺が力を尽くし終えたというだけのことだ」
この耿直(実直)な将軍の、さながら遺言(交代後事)の如き朴素な言葉を耳にしながら、私は頭を低く垂れて薬水で彼の傷口を拭い、そして長きにわたる沈黙へと陥っていった。
私は、あの熱血に溢れた小説の主人公たちのように、慷慨激昂(熱弁)して彼に逃亡を勧めたり、あるいは天下の大勢とやらを大言壮語に語り聞かせたりはしなかった。この乱世の泥濘のなかで艱難(苦難)を極めて活命(生路)を求める一介の現代人として、私は発自内心(心の底から)の无奈(諦め)と清醒(冷徹さ)を抱いていたからだ。
――この時代において、一物も持たぬ最底辺の雑兵(底层人)が、もしも歩幅を前に踏み出しすぎ、あまりにも狂妄(身の程知らず)に振る舞うならば、ただ歴史の巨輪(大波)の下に無残に圧し折られて粉末(塵)と化すだけである。システムの脆弱性(漏洞)を積極的にディグる(捜索する)ことは許されても、自らの陣脚(足元)を乱すことだけは、断じて犯してはならぬ禁忌なのだ。




