91.綺麗だけじゃ終わりません。
「……やっぱりそう来たか」
ロイドの呟きに、ノーラは悪びれもせず笑った。
「だって、せっかくこんな綺麗な木なんだもの。座面まで全部包んじゃったら、もったいないじゃない?」
「まあ、それは俺も思ったけどな。で、どう変えるつもりだ?」
「そうねぇ……」
ノーラは丸い座面の縁に指を添え、そのまま中央へ滑らせた。
「今は、ここが少しへこんでるでしょう? この形をもうちょっと深くして、革を張るのは真ん中だけにするのはどう?」
「真ん中だけ?」
「そう。周りの木を見せるのよ。せっかく脚がこんなに綺麗なんだから、側面も木の色が見えた方が、全体の雰囲気が揃うと思うの」
恒一は、ノーラの指が描いた円を目で追った。
丸い座面の中央に革張りの部分を設け、その周囲を淡い木肌が囲む。確かに、脚から続く曲線と色合いを活かせそうだった。
「なるほど……縁を残すんだね」
「そういうこと。革を張る部分は、座るところだけで十分でしょう?」
「でも、それだと革の端をどう留めるんだ?」
ロイドが座面を覗き込む。
「今の予定なら、詰め物を入れて上から革を被せて、裏側で固定するつもりだったろ。真ん中だけとなると、留め方を考え直さなきゃならねえぞ」
「そこなのよねぇ」
ノーラは腕を組んだ。
「縁に細かい鋲を並べる手もあるけど、せっかく綺麗な木なんだし、あんまり穴を開けたくないわよね。それに、革ってのは丈夫でも、長く使えば伸びたり傷んだりするものだから」
「……あ、そうか。座面の革が駄目になったら、張り替えなきゃいけないんだ」
「そう。ワイバーンの革なら相当長持ちすると思うけど、絶対に傷まないわけじゃないからね」
ノーラが座面の中央を軽く叩く。
「だから、最初から取り外せるようにしておけばいいんじゃないかしら」
「取り外せる?」
「うん。革を直接座面へ固定するんじゃなくて、詰め物を包んで、一枚の薄いクッションみたいに仕立てるの。それを、このへこみを深くして収めるわけ」
その言葉に、恒一の頭の中で形が浮かんだ。
少し深さのある皿のような木の座面。その中央に、丸い革のクッションが収まっている。丁度日本の座布団のような感じだ。
横からは木の縁がぐるりと見え、革の部分だけが柔らかく盛り上がっている。
「あ、それなら傷んだら簡単に交換できるね」
「そういうこと! 本体の座面そのものをいじらなくて済むし、釘や鋲の穴を気にしなくても良い。季節や好みに合わせて、クッションの素材や中身を変えることだってできるわよ」
「へえ、いいなそれ! 夏なんかは涼しい布のほうが快適そうだもんな」
アステルが横から覗き込んだ。
「でもさ、上に置くだけだと座った時にずれてこないか?」
「そうなのよ。かといって、ずれないほどへこみが深すぎても、今度は高くなった縁が足にあたって痛そうだし。そこをどうするか、なんだけど……」
ノーラが再び考え込む。
クッションを置くだけなら簡単だが、立ったり座ったりするたびに位置がずれたり落ちるのでは困る。かといって、簡単に外せなければ交換式にする意味が薄れてしまう。
「……裏側で留めるのはどうかな」
ふと、恒一が口にした。
「裏側?」
「うん。クッションに細い革帯を付けて、座面に開けた穴から下へ通すんだ。それを裏側で留められれば、上からは見えないし、外すこともできるんじゃない?」
「穴か……」
ロイドが座面を裏返し、木目を確かめた。
「丸い穴でも通せるだろうが、革帯なら細長い形の方が素直に回せるし、収まり良さそうだな。あんまり端に寄せると木が弱くなるし、脚の取り付け位置も避けなきゃならねえから……いくつあれば良い?」
「そうね。革帯は四か所くらいあれば十分かしら。前後左右に分ければ、多少引っ張られても片寄りにくいでしょうし」
「それなら、裏側の留め具も邪魔にならないようにしたいな」
恒一が言うと、ロイドが顔を上げた。
「……重ねる時のことか?」
「うん。裏に金具が飛び出してたら、下の椅子を傷付けるかもしれないし」
「なるほどな。なら、留める場所だけ少し彫り込んで、金具が表に出ないようにすりゃいいか」
ロイドは指先で座面の裏に四つの位置を示した。
「この辺りなら、脚の接合部からも離せる。ついでに穴の角を丸めておけば、革帯も傷みにくいだろう」
「それ、いいわね!」
ノーラの目が輝いた。
「革帯の長さも、取り付けた時に少し張るくらいに調整すれば、クッションが浮き上がるのも防げるわ」
「ただし、引っ張りすぎると折角クッションにした座面が変形するからな。革側で多少遊びを持たせてくれよ」
「分かってるわよ、そこは任せなさい!」
話が進むにつれ、新しい座面の形がはっきりしてきた。
木の縁をなだらかなカーブで残した、少し深めの凹み。そこへぴったり収まる、薄い革のクッション。表からは固定具が見えず、必要な時には取り外して交換できる。
見た目だけでなく、使い勝手も良くなりそうだ。
「……いいね。それなら長く使えそう」
「でしょう? それに、縁の木目を綺麗に磨いたら、革との組み合わせも映えると思うのよ」
ノーラはすっかり楽しそうだった。
しかし、その隣でロイドは座面を見下ろしたまま、何とも言えない顔をしている。
「……なあ」
「ん?」
「座面のへこみを深くして、革帯を通す溝を四つ開けて、裏側には留め具を収める凹みも作るんだよな?」
「そうよ?」
「それ、全部削るのは俺達なん……」
「よっしゃ、燃えてきたァ! すぐ寸法出すから待ってて!」
「だ、けど……」
ノーラはすでに作業台の端へ移動し、紙と筆記具を探し始めていた。
ロイドが助けを求めるように恒一を見る。
恒一は、しばらくその視線を受け止めてから、そっと肩を叩いた。
「……頑張ろっか、ロイド」
「お前まで諦めるなよ!」
アステルが腹を抱えて笑い出し、おまけにオルビスも口元に手を当て、静かに肩を震わせた。
もっとも、ロイド自身も本気で嫌がっているわけではないらしい。もう一度座面の裏を見下ろすと、すぐに眉間に皺を寄せた。
「……いや、待てよ。穴を開けるなら、この向きの方が革帯も木も傷めずに済むだろ……で、裏の凹みも、脚の受けから離して……」
「……ロイド?」
「何だよ」
「何だかんだ、ちょっと楽しそうだね」
「うるせえ!」
その返事に、また笑い声が上がった。
ひとしきり笑ったところで、オルビスが座面の裏側を覗き込んだ。
「ところで、裏の留め具はどのような構造にするつもりだ?」
「うーん、釦かな……でも、溝の中に入れ込むなら、フックになる金具を埋め込んで引っ掛ける方が良いかしら。掛ける部分は少し平たいものにして、革帯の端にはベルトに使うような四角い輪の部品を縫い付けて……」
「四角い輪っかって、こういうのか?」
アステルが、自分の上着の袖に付いた細いベルトを指さした。
「そうそう、それ。角カンとか角リングって呼ばれるやつね。金属製が多いけど、角や骨で削り出して作ることもあるわ」
「角や骨か。なるほどな」
オルビスは袖の金具を一度眺め、それから何かを思い出したように頷いた。
「なら、ドレッドワイバーンの爪でも良いのではないか?」
「あー、そうねぇ。それなら相当丈夫だし、ちょうど良いかも……」
ノーラは何気なく頷きかけた――が、ぴたりと動きを止める。
「…………何て?」
「ドレッドワイバーンの爪だ。先日持ち帰ったものがあるだろう。小さな部品なら切り出せると思うが」
「いや、あるわよ! 確かにあるけど!」
ノーラが思わず声を上げた。
「あんた、あれがどれだけ高価な素材か分かって言ってる?」
「無論だ。だが、使わずに置いておくよりは良いだろう」
「そりゃそうだけど、そういう問題じゃ……!」
そこまで言いかけて、ノーラはふと口を閉じた。
目の前には、希少な風鳴樹で作られた丸椅子がある。その座面には、同じく希少なドレッドワイバーンの革を使う予定だ。
今さら留め具に爪が加わったところで、何が変わるというのだろう。
「……いや、もういいわ」
ノーラは額に手を当て、大きく息を吐いた。
「考えてみれば、今さらね……」
「そうだろ?」
アステルがにこにこと笑う。
「それに、ちっちゃい部品なんだろ? 爪一本あれば結構な数が作れそうじゃないか?」
「……まあ、最終的な形と大きさ次第だけどね。あとは加工できれば、だけど……」
ノーラはしばらく考え込んでいたが、やがてぱっと顔を上げた。
「あ、そうだ! 知り合いに腕の良い彫金師がいるわ! 金属だけじゃなくて、角や骨の細工も扱う人なのよ。帰ったら聞いてみるわね!」
「へえ、そんなこともできるんだ」
恒一が感心すると、ノーラは得意そうに胸を張った。
「細かい細工なら、あたしなんかよりずっと上手よ。まあ、ワイバーンの爪が加工できるかは、聞いてみないと分からないけどね」
「それなら、お願いしてもいいかな」
「もちろん! 上手くいったら、きっと綺麗な留め具になるわよ」
ノーラは再び座面へ視線を戻し、嬉しそうに笑った。
最初はただ、工房で使うための椅子を作るつもりだった。それが今では、木工だけでなく、革細工や細かな装飾の技術まで加わろうとしている。
恒一は、目の前の椅子を眺めながら、思わず頬を緩めた。
誰かの知恵が加わるたびに、少しずつ良いものになっていく。その過程が、何より楽しいのだ。
「……よし。じゃあ、まずは座面の寸法を決めようか」
「そうね! クッションの厚みも考えなきゃ!」
「待て待て。先に脚の仮組みを確認させろ。まだ座ってもいねえんだからな!」
ロイドのもっともな抗議に、工房はまた賑やかな笑い声に包まれた。




