顧墨(こぼく)、老陳、鉄牛
鞭で打たれる雑兵から、実権を握る中隊副(副中隊長)へ。前世におけるグローバル企業の管理専門家としての本能が、権力を手にした初日から強烈な職業的違和感を私に抱かせていた。この時代の傷兵営(野戦病院)や戦後処理の有様は、さながらただの難民キャンプのように粗放極まるものだったからだ。
粉砕された甲冑や、血を拭った汚れた布切れがそこかしこに乱雑に投げ捨てられ、傷病兵たちは風も通らぬ悪臭の充満した営帳のなかにすし詰めにされていた。この時代の人間の感覚では、重傷を負って生き残れるかどうかはすべて天命(天意)に過ぎない。しかし私の眼から見れば、これは純粋に無知と無能な管理がもたらした「非必要な損耗(無駄な機会損失)」に他ならなかった。
「老陳、数人を連れて全ての汚れた布を集めてこい。大鍋で湯を沸かし、塩をこれでもかと投入して徹底的に煮沸しろ!」
「鉄牛、傷口がすでに化膿している兵士を別の一処へと隔離しろ。営帳の帳をすべて跳ね上げ、風を通すんだ!」
「顧墨、附近にある三七、艾葉、地楡、槐葉をすべて収集して湯を熬じろ。間に合わぬものは乾燥させて包装に回すんだ」
私は、彼らの目には何ら重要とも思えぬ微細な命令を陸続(続々と)と下していった。
しかし三日が経過すると、大部分の人間の態度は一変した。本来であればただ死を待つだけだった重傷兵たちが、塩水で煮沸した清潔な布条で包帯(包紮)され、風通しを良くされた結果、その死亡率はあろうことか七割も暴落したのである。鬼門関(死の淵)から私によって救い出された、戦場では瞬き一つせず人を殺める北地の悍卒(タフな兵士たち)の眼光は、懐疑の色彩から、じわじわと感謝と崇敬(畏敬)の念へと変わっていった。
官渡の戦況が日ごとに惨烈さを増すにつれ、戦場はすでに巨大な血肉の磨盤(すり鉢)と化していた。毎日搬送されてくる死体の数は激増する一途をたどり、その身分も日ごとに複雑さを増し、ついには曹操軍の高級将領の遺体までもが姿を現し始めていた。この無辺無際(果てしない)の殺戮のなかにあって、わずか五十、六十人ほどの塊を管轄するに過ぎない一介の「回収中隊副」である私は、真の意味での本領(清算の手腕)を発揮する打席(機会)を迎えていた。
私は、未だ空席のままである中隊長の座を奪い合おうなどと焦りはしなかった。前世の職場にあって、愚鈍な人間こそが名ばかりの虚職(肩書)を争い、聡明な人間は永遠に「核心業務の掌控権(現場の実権)」を文字通り鷲掴みにするものだと、私は知り尽くしていたからである。




