↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜
第一幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/103

85.ただいまを言える場所。

 王都の門を潜り、そのまま大通りを進んでいく。

 昼を少し回った王都は、今日も変わらず賑やかだった。

 通りを行き交う人々。荷車の車輪が石畳を転がる音。店先から響く威勢の良い呼び込みに、どこかの食堂から漂ってくる昼食の名残らしい香り。

 ほんの四日前にも見ていたはずの光景である。

「……なんか、久しぶりな感じするなぁ」

「分かる。四日しか経ってねえんだけどな」

 恒一がポツリと呟けば、隣を歩くロイドもしみじみ噛み締めながら同意する。

「山で色々ありすぎたからかな」

「多分な。木ぃ採りに行っただけのはずなんだけどよ……」

「それはまぁ、無事採れただろ?」

「採れたけどさぁ……」

 そう、目的そのものは、きちんと達成している。

 むしろ成果は上々と言っていい。

 探していた風鳴樹は、ロイドの目で状態を確かめた自然倒木を確保出来た。椅子を作る分を除いても、今後他に使えるだろう十分な余裕がある。

 その過程で山を歩き、鳴風渓谷を訪れ、野営をして。

 ドレッドワイバーンが襲ってきて。それを倒してステーキにして。

 帰りは自分達の足で街道を歩き、知らなかった草木を知り、小さな村へ泊まり、行商人達とも知り合った。

 ……改めて並べてみると、四日間に詰め込む量ではない気がしないでもなかった。

「濃かったなぁ……」

「あぁ……濃かったな……」

「でも、楽しかっただろ?」

 少し前を歩くアステルが振り返る。にんまりと笑う彼には、二人とも何やかんや色々見透かされている気がした。

「それは間違いないな」

「俺も。久々に山歩けたし、風鳴樹も実際に見られたしな」

「なら良かったじゃん」

 にっと笑って、アステルが再び前を向く。

 クロムは門を抜けてからすっかり速度を落とし、人々の邪魔にならないよう大通りをゆったり歩いていた。

 時折すれ違う人がその巨体を見上げるものの、王都ではもう見慣れた者も多いのだろう。驚いて道を空ける者がいる一方で、店先から「あら、クロちゃんおかえり」と声を掛けてくる者までいる。

「わふっ」

 その度にクロムも機嫌良く返事をする。

「クロ、すっかり馴染んでるよなぁ」

「流石に最初の頃は、歩いてるだけでもっと騒がれてたけどな。まぁいい加減、皆も見慣れてきたんじゃないか?」

「まあ、これだけ長く滞在していればな」

「わぅ」

 やがて大通りを外れ、見慣れた道へ入る。

 石造りの大きな建物が少しずつ減り、代わりに工房や倉庫を備えた建物が増えてきた。

 木材を積み上げた材木屋。開け放たれた扉の奥から金属を叩く音が響く鍛冶工房。少し華やかな仕立て屋や、革工房に織物工房。

 通りの端には荷車が止まり、職人らしい男達が大きな木箱を運んでいる。

 木、油、革、金属。それぞれの工房から漂ってくる独特の匂いまで、いつの間にか恒一には馴染み深いものになっていた。

「ああ……」

 職人街の景色に、自然と頬が緩む。

「帰ってきたなぁ」

「だなぁ」

 そして、その中でもすっかり見慣れた一角。赤樫亭の看板が、道の先に見えてくる。

 四日前の早朝、期待と少しばかりの緊張を抱えて出発した場所だ。

 たった四日。それでも、何となく懐かしい。

「わふっ!」

 クロムも目的地が分かったらしく、少しだけ足取りを弾ませた。

「お、クロも分かったか?」

「そりゃ分かるだろ。何回来てると思ってんだよ」

「はは、それもそうだな」

 やがて赤樫亭の前まで到着すると、中から聞き慣れた声が飛んできた。

「――おい!」

 顔を上げて見れば、開いた入口から大柄な男がこちらへ出てくるところだった。

「あぁ。ただいま、親父」

「ダンさん。ただいま戻りました」

「おう」

 ダンは短く答えると、まず息子を上から下まで見る。

 続いて恒一。

 それから双子とクロムへ視線を移した。

 ほんの数秒。

 全員が普段通りなのを確かめると、険しかった目元が僅かに緩んだ。

「無事だったか」

「ああ。何も問題なし」

「こっちも大丈夫です」

「そうか」

 それだけ言って、ダンは大きく頷いた。

 その後ろから、ぱたぱたと足音が聞こえる。

「あらあら、帰って来たのかい?」

 今度はハンナだった。

「まぁ皆、おかえりなさい」

「ただいま、母さん」

「ただいま戻りました」

「怪我は無いかい? ちゃんと元気?」

 そう言いながら、やはり二人の姿を確かめる。

 大きな怪我もない。服こそ旅の間に多少汚れているものの、見る限り元気そのものだ。

 そこでようやく、ほっとしたように息を吐いた。

「良かった。オルビスさんもアステルちゃんも、勿論クロちゃんも。ありがとうねぇ」

「いやいや、俺達も楽しかったし」

「こちらこそ世話になった。良い旅だった」

「わふっ」

 ハンナに首元を撫でられ、クロムが嬉しそうに目を細める。

 そしてそんな声を聞きつけたのだろう、工房の方から次々と職人達も顔を出す。

「お?」

「帰ってきたのか?」

「お、やっぱりロイドとコーイチだ!」

「おかえり! どうだったよ、山は?」

 たった四日と言えど、行き先が行き先だ。ただの旅行とは少々異なる旅の話は、好奇心をくすぐるには十分である。

 さてどこから話そうかと思った矢先。

「……で」

 低い声が聞こえた。

 振り向けば、先程まで父親の顔をしていたダンが、いつの間にかクロムの横へ回り込んでいる。

 太い腕を組み、その視線は真っ直ぐ原木へ。

「例のブツはどうだった」

「親父……」

 ロイドが半眼になる。

「さっきまで息子の無事を確認してた親の顔じゃねえぞ」

「無事なのは見りゃ分かる」

「切り替え早えな!」

「で、どうなんだ」

「聞けよ!」

 周囲から笑い声が上がる。

 しかしダン本人はまるで気にしていない。

 視線は既に完全に木へ釘付けだった。

「……まあ、気持ちは分かるけどよ」

 ロイドも苦笑しながらクロムへ近付く。

「かなり良いぞ。自然倒木だが、中まで腐ってる様子はない。乾燥も十分。割れも少ねえし、何より木目がいい」

「ほう」

 ダンの目がきらりと光る。

「山で少し切った感じじゃ、話に聞いてた通り相当硬い。ただ――」

 ロイドが原木の表面を軽く叩く。

「こいつなら、試す価値は十二分にあると思う」

「……そうか」

 短い返事。だが、その口元は明らかに上がっている。

 途端に、場の空気が変わった。

 つい今まで無事の帰還を喜んでいたはずの職人達の視線が、一斉にクロムの背へ向かう。

 正確には、その背へ固定された三本の原木へ。

「……皆食いつき良いなぁ」

 恒一が苦笑する。

「そりゃ気になるだろ。出る前から散々話してたんだからよ」

 ロイド自身も、どこか嬉しそうだ。

 ――そして。

「――よし、下ろすぞ。そっち持て」

「おう!」

「二人じゃ重いぞ、もう一人来い!」

 ダンの一声で、職人達が動き始めた。

「え、今?」

 恒一が思わず聞き返す後ろで、既に察したのかクロムがスッと伏せた。

「今だろ」

「だよな」

「状態見たいしな」

「切った断面も見せろよ、ロイド」

「ちょ、待て待て。一気に来んな!」

 途端に赤樫亭の前が騒がしくなる。

 ロープを解こうとする者。

 原木の断面を覗き込もうとする者。

 何処へ置くか話し始める者。

 何故か既に鋸を持ってきた者。

「おい、それ今使わねえから置いてこい!」

「いや、一応さぁ」

「何の一応だよ!」

「わふ」

「ほれ、クロも呆れてんじゃねぇか」

 やんややんやと一気に盛り上がる職人達に、恒一とロイドは顔を見合わせて苦笑しながら、その輪へ加わろうと一歩踏み出した。

 その時。

「――二人とも」

 よく通る声が響いた。

「はい?」

「ん?」

 恒一とロイドが揃って振り返る。

 ハンナが、にこやかに立っていた。

 優しい笑顔である。

 とても優しい笑顔だった。

「先に、お風呂」

「…………」

「…………」

 二人は自分達を見る。

 四日間の旅装。昨日は一日歩き通し。

 宿では身体を拭く程度で、まともに湯へ浸かってはいない。

 そして今日も朝から移動してきた。

「……あっ」

「……そういや」

「木は逃げやしないよ」

 にっこり。

「「あっハイ」」

 反論の余地はなかった。

「ぶはっ!」

 アステルが盛大に噴き出した。

「笑うなよ!」

「だって二人とも返事一緒なんだもん!」

「お前も山から帰ってきたばっかりだろ!」

「俺は昨日王都戻った時に風呂入ってるし~」

「くっ、そうだった! ていうか風呂まで済ませてたのか凄いな?!」

 あまりにも余裕のアステルである。何かは分からないが、何かが悔しい。

「まあ、ゆっくり入ってこい」

 オルビスまで口元を緩めている。

「原木は俺達で下ろしておこう」

「悪い。お願い」

「おう。任せとけ」

「ほら二人とも。着替え持ってさっさと行ってらっしゃいな!」

「はーい……」

「分かったよ……」

 すっかり子供のような返事になりながら、恒一とロイドは赤樫亭の中へ向かう。

 途中で一度だけ振り返ると、既にダンを中心に職人達が原木を囲み始めていた。

「あ、親父! 勝手に切んなよ! 樹皮剥ぐのもダメだかんな!?」

「切らん! 見るだけだ!」

「その手に持ってる鉋(かんな)は何だよ!」

「見るだけだ!」

「原木段階で鉋は使わねえだろ!」

 工房の前に笑い声が広がる。その様子に、恒一も思わず吹き出した。

 山の静けさも。

 街道を歩いた穏やかな時間も。

 どちらも楽しかった。

 けれど、この騒がしさを聞いていると、ようやく本当に帰ってきたのだと思える。

「……ただいま、だな」

「ん?」

「いや、何でもない」

 恒一は小さく笑って、赤樫亭の中へ入っていった。


 それからしばらくして。

 旅の汗と汚れをすっかり洗い流した恒一とロイドが戻ってくると、風鳴樹は既にクロムの背から下ろされ、工房脇の作業場所へ並べられていた。

 当然のように、その周囲にはまだ職人達がいる。

「……まだ見てる」

「まあ、珍しい材だからな」

「親父なんかさっきと位置変わってねえぞ」

 腕を組んだまま原木を睨んでいるダンを見て、ロイドが呆れたように笑った。

 その少し離れたところでは、アステルとオルビスが旅道具をまとめ直している。

「お、二人とも上がった?」

「さっぱりしたよ」

「生き返った……」

「大袈裟だなぁ」

「お前も昨日風呂入ってなかったら同じこと言ってたと思うぞ」

「それは言うかも」

「言うんじゃねえか」

 アステルがけらけらと笑う。

 オルビスは最後の荷物をまとめると、立ち上がって服についた埃を軽く払った。

「では、俺達も一度帰るか」

「だな、俺ももっかい風呂入りたいし」

「ああ、そうか。二人もまだ旅装だもんな」

「ん。残りの荷物も置いてきたいしな。夕飯までにはまた来るよ」

「わふっ」

 クロムも帰る気満々らしく、既に二人の傍で待っている。

 そこで恒一は、ふと以前から思っていた事を思い出して首を傾げた。

「……そういえばさ」

「ん?」

「二人って、王都にいる間はずっと同じ宿に泊まってるの?」

「いや?」

 アステルが何でもないことのように答えた。

「今は家借りてるぞ」

「…………家?」

「うん」

「借りてるの?」

「借りてる」

 初耳であった。恒一は思わずオルビスを見る。

「そうなの?」

「ああ。今回は滞在が長くなりそうだったからな。宿を取り続けるより、貸家を借りた方が都合が良かった」

「へえ……」

 言われてみれば、二人が王都に滞在し始めてから随分経っている。

 恒一が二人と知り合ってからだけでも、もう数か月。短い旅行ならともかく、それだけ長く同じ街を拠点にするなら、毎日宿を取るより家を借りた方が暮らしやすいのだろう。

「それにクロもいるしな」

 アステルがクロムの首元をぽんぽんと叩く。

「宿だと馴染みで泊まれるところはあるんだけど、長期滞在だと地味に面倒なんだよ。ほら、知らない客もいっぱいいるから」

「入れ替わり立ち替わり訪れる宿泊客に、毎度説明が要るからな。その度、宿の主人に手間をかける事になる。少々広めの庭付きの家なら、その辺を気にしなくて良い」

「わふっ」

「ああ……」

 それは確かに想像出来た。

 昨日泊まった村の宿はクロムにも慣れていたが、何処へ行ってもああとは限らない。実際、他の宿泊客には驚いている様子の人も居た。

 何しろ巨大な魔狼である。

 本人がどれだけ大人しくとも、宿の主人からすれば「部屋は空いていますが巨大魔狼はちょっと」となることは十分考えられる。

「冒険者が長く王都を拠点にすることも珍しくないからな。家具付きで借りられる家もそれなりにある」

「なるほどなぁ……」

 また一つ、この世界での冒険者の暮らしを知った気がする。

「じゃあ二人、王都に家があるみたいなもんなのか」

「借り物だがな」

「でも今は俺達ん家!」

「わふっ!」

 アステルの言葉にクロムまで元気良く同意した。

 何だか少し気になる。

「……どんな家?」

「普通の家だぞ?」

「庭があって、居間があって、台所があって。寝る部屋が二つ」

「へえ」

「見たい?」

「ちょっと」

「じゃあ今度遊びに来れば?」

「いいの?」

「勿論。飯くらい出すぞ」

「アステルが作るの?」

「何でそこで確認すんの!? ちゃんと作れるって!」

「いや、山でも料理してたから知ってるけど」

「じゃあ聞くなよ!」

「ふはっ、悪い悪い!」

 考えてみれば、随分長く一緒にいるような気がしていたのに、二人が王都でどんな暮らしをしているのかは殆ど知らなかった。

 赤樫亭で会って、一緒に街へ出る。

 何かを作ったり、一緒に食事をしたり、時には遠出をしたりもするようになった。

 それだけで十分近くなったつもりでいたが、知らないことはまだまだあるらしい。

「じゃ、今度遊びに行くよ」

「おう。いつでも来いよ」

「事前に一言だけ言ってくれれば、大体は問題ない」

「分かった」

「ロイドも来る?」

「俺もいいのか?」

「勿論!」

「んじゃ、俺もそのうちな」

 また一つ、先の楽しみが増えた。

「それじゃ、一回帰ってくるな~」

「ああ。また後で」

「夕飯までには戻る」

「わふっ!」

 双子とクロムが揃って通りへ出ていく。

 恒一はその背中を見送り――。

「……あ」

「どうした?」

「いや」

 ふと、今更ながら思った。

「俺、二人が何処に住んでるかすら知らないなって」

「俺も知らねえぞ」

「じゃあ遊びに行く以前の問題じゃん」

「次来た時聞けよ」

「そうするか」

 そんな他愛のない会話をしながら、恒一は再び工房の方へ目を向ける。そこでは相変わらず、ダン達が風鳴樹を囲んでいた。

 四日間の旅は、ひとまず終わった。

 けれど、持ち帰ったものから始まる時間は、これからだ。

 恒一は並べられた原木を眺めながら、自然と口元を緩めた。

(――さて、と)

 まずは、どこから試してみようか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。