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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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11/18

11.ご注文を承りました。

 それから、数日後。

《赤樫亭》では、朝の仕事が一段落しようとしていた。工房の中には、木を削る心地よい音が響いている。

 恒一も、削り終えた板材を棚へ運び終えると、小さく息をついた。

 その時だった。

「こんにちはー!」

 聞き覚えのある明るい声が工房へ響く。

 入口を見ると、銀髪の青年がひょいと顔を覗かせていた。

「あれ、アステル」

「おはよう、コーイチ」

 後ろには、いつものようにオルビスの姿もある。

 クロムは店先の日陰へ腰を下ろし、のんびりと尻尾を揺らしていた。

「今日は散歩じゃないんだね」

「うん。今日はお願いがあって来たんだ」

 そう言ってアステルは工房の奥へ視線を向ける。

「親方さん、いる?」

「いるぞ」

 ちょうど木材を運んでいたダンが顔を上げた。

「おう、今日は仕事じゃねぇのか」

「ああ、今日は違う」

 アステルは笑顔で首を振る。

 そして、そのままダンの前まで歩いて行くと、少しだけ姿勢を正した。

「親方さん」

「ん?」

「注文をお願いしたいんだけど」

 その一言に、ダンは僅かに眉を上げた。

「注文?」

「そう」

 アステルは真面目な顔で頷く。

「この前コーイチが作ってた箸。あれを作ってほしいんだ」

 恒一は思わず目を瞬かせた。

「箸を?」

「うん」

 アステルは笑う。

「兄さんと相談したんだけど、あれ絶対みんな好きだと思ってさ」

「みんな?」

「アルシオンに居る、俺達の仲間」

 そう言って指を折り始める。

「ルークにヴェイル、ガルド、ニコ、ミリア、レオン、セシル、カミュ」

 仲間達の名前なのだろう、そこまで数えてから、もう二度指を折る。

「それと俺と兄さん。丁度十人分だな」

「旅団の連中なら、実用品として使うだろう」

 オルビスも静かに続けた。

「長旅では荷物を増やしたくない。一本で食事が済むなら便利だ。それに」

 少しだけ口元を緩める。

「アステルが気に入った物は、大抵あいつらも興味を持つ」

「うん」

 アステルが大きく頷いた。

「ニコなんて絶対、うっきうきで新しい料理作り始めるぞ」

「ルークも最初は戸惑うだろうが、慣れれば普通に使うだろうな。ヴェイルは……」

 オルビスが少し考える。

「最初は『フォークでいい』と言いそうだ」

「あ~、言う言う」

 二人が顔を見合わせて笑う。

 まだ会ったこともない旅団の仲間達の様子が、恒一の頭にも自然と浮かんでくるようだった。

「つまり」

 ダンが腕を組む。

「正式な注文って訳だな」

「うん」

 アステルは真っ直ぐ頷いた。

「もちろん、代金も払うよ。友達の働いてる所だからって、そこはしっかりしないと。それが職人への礼儀だ」

 その言葉を聞いて、ダンは満足そうに笑った。

「いい心掛けだ」

 そして、ゆっくりと恒一へ視線を向ける。

「コーイチ」

「はい」

「初仕事だ」

「……え?」

 恒一は思わず聞き返す。ダンは当然のように続けた。

「箸を考えたのはお前だ。作るのも、お前がやれ」

「いや、でも……」

 恒一は戸惑った。

「商品ですよ?」

「だからだ」

 ダンは静かに言う。

「趣味で作るのと、金を貰って作るのは違う。職人は、頼まれた物へ責任を持つもんだ。それを覚えるには、ちょうどいいだろ」

 思わず、言葉に詰まる。自分にできるだろうか。

 そんな不安が顔へ出ていたのだろう。ダンは苦笑しながら付け加えた。

「もちろん、最後は俺が見る。売り物にならねぇ出来なら、やり直しだ」

「……はい」

 その一言で、不思議と肩の力が抜けた。

「わかりました。やらせてください」

「よし」

 ダンは満足そうに頷く。

「じゃあまずは材料だ」

 そう言って工房の奥へ歩き出した。恒一も後を追う。

「箸一本でも、木は選ばなきゃならねぇ」

 木材置き場には、様々な樹種が並んでいた。

「まずは、好きなのを選んでみろ」

 ダンがそう言って腕を組む。恒一は一本一本、木材へ手を伸ばした。

 軽く持ち上げる。木目を見る。指先で表面を撫でる。

 数日前なら、全部同じ木にしか見えなかった。けれど、今は違う。

 この木は、柔らかすぎる。

 こっちは、少し重い。

 色は良いが、木目が粗い。

 そんな小さな違いが、以前より自然に目へ入ってくる。

 そして一本の材木へ触れた時、ふと手が止まった。同時に、またあの倉庫の時のような感覚が襲ってくる。

(……これだ)

 理由は、まだ上手く説明できない。けれど、触れた指先から伝わる感覚が正解を教えてくるようだ。

 加工しやすそうで、程よく硬く、しなりもありそうで、水にも強そうな密度。

 昨日まで積み重ねてきた経験が「これがいい」と静かに告げていた。

「これ、でしょうか」

 ダンは材木を受け取り、しばらく眺める。やがて、口元を僅かに緩めた。

「栗だな。いいところを選んだ」

 その一言に、恒一は思わず胸を撫で下ろした。どうやら、自分の感覚は間違っていなかったらしい。

「よし」

 ダンは選ばれた栗材を作業台へ置くと、木口を軽く叩いた。

「まずは覚えとけ。これから作ろうとしてる“箸”は細い。だから最初の木選びが出来てねぇと、削ってる途中で反ったり、欠けたりするだろう」

 そう言いながら木目を指でなぞる。

「この栗は木目が素直だ。硬さも程々で、水にも強い木だ。毎日使う食器や道具には向いてる」

 恒一は真剣な表情で頷いた。

「お前はまだ、理由まで分かってねぇだろ」

「……はい」

「だが、それでいい」

 ダンは栗材を持ち上げた。

「職人ってのはな、先に手が覚える。頭で理解するのは、その後だ」

 その言葉は、妙に胸へ残った。

 確かにそうだ。最初は"何となく"だった。

 けれど、ダンに理由を教えられるたび、その"何となく"が少しずつ形になって、恒一の中に蓄積されていく。

「さて」

 ダンは木材をコーイチへ返した。

「まず十人分。箸は“一膳”って数えるんだったか?十膳全て同じ長さ、同じ太さ、左右の重さも揃える。簡単そうに見えて、一番難しい仕事だぞ」

 恒一は思わず苦笑する。

「大物を一つだけ作る方が気が楽そうですね」

「当たり前だ」

 ダンは豪快に笑った。

「売り物ってのは、全部同じ品質で作るから価値がある」

 その一言で、恒一の表情も引き締まる。そう、趣味ではない。これは一つの仕事なのだ。


 作業台へ向かい、慎重に木材へ墨を引いていく。

 一本、二本、三本。

 まずは大まかな寸法を揃える。

 切り分け、鉋で削り、角を落とす。

 少しずつ、少しずつ。

 昨日まで趣味で削っていた箸とは違う。

 誰かが使う。

 そのことを考えるだけで、自然と手に力が入った。

「コーイチ、力入り過ぎ」

 後ろからアステルがくすりと笑った。

「肩も上がってる」

「緊張するんだよ」

「はは、何か分かる」

 アステルは作業台へ頬杖をつきながら笑う。

「仲間にも職人がいるんだけどさ。依頼品を作る時は、皆同じ顔してた」

「職人?」

「うん」

 嬉しそうに指を折り始める。

「鍛冶師だったり、料理人だったり、機工師だったり。みんな最初は『ちゃんと使ってもらえるかな』『気に入ってもらえるかな』って心配するんだって」

「へぇ……」

 恒一は少し意外そうな顔をした。

「冒険者って、戦う人ばかりじゃないんだな」

「戦うだけじゃ旅は続かないからね」

 アステルは笑って頷く。

「ほとんどは少人数パーティーだから事情が違うけど、うちはちょっと人数が多めだし、遠征することもあるからさ。仲間の中に、武器を直す人もいるし、ご飯や薬、道具を作る人もいる。旅団は、それぞれ得意なことを持ち寄ってる感じかな」

「なるほどなぁ」

 恒一は小さく頷いた。

 戦いだけではなく、旅の暮らしそのものを支える人達もいる。そんな冒険者パーティーがあるということに、少し興味が湧いた。

 すると、それまで静かに聞いていたオルビスが短く口を開く。

「使う道具を知ることは、使う者の責任だ。どれだけ優れた道具でも、手入れを怠れば長くは使えない」

 その言葉に、ダンも深く頷く。

「その通りだ。お前さん、いいこと言うじゃねぇか。職人が魂を込めて作った物なら、使う側も大事にしてやらねぇとな」

 工房へ、穏やかな空気が流れる。しばらくの間、木を削る音だけが、静かに響いていた。


 そして昼過ぎ。ようやく十膳分の形が揃った。

 恒一は額の汗を拭う。

「……できた」

「いや」

 ダンが首を振る。

「まだ半分だ」

「え?」

 恒一が目を丸くすると、ダンは一本の箸を手に取った。

「木は削って終わりじゃねぇ」

 そう言って、棚から小さな瓶を持ってくる。

 中には淡い琥珀色の油が入っていた。

「乾性油だ。こいつは胡桃(くるみ)の実を絞った油だな。木へすり込んで染み込ませる。そうすると、水を吸いにくくなる」

「なるほど」

 恒一は興味深そうに瓶を覗き込む。

「俺の故郷にも似た仕上げはありました。木の器なんかにも使ってましたね」

「ほう」

 ダンが少し興味を示す。

「もっとも……」

 恒一は一本の箸を見つめながら苦笑した。

「本当なら、もっと丈夫にする方法もあるんですけれど」

「何だ」

「漆っていう、樹液を塗るんですよ」

「うるし?」

 ダンも、アステルも、オルビスも揃って首を傾げた。

「その名の通り、漆って名前の木から採れる樹液なんですけど。乾くとすごく丈夫になって、水にも熱にも強くなるんです。ちょっと高級な器とか箸とか、そういう食器によく使われてました」

「……面白ぇな」

 ダンが腕を組む。

「そんな木、この辺じゃ聞いたことねぇ」

「俺も、こっちでは見たことはないですね」

 恒一は少し残念そうに笑う。

「もし似た木があれば、試してみたいんですけど」


 ――この後、その何気ない一言を、ダンはずっと覚えていた。

 そして、オルビスも、アステルも。

 誰も口にはしなかったが。

 "木から採れる樹液で食器を守る"という発想だけは、それぞれの記憶へ静かに残ることになる。

 後にその何気ない会話が、新しい塗料の研究へ繋がっていくことを。

 この時の恒一は、もちろんまだ知らない。


 コーイチは柔らかな布へ油を少し含ませると、箸の表面へゆっくりと塗り広げていく。木目に沿って、染み込ませるように。削ったばかりの栗の木は、油を吸うと少しだけ色味が深くなった。

「……綺麗だな」

 思わず声が漏れる。

 削りたての明るい色も悪くはない。だが油を含んだ木肌には、どこか落ち着いた温もりがあった。

「木は手を掛けた分だけ応えてくれる」

 ダンが静かに言う。

「焦るな」

「乾く前に次を塗れば意味がねぇ」

「はい」

 まだ濡れたように、しっとりとした箸。それを楽しそうに眺めながら。

「……仕上がり、楽しみだな」

 アステルが呟いた。


◇◇◇


 それから、数日が過ぎた。

 ダンの言葉通り、一度塗っては乾かし、また薄く塗って乾かす。仕事の合間を見つけて、その工程を何度も繰り返した。

 日に日に木肌へ艶が生まれていく。

 布で磨く度に表面はしっとりと滑らかになり、手に吸い付くような感触へ変わっていった。

 そして数日後。

「……よし」

 最後の一本を磨き終えたコーイチは、大きく息を吐いた。

 作業台の上には、綺麗に揃えられた十膳の箸が並んでいる。

 一本ずつ手に取り、重さを確かめる。

 先端を見比べる。

 長さを確認する。

 最後にもう一度、布で軽く磨いた。

「できたか」

 ダンが隣へやって来る。

「はい」

 少しだけ緊張しながら答えると、ダンは一本手に取った。

 光へかざし、真っ直ぐかどうかを確かめる。

 指先で表面をなぞり、先端を見つめる。

 いつものように無言の時間が流れた。

(……どうだろう)

 趣味で作るのとは違う。これは商品だ。

 注文を受けて作った、初めての仕事。

 胸の鼓動が少しだけ早くなる。

 やがてダンは、静かに箸を作業台へ戻した。

「……合格だ」

 その一言だけだった。

 けれど、コーイチの肩からふっと力が抜ける。

「ありがとうございます」

「礼を言うのはまだ早ぇぞ」

 ダンは口元を緩めた。

「客が『良かった』って言って初めて仕事は終わる」

「……そうですね。」

 コーイチも思わず笑った。

 品物は、作るだけでは終わらない。使う人の手へ渡って、その人に喜んでもらえてこそ、本当の意味で完成する。

 職人という仕事を、ほんの少しだけ理解できた気がした。

 作業台に並ぶ十膳の箸は、どれも同じようでいて、どこか温かみがある。

 神谷恒一、二十七歳。

 異世界で初めて作った"商品"が、静かに完成した瞬間だった。



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