この戦場における死屍の山は、ようやく今、積み上がり始めたばかりにございます
私はこの五十、六十人の人間を、互いに交差することのない三つの小隊へと分割した。
老陳が率いる第一隊は、死体を搬送する際に、双方の陣亡(戦死)した将領や斥候の身体から密書、軍令符、地図を捜索して収集することを専門とした――これが「情報」である。
鉄牛が率いる第二隊は、戦馬の死体や精良な重甲だけを狙い、隠密な手口を以て化整して解体し、持ち帰る役目を担った――これが「軍需」である。
そして顧墨が残りの人間を率い、毎日搬送されてくる大量の死屍を、異なる籍貫(出身地)や異なる死因ごとに精密に登記して造冊(名簿化)し、さらには軍の中にいる文字の読めぬ底辺の兵士たちのために家書(手紙)を代筆する業務を開始した。
知らぬ間に、私たちのこの小さな回収中隊は、その性質において根本的な変化を起こし始めていた。
戦場のどの方向に曹操軍の伏兵が潜んでいるのか。どの路口の糧道(補給路)がより安全であるのか。これら袁紹軍の高級謀士(軍師)たちでさえ半日も激論を交わすような核心の情報が、あろうことか、死者の衣服で綺麗に拭き取られた私の簡陋な木机の上へと、最も早く合流(集結)してくるようになった。なぜなら、死者の傷口と遺物というものは、決して嘘を吐かないからだ。
さらに重要なのは、顧墨の管理する、数千数万の生死を記録したあの帳簿の存在だった。軍の中で所属の建制を失った残兵敗将や、軽傷を負って元の部隊へ戻ることを恐れる逃亡兵たちが、暗中(密かに)で私の元へと逃げ込んでくるようになったのだ。彼らは軍律の責罰を免れるために「公式な戦死」という偽りの身分を求めており、私は名簿の死角(脆弱性)を利用して、名正言順(大義名分を以て)に彼らを我が隊伍のなかに「黒(隠匿)」として組み込んでいった。文丑は元より私の部隊の規模や人数など細かく干渉することはなく、人が増えれば増えた分だけの配給をそのまま私へと割り振ってくれた。知らぬ間に、私の麾下に集まった人間はすでに百人余りの規模へと膨れ上がっており、しかもその大部分は戦場から私が直々に救い出した命であるため、ほぼ全員が私に対して忠心耿耿(絶対の忠誠)を誓っていた。
「龍よ。今日は中軍大幕の斥候千夫長(偵察隊長)までもが私の元を訪れ、一体どこからこれほど多くの曹操軍の動向(情報)を掴んでくるのかと私に尋ねてきたぞ」
深夜、営帳のなかに座す文丑が、私に薬水で未だ僅かにしか動かせぬ左腕を拭わせながら、私に向けて問いを投げかけてきた。営帳の一角には、運ばれてきたばかりの、細工が極めて精美な曹操軍偏将の銅甲(鎧)がいくつか積み上げられていた。
「将軍、水至清則無魚(水清ければ魚棲まず)にございます。大破産(組織の崩壊)の前には、聡明な債権者ほど、事前に手元の資産を他所へと転移(避難)させるものでございます」私は汚れた布を水盆へと投げ捨て、未来の去就について直截に口にすることはせず、ただ意図を含んだ声で静かに囁いた。「中軍の斥候千夫長が手柄で帳尻を合わせたい(帳消しにしたい)と言うのであれば、私たちは彼にいくつかの情報を与えれば良いのです。しかし、真に水底へと沈めておくべき純金や純銀(本物の資産)は、ただ将軍の帳下(手元の懐)にだけ留めておかねばなりません」
文丑は無骨な漢であったが、決して蠢(愚か)ではなかった。彼は手の中にある重厚な曹操軍の銅甲をなぞりながら、その眼光を灯火の下で明暗に揺らめかせていた。彼はうっすらと直感していたのだ。私が、彼がこれまで見たこともない奇妙な網(組織のインフラ)を駆使し、彼の手元にある七、八千人の人間の運命を、袁紹という名の今にも沈没せんとしている巨大な泥船から、一寸ずつ剥ぎ取って切り離そうとしていることを。
「お前という奴は……、胸の内に隠している城府(計算)が、鄴城の最も深い井戸よりもなお深いな」文丑は沙啞(嗄れた)声を響かせて小さく笑い、その口調には一抹の素朴な嘆息(感嘆)が混じっていた。「だがな、俺は半生涯にわたって戦を続けてきたが、今になって思えば、お前に付き従って死体回収を演じている方が、最前線で名ばかりの虚職を背負わされている上将(将軍)でいるよりも、はるかに腹が据わって安穏(安心)できる気がするぜ」
「将軍、御冗談を。――しかしながら、この戦場における死屍の山は、ようやく今、積み上がり始めたばかりにございますよ」




