文字の読めぬ最底辺の兵士たちのために家書(故郷への手紙)を代筆する業務を執り行わせた
あるいは激しい戦争の衝撃によるものか、あるいは古代の河川には電撃による密漁や地籠(過度な仕掛け網)といった悪習が端から存在しなかったためか、彼らが大網を打ち振るたびに、往々にして数十条(数十匹)、時には数百匹にも及ぶ巨大な原生の魚が面白いように引き上げられてきた。
私はさらに彼らを付き従わせ、周辺の泥地に自生している馬蘭頭、薺、車前草、馬歯莧といった野菜(野草)を厳格に辨認(識別)して採掘させ、それらの魚を豪快に大塊(ぶつ切り)に叩き切って塩を放り込み、野菜と共に大鍋で徹底的に煮込ませた。この脂の浮いた熱気あふれる魚野菜スープは、傷兵たちをして口々に滋滋(うまい、うまい)と称賛せしめるに至ったのである。
そればかりか、私は顧墨に文字の読める数人の傷兵を率いさせ、一つの営帳から次の営帳へと隈なく巡回させ、文字の読めぬ最底辺の兵士たちのために家書(故郷への手紙)を代筆する業務を執り行わせた。
戦場における生離死別(凄まじい別れ)は嫌というほど見届けてきたが、これまでこの袁紹軍のなかにあって、単なる砲灰(捨て駒)に過ぎぬ雑兵たちの本名や故郷の地名を、これほど偏執(執拗)なまでの行動を以て記録し、文字に残してくれた人間など、ただの一人も存在しなかった。
「大隊長様。もし俺が今回の戦で本当に戻れなくなっちまったら……、この手紙は、本当に大名府にいるお袋の元へと届くのですかね?」右手の指を失った一人の老兵が、眼の縁を涙で濡らしながら私に問いかけてきた。
「私がこの世界で生きている限り、そして回収隊がこの地に存在する限り、これら預かった手紙は、遅かれ早かれ必ずお前たちの河北の老家(故郷)へと送り届けてみせるわ」私は彼の肩をそっと叩いて安心させ、熱気あふれる一碗のスープを彼の目の前へと実直に押し出した。
底辺の士卒(兵士たち)をただの冷酷な数字、あるいは使い捨ての耗材(消耗品)としてしか看做いないこの袁紹軍の軍営にあって、私たちの組織した回収隊は、いまや唯一、暗闇の中で暖かく発光し、熱を放つ絶対の集結地(心の拠り所)と化していた。
わずか半ヶ月(半月)という時間の間に、全営の七、八千の兵士たちが「龍大隊長」の名を口にする際、その瞳のなかに宿る色彩は、かつての下賤な回収兵を蔑むような軽蔑など疾うの昔に消滅しており、ただ絶望の泥沼の中で一本の蜘蛛の糸(藁)を掴み取ったかのような、狂熱的なまでの信頼と依存の念へと変貌を遂げていた。
このような、日々の泥臭い日常のなかで不声不響(音もなく)に蓄積(貯蓄)されていった圧倒的な人望(民心)こそが、陰湿な長老であれ、郭図の甥であれ、いかなる権力者であっても二度と奪い取ることのできぬ、私たちの城の「核心の資産(真の軍資金)」となったのである。




