曹操軍の名将・徐晃(じょこう)は、手にした宣花大斧(を跳ね上げ、雑兵たちをさながら瓜や菜を刻むかのように叩き斬り、興にのっていた
「ここで座して死を待つわけにはいかん! 救火(火消し)に赴くぞ! たとえ、これが袁氏のために流す最後の血になろうともだ!」
文丑は短き沈黙ののち、猛然と咆哮をあげた。
彼は軍隊がこのまま潰滅していく様を眼を開けたまま見届けることなどできず、自分の兄弟たちがゴミのように泥沼のなかで死に絶えていく現実を無視することは叶わなかったのだ。
彼はすぐさま、あの血のべっとりとこびりついた古い甲冑を身に纏うと、戦馬に跨り、その麾下に残されたわずか数千の残部を引き連れて、轟然と出陣していった。そして私もまた、奥歯を噛み締め、老陳、鉄牛、そしてこの百人余りの回収兵たちを率い、独輪車(手押し車)を力任せに押しながら、この残兵たちの背中を死に物狂いで追いかけていったのである。
戦場はすでに徹底的に混乱し、泥沼と化していた。烏巢へと奔走する半路、立ち込める霧と火光が交錯するなか、四方に火を放ちながら破竹の勢いで突き進む曹操軍の精鋭騎兵の一隊が、何の予告もなく私たちの正面から激突してきた。
軍を率いる曹操軍の名将・徐晃は、手にした宣花大斧(大斧)を跳ね上げ、雑兵たちをさながら瓜や菜を刻むかのように叩き斬り、興にのっていた。しかしながら、彼が火光のなかで前方の戦馬の上にまたがる、面色は蒼白ながらも一尊の凶神の如くに咆哮をあげて迫り来る文丑の姿を猛然と視界に捉えたその刹那、史書においてどこまでも沈着として知られたこの名将の顔面に、破天荒(前代未聞)な驚駭(驚き)の色が閃いた。
「文丑だと?! あの男、まだ生きていたのか!」
徐晃は強弩の末(衰えきった勢い)を以て、困獣(追い詰められた獣)と戦うべきではないという鉄則を深く知っていた。何より曹操軍の情報において、文丑は疾うの昔に延津の地で戦死したことになっていたのだ。彼はこの大混乱の中で、命を投げ出してきた河北の戦神とあえて泥仕合を演じる愚を避け、大喝(大声)をあげるや、慌ただしく馬頭を反転させ、兵馬を引き連れて側翼(側方)へと慌てて撤退していった。
その混戦の最中、曹操軍のもう一人の主力の中堅――張遼が、一隊の親兵を率いて側面から突撃してきた。
「覚悟!」張遼が槍を突き出し、文丑は怒吼をあげて刀を振り回して迎え撃った。二人は火花が四散するなかで僅かに七、八合ほど交手(交戦)したが、兵器が劇しく衝突する音は夜空のなかに驚雷の如くに炸裂した。張遼もまた極めて理知的な将領であり、文丑の大刀から伝わる、衰弱していながらもなお人を道連れにするに十分な恐怖の巨力を肌で感じ取るや、後方の戦局はすでに大勝に終わっており、ここで一頭の狂った野獣と死に物狂いの死闘を演じる必要など万に一つもないと、鋭く察知した。
「撤退せよ!」張遼は虚晃の一槍を繰り出すと、同じく暗闇のなかの煙霧の掩護(隠れ蓑)を借り、果断に退却していった。
文丑は完全に殺気立ち(殺紅了眼)、馬を駆って狂ったようにその後を追おうとした。




