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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜
第一幕

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90/102

90.木が描いたリボン。

 すっかり秋めいた風が吹き抜ける午後。赤樫亭の裏手にある小さな工房では、仕事を終えた恒一とロイドが、作業台を挟んで向かい合っていた。

 台の上には、丸い座面と長さを揃えた数本の補強材。そしてその傍らには、曲げ型に固定されたままの四本の脚が並んでいる。

 いずれも、グラナード山地から持ち帰った風鳴樹を加工したものだ。

「……よし。そろそろ外してみるか」

 ロイドが曲げ型の一つに手を掛けた。

 蒸気で柔らかくした木を曲げ、型に固定してから数日。オルビスとアステルの魔法を借りて乾燥を早めたとはいえ、最後は木そのものが落ち着くまで待つ必要があった。

 その間、二人は仕事の合間を縫って他の部材の加工を進めていた。

 座面は予定通り直径を揃えた円形で、表側にはなだらかな浅い凹みを設けてある。縁には十分な厚みを残し、裏側には脚を取り付ける位置を慎重に割り出した。補強材も、脚の間隔と重ねた際の干渉を考えながら、何度か寸法を調整している。

 もっとも、どれだけ図面の上で考えたところで、実際に組み立ててみなければ分からないことは多いだろう。

 今日はいよいよ、その答え合わせだった。

「何だか緊張するね」

「そりゃするだろ。ここで戻りが大きかったら、型から考え直しだからな」

 ロイドはそう答えながら、固定具を一つずつ緩めていく。最後の留め具を外すと、木の脚がほんのわずかに開くように動いた。

 曲げ型から解放された脚材は、少しだけ曲線を緩めたものの、大きく形を崩すことはなかった。

 ロイドが手に取り、木目に沿って指を滑らせる。

「悪くねえな。戻りも想定の範囲だ」

「よかった……!」

「まだ一本目だぞ」

 そう言いながらも安心したのだろう、ロイドの口角は上がっていた。

 二本目、三本目と固定具を外していく。

 どの脚も、ほぼ狙った通りの曲線を保っていた。手作業故の僅かな差はあるものの、仕上げの調整で揃えられる範囲内だ。

 四本を並べたところで、恒一は思わず息をついた。

「ちゃんと曲がったねぇ……」

「ああ。最初に蒸した時なんか、びくともしなかったのにな」

 ロイドが一本を持ち上げ、軽く振ってみせる。

 幅のある板を、緩やかに外へ流れる形へ曲げた脚。以前考えていた、角材を組み合わせる構造とはずいぶん違う。

 曲げる方向の厚みを減らすことで加工しやすくし、幅を持たせることで取り付け部分の安定性も確保する。重量を抑えながら必要な強度を残すために、二人で考え抜いて辿り着いた形だった。

「じゃあ、合わせていくぞ。コーイチ、座面を頼む」

「うん」

 二人は作業台の中央に座面を裏返して置き、脚の取り付け位置を確かめ始めた。

「おっ、もう始めてる!」

 開け放していた工房の扉から、聞き慣れた声が飛び込んできた。

 振り返ると、アステルを先頭に、オルビスとノーラが顔を覗かせている。

「ああ、丁度いいところに来たな」

 ロイドが手を振って笑う。

「これから仮組みするとこだ」

「おー、間に合った!」

 アステルが嬉しそうに作業台へ近付いた。その後ろから入ってきたオルビスは、並べられた脚に目を留める。

「綺麗に曲がったな。乾燥も問題なかったようだ」

「おかげさまでね。あれだけ短時間で水分を抜けたのは助かったよ」

 そんなやり取りを横目に、ノーラは一本の脚を手に取っていた。

「へえ……これが例の風鳴樹ね。思ってたよりずっと滑らかじゃない」

「まだ仕上げ磨きはしてないけどな」

「これで? じゃあ、磨き上げたら相当綺麗になりそうね」

「ああ。仕上げが楽しみだな」

「じゃ、俺達は邪魔しないようにこっちで見てるな」

 そう言って、アステルは作業台の反対側へ回った。それに続いて、オルビスは壁際に立ち、ノーラも少し離れた場所から作業を見守る。

 ロイドはまず一本目の脚を座面裏の取り付け位置に合わせた。脚の上端には、あらかじめ加工した接合部分がある。座面側の受けと噛み合わせ、仮止め用の楔で軽く押さえると、曲がった板が斜め外側へ伸びた。

「……よし、こんな感じか」

「うん。図面で見てたより、結構外に広がるね」

「ああ、けど床に接する位置は狙い通りだ。幅も問題ないな。次を寄越してくれ」

 二本目を向かい側に取り付け、続けて三本目、四本目。裏返した座面の四方へ、緩やかに脚が広がっていく。

 途中で何度か角度を確認し、接合部分の当たりを調整する。補強材も仮に取り付け、脚同士の位置がずれないようにした。

 恒一は脚を押さえながら、ロイドの手元を見つめていた。

 木と木が噛み合う音。

 楔を軽く打ち込む、小気味よい響き。

 少しずつ、ばらばらだった部材が一つの形になっていく。

 その様子が、どうにも嬉しくて仕方がない。

「……よし。ひとまず、これで立つはずだ」

 ロイドが工具を置いた。

「コーイチ、そっち持ってくれ。ひっくり返すぞ」

「ああ」

 二人で座面と脚を支えながら、ゆっくりと椅子を起こす。そっと下ろせば、四本の脚先が、工房の床に触れた。

 ロイドが手を離し、続いて恒一もゆっくりと指を離す。

 椅子は、倒れなかった。

 綻んだ蕾のように少し外へ広がった四本の脚が、丸い座面をしっかりと支えている。

「…………」

 恒一は、しばらく何も言えなかった。

 背もたれのない、小さな丸椅子だ。

 まだ表面の仕上げも済んでいない。脚の取り付けも仮の状態で、座面には詰め物も革も張られていない。

 それでも、確かにそこにある。

「……立った」

 ぽつりと呟くと、隣のロイドが笑った。

「ああ。立ったな」

「……本当に、椅子になったね」

「当たり前だろ。椅子を作ってたんだから」

 そう言いながら、ロイドも目の前の一脚から視線を離そうとしない。

 恒一は思わず笑ってしまった。

 木を探しに山へ行った。

 硬さに驚き、曲がらなくて悩み、蒸し方を変え、形を考え直した。

 その全部が、今、目の前の小さな椅子に繋がっているのだ。

「……何か、嬉しいなぁ」

「まだ完成じゃねえぞ」

「分かってる。でも、嬉しいものは嬉しいよ」

「……まあな」

 ロイドが照れくさそうに鼻の下を擦った。

 その横から、ノーラが椅子を覗き込む。

「へえ……思ったよりすっきりしてるじゃないか。もっとごついものになるかと思ってたよ」

「脚の厚みを抑えられたからな。ただ、まだ強度の確認は必要だ」

 ロイドは座面に手を置き、軽く押してみる。

 椅子はほとんど動かない。

 続いて向きを変え、床との接地を確かめた。

「……少しだけ当たりを調整するか。一本、ほんのわずかに浮いてる」

「分かるの?」

「押せば分かるぞ。ほら」

 ロイドが座面の縁を交互に押すと、確かにカタリと小さく揺れた。

「あ、本当だ」

「まぁ仮組みだし、こんなもんだ。接合部と、最後仕上げる時に脚先を調整すれば収まるさ」

 そう説明しながら、ロイドは床に膝をつき、脚の下を覗き込んだ。

 その間、アステルは少し離れたところから椅子を眺めていた。

 正面から見て、少し横へ移動する。

 さらに反対側へ回り、ふと首を傾げた。

「……なあ、これさ」

「ん?」

「なんか、すげえ綺麗じゃないか?」

 思いがけない言葉に、恒一は顔を上げた。

「綺麗?」

「うん。ほら、この脚」

 アステルは椅子の横へ回り、曲がった脚の輪郭を指でなぞるように示した。

「何かさ、布がふわっと垂れてるみたいで綺麗だな、これ!」

「……布?」

「うん。ほら、幅広のリボンみたいなやつ。上から流れて、そのまま床に広がってる感じ」

 言われて、恒一は改めて椅子を眺めた。

 座面から伸びる四本の脚。

 それぞれが緩やかな曲線を描き、裾へ向かって自然に広がっている。

 板状にしたことで、脚には幅がある。横から見ると細く見える部分も、少し角度を変えれば、淡い木肌が柔らかな面となって現れた。

 風鳴樹の淡い色合いもあって、その形は確かに布がゆったりと垂れ下がっているようにも見える。

「……本当だ。綺麗だね」

 思わず呟いた。

 曲げやすくするために厚みを削り、強度を保つために幅を持たせ、重ねられるように脚を広げた。

 曲線の角度も、全て必要に迫られて決めたものだ。

 けれど、それらが組み合わさった結果、思いがけず美しいシルエットが生まれていたのだ。

「……言われてみりゃ、確かにな」

ロイドも立ち上がり、少し離れたところから椅子を眺める。感心したように漏らした声には、わずかな驚きが混じっていた。

「こうして見ると、面白い形してる。俺達、加工と強度のことばっか考えてたからな」

「うん。こんな感じになるとは思わなかった」

 木目の流れと、脚の曲線。座面から床へ向かう輪郭線は途切れず、見る角度によって印象が変わる。

 四本の板を曲げただけのはずなのに、どこか軽やかな印象だった。

「……磨いたら、もっと綺麗になるだろうな」

 オルビスの言葉に、恒一の胸がまた少し弾んだ。

 最初に思い描いたのは、自分の工房で使うための丸椅子だった。丈夫で、座りやすくて、重ねて片付けられれば、それで十分だと思っていた。

 それが今、見ているだけでも楽しいものになろうとしている。

「……いいね、これ」

 恒一は、もう一度椅子を見つめた。

 その隣では、ノーラが腕を組んでいる。先程までの賑やかさに代わり、浮かべるのは何かを考え込むような顔だった。

「…………」

「ノーラ?」

 恒一が声を掛けると、彼女は返事をせず、椅子の周囲をぐるりと回った。

 脚の曲線を眺め、座面の縁に指を当て、少し身を屈めて裏側を覗き込む。

 そして、ゆっくりと顔を上げた。

「……ねえ、ちょっといい?」

「うん? どうしたの?」

 恒一が尋ねると、ノーラは座面を指差した。

「この座面って、上からぐるっと包むように、全面革を張る予定だったわよね?」

「ああ、そうだけど……」

 恒一が答えると、ノーラは椅子の淡い木肌を指先で軽く叩いた。

「……ちょっと、もったいなくない?」

 その一言に、恒一とロイドは顔を見合わせた。

 確かに、せっかく綺麗な木なのだ。全部を革で覆ってしまうのは、少し惜しい気もしてくる。

「……と、いうと?」

 恒一が続きを促すと――ノーラは、にっと笑って言った。

「座面の作り方、ちょっと変えてみない?」

 その瞬間、ロイドが小さく息を吐いた。

「……やっぱりそう来たか」

 どうやらこの椅子の完成までは、まだもう少し掛かりそうだった。

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