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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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9.賑やかな食卓と一つの気付き。

《赤樫亭》へ戻って来た頃には、すっかり太陽は西の地平へと傾き、空は茜色から紺色の美しいグラデーションを描いていた。

 工房の中では、職人達が仕入れたばかりの木材を並べていた。今朝出かける時に比べると、随分大量に積まれている。

「ただいま戻りました」

 恒一が声を掛けると、店先を掃いていた女性が振り返った。

「あら!」

 柔らかな笑顔を浮かべたその女性は、四十代半ばほどだろうか。

 栗色の髪を後ろでまとめ、割烹着のような前掛けを身につけている。穏やかな雰囲気で、どこか宿屋の女将を思わせるような安心感があった。

「おかえり、コーイチ。楽しんで来られたかい?」

「はい、おかげさまで」

 恒一は笑いながら肩に掛けた鞄を下ろす。

「朝いただいたサンドイッチ、美味しかったです。ありがとうございました」

「まあ、それなら良かった」

 女将の女性――ハンナは嬉しそうに目を細めた。

「足りた?」

「十分でした。森の近くで食べたんですが、ちょうどいい量でしたよ」

 そこへ、後ろからアステルがひょこっと顔を出す。

「こんばんは」

「あら」

 ハンナは少し驚いたように二人を見比べた。

 銀髪の青年が二人。しかも、片方の横には巨大な魔狼までいる。最近近所で話題に聞いた冒険者だと思い至ったようだ。

「今日はお友達と一緒だったのかい」

「うん、コーイチの友達」

 アステルが笑顔で頷く。

「ちょっと南の森まで散歩してきたんだ」

「散歩……?」

 ハンナが訝しげに恒一の姿を見る。その一言だけでは済まなかったことは、服に付いた草の葉や土埃が物語っていた。

 恒一は苦笑しながら説明した。

「途中で迷子の男の子を見つけまして」

「まあ」

「森で保護して、家まで送り届けてきたんです」

「あらまあ……」

 ハンナは驚いたように口元へ手を添えた。

「それは大変だったねぇ。でも、無事で何よりだよ」

「護衛の冒険者さん達とも合流できましたし、怪我も治癒師の方に診てもらえました」

「それなら安心だ」

 ハンナはほっと胸を撫で下ろす。

 それから改めて双子へ向き直ると、丁寧に頭を下げた。

「コーイチがお世話になったみたいで、ありがとうございます」

「いやいや」

 アステルは慌てて両手を振った。

「俺達もたまたま一緒だっただけだから。むしろコーイチに助けられたことも多かったしね」

「え?」

 恒一が首を傾げる。

「リックを背負ってくれたじゃん」

「それくらいしかしてないよ」

「それくらい、じゃないんだよ?」

 アステルは当たり前のように言った。横でオルビスも静かに頷く。

「必要なこと、自分が出来ることを、迷わず把握して行動できる人間は、そう多くない」

 面と向かって褒められるのは苦手だ。恒一は照れくさそうに頭を掻くしかなかった。

「そうだ」

 ハンナがぱん、と手を合わせる。

「もうすぐ夕飯なんだけど、良かったらお二人も食べていかないかい?」

「え?」

 今度はアステルが目を丸くした。

「いいんですか?」

「もちろんさ。若い子が増えると食卓も賑やかになるしね」

「でも急に押しかけちゃったら」

「気にしなくていいよ。今日はシチューをたっぷり作ってあるからね」

 そう言って笑うハンナの表情は、とても自然だった。旅人だから。冒険者だから。そんな区別は微塵ももない。ただ、「一緒にご飯を食べていきなさい」と言ってくれる。

 その温かさが、恒一には少し嬉しかった。

 アステルはちらりとオルビスを見る。

「オルビス、どうする?」

「折角だから、世話になるか」

「じゃあ決まりだね!」

 ハンナが嬉しそうに頷いた。

「それじゃあ中に入って、もう少し待ってておくれ。ダンもそろそろ仕事を終える頃だから」


 夕暮れが近付き、工房の音も少しずつ少なくなっていく。やがて職人達が仕事を切り上げ、作業場を片付け始める頃には、食堂の方からシチューのいい香りが漂ってきた。

 大きな木のテーブルには、焼きたてのパンと湯気を立てるシチュー、それにサラダや燻製肉が並ぶ。

「おー、今日は豪勢だな」

 仕事を終えたダンが豪快に笑いながら席へ着く。

「お客が二人増えたからね」

 ハンナが答えると、ダンは双子を見て「ああ」と頷いた。

「今朝のお前さん達か。まぁ、ゆっくりしていけ」

 ダンの言葉に続くように、職人達も軽く手を上げたり笑い掛ける。皆気さくな人々だ。

「いただきます!」

 すっかり食前の挨拶が気に入ったらしく、元気よく手を合わせたアステルは、目の前の料理へ視線を向け――ふと、何かを思い出したように恒一を見た。

「あ、コーイチ」

「ん?」

「あれ、使ってみたい」

「あれ?」

「箸」

 恒一は一瞬きょとんとしたあと、思わず吹き出した。

「覚えてたのか」

「もちろん」

 アステルはにっと笑う。

「昼間から気になってたんだよ」

 その言葉を聞いて、ダンもハンナも興味深そうに顔を上げる。

「そういや昨日作ってたな」

「食事に使うって言ってたやつかい?」

 気付けば、食卓の視線が一斉に恒一へ集まっていた。

「……これは、また説明からかな」

 恒一は苦笑しながら立ち上がる。

 昨日削ったばかりの二膳の箸は、まだ工房の作業台の上に置いたままだった。

恒一が工房から持ってきた二膳の箸を手渡すと、アステルはあらためて、興味津々といった様子で眺めた。くるりと指先で回したり、握り直したりしながら感触を確かめる。

 一方、オルビスは何も言わずに一度持ち方を見てから、恒一の指の動きを真似るように箸を構えた。

「こうだったか?」

「そうそう。そのまま下の一本は動かさないで、上だけを指で動かす感じ」

「ふむ」

 実際に使うとなれば、流石に最初は二人ともぎこちなかった。

 肉団子を挟もうとしては転がる。野菜をつまめばするりと逃げる。

「あっ、逃げた」

「動くな、お前」

「いや、動かしてるのオルビスなんだけど」

 アステルが笑いながらもう一度挑戦する。

 すると数回繰り返しただけで、箸の動きが目に見えて滑らかになっていった。ひょい、と肉団子をつまみ上げて口に運ぶ。

「……お、上手い上手い」

 恒一が思わず声を漏らす。

「凄いな、もう慣れたのか?」

「何となく分かった」

 オルビスは落ち着いた様子で頷くと、今度は小さな豆へ箸を伸ばした。

 肉団子の煮込みに入っていたそれは、煮崩れしそうなほど柔らかい。箸を使い慣れていない人なら、力を入れすぎて潰してしまいそうな大きさだった。

 だが、豆は崩れることなく、すっと持ち上がる。

 そのまま静かに口へ運び、何事もなかったように食べてしまった。

 隣ではアステルも「あ、なるほど」と呟きながら同じように豆を摘み上げている。

「おお、本当に凄いな……」

 恒一が感心していると、ハンナが目を丸くした。

「まあ、そんな小さなものまで摘まめるのかい」

「これは、思ったより自由が利くな」

 オルビスが箸を軽く見つめながら言う。

「自分の指で力を細かく調整しやすい。強く挟めば食べ物を切ることもできるし、力を抜けば柔らかいものも潰さずに持ち上げられる」

「うん、摘まむのが難しくても、スプーンみたいに掬うことも出来そう……あ、ほら」

 平行に揃えた箸の先に豆を乗せて、アステルが得意気な顔をした。もう持ち方に迷いはない。

 恒一は苦笑しながら肩をすくめた。

「普通初めて触ったその日にそこまで使えるようにはならないぞ」

「そうなの?」

「俺の故郷でも、子どもの頃はみんな練習するんだよ。豆を摘む練習とか、小さいものを運ぶ練習とか」

「へぇ……」

 アステルは面白そうに箸を眺めた。

「でも、これ便利だね」

「だろ?」

 恒一も嬉しそうに頷く。

「俺の故郷だと、スープもお椀……えっと、取っ手のないカップみたいな器に入れて、そのまま口をつけて飲むことが多いんだ。だから、箸だけで食事がほとんど済んじゃうんだよ。もちろん料理によってはナイフやフォークも使うけどね」

「なるほどな」

 オルビスは納得したように頷いた。

「食器そのものを含めて、一つの食文化として成り立っているわけか」

「そういうこと」

 恒一が笑う。

「だから俺にとっては、箸って『特別な道具』じゃなくて、毎日使う当たり前の道具なんだよ」

 その言葉を聞きながら、ダンは腕を組んで箸を見つめていた。

「……面白ぇな」

 ぽつりと漏らした一言には、職人らしい純粋な興味が滲んでいた。

オルビスとアステルが自然に箸を使い始める様子を見ていたダンが、腕を組んだまま低く唸った。

「……ちょっと貸してみろ」

「はい」

 アステルが箸を差し出すと、ダンは大きな手でそれを受け取った。

 指先を見ながら、ぎこちなく構える。

「こう、だったか?」

「下の一本は動かさない方がいいよ」

 恒一が言うと、すぐ隣からアステルが口を挟んだ。

「あと、親指に力を入れすぎない方が動かしやすい」

「なるほど」

 今度はオルビスが静かに続ける。

「両方で挟もうとするより、上の一本で下へ押さえる感覚だ」

「押さえる……か」

 ダンは二人の言葉を頭の中で整理するように頷き、もう一度肉団子へ箸を伸ばした。

 ころり。惜しくも転がる。

「おっと」

「今のは惜しかったねぇ!」

 ハンナが笑いながら覗き込んだ。

「じゃあ私も」

 気付けば、食卓のあちこちから「貸してみろ」「俺も」「私も」と声が上がる。職人達まで集まり始め、二組しかない箸を順番に回して試し始めた。

「うーん、難しいな」

「いや、ちょっと待て、こうか?」

「違う違う、そこは中指で支える」

「なるほど!」

 あちこちで笑い声が上がる。

 昨日、恒一が宿屋の女将へ説明した時とはまるで違う。一人へ教えるのではなく、みんなでああでもないこうでもないと話しながら試している。

「ほら見ろ!」

 職人の一人が、見事に小さな豆を持ち上げて得意げに笑った。

「おっ、できたな!」

「やるじゃねぇか!」

 隣から拍手が起こる。

 その様子を見ていたハンナも負けじと箸を握り直した。

「私ももう一回……」

 今度はゆっくり。焦らず。サラダの葉へ箸を添える。少し滑ったものの、葉は落ちることなく持ち上がった。

「あら」

 そのまま口へ運ぶ。

「できたよ!」

 ハンナ自身が一番驚いていた。

「本当だ。刺さなくても取れるんだねぇ」

「葉物は便利ですよ」

 恒一も思わず笑う。

「小さい豆なんかもそうですけど、フォークだと刺しにくい料理って意外とあるんです」

 職人の一人が皿を見ながら頷いた。

「確かに」

「葉っぱは逃げるし、薄いと刺さらねぇ」

「豆なんか刺そうとすると転がる」

 そこへアステルが箸で器用に豆を摘み上げる。

「こういうのは箸の方が楽だよな」

 オルビスも同じように一粒摘み上げて見せた。

「力加減がそのまま指先へ伝わる感じだな」

「なるほど……」

 ダンは感心したように唸る。

 恒一はその光景を見ながら、不意に日本にいた頃を思い出していた。

 出張先のホテル、朝食のバイキング。パンもあれば洋食もある。勿論カトラリーはフォークもスプーンも用意されていたが、それでも気が付けば箸へ手が伸びていた。

 サラダも、ウインナーも、スクランブルエッグも、惣菜の小鉢も。日本人というものは箸一本で、案外何でも食べられてしまうのだ。

(そういえば、いつも箸を選んでたな)

 当たり前すぎて、理由なんて考えたこともなかった。ただ使い慣れているから、それだけだった。

 けれど。

 今こうして初めて触れる人達を見ていると、その"当たり前"が少し違って見える。

「こう持った方がいい」

「いや、指はもう少しこっち」

「豆じゃなくて大きい物から練習した方が良いな」

「なるほど。確かに」

 彼らの会話は止まらない。一人が気付いたことを口にし、別の誰かが試して、また別の誰かが別のコツを見つけて教え合う。その繰り返しだった。

 昨日、宿屋の女将へ説明した時は違った。

 工房でダンへ見せた時も違った。

 あの時は恒一が一人で説明して、一人が聞くだけだった。だから、自分では当たり前すぎることは説明できなかったのだろう。

 けれど今は違う。双子が補足し、ダンが試し、ハンナが気付く。職人達が意見を重ねる。

 その度に、誰かの「分からない」が少しずつ減っていく。

(……そっか)

 恒一は静かに目を細めた。

(一人で考えるより、みんなで話した方がずっと早いんだ)

 自分では思い付かなかった視点がある。

 自分では気付けなかった考え方がある。

 誰かが言葉にしてくれるからこそ、初めて見えるものもある。

 そんな当たり前のことを、今日初めて実感した気がした。

 その隣で、アステルは嬉しそうに笑っている。

「やっぱり、こういうの面白いな」

「何が?」

 恒一が尋ねる。

「知らないものを、みんなで覚えていく感じ」

 アステルは食卓を見渡した。

「一人でやるより、ずっと楽しい」

 その言葉に、恒一は小さく頷く。

「……そうだな」


 それは、箸だけの話ではないのかもしれない。

 そんな気がした。

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