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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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10/17

10.職場環境を整備します。

キリの良い所で区切るので、少し短め。

今日はもう2~3話アップする予定です。

 翌朝。

「コーイチ」

 工房へ顔を出した恒一を、ダンが手招きした。

「今日はこっちだ」

 外へ出ると、店先には大きな荷車が停まっていた。

 山のように積まれているのは、丸太や板材、角材。昨日パン屋で見た小麦粉の荷車とは比べものにならないほどの量だ。

「……ずいぶん積んできましたね」

「昨日の仕入れ分の残りだ」

 ダンは荷台を軽く叩く。驚いた事に、これでもまだ昨日の半分以下らしかった。

「木なんて全部同じに見えるうちは半人前だ。まずは見て、触って、覚えろ」

 そう言って一本の板を持ち上げる。

「これは家具向き」

 次に、真っ直ぐで太めの角材。

「こっちは建材」

 次は少し節の多い一本。

「これは道具の柄に向いてる」

 最後に、曲がりくねった木を放り投げた。

「で、こいつは薪だな」

 恒一は思わず苦笑した。

「俺にはまだ、全部同じ木に見えます」

「最初はそれでいい」

 ダンは豪快に笑う。

「だから今日一日、木だけ見ろ」

 その日、恒一は本当に木と向き合い続けた。

 持ち上げる。軽く叩く。木目を眺める。表面を指でなぞる。

 同じように見える木でも、よく見ると少しずつ違う。

 重さ、硬さ、年輪の詰まり方に、節の位置。

「ほら」

 ダンが木材を軽く叩くと、コン、と澄んだ音が響く。

「音も違う」

「本当だ……」

「家具は重すぎず反りにくい方がいい。道具なら密度と滑らない粘りも欲しい。建物なら何よりも強度がいる」

 教わるたびに、昨日まで一括りだった"木"が少しずつ違って見え始める。

 昼を過ぎる頃には、恒一もようやく「あ、この木は少し軽い」と感じられるようになっていた。

 もちろん、当たっているかどうかは分からない。

 それでも、昨日よりは確実に見えているものが増えていた。


 夕方。最後の選別をしていた時だった。

 一本の板材を持ち上げた瞬間、不意に昨日パン屋の倉庫で覚えた感覚がよみがえった。

 頭の奥が、すっと静かになる。

 目の前の木だけが、不思議なくらい鮮明に見えた。

(……あれ。)

 木目の流れ。

 繊維の向き。

 節の位置。

 乾き具合。

 今まで見ていたはずなのに、急にはっきりと意味を持って目へ入ってくる。

 恒一は板をゆっくり傾けた。

(こっちは……)

 家具にするなら削りやすそうだ。逆に、隣の板は似ているようで少し違う。

 削れないわけではない。けれど、力を掛けた時に割れやすそうな気がする。

 理由は説明できない。ただ、そう思った。


 ――その瞬間だった。


 まるで誰かが背中を押すように、その感覚だけが静かに胸へ落ちてきた。

(……うん。これで合ってる)

 誰かの声が聞こえたわけではない。

 何か文字が浮かんだわけでもない。

 ただ、自分の考えへ確信が生まれた。

「どうした?」

 ダンの声に、恒一は我へ返る。

「あ、いえ」

 少し迷ってから、木材を二つの山へ分けた。

「何となくなんですけど……こっちは家具向きで、こっちは違う気がします」

「何となく?」

「はい」

 自分でも曖昧な説明だと思う。だが、それ以上言葉にできなかった。

 ダンは何も言わず、恒一が分けた木材を一本ずつ確かめ始める。

 持ち上げ、木目を見て、軽く叩く。

 その時間が、妙に長く感じられた。

(間違えたかな……)

 少しだけ不安になる。

 やがてダンは最後の一本を戻すと、小さく息を吐いた。

「……合ってるな」

「え?」

「全部とは言わん」

 そう言って苦く笑う。

「だが、ほとんど外してねぇ」

 恒一は目を丸くした。

「本当ですか?」

「嘘ついてどうする」

 ダンは腕を組む。

「お前、何を見た?」

「いや……」

 恒一は木材を見つめた。

「教えてもらったことを思い返してたら、何となくそう見えたというか……」

 自分でも要領を得ない説明だった。

 だが、それが一番近い。

 ダンはしばらく黙っていたが、やがて肩を揺らして笑った。

「職人の"何となく"ってのは、案外馬鹿にできねぇもんだ」

「そういうものですか」

「見て、触って、考えた結果ならな」

 そう言って木材の山を顎で示す。

「よし、続けろ」

「はい」

 恒一はもう一度木材へ向き直る。

 ただの“木”が、昨日までとは少し違って見えた。木そのものが答えを教えてくれるわけではない。自分で見て、考えて、迷った先で――ほんの少しだけ、その答えに自信を与えてくれる。

 そんな、不思議な感覚だった。


それから数日が過ぎた。

 コーイチの仕事は、相変わらず見習いのままだ。

 木材を運び、削り、掃除をする。空いた時間にはダンの仕事を横で見ながら、工具の名前や使い方を覚えていく。


 特別なことをしているつもりはなかった。

 ただ、一つだけ変わったことがある。


「あれ……?」

 ある朝、工具棚の前で足を止めた。

 (のみ)(かんな)が少し離れた場所の別の棚へ置かれている。どちらも組み立て前、近い工程で続けて使うことが多いのに。これでは、いざ使いたいと思っても工房を半分横切らなければならない。

(……並んでた方が早いよな)

 そう思って、棚の中を少しだけ入れ替えた。もちろん、勝手に大きく変えたりはしない。

 誰が見ても分かるように、種類ごとへまとめただけだ。

 昼頃になると、若い職人の一人が首を傾げた。

「あれ?」

「どうした?」

「……いや」

 棚を見ながら不思議そうに笑う。

「何かちょっと、道具取りやすくなってません?」

 隣の職人が振り返った。

「ああ、俺もさっき思った。場所変わったよな?」

「前は鉋取ってからあっちに鑿を取りに戻ってたよな」

「今はすぐ隣だからすぐ取れる。……なぁ、誰がやった?」

 皆で顔を見合わせている。コーイチは少し気まずそうに手を挙げた。

「あ、俺です」

「お前か」

「勝手に変えてすみません」

「いや」

 職人は棚を見回すと、恒一に向かって笑った。

「使いやすいから別にいい。ありがとよ」

 それだけ言うと、また仕事へ戻っていった。

 ほっと胸を撫で下ろす。

(怒られるかと思った)

 その日の午後。

 今度は乾燥させていた板材を見ていて、また違和感を覚えた。

 窓際へ積まれている木材と、奥へ置かれている木材。乾き方が少し違って見える。

「ダンさん」

「何だ」

「この板、こっちへ移した方が乾きやすくありません?」

 ダンは一度だけ木材を見た。

「……何でそう思う」

「風です」

 恒一は窓を指差した。

「こっちの方が空気が流れてる気がして」

「気がする、か」

 ダンは無言で板材を持ち上げ、言われた場所へ移した。

 数日後。

「……なるほど」

 乾き具合を見ながら、小さく頷く。

「こっちの方が均一だな」

 それだけ言って、また仕事へ戻った。

 褒められたわけではない。けれど、少しだけ嬉しかった。

 そんなことが続くうちに、工房内で不思議な変化が起き始める。

「最近、仕事終わるの早くないすか?」

 夕方、若い職人がぽつりと呟いた。

「言われてみれば」

「何か無駄に歩かなくなった」

「使う材料探す時間も減ったよな」

 誰かが理由を知っているわけではない。ただ、何となく仕事がしやすくなっていた。

 だが、一人だけ。

 その変化を最初から見ていた男がいる。

 工房の奥で腕を組みながら、ダンは静か恒一を眺めていた。

 木材を運び、使い終わった工具を戻し。

 誰かの邪魔にならないよう自然と道を空ける。

 職人が次に使う材料を、何も言われる前に近くへ寄せる。

 本人はおそらく無意識だ。

「……おい」

 仕事終わり。

 ダンが声を掛けた。

「はい?」

「お前、全部見てるな」

「え?」

 意味が分からず首を傾げる。

「普通の見習いは、自分が削る木しか見えねぇ。だが」

 ダンは工房全体を見回した。そして、配置が変えられた道具棚を見る。

「お前は違う。誰が次に何を使うか、どこへ置けば動きやすいか」

 次に、木材の乾燥場。

「どう置いたら、早く木材が乾くか」

 そして、作りかけの家具がある作業場。

「今の工程の次は何か。そんなことばっか考えてるだろ」

 言われて初めて、恒一は少し考えた。

「……そう、なんですかね」

「無意識だろうな」

 ダンは小さく笑う。

「職人ってのは、とにかくまずは自分の腕を磨くもんだ。腕の良さが、仕事や稼ぎに直結するからな。……だが、お前はその上で、工房そのものを見てやがる」

 工房。

 その言葉が、不思議と胸へ残った。

 自分では、そんな大それたことをしているつもりはない。ただ、皆が仕事をしやすくなればいいと、そう思っただけだった。

 けれど、その日以来。恒一の中で"ものづくり"という言葉は、少しだけ意味を変え始めていた。


 一つの物を作るだけではない。

 人が作りやすい環境もまた、ものづくりの一部なのかもしれない。


 ――そんな考えが、静かに芽吹き始めていた。

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