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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴


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12/17

12.納品と、報酬と、懐かしい味と。

 翌日の昼過ぎ、工房の前に見慣れた大きな影が止まった。

「こんにちは!」

 元気な声と共に、アステルがひらりとクロムの背から飛び降りる。その後ろからオルビスも静かに降り立った。

「箸、できた?」

 開口一番、期待に満ちた声で尋ねられ、コーイチは思わず笑ってしまう。

「うん。ちょうど昨日仕上がったところだ」

「本当!?」

 目を輝かせるアステルを見て、ダンが工房の奥から顔を出した。

「騒ぐな騒ぐな」

 そう笑って言いながら、棚の上に置かれていた木箱を持ってくる。

 蓋を開けると、中には布へ丁寧に包まれた十膳の箸が収められていた。

「おお……」

 アステルが思わず声を漏らした。

 一本取り上げ、光へかざす。

 栗材に染み込んだ油が木目を柔らかく浮かび上がらせ、派手ではないが落ち着いた艶を宿していた。

「綺麗だなぁ……手触りもいい」

 指先で撫でながら、嬉しそうに笑う。

 オルビスも一本手に取り、静かに頷いた。

「軽いな。だが、頼りない軽さじゃない。長く使えそうだ」

 その一言だけで、コーイチの胸が少し熱くなる。

 ――ちゃんと、伝わっている。

 ただ木を削っただけではなく、道具として見てもらえている。

「ありがとう」

 アステルは箸を箱へ戻すと、ダンへ向き直った。

「代金はいくら?」

「十膳だからな」

 ダンは帳面を開き、木材代と油代、それに手間賃を合わせた金額を告げる。

 アステルは迷うことなく革袋を取り出した。

 中から金貨と、銀貨を数枚。慣れた手つきで重ねて並べていく。

「これで良いかな?」

「ああ」

 ダンは金額を確認すると頷いた。

「毎度あり」

 そこで、不意に銀貨を摘まみ上げる。

「コーイチ」

「はい?」

「手ぇ出せ」

 言われるまま手を差し出すと、掌へ銀貨が数枚、静かに乗せられた。思ったより重い。

「え……?」

 思わずダンを見る。

「これは、お前の仕事だ。材料も工房も店のもんだから、売上は《赤樫亭》のもんだ。だが」

 ダンは腕を組みながら続けた。

「作ったのは、お前だ。職人が働いた分は、ちゃんと職人へ返す。受け取っとけ」

 掌の上の硬貨を見る。

 たった数枚。日本円にすれば、決して大金ではないのかもしれない。

 それでも、その重みは、これまで受け取った給料とは少し違って感じられた。

 会社では毎月、口座へ振り込まれていた。数字として増えていく残高は、もちろん嬉しかった。

 けれど。

 今、手の中にある硬貨は違う。自分の手で削り、磨き、仕上げた箸。

 それを誰かが欲しいと言ってくれて、その対価として渡されたお金。

 その重みが、掌からゆっくりと胸へ染み込んでいく。

「……ありがとうございます」

 自然と頭が下がった。ダンは照れくさそうに鼻を鳴らす。

「礼なら客にも言っとけ」

 その言葉に、コーイチは改めて二人へ向き直った。

「……注文ありがとう、二人とも」

「こちらこそ」

 アステルは嬉しそうに笑う。

「旅団のみんな、絶対喜ぶな」

「特にニコは、料理に合わせて使い分け始めそうだ」

 オルビスが静かに言うと、アステルが苦笑した。

「ああ、それはありそう。たぶん帰ったその日から、『箸に合う料理を作る』とか言い出すぞ」

「食器で料理まで変わるのか?」

「ニコなら変えるだろうな」

 二人が顔を見合わせて笑う。その様子を見ながら、コーイチもつられて笑っていた。

 自分が作った十膳の箸は、いずれこの王都を離れ、海を越え、まだ見ぬアルシオン大陸へ渡っていく。

 そこでどんな人達が使うのかは、まだ想像もつかない。けれど。

 一つだけ確かなことがあった。

 異世界で初めて作った"商品"は、確かに誰かの暮らしへ届こうとしていた。


十膳の箸を丁寧に木箱へ収めながら、アステルがふと思い出したように手を打った。

「ああ、そうだ」

「ん?」

「コーイチの故郷に似てるって言ってた、ヤーパンの料理にも合いそうだよね」

「ああ、確かにな」

 オルビスも静かに頷く。

「コーイチが話していた"お椀"だったか。ヤーパンにも、よく似た食器があったはずだ」

「えっ?」

 恒一は思わず顔を上げた。

「そうなの?」

「うん」

 アステルは腕を組み、記憶を探るように首を傾げる。

「何て名前だったかな……えーっと……」

 しばらく考え込んだあと、ぽんと手を叩いた。

「そうそう! "チャワン"と"シルワン"! あ、もしかして、だからまとめて"おわん"って言うのか?」

「……あるの?!」

 思わず素っ頓狂な声が出た。

 まさか異世界で、茶碗と汁椀の名前を聞くとは思わない。

「確か、ヤーパンの料理を出す店で見たことがある」

 オルビスが記憶を辿るように続ける。

「木や陶器で出来た器だったな」

「へぇ……」

 恒一は驚きが隠せなかった。日本だけの文化だと思っていたものが、こんな形で異世界にも存在している。

 するとアステルが、さらに思い出したように口を開く。

「あそこって、小麦とは少し違う穀物が主食なんだよな」

「ああ。確か、ヤーパンライスと言ったか」

「そう、それ! 小麦より小さくて固い粒でさ。じっくり煮込んで、お粥みたいにして食べるのが一般的だったと思う」

(……どう聞いても米だ)

 恒一は心臓が一つ跳ねるのを感じた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて工房の奥にある自分の部屋へ駆け込む。

 棚の隅へ大事にしまってあったエコバッグを取り出し、中の米の袋から小さな木のカップへ白い粒を少しだけ移した。

 そして急いで戻る。

「もしかして……これ?」

 カップを差し出すと、アステルは中を覗き込み、ぱっと表情を明るくした。

「あっ、それそれ!」

 だが、すぐに首を傾げる。

「でも、こんなに白かったっけ?」

「俺も、もう少し茶色かった記憶があるな」

 オルビスも興味深そうに粒を摘まみ上げた。

 恒一は手の中の米を見つめる。

 日本から持ってきた、精米済みの白米。

 対して二人が知っているヤーパンライスは、もっと色が濃かったらしい。

(精米してないのか?)

 そう考えると、妙に納得がいった。

 玄米に近い状態なら色も濃く、煮込み料理に向いているだろう。

「これ、俺の故郷じゃ"米"って呼ぶんだ。」

「へぇ。確か、ヤーパンでは“イネ”って言ったな」

「稲……」

 アステルは興味津々に身を乗り出した。

「じゃあ、コーイチの故郷の料理って、その米で作るの?」

「うん」

 恒一は自然と笑みを浮かべる。

「今は調味料も道具も足りないけどね」

 手の中の白米を見つめながら、小さく呟いた。

「いつか、食べてもらえたらいいな」

 その言葉に、アステルは迷いなく頷いた。

「楽しみにしてる。オルビスも食べたいよな?」

「ああ」

 オルビスも静かに笑う。

「箸まで揃ったんだ。料理も期待している」


 その何気ない約束が。

 後に《地平線の旅団》の食卓へ、そしてこの世界の食文化にまで影響を与えることになるのだが。

 今はまだ、少し先の話である。


箸の入った木箱を大事そうに抱えながら、アステルがふと思い出したように顔を上げた。

「あ、じゃあ折角だし」

「ん?」

「今日の夕飯、ヤーパン料理の店に行こうか」

 その一言に、コーイチが目を瞬かせる。

「ヤーパン料理?」

「うん」

 アステルはにっと笑った。

「コーイチも興味あるでしょ?」

 それは、正直に言えばかなり気になっていた。

 ヤーパンという国。茶碗や汁椀によく似た器。

 そして"ヤーパンライス"と呼ばれる穀物。

 自分の故郷によく似た文化を持つ国だという話を聞いてしまえば、料理も一度は食べてみたいと思うのが人情だった。

「今日は俺の奢り」

 さらりと言われて、コーイチは思わず首を振る。

「いやいや、流石に悪いよ」

「いいって」

 アステルは笑ったまま、工房の中を見回した。

「親方さん達も一緒にどう?」

 その言葉に、ダンが目を丸くする。

「俺達までか?」

「うん。箸の完成お祝いも兼ねてさ」

「流石にこの人数であの店は高ぇだろ」

「大丈夫大丈夫」

 アステルは胸を張った。

「これでも冒険者だからね。それなりに稼いでる」

 職人達が顔を見合わせる。

「なぁ、親方」

「ヤーパン料理なんて食ったことあります?」

「俺はねぇ」

「俺も」

「一度くらい行ってみたいなぁ」

 若い職人達が口々に言い始める。ダンは困ったように頭を掻いた。

「お前らなぁ……」

 そう言いながらも、どこか楽しそうだ。

 やがて小さく息を吐き、

「……仕方ねぇ」

 と苦笑した。

「今日は甘えさせてもらうか」

「やった」

 アステルが嬉しそうに拳を握る。その様子を見て、オルビスも静かに口元を緩めた。

「決まりだな」


 こうして、その日の仕事を早めに切り上げると《赤樫亭》の面々は連れ立って王都の中心街へ向かった。

 夕暮れが近づく頃の街は活気に満ちていた。露店からは焼き菓子の甘い香りが漂い、酒場からは陽気な笑い声が聞こえてくる。

 しばらく歩くと、通りの一角に木造二階建ての落ち着いた店が見えてきた。入口には見慣れない文字と、この世界の共通文字が並んで掲げられている。

『ヤーパン郷土料理 稲穂亭』

「ここ」

 アステルが入り口の布――暖簾にそっくりだ――をくぐる。

 店内は木を基調とした温かい造りだった。低めの机と椅子が並び、どこか懐かしい雰囲気がある。

「いらっしゃいませ」

 店員に案内され席へ着くと、まず人数分の温かい布が運ばれてきた。

「こちらで手をお拭きください」

「お手拭きか」

 コーイチは自然と手を拭きながら笑う。

 その横で職人達は少し不思議そうな顔をしていた。

「食べる前に拭くのか」

「この店はそういう流儀なんだろうな」

 ダンが感心したように頷く。

 さらに料理を待っていると、小さな水を張った器が運ばれてきた。

「こちらは食後、手を洗うための器です」

「ほう」

 ダンが興味深そうに覗き込む。

「面白ぇ文化だな」

 コーイチも思わず笑った。

(フィンガーボウルまであるのか)

 現代日本ではあまり見かけない。というか、どちらかと言えば古い西洋文化だ。けれど異世界のヤーパンでは、それが当たり前らしい。

 やがて、料理が並び始めた。

 湯気を立てる深い器。そこへ盛られていたのは、白ではなく、少し茶色味を帯びた穀物を柔らかく炊いた料理だった。

「これが……」

「ヤーパンライスのお粥だね。粒々してて、俺は結構好き」

 器には木製の匙が添えられている。

 コーイチは一口すくい、ゆっくり口へ運んだ。

 柔らかい。少しだけ粒の皮が残る食感。

 噛むほどに香ばしさが広がる。

(……玄米だ)

 味も香りも、日本で食べ慣れた玄米によく似ている。

 思わず目を閉じた。ほんの少しだけ、日本で食べた食事を思い出した。

「どう?」

 アステルが楽しそうに覗き込む。

 コーイチは笑いながら頷いた。

「普段の食事とは、少し違う。でも、懐かしいな」

 その一言だけで十分だった。

 料理は他にも次々運ばれてくる。

 一口大に切り分けられた煮込み料理に、香ばしく焼かれた串焼き。甘辛い味付けの野菜炒めは、新鮮な生の葉物野菜(レタス)で巻いてそのまま手で口に運ぶ。

 どれも匙や手、小さな二股の串だけで十分食べられるよう工夫されていた。

 なるほど、とコーイチは納得する。これなら箸がなくても困らない。

 料理そのものが、あらかじめ食べやすく作られているのだ。

「だから箸は生まれてないし、広まらなかったのか」

 思わず呟くと、オルビスも静かに頷いた。

「道具は文化に合わせて生まれる。料理が変われば、使う道具も変わる訳だな」

 その言葉に、コーイチは深く頷いた。

 逆に言えば、今日自分が作った箸は。アステルが言った通り、料理を変えていく可能性もあるのかもしれない。

 そんなことをぼんやりと考えながら、恒一はもう一口、温かなヤーパンライスを口へ運んだ。

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