袁紹は私の姿を深く、深く見つめた
夜の帳が低く垂れ込め、荒野は果てしなく広がっていた。官渡における潰敗は、もはや何者にも阻むことのできぬ雪崩の如くであり、数十万の袁紹軍は暗闇のなかで互いを踏みつけ合い、天を衝く泣き叫びの声を響かせていた。ただ、文丑が率いるこの七、八千の残部だけは、先の激突において図らずも徐晃を退け、張遼を震撼させていたがゆえに、この大混乱のなかにあっても少なからぬ建制を維持しており、隠隠(静かに)として潰軍全体の殿を務める主力と化していた。
そして私は、手下である百人余りの回収兵を引き連れ、この血肉の潰れた修羅場のうえで、さながら狂人のように走り回っていた。乱れ飛ぶ馬蹄と流矢の隙間を縫い、まだ一息を残している傷兵たちを決死の思いで救助していったのである。
どのほどの時間が経過したかも分からぬ頃、天色が次第に白み始めた。星の火が散り尽くしたとき、殿の部隊に守られた我が大軍の残部は、ようやく死寂(静まり返った)の広がる平原へと撤退を果たしていた。
再び夜幕(夜の闇)が降り降りた頃、平原の中央に座落する一処の小さな山岡の上に、零星いくつかの篝火が灯された。
あそこが、袁紹の核心たる高層(経営陣)の休息の場所であった。
私は遠方からその光景を望んだ。此時の袁紹の姿には、往時における四世三公、顧盼雄飛(天下を睨む王)の威風など、もはや一分も残されてはいなかった。彼は髪を振り乱して火の傍らに座り込み、身辺に控える郭図や審配らの謀士(軍師)たちは面色を惨白に変えて手足無措(なす術もなく)、狼狽の極みにあった。袁氏の三人の公子たちにいたっては、周囲にひしめく数万の残兵たちの視線をも一切顧みず、抱頭痛哭(頭を抱えて大泣き)している始末だった。
これこそが、この「大会社(袁紹軍)」が完全な破産を迎える前夕の、核心取締役会(役員会)の実態であり、そこには絶望と擦り付け合いの空気だけが濃厚に満ち満ちていた。
文丑には殿を全うした護衛の軍功があったため、彼は袁紹によって冷徹に火の前に呼び出された。そして私は、形影相随(影の如くに付き従う)として彼の換薬(薬の交換)を執り行う回収中隊副として、初めて名正言順(大義名分を以て)に文丑の背後に立ち並び、前世において破産企業の社長を審議(精査)してきたあの冷徹な眼光を以て、この乱世の梟雄を仔細に観察していた。
袁紹の瞳のなかには無数の血糸(血走り)が浮かび、華貴な袍服は泥水に塗れていたが、その高高(雲上)に座す傲慢さだけは依然として骨の髄に刻み込まれていた。彼は眼を上げて文丑を一瞥し、次いで文丑の背後に控える、疲弊していながらもなお鋭利な光を宿らせた数千の残兵の塊を眺め、自嘲の笑みを小さく漏らした。「文丑よ、老子(俺)の数十万の大軍が官渡の地に折れ、張郃は投降し、高覧は走向(行方)すら定かではないというのに……、まさかお前のような廃人が、今日の殿にあって死なずに戻ってくるとはな。こればかりは、この袁本初に未だ幾分の気運が残されている証拠と言えるのかもしれん」
袁紹の口調の中には、往時の雄心など疾うの昔に消滅しており、ただ死水(よどんだ水)のような絶望だけが横たわっていた。彼は首を巡らせ、身辺の親兵が低声で稟報(報告)する内容に耳を傾けた。先ほどの惨烈極まる大潰敗のなかにあって、あろうことか大量の傷兵が秩序を保ったまま救得(救出)されて戻ってきたという事実を知るや、彼は、はるか外囲(外側)に立ち並ぶ私の姿へとその視線を移動させてきた。
袁紹は私の姿を深く、深く見つめた。その眼光には、上位者特有の冷漠と疲弊が混じり合っていた。「これほどの軍陣のなかにあって、死者と生者をこれほど滑らかに整理(管理)し尽くすとは、これまた一等の異才(稀な才能)だな。もうよい、回収隊の頭目が逃亡した以上、今日からお前を昇進させ、左軍回収隊の『大隊長』に任命する」
次いで、彼は文丑の方へと顔を巡らせ、その口元に、皮肉とも溜息ともつかぬ冷笑を浮かべた。「文丑よ、お前はいつからこれほど殿の戦術を精通(得意に)するようになったのだ? この小倅(龍)の手際がこれほど優れているのであれば、これからのお前の左軍におけるすべての死傷の事務は、残さず彼に管轄させるが良い」
そう言い捨てるや、袁紹は疲弊したように大きく手を振り、身体を反転させた。しばらくののち、この残破中軍は拔営(撤退)を開始し、北方の河北の大地へ向けて、緩慢かつ凄惨な足取りで退却していったのである。




