官職の晋升(昇進)に比して、真に微妙な「変化」を起こし始めていたのは、私と文丑との関係性そのものだった
回収大隊長への昇進に伴い、文丑は名正言順(大義名分を以て)に私へ、曹操陣営から鹵獲(収繳)した精良な甲冑と戦馬を配備してくれた。さらに、私がこれまで息を吹き返させてきたすべての傷兵たちも、そのまま私の麾下(部隊)へと配属してくれたのである。これにより私の手下は三百人を超える兵丁へと膨れ上がり、営帳の駐地も文丑の指示によって、依然として彼の中軍主帳のすぐ附近に整然と駐札(配置)され続けた。
卑微な下等兵から伍長、中隊副、そして今や「左軍回収隊の大隊長」へ。この職位は、自ら名門を自き(自負)する袁紹軍の高級将領たちの眼から見れば、相変わらず不入流(格下)の賤しき勾当(役職)に過ぎなかった。しかし私の眼から見れば、これは紛れもなく、破産寸前の企業における全ての清算と資産転移を執り行うための「公式な認可」を毟り取ったことに他ならなかった。私は中軍に属していた三百人以上の回収兵と、大量の独輪車、馬車を直接動かせるようになっただけでなく、袁紹軍におけるすべての傷病情報と物资(物資)の損耗帳簿に対して、合情合理(合法的に)に接触する権限を手に入れたのである。
官職の晋升(昇進)に比して、真に微妙な「変化」を起こし始めていたのは、私と文丑との関係性そのものだった。
私たちは文丑の営帳へと戻ってきた。此度の死線を共にした殿の血戦を経て、文丑が私に向ける眼光からは、最初の頃にあった居高臨下(見下ろすような高慢さ)が完全に退去(消滅)していた。この普段は寡黙にして性格の素朴な河北の戦神は、官渡の大惨敗、張郃や高覧の投降、そして袁紹から浴びせられたあの人を寒心(絶望)させる冷酷な言葉を経て、精神にどこか恍惚(うつろな焦り)を滲ませていた。
「龍よ、これから先……、俺たちは一体どこへ向かって歩めば良いのだ?」文丑は行軍床の端に腰掛け、未だ完全には回復しきっていない左腕を無骨な大きな手で笨拙(不器用)にさすりながら、声を潜めて発問(問いかけて)してきた。
この一言が大幕のなかに放たれた瞬間、室内の空気の分子が僅かに微動した。無形(目に見えぬ空気)のなかで、私たち二人の関係はすでに悄然(音もなく)と変貌を遂げていた。私はもはや、彼に依附(依存)して庇護を乞うだけの弱小な雑兵ではなく、この七、八千人の人間の運命のロードマップにおいて、半分は友人、半分は顧問という役回りを、生々しく演じ始めていたのである。
「将軍。官渡の戦いには敗れましたが、じつのところ袁本初は未だ根本の地盤(土地や兵力)を損なってはおらず、物量の面では依然として曹孟徳に対して優位を保っています。しかしながら、彼の心気(経営者としての覇気)は、今の一戦で完全に圧し折られてしまいました。彼は一度黄河の北へと撤退し、そこにある倉亭の地において最後の足掻き(抵抗)を試みるでしょう。ですが、それこそが、彼の会社が完全に破産を迎える終局(終わりの始まり)となりますわ」
「なぜ私がそれを知っているのか、理由は訊かないでください。袁本初という男は、必ずやそのような悪手を踏む男にございます」私は冷徹な声で、地政学的な戦局のロジックを彼の前で一寸ずつ剥離(解説)していった。「今、私にできる清算の手腕は、この『回収大隊長』という合法的な名義を最大限に活用し、袁軍の大営のなかに遺棄された武器、糧草、さらにはまだ一息を残している生きた傷兵たちを、残さず将軍の左軍の麾下へと収編(隠匿)していくことです。可能な限り実戦力を保存しながら、一辺で後方へと緩やかに撤退を進めましょう」
文丑は朴実(無骨)な武人であり、大文字の並ぶ小難しい経営ロジックなど理解できるはずもなかった。しかし彼は、私と共処(行動)してきたこれまでの日々のなかで、前世の過酷な社内政治の危機(リストラ交渉)の打席で鍛え上げられた、人間の本質を辨認(見抜く)する私の管理能力を、肌で完全に感じ取っていた。彼は私を見つめ、その瞳の奥に宿っていた迷茫(焦り)をじはじわと退散させると、その頭を重々しく縦に振った。「よし、老子(俺)はお前の言葉を信じるぜ。袁本初が完全に泥船ごとひっくり返る(失脚する)その日まで、俺のこの七、八千の弟兄たちの命は、お前に付き従って死体を回収しながら、次の独立のための本銭(軍資金)を蓄えさせてもらうとするさ」




