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勇者召喚に巻き込まれた一般人です。~世界最強かもしれない冒険者パーティーと出会った結果、普通が何なのか分からなくなりました~  作者: 天晴/晴夜
第一幕

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79.道草も旅のうち。

 翌朝。

「よし、こんなもんかな!」

 朝食を済ませた野営地で、アステルはクロムの背に括り付けた荷物をぐるりと見回した。

 昨夜のうちに大まかな方針は決めていたため、朝からの作業は手早かった。まず優先されるのは、ドレッドワイバーンの素材。昨夜から簡易術式で冷却していた大きな包みを中心に、血や傷みやすい部位を収めた容器、それから今日はもう使わない道具類までまとめてクロムへ載せてある。

 さらに今回は、テントを始めとした野営道具の大半もそちらへ回すことになった。というのも、今日の恒一達は王都方面へ向かい、途中にある小さな村で一泊する予定にしたからだ。オルビス達は以前にも何度か立ち寄ったことがあり、宿があることも確認済み。故に、クロムを連れていても問題ない村だという。

 ならば、使う予定のない大荷物をわざわざ背負って歩く必要もないというわけだ。お陰で残る三人が持つのは昼食や飲み水、雨具など道中必要になるものが中心で、徒歩に支障がない位に軽量化された。

 そして――。

「……改めて見ると、すげえ荷物だな」

 ロイドがクロムを眺めて呟いた。

「わふ?」

 当のクロムは、何か問題でもあるのかと言いたげに首を傾げる。

 背には大小いくつもの荷物。大部分はきちんとまとめられているため極端に嵩張ってはいないものの、昨日までとは明らかに積載量が違う。

 その中身の大半を占めるのは、ドレッドワイバーンまる一頭分である。

「重くないのか?」

「わふっ」

「平気だってさ」

「そっか……」

「ロイドも大分諦めるの早くなったな」

「だって平気そうだしよ……」

「それはそうなんだけど」

 ロイドは何とも言えない顔をしたが、それ以上追及することはなかった。どうやら恒一だけではなく、彼もこの二日間で順応しつつあるらしい。

「じゃ、そろそろ行くか」

 アステルがクロムの荷物を最後にもう一度確かめる。緩んでいる紐がないことを確認すると、ひょい、とその背へ飛び乗った。

「ギルドに預けたら、そのまま戻ってくるから。そんじゃ、後は頼む」

「ああ」

「コーイチ、ロイドもあんま無理すんなよー。急ぐ必要ないから、のんびり来いよ!」

「分かってるよ」

「そっちこそ気を付けろよ」

「おう!」

「わふっ!」

 クロムも元気よく返事をした。

「んじゃ――いってきま~!」

「いってらっしゃい」

「気ぃ付けてなー」

「アステル、ギルドで受取証を忘れるなよ」

「分かってるって!」

 最後までいつもの調子である。

 そしてクロムが、前を向いた。ぐっ、と巨体が僅かに沈む。


 ――次の瞬間。

 地面が、弾けた。


「うおっ!?」

 反射的に恒一は目を細めた。

 朝露を含んだ草が大きく靡き、遅れて風が身体へぶつかってくる。

 ほんの一瞬前まで目の前にいたはずの黒銀の巨体は、既に遥か前方を走っていた。

「…………」

「…………」

 恒一とロイドは揃って黙る。

 速い。いや、速いという言葉だけで片付けていいものなのだろうか。

 地面を蹴り、身体が伸びる。次の一歩を踏み込む。それだけの動作が、とんでもなく大きいのだ。

 恒一は瞬きを一つした。

 後ろ姿が小さくなった。

 もう一度瞬きをした。

 さらに小さくなった。

「いやいやいやいや」

 隣からロイドの声が聞こえる。

 つい先程まで巨大だったクロムが、見る間に豆粒ほどの大きさになっていく。その背には当然アステルが乗っているはずなのだが、もう肉眼では殆ど見えない。

「……俺達が乗ってた時ってさ」

「ああ」

「やっぱ、相当ゆっくりだったんだな」

「……ああ、そだな……」

 安全運転。

 往路でもそう表現していた。

 だが今、その意味を初めて正しく理解した気がする。

 さらに数秒経過すると、黒い点はすっかり消えた。

 何もなくなった草原を、朝の爽やかな風だけが渡っている。

「……見えなくなったな」

「なったね」

「まだ出てってから一分も経ってねえよな?」

「多分」

「…………」

 ロイドが額へ手を当てた。

「そりゃ半日ちょいで往復出来るわなぁ」

「うん……」

 理屈では昨日から分かっていたのだ。アステルとクロムだけなら、自分達に合わせる必要がない。

 分かってはいた。

 分かってはいたのだが。

「速度優先って、ああいう意味だったんだな……」

「俺、昨日までの移動がちょっと速い馬車くらいの感覚になりかけてたわ」

「それは流石に感覚おかしくなってるぞ」

「お前に言われたくねえよ」

 実にもっともな言葉である。

 恒一は苦笑しながら、もう一度アステル達が消えていった方角を見る。当然、そこにもう姿はない。

「しかし……あれだけ荷物積んであの速さなのか」

「そこは考えない方がいい気がしてきた」

「奇遇だな。俺もだ」

 ロイドと二人、静かに頷き合う。

「さて、そろそろ俺達も出るぞ」

 そう言ってオルビスは、残りの荷物へ向かい踵を返した。

「切り替え早いなぁ」

「無事に見送ったのだから、他にすることもないだろう」

「それはそうなんだけどさ」

 オルビスは荷物を背負うと、三つに分けた風鳴樹へ手を伸ばした。原木を固定した丈夫な縄(ロープ)の端をくるりと手に巻き付けると、ひょい、と肩へ引っかけて担ぐ。

「では行くか」

「…………うん、行こっか」

「……そだな」

「?」

 恒一もロイドも、視線を交わしただけでもう何も言わなかった。オルビスだけが僅かに首を傾げる。

 あ、こうしてみると仕草はアステルとよく似てるんだなぁ、などと明後日の事を考えながら、恒一は軽くなった自分の荷物を背負い直した。


 昨日までは、目的地へ向かうための旅路であったが、今日は違う。

 日が暮れる頃までに村へ着けばいいし、途中でアステル達とも合流するので急ぐ理由はなく、背負う荷物も最低限。万が一道中で何かあったとしても、隣にはオルビスがいてくれる。

 やがて遠くに王都へ続く街道が見え始めた。

 振り返れば、二日間を過ごしたグラナード山地が朝の光の中に聳(そび)えていた。

 クロムの背から眺めれば、あっという間に後ろへ流れていく景色。今日は、それを自分達の足で歩いていく。そんな三日目の旅が、静かに始まった。


 幸いなことに、この日の天気も申し分なかった。

 空には薄く雲が浮かんでいるものの、雨を降らせそうな気配はない。朝のうちは少し冷たかった風も、日が高くなるにつれて心地良いものへと変わっていった。

「いやぁ、良い天気だな」

 街道へ出たところで、ロイドが大きく伸びをする。

「これなら雨具の出番もなさそうだ」

「山の天気は変わりやすいから油断は出来ないが、この辺りまで下りれば今日は大丈夫そうだな」

 オルビスが空を見上げる。

 昨日まで歩いていた岩山は既に背後だ。足元も乾いた土の道へ変わり、両脇には草原や低い灌木が広がっている。

 王都へ続く街道とはいえ、この辺りまで来ると人通りはまだ多くない。時折遠くに荷馬車らしき影が見える程度で、聞こえてくるのは風に揺れる草の音と鳥の声ばかりだった。

「こうして歩くと、来た時と全然違うなぁ」

 恒一は周囲を眺めながら呟いた。

 同じ道を通っているはずなのに、見えるものがまるで違う。

 クロムの背に乗っていた時は、遠くの山や森、広い草原といった大きな景色が次々と後ろへ流れていった。

 それはそれで楽しかったのだが、自分の足で歩いている今は、もっと近くのものが目に入る。

 道端に咲く小さな黄色い花。

 風に揺れる背の高い草。

 草むらから飛び立った、名前も知らない小鳥。

 街道に残る古い轍(わだち)。

 どれもクロムの背からでは、きっと気付く間もなく通り過ぎていたものだ。

「急ぐ旅じゃないしな。今日は適当に休みながら行けばいいだろ」

「そうだな。夕方までに村へ着けば問題ない」

 ロイドの言葉に、オルビスも頷く。

 三人の歩調は自然とゆったりしたものになっていた。

 恒一とロイドが何かへ目を向ければ、オルビスも少し速度を落とす。だからといって何でも説明してくるわけではなく、二人が興味を示さなければそのまま通り過ぎる。

 そんな距離感も、今の恒一には心地良かった。

「そういや、この辺って魔物は出るのか?」

 歩きながらロイドが尋ねる。

「出ないわけではない。ただ、山中に比べればかなり少ないな。街道沿いは定期的に憲兵や冒険者が巡回しているし、危険な個体が居着けば討伐依頼も出る」

「じゃあ、普通の旅人も歩くくらいには安全なんだな」

「ああ。絶対ではないが」

 最後の一言だけは、きっぱりしていた。

 安全な街道だからといって、何も起こらない保証があるわけではないのだ。その辺りの感覚は、元の世界とはやはり違う。

 とはいえ、少なくとも今は穏やかなものだった。

「ん?」

 しばらく歩いたところで、恒一の目が道端の岩へ止まった。

 何の変哲もない、膝より少し低い程度の岩だ。

 ただ、その表面に白いものが見える。

「あれ」

 足を止めて近付いてみる。

 白い石か何かで描かれた、簡単な記号。

「これって……山でアステルが描いてたのと同じ?」

「ああそうだ。誰かが残したフィールドサインだな」

「昨日の印とはちょっと違うよな」

「ふむ、覚えていたか」

「まあ、見たばっかりだしね」

 恒一はしゃがみ込み、白い線を眺める。

 単純な記号の組み合わせ。それでも、意味を知らなければただの落書きにしか見えない。

「これは何の意味なんだ?」

「少し先に、休憩に使える場所があるという印だな」

「休憩場所」

「ああ。木陰や雨を凌げる岩陰、腰を下ろせる程度の開けた場所などだな。この場合は――」

 オルビスが記号の一部を指差す。

「こちらの線が街道を示している。そして枝分かれした線の先、これが休憩場所。印の向きからして、少し先の右手側だな」

「へえ……」

 意味を教わってから改めて見ると不思議なもので、先程までただの線だったものが途端に情報らしく見えてくる。

「誰が書いたんだろうな」

 ロイドも横から覗き込む。

「そこまでは分からん。少なくとも俺達より先にここを通った誰かだな」

 オルビスはそう言って、白い線を指先で軽く触った。

「それほど古くはないな。雨風にもまだあまり削られていない。恐らく数日から……長くても十日程度か」

「そんなことまで分かるの?」

「正確には分からん。ただの目安だ」

 そう言って立ち上がる。

「この手の印は、いつまでも残る必要はないからな。道が変わることもあれば、水場が枯れることもある。何年も前の情報が残り続ける方が、却って危険な場合もあるだろう?」

「ああ、そっか……」

 管理された街中ではないのだから、言われてみれば当然だ。

 恒一はもう一度、岩の白い印を見る。

 昨日はアステルが描くところを見て、今度は顔も知らない誰かが残したものを読み解く。

 こうして実際に使われているのを見ると、フィールドサインというものが少しだけ身近になった気がした。

「じゃあさ」

 ロイドが街道の先を見る。

「せっかくだし、その休憩場所とやら見ていかねえ?」

「もう休むの?」

「別に休まなくてもいいだろ。どんな場所に印付けんのか見てみたいじゃん」

「あ、それは確かに俺もちょっと気になる」

「だろ?」

 目的が休憩から見学へ変わっている。

 オルビスはそんな二人を見て、僅かに口元を緩めた。

「構わない。どうせ今日は一日寄り道のようなものだ」

「よし、決まり!」

 そうして三人、再び揃って歩き出す。

 先程までなら、道端に白い線の引かれた岩があっても、きっと気にも留めなかっただろう。けれど一つ意味を知っただけで、景色の中に見るものが増えた。

 恒一は歩きながら、何となく街道の両脇へ目を向ける。すると今度は、少し離れた草むらで何かが動いた。

「ん?」

 灰色がかった小さな影が、ぴょこん、と草の上へ顔を出す。

 長い耳。

 丸い身体。

「……兎?」

「ん、岩跳兎(いわとびうさぎ)だな」

「岩跳兎?」

「ああ。普通の兎が寄り付かないような、険しい岩場すら跳ぶ脚力で有名だ。この辺りでは珍しくない動物だな」

 小さな獣はこちらをじっと見ていたが、危険はないと判断したのか、すぐには逃げようとしない。

 恒一も足を止め、その姿を眺めた。

「……ちなみに食える?」

「お前、最初に聞くことそれかよ」

「いや、昨日から食べ物の話が多かったから、つい……」

「ああ、食えるぞ」

「答えるのかよ」

 ロイドが笑う。

「肉は淡泊だ。冬前なら脂も乗る。ただ、今はわざわざ狩る必要はないな」

「そりゃそうだ」

 昼食はちゃんと持っている。何より、こちらを眺めている小さな兎を見ていると、腹も減っていないのに捕まえて食べようという気には到底ならなかった。

「ちなみに毛皮も使えるぞ。冬毛は密になるから、手袋や靴の内張りなんかに使われる。ただ、一匹では大した量は取れんがな」

「なるほどなぁ」

 肉は食えるし、毛皮も素材になる。

 同じ小さな動物一匹でも、知っている者が見ればそこにいくつもの情報があるらしい。

「…………」

 恒一は岩跳兎を見る。

 岩跳兎も恒一を見る。

 しばしの沈黙。

「……今日は食べないから安心していいぞ」

「お前それ本人に言う必要ある?」

「いや、一応?」

 そうしてる間に、ぴくり、と岩跳兎の耳が動いた。

 次の瞬間くるりと身体を翻し、草むらの奥へ跳ねていく。

「あっ、逃げた」

「お前が食うとか言うからだろ」

「いや、クロじゃあるまいし、言葉分かんないだろ?」

「さてな」

 オルビスがしれっと言った。

「……え?」

「冗談だ」

「オルビスがそういう冗談言うと判断に困るんだけど……」

 小さな笑い声が、穏やかな街道へ溶けていく。

 秋の気配を感じる草原の風が、そっと頬を撫でていった。

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